猫茶屋寧華苑

machi

第一之巻 夜の茶屋

 夜が更け始めたその頃は、不気味な茶屋に日が灯る。

ここは西の都、京都と呼ばれ、観光客で賑わう街。
今も、古(いにしえ)姿を世に残している。
旧い(ふるい)町並みは、人々を魅了し、時に感動を呼ぶものだと、来る人々はそう言った。
して、その姿の裏側を知る者は皆、人ならざる時と言う。

僕の名は久々津 絲(くぐつ いと)「呉服屋久津々(くつつ)」の三男、高校二年生。
呉服屋の名家とも言われ、その着物には、高値が付く。
長男、次男は頭も顔も良く、周りからの信頼も手厚く、名家を継ぐ者として生まれたと言っても過言ではないぐらいに、できる兄達だ。
長男、冬馬(とうま)。4つ上の兄は、正式に継ぐことが決まり、働いている。
次男、蓮(れん)。2つ上の兄は、長男と共に学び働いている。
そして、僕は、兄達も通った高校「私立西都学園縫製学部(しりつきょうとがくえん、ほうせいがくぶ)」に通っている。兄達は全部科だったが、僕は色彩、染色科(しきさい・せんしょくか)にした。
「いと、ちょっと頼まれてくれないか」
長男の声がした。
「なんでしょうか、代表」
「代表なんて呼ぶな兄さんでいいよ、あと、そんなに難しい顔しないの」
家の者が代表と呼ぶのは珍しい事ではない。誰も責めない、長男はとても優しい
「頼まれごとってなんでしょう、兄さん」
「あぁ、そうだった。みすづ茶屋に行って挨拶してきなさい、品が出来たんだ、いつ頃お持ちするか聞いてほしいんだ」
「みすづ茶屋様ですか。僕でいいのですか?」
みすづ茶屋はうちの上客で、大きなとろだ、三下の僕で良いものかと、少し思った。
「大丈夫さ、みすづ茶屋様から名前が上がったんだ、上客にお呼ばれしたんだ、なんてことないさ。」
長男は、そう言って優しく笑った。
「分かりました、行ってきます。」
「うん。気をつけてな。」
見送られてみすづ茶屋に向かう。
長男が言うに、みすづ茶屋から名前が上がるのは名誉な事だそうだ。
長男や、次男ですら名を呼ばれた事はないそうだ。

賑わう街を横目に道のり行き、落ち着いた空気のみすづ茶屋に着いた。
「ごめんください。呉服屋久津々(くつつ)の者です。絲(いと)と申します。」
一瞬の静寂の後に、凛とした綺麗な声がした。
「いらっしゃい。お待たせしたね、私はここで茶を作っている、音駒瀬魅彩(ねこせみいろ)という者だ、急に呼び出してしまってすまないね。」
「いえ、とんでもないです。お呼び頂いて光栄です。」
その人は綺麗な声の男の人で、あまりにも美しい人だ。
例えるなら、そう、恐ろしい程に。
「長男の、冬馬(とうま)から連絡がきてね、品が出来たとゆっていたから、君を呼んだのさ。」
「はい、お品物はいつ頃お持ちするか聞くようにと。」
「そうだな。全ての店が閉まってから来てくれないか、人々が寝静まる頃、深夜零時ぐらいに。」
「承知しました。では、またお伺いします。正面でよろしいでしょうか。」
「うん、私も外にいるから正面に来てくれ。この蝋燭(ろうそく)で火を灯しておいで。」
「はい、分かりました。それでは、失礼します。」
その蝋燭は少し不思議な香りをしていた。
魅彩と言う人はふわりと笑って見送ってくれた。
店に戻り、冬馬兄さんに報告した。
「そうか、品の場所を教えよう。私は見送れないから、しっかり行っておいで。
玄関に蝋燭を立てておくから、その火でもらった蝋燭をつけて行っておいで。」
「はい。分かりました。」
珍しく難しい顔をした冬馬兄さんを見た。
仕事以外にそんな顔は見た事がなかった。

品の場所を教わり、かれこれしてるうちに約束の時間になっていた。
人々が寝静まる深夜零時。

「品もとってきた。あとは提灯(ちょうちん)に火をつけるだけだ。」
月明かりで薄明るい廊下を品を片手に歩いた。
うっすらと不思議な香りがした。
代表、代表理事の兄達ではなく、自分が呼ばれた事。
何故なのだろうかと、疑問を抱いた。
そんな事を考えているうちに玄関についていた。
冬馬兄さんと蓮兄さんから書き置きがあった。
『家の門を過ぎたら、決して振り向いてはいけない。』
振り返るな。と言う言葉に嫌な感じがした。
「いってきます。」
蝋燭に火をつけて、一言こぼし、門に向かっていく。
不思議な香りは火をつけた途端(とたん)に強くなった。
門の前で脚がとまった。
辺りは静寂に包まれ、月の光が射している。
「振り返らない。」
一言、自分に言い聞かして一歩進む。
門を出てすぐ、知らない道を歩いている様な感覚になった。
さっきまで薄明るかった月が無くなった様に、目の前が暗く感じた。
この不気味で不思議な空気が足取りを重くした。
しばらくして、ぼんやり明るい所が見えた。
そこには魅彩さんがいた。
「大丈夫だったかい?さ、店に入ろう。もう振り返ってもいいよ。」
「はい、失礼します。」
なんだろうか、疲れた様な、重だるい感じがした。
ふと、時計が目に入った。
針は一時を指していた。空いていれば二十分程でつく距離を一時間もかけてしまった。
「あのっ。時間を掛けてしまってすみませんでした。お品物はどちらに置きましょうか。」
「あぁ、こっちへ来てくれないか、人を紹介したいんだ。」
「はい、分かりました。」
茶屋の奥に進んでいく。
みすづ茶屋のずっと奥の方。
「秘密の裏口だよ。ここは、私と、みすづ茶屋の極一部しか知らない所だよ。
それから、時間の事を気にしている様だけど、気にしないでいいよ、昼と夜では違う事もあるさ。」
綺麗な声が少し響いて、裏口のドアに手をかけていた。
不安と疑問が口を走らせた。
「あの、何故僕は呼ばれたのでしょうか。兄は、冬馬や、蓮は代表ですし、今まで届けていたので、少し気になっていて。」
「あぁ、小さい頃に冬馬や、蓮と来ていて、高校生になって配達もしていると聞いてね、色彩・染色科だと言っていたかな、君は兄達とは違っている。だから頼んだのさ。私の興味さ。」
魅彩さんはにこやかに話ながら裏口を出て裏山へと進んでいく。
小さい頃の記憶は曖昧だった。
それっきりみすづ茶屋へ来ていなかった。
忘れていてもおかしくない事を覚えているそんな魅彩さんを少し不思議だと思った。
気づくと、神社に着いていた。
「こんな所に神社が。」
「ここは特別さ、私とみすづ茶屋の極一部しか知らない所だよ。」
「兄達は。」
「もちろん知らないさ、久々津家の者が入るのは先代の時以来かな?
さぁ!入って入って!靴は履いたままで。」
魅彩さんは、優しい声で呼びながら、手招きした。
神社の扉を開けて中に入っていく、階段で降りていく。
少しして、扉が見えた。
「着いたよ。ここが私の仕事場さ、
ようこそ。猫茶屋寧華宛へ。」
「猫茶屋寧華宛…」
扉の向こうには、見た事もない景色が広がっていた。
「おかえりなさいませ!、魅彩さん。それから、お初にお目にかかります、絲さん。」
「ただいま、紹介するね、四ツ目と言うんだ、ここの管理などしてくれている」
「は、初めまして、絲です。」
目隠しをした、小さな男の子がいた。
「それから、おーい!ちょっと出てくれないかな。」
あたふたする僕をよそに、魅彩さんは誰かを呼びに行ってしまった。
「お品物ありがとうございます!受け取りますね。」
「あ、はい、こちらこそ、いつもありがとうございます。」
四ツ目さんに品を渡して、そわそわしていると。
「お待たせ、紹介するね、ミケさん、真白、爻(まざり)だよ。」
「ミケだ、よろしゅう。」
「ね、猫が、喋って?!」
「真白です。よろしくお願いしますね」
「爻(まざり)だ!よろしくな!」
「魅彩さん。あの。これはいったい…。
えっと…よろしくお願いします?」
猫が喋っている。そんな状況にとてつもない混乱で、頭がパンクしそうになった。
「びっくりさせちゃったね。真白と、爻(まざり)は化け猫でね、昼間は茶屋の手伝いをしているんだ。ミケさんは基本猫で、看板猫さ。」
「びっくりしましたけど、なんか、その…大丈夫です。」
驚きはしたものの、説明を聞いて、何故か納得していた。
目の前で起きていることが、ありえない事だが、何故か納得できた。
「そう言えば、四ツ目さんは目隠ししていて前は見えているのですか?」
「はい、逆にこれがないと見えないのです。メガネの様な物ですね!
それと、敬語は使わなくて大丈夫ですよ!四ツ目とお呼びください!」
「うん!わかった、四ツ目、よろしくね!」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いしますです!」
明るく人懐っこい感じで、不思議と溶け込んでいた。
「すっかり和んでるね。」
「そんなに直ぐに馴染めるもんなんだな。」
「…?どちら様で…?」
知らない二人が立っていた。
「真白です。昼間の姿も見せておいた方がいいかと思ってね。」
「爻(まざり)だ!人の姿も見慣れといてくれよ!」
和服がとても良く似合う二人はとても眩しかった。
「所で、ここは、どういった場所なんですか?」
「詳しくは魅彩さんに聞いた方がいいですね、」
そう言って四ツ目が手を引いて歩き出した
「現代吉原ってご存知ですか?」
「現代吉原って…」
「ここは、現代吉原の一部であり、裏の姿なんです。
魅彩さんは、裏の世界の茶屋の主さんなのです!特別な茶屋なんです!」
「私は、ここを任せられている主であり、みすづ茶屋で茶を作る人でもあるんだ。」
魅彩さんはそう言って色々説明してくれた。

現代吉原は裏の世界。
大昔の世界と繋がっているとゆっていた。
裏の名。
みすづ茶屋は、御鈴屋(みすずや)、
クシなどが有名な織物雑貨店は、綴織屋(つづれや)
そして、うち、呉服屋久津々は、宇津屋(うつつや)と言うらしい。
みすづ茶屋は、現代吉原を束ね、裏の世界を司(つかさど)る、夜の茶屋。

「絲さんには、お手伝いをしてもらいたいんです!魅彩さんのお仕事を!」
「でも、僕は普通の人だし、兄さん達に劣る…しっ…」
少し怖くなって言葉に詰まった。仕事についてもいまいち分からない。
色々な事が不安だった。
「大丈夫だよ、難しい事ないさ、ちょっとしたアシストをするだけだから、少しづつ覚えていけばいいよ。」
「そうです!四ツ目もいますし、ミケさん、真白さん、爻(まざり)さんもいますから!」
一つ疑問をぶつけてみた。

「…あの。仕事……って?」
一瞬空気が冷えた気がした。
魅彩さんが、少し低い声で口を開いた。
「仏を癒し、鬼(じゃ)を祓う仕事だよ。」

低い鈴の様な綺麗な声は、僕の心臓を喰いちぎる様だった。


時は科学の時代。
神や仏は忘れ去られ、呪いも消え去った。
古の姿を残すこの街に今も昔の様に不気味な茶屋があるという。

新しい世界で絲の運命はどう変わって行くのか。
そして、音駒瀬魅彩とは何者なのか。
人々が忘れ去った裏側の真実とは。

次回 二ノ巻『夜色(よみ)の傘』

コメント

  • ノベルバユーザー327995

    どこか怪しげな雰囲気があるけどそれがまた作品をいい雰囲気に変えてくれて作品に入り込んでしまう

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