竜の世界の旅人

ノベルバユーザー196771

価値観の相違

 颯斗が目を開く。そこには、自分の顔を覗き込む二つの顔があった。
 一つは、もう一か月の付き合いになる、ハク。人化しているようだ。その翡翠色の瞳を不安で揺らしている。そしてもう一つは、颯斗に見覚えのない顔だった。
 肩に掛かるくらいの紺色の髪に、金色の丸い瞳。その顔つきはまだあどけなさが残る。誰なのかと思考を巡らせる。
 そんなことを考えながら、颯斗は目覚めてからの第一声を放った。


「お前ら、まず服を着ろ。今すぐに」










 ハクともう一人の少女が服を着る。少女はどうやら服を着る方法を知らないらしく、ハクに教えてもらっているようだ。颯斗の耳に二人の声が届く。その時颯斗の目は綺麗に閉じられていた。
 しばらくすると颯斗の肩が叩かれる。目を開け振り返ると、いつも通り服をきたハクと、ハクの服を着た少女がいた。少女からするとハクの服は大きいので、ぶかぶかで歩きづらそうだ。
 そんな少女に、颯斗が話しかける。


「お前は、あの竜でいいんだよな?」
「そう。助けてくれてありがとう。私の名前は......確か『ニーズヘッグ』って、人間からは呼ばれてた」


 ニーズヘッグ。確か、どこかの木の根っこをかじっている竜だったか、と颯斗はもうほとんど覚えていない知識を必死に引っ張りだす。
 颯斗がそんなことを考えていると、ニーズヘッグが颯斗に寄ってくる。


「何だ?」


 颯斗のその問いにニーズヘッグは答えず、颯斗の胸に顔をうずめた。そして、何度も深く深呼吸をしている。


(これは......何をしているんだ?)


 颯斗が疑問を感じつつも、流石に見た目幼女に乱暴に扱うわけにもいかず、されるがままになる。そんな颯斗は、ハクに話しかけた。


「なあ、ハク。そういや何で俺は気絶したんだ?」
「ああ、それはたぶん、颯斗の能力がニーズヘッグの心まで触れたからだね」
「心まで?」
「そう、颯斗の能力が、完全に癒しに特化してるって話はしたよね」
「ああ、それしか使えないからってやつだな」
「そう。それで、かなり強い颯斗の能力は、おおよそ癒せるもの全てに干渉されるんだ」
「ということは、ニーズヘッグには心の傷か何かがあって、俺がそれに干渉してしまった、ってことか」
「そういうこと。深いところまで干渉することに、颯斗自身が耐えられなかったんだね」


 そんな話をしていると、ニーズヘッグが顔を上げた。


「それで、二人は何をしに来たの?」
「ああ、俺たちは旅をしていてな。その途中で、ニーズヘッグを見つけたんだ」
「うん、威圧がビンビン飛んできたよ」


 その言葉に、ニーズヘッグは申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん、いろいろあって」
「あの傷が関係してるのか? ......すまん、不用意に踏み込んでもいけないな」


 颯斗が心まで癒したということは、心に何か傷があったということだ。それは決して体の傷と無関係ではないだろう。そこは、不用意に人が踏み込むわけにはいかない絶対領域だ。
 幸いにも、ニーズヘッグは気にしていないようだ。


「別に構わない。人間の罠に掛かっちゃっただけ。それよりも、颯斗は竜人?」
「ああ、そうだが。何故......と言うのは聞くまでもないな」


 颯斗はニーズヘッグを癒す時に竜化している。その姿を見たニーズヘッグが、颯斗が竜人であることを知らないはずがない。
 しかしそれよりも、颯斗は気になることがあった。


「何で俺の名前を?」
「二人が話してたとき、そう呼ばれてた。違った?」
「いや、あってるから問題ないぞ」


 颯斗がそう言うと、ニーズヘッグは安心したような顔をする。


「ならよかった。颯斗に、頼みがある」


 ニーズヘッグが、颯斗に視線を真っ直ぐにぶつける。


「頼み?」


 颯斗が聞き返すと、ニーズヘッグは花の咲いたような笑顔を浮かべる。


「颯斗、私とつがいになって」


 ニーズヘッグが放った言葉を颯斗が飲み込むことができたのは、それから数分たってからだった。






 夜。
 颯斗とハクは、夜に進むのは危険ということで、ニーズヘッグがいた木の根っこ近くにあった穴の中で一夜を過ごすことにした。ハクとニーズヘッグは元の竜の姿に戻り、既に眠りについている。
 颯斗は木の枝に座り、人工的な光に溢れた地球では見ることのできないであろう星空を見上げながら、ニーズヘッグの発言を思い出す。


『颯斗の匂い、強い雄の匂い。私と颯斗なら、強い種を残せる。間違いない』


 ニーズヘッグが、告白の後に言った言葉だ。
 ニーズヘッグの衝撃の告白に、颯斗はすぐには答えが出せないと言って、答えを先延ばしにした。ニーズヘッグの顔は不満気だったが、その時の颯斗にはそう返すことしかできなかった。


「強いから......か」


 颯斗はニーズヘッグの言葉に、自分が人間でなくなったことを改めて突きつけられた気がした。
 ”強い種が残せるから”。人間であったならまず聞くことのない言葉だろう。それは恋愛感情などない、ただ種の存続を、繁栄のみを考え動く『竜』という生物であるからこそ出てくる言葉だ。
 元人間である颯斗は、そこに竜と人間の考え方の違いを明確に感じ取った。


「はぁ......」


 竜人になるとき、人を辞める覚悟はしたつもりだった。力を使った時にも、自分は人間ではないと自覚した。
 だが、こうして改めて突きつけられると、颯斗はどうしても考えてしまう。人でなくなった自分は地球に帰ったとして、受け入れられるのだろうかと。他にも考え出すときりがない。
 颯斗は結局、明け方まで悩み続けることになった。



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