竜の世界の旅人

ノベルバユーザー196771

傷だらけの竜

 ハクの背に慣れた颯斗は、周りの景色を楽しんでいた。颯斗がいた地球では見られないであろう広大な森が、一面に広がっていた。
 そんな中颯斗が感じたのは、微かな違和感だった。自分でもなんとも言い表せない感覚が全身を駆け巡る。その疑問をハクに話すと、ハクはこう答えた。


『ああ、多分竜だろうね』


 その言葉に颯斗が疑問符を浮かべていると、ハクが追加で説明した。


『颯斗は竜人になったでしょ。だから、無意識的にではあるんだけど、同族である竜の気配を感じてるんだ。でも、慣れてない颯斗でも感じることができるくらいってかなり大きいんだよね。私もビンビン感じてるし』


 そう言いながらハクが森の一角を指す。そこには、大きな木がそびえ立っていた。


『あそこの根本だね。大きいのが一匹。見てみる?』
「見れるのか? 縄張りとかあるんじゃ......」
『大丈夫だよ。そもそも縄張りを気にするのは、お宝とか守ってる竜や、新米の竜だけ。百年も生きれば、縄張りなんてどうでもよくなってくるよ』
「ハクもなのか?」
『そうだね。そもそもどこかに定住したことはないし。で、行くの?』
「それじゃあ頼む」
『はーい』


 そういってハクが進路を木へと変更した。


 ハクが木の上空へとたどり着いた。木の周りを旋回しながらその根元に目を向ける。颯斗も身を乗り出し、その視線の先を辿る。
 そこには、一体の竜がいた。その体は深い紺色の鱗で覆われていて、背中には鱗と同じ色の大きな羽がある。見た目は地球のファンタジーでよくで目にした竜そのものだ。大きさはハクより少し小さいくらいだろうか。しかしその存在感はあの時感じたハク以上だ。ハクに初めて会った時と同じような威圧感を、まだ距離があるのにひしひしと感じていた。


「なあ、まだお前とあの竜しか知らないんだが、竜ってのはこうも威圧感というか、なんかそういうのを持っているものなのか?」
『うん、だいたいの竜は持ってるよ。でも、意識的に出さないと特に出ることはないんだ。初めて会う相手に舐められないようにとか、いろいろね』
「じゃあ、あいつは何で?」
『厄介払いじゃない? あれほど放ってれば、人間は来ないだろうし』
「なるほど」


 その会話の中で、颯斗は洞窟に来た人間を思い出す。確かに、あいつらみたいなやつらに絡まれるのは面倒だろう。
 そういえば、と考える。何故ハクはあの人間たちを威圧して追い払わなかったのか。それを聞くと、ハクは自分が竜だと知られる必要もないし、俺も経験を少しでも積めるから、と言った。颯斗はハクなりに考えているんだなとちょっと失礼なことを考える。
 そんなやり取りをしていると、ハクが動きを止めた。その場で滞空し、あの竜の方へと視線を合わせる。そこには、同じくこちらに視線を合わせる竜がいた。颯斗は、張り詰めた空気を緊張感を強く意識した。
 どれくらいたっただろうか。ハクが颯斗に話しかける。


『降りるよ』
「大丈夫なのか?」
『うん、敵対の意思はないみたいだし、ちょっと様子がおかしいし。何かあるのかもしれない』


 颯斗にとって、この世界のことについて知っていることは少ない。そのため、今はハクに従うことが唯一で最も賢い選択だった。
 ハクが下に突き刺さるように降下を始める。さすがに颯斗も竜人とはいえこの勢いには耐えられそうになく、姿勢を低くしてハクの背にしがみつく。
 ハクが地面すれすれで身を翻し、見事に着地した。ハクの背中から飛び降りる。
 颯斗は改めてその竜を見た。
 瞳は綺麗な金色をしていた。しかしその目は虚ろで、まるで覇気を感じない。そして何より目を引くものは、体中にある大小さまざまな傷であろう。大きいものはその竜の腹に深く残っている切り傷だ。かなり切れ味のいい刃物で切られたことが、素人である颯斗にもわかる。そしてもう一つは羽だろう。飛んでいるときには全体の形しか見えなかったのだが、近づけばわかる。その羽には穴が開いていた。何かに貫かれたのだろうか。他にもいろいろな傷が残り、血こそ止まっているが正に死に際といった感じだった。


「ひどいな......」


 颯斗の口から無意識にそんな言葉が漏れる。それはハクも同じなのか、首を縦に振る。
 颯斗は無意識に自身の右腕、竜紋を抑える。
 自分ならこの傷でも癒せるのではないのか。癒せるとして、癒していいのか。そんな問いを乗せ、ハクを見上げる。ハクは何も返事を返さなかった。が、颯斗にはそれが自身の行動を肯定しているように感じた。
 颯斗が一歩ずつドラゴンに近づく。そのたびに強く感じる威圧が、颯斗を押しつぶさんと襲い掛かる。それに対し颯斗は竜化して対抗する。ハクは後ろで待っている。どうやら颯斗一人にやらせるつもりらしい。しかし、いつでも飛び出せるようにか、重心が若干へと傾いている。
 このドラゴンは、恐らく怯えているのだ。人間にか、それとも人型にか、すべての他の生物にか。なけなしの力を使い、威圧して、他者を拒絶する。そんな意思を颯斗は感じ取った。しかし次第に威圧も弱まっていく。威圧する余力もないほどに衰弱しているのか。どちらにしろ颯斗には好都合だ。ゆっくりと、更に距離を縮めていく。
 そして、颯斗が癒しの力を引き出し、ドラゴンの首筋に触れる。少しひんやりとしていた。
 ゆっくりと、その癒しはドラゴンに浸透する。傷を、そしてを、その力は癒し、そして犯した。数分程かかっただろうか、そのドラゴンの外見から、傷が消えた。
 それを見た颯斗の視界がぼやけていく。そして、最後に感じたのは、何かに抱えられる感覚だった。
 そこで、颯斗の意識は途絶えた。

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