異世界貴族は自由を望む

ノベルバユーザー196771

それぞれの戦い

 先に突撃したのはリアだった。その圧倒的な質量の塊であるハルバードを振り上げ、叩き込もうとする。もちろんテイルがそれを正直に受け止める訳もなく、横へと少し大きく跳ぶ。なぜ最小限の動きではないのかというと、離れなければハルバードが叩きつけられたときに起こる砂ぼこりに、目を潰されるからだ。リア自身は、事前に魔法で目を保護している。
 振り下ろしたハルバードを、斜めに持ち上げるようにしてテイルへと振るう。それを剣で受け流したテイルは、リアの胴へと横薙ぎの一撃を入れる。刃は潰されているため切れることはないが、もちろん衝撃はくる。リアは、数メートル吹っ飛ばされる。


「ファイアボール!」


 しかしリアも、飛ばされながらも牽制に詠唱破棄の火属性初級魔法を放ち、稼いだ時間で体勢を立て直した。


「まさか、ここまでできる一年がいるとか聞いてねえぞ」
「ここまで勝ち残ってきたんだし、そう簡単に負けるつもりはありませんよ、先輩」


 そんなことを言っているが、リアは自身に疲労が溜まってきていることを自覚していた。リアの攻撃速度はかなりものもだ。しかし、それに冷静に対処し、隙を見て反撃を織り込んでくるテイルに、苦戦を強いられていた。
 元々、リアは怪力を持ち、軽々とハルバードを振り回すのだが、体力はそこまでではない。リアは持久戦が苦手なのだ。今までの勝負ではここまでリアの攻撃に耐えられた者がほとんどいなかったため、リアの戦闘スタイルは、最初から全力の短期決戦スタイルで固定されていた。
 それにうすうす気が付いているのであろう、テイルも反撃にもあまり力を入れずに、長引かせることに意識を置いている。防ぐこと、避けることに失敗すれば、間違いなく一撃で勝負が決まるだろうそれは、観客を大いに沸かせていた。






 そしてその熱は、来賓の観客席にも届いていた。


「あなた、娘はあそこまで成長していたのね」
「......そうだな」


 そんな会話を交わすのは、フランタジア王国現国王にしてリア......フローリアの元父親であるレガートと、その妻エリンであった。
 リアが王家と離縁したのは、リアの意思である。レイと添い遂げるためには、婚約者などが勝手に決められる王女の立場が邪魔だったからだ。ただ一人の男のために王家の地位を捨てたリアがどれだけ本気なのかがわかる。
 そしてその理由を、レガートはある程度見透かしている。リアは、とても容姿がいい美少女である。そのため、ぜひ婚約をといった貴族家があとを絶たなかった。
 そして周りの声もあり、レガートがリアに婚約の話を持ち掛けたところ、それを拒否。その後リアは後継者争いには興味ないからという理由で、王家から離縁した。
 しかしそのタイミングで離縁すると言われれば、なんとなくではあるが恋愛関係なのだと予想ができる。そして今日の試合で、それを確信し、その相手がレイであることも見抜いた。


「あのレイ君って子が、フローリアのお目当ての人なんでしょうね......」
「ああ、今までの試合を見てきて思ったが、フローリアは彼を信頼しているようだ。試合を見ていればわかる。後ろを一切疑わずに任せるなんて、そうそうできんことさ」
「行き過ぎて依存してしまわなければいいのだけど」


 そう、フローリアは試合の際、一切後ろを気にすることなく突撃するのだ。迷いがないから速い。そのフローリアの一撃は、レイへの信頼があってこそであることも二人は見抜いていた。
 実際の戦場などでは、周りもしっかりと把握し、対処しなければならないのだが、これは試合だ。乱入もなければ、混戦にもならない。それ故の突撃なのだ。
 今ももしレイがフランを逃がせばフローリアは一気にピンチへと陥る。それはテイルも同じで、意識をいくらかレイたちのほうへ向けているのに対し、フローリアは真っ直ぐテイルだけを見ている。それがフローリアとテイルが均衡を保てている理由なのだ。もしフローリアもレイたちの方へと意識を割いていれば、そう遅くない内に負けていただろう。
 そんな二人が戦い続けていられるのも、この信頼関係があってこそなのだ。
 そんな実力も心も成長した娘を見ていたレガートは、嬉しそうで、どこか寂しそうな表情を浮かべ、レイを見ていた。
 ちなみに、フローリアは既にレイに依存してしまっている。手遅れである。






 レイは、ふと来賓席から視線を感じ、そちらにちらりと目を向けた。そこにはリアの父、レガートの姿があった。となりにいる女性は王妃エリンだろう。
 レイは、この試合は特に張り切っていた。もう縁を切っているとは言え、彼女の父親の前なのだ。恰好よく戦いたいと思うのも仕方ないことだろう。
 正直言ってレイならこの魔法を使わなくとも、フランに勝つこともできる。しかしそれは、集中力が切れるのを待つというとても地味な絵となってしまう。それよりはと、上級魔法を使ったのだ。フランもそんな理由で上級魔法をぶつけられたとは思っていないだろう。


 レイは、視界の端に苦戦するリアを捉える。あまり長くは持たなそうに見える。故に、勝負を決めにかかった。
 ここはレイの支配域。すべては、レイの意思一つで決まる。そう、レイが氷の槍をと思えば氷の槍が現れ、吹雪をと思えば吹雪が吹き荒れる。そんな世界だ。


 ちょうど、フランがアイスウォールを破った。その体は寒さに震え、顔は疲労に包まれている。しかしレイは、そのことを気にしない。相手が女性とはいえ敵なのだから、相手が弱っているのなら全力で叩くだけだ。


 レイが右手を上げれば、こぶし大の氷の礫が現れる。レイが左手で指を鳴らせば、それは何倍にも増える。すぐに、数えれる数ではなくなった。
 それを見たフランは、顔を青ざめさせる。目尻には、涙さえ浮かんでいる。凍える寒さの中、自身を覆う壁をちまちまと攻撃し、やっと出てこれたと思えば数えきれない氷の礫。泣きたくもなる。
 そんなフランなど意にも留めず、レイが上げた右手を振り下ろす。それに合わせて氷の礫は一直線にフランへと殺到した。
 観客席から悲鳴が上がる。もう抵抗すらできないところにあれだけの数が当たれば、ただでは済まないだろう。最悪死んでしまうかもしれない。
 しかしそれはすぐに、杞憂であることを知る。土煙が晴れると、気絶したフランと、そこから円を描くように突き刺さる氷の礫があった。


『ここでフラン選手、リタイアだー! 一気にピンチへと陥ったテイル選手、どう巻き返すのかー』


 呆然としたのも束の間、実況がそう切り出せば、観客は視線をまだ戦っているリアとテイルへと向けた。



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