異世界貴族は自由を望む

ノベルバユーザー196771

惨敗

 そうとうな勢いで着地したのだろう。黒い影の辺り一面に、土煙が舞う。それをレイを除く三人と観客たちは、呆然と見ていた。
 いち早く復帰したのは、吹き飛ばされたレイだった。
 観客席から飛び出すと、土煙が晴れかけて見えてきたシルエットへと一直線に飛び込む。無属性魔法である加速を使用し、レイは一筋の弾丸となって影と接触した。直後、辺りには何度も金属がぶつかる音が響く。
 その音を合図に、レイモンドが指示を飛ばした。


『......侵入者だ! 実行委員の者はすぐに避難誘導、それ以外の教師は侵入者の捕縛、もしくは撃退に! フィールドにいる選手らは、自身の安全を確保せよ!』


 その声を皮切りに、観客席から人々が我先にと出入口へと向かう。実行委員の者は、それを必死で制御して、事故が起こらないように立ちまわっている。
 同時にフィールドへの出入り口から、教師が五人ほど突入してくる。そして影を囲むように、包囲した。


 土煙が完全に晴れたそこでは、レイとフードを被った影が攻防を繰り広げていた。レイの速度の乗った短剣の一撃を、フードを被った影が片手剣で弾き続けている。そしてレイの一撃を弾くと、フードを被った影の姿が一瞬ブレた。直後、再びレイが吹き飛ばされ、フィールドの端の壁に叩きつけられる。


「レイ君!」


 リアが吹き飛ばされたレイに近づくと、レイの肩、腕、腹など、複数個所に斬られた痕があり、血を流していた。顔を真っ青に染めたリアが、あまり得意ではない治癒魔法を、レイにかける。本職には到底及ばないそれは、止血するにとどまった。戦闘復帰は難しい。レイに治癒魔法をかけ続けているリアも、その場から動くことができない。
 その間にも、フードを被った影と、教師たちの戦闘が続いていた。しかし、それはお世辞にも戦闘と呼べるものでもなかった。
 教師の攻撃をさばき続けるそれは、決定的な実力の差を見せつけていた。剣撃には剣で対応して弾き、魔法はただマナを開放しただけで相殺する。まさに人間業ではないそれを、ずっと見せつけ続けていた。
 そこに、レイモンドが参戦する。実況席からここまでたどり着いたレイモンドは、火属性精霊魔法『フレイムショット』をフードを被った影へと放った。フードを被った影はマナで相殺しようとするが、それができずフードを被った影へと直撃した。


 すると、再び上がった土煙の中から、男の声が聞こえた。


「いいねぇ......久々に楽しめそうだ......!」


 その声と同時に、会場全体を男のマナが覆う。その場にいた者すべてに、等しく重圧となって襲い掛かる。たったそれだけで、逃げ遅れた観客と教師陣は気絶してしまった。
 その中でも平然と立ち続けるレイモンドを見て、土煙の中の男は、笑みを作った。それと同時に、マナの開放量がじわじわと上がる。これは自身を試しているだけなのだろうと、レイモンドは考えた。それなら、無理に動く必要もないと。レイモンドは、警戒は解かずに、男からの重圧に耐えた。
 しかし最初は平然としていたレイモンドも、だんだんと汗を額ににじませる。
 それを見て、男はマナの開放を止めた。そして、こう言い放つ。


「興覚めだ」


 男が踵を返す。
 男としては、この程度全力の半分にも満たない。その程度で汗をにじませるようでは、全力に耐えれるわけがない。そんな相手とは、戦う気すら起きなかったのだ。ちなみにレイとリアは、重圧に対して気にも留めてないのだが、男の意識からは完全に外れていたため、対象とされなかった。
 しかしそんなこと知りもしないレイモンドは、いきなり帰ろうとする男に、困惑と警戒、そして無意識に安堵の感情をその身に宿す。何をしに来たのかわからないから、困惑。何かされるかもしれないから、警戒。あの重圧から解放された、安堵。
 男に宿るのは、失望。期待したが、検討外れだったから、失望。だからこそ、男は油断した。
 男の直感が、その一撃を感じ取る。振り返り、自身が裾に仕込んでいた短剣を投擲すれば、飛んできた別の短剣と接触した。接触した瞬間、不自然に加速した短剣が接触した男の短剣を弾き、男のフードをかすめ、男の顔があらわになる。それは、人間に限りなく近い人間の敵。おとぎ話の登場人物、悪魔だった。






 レイは、必死に頭を回していた。短剣が加速した原理は簡単だ。レイが開発した遅延式の加速魔法陣で、短剣を加速させたのだ。しかしそれまで。レイにはもう対抗するマナも、隠し持つ武器も存在していない。そもそもあったところで、あの悪魔にどこまで通用するかわからない。
 そんなレイに、悪魔の男が話しかけた。


「......お前、なんて言う名前だ?」
「...レイ」
「そうか...お前の名、覚えたぞ。まさかフードだけとはいえ攻撃を当ててくるとは思わなかった。まあ、近接戦はまだまだだったが。今回は、もう何もしない。次に会う時までに、俺と戦えるまで強くなっておくんだな」


 そうして悪魔は、空を飛び、その場を去った。誰一人として、その後を追うことはできなかった。


 悪魔との初戦闘は、見逃されたという形で、敗北した。



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