唯一不変の切札

白結 陽

第七・五章 夢のような一日

 パーティの前日、修羅場とも言える多忙な聖霊騎士団本部に、呑気な呼び声が木霊する。
「粋、粋!」
「ああ?」
 資料の束を片手に、露骨に不機嫌そうな顔で振り返った粋は、声の主とその背後にいる少女の姿を認めて、表情を和らげた。
「バンド組もうぜ!」
「はあ?」
 しかし続いた言葉で、再び眉間にしわが寄った。
「意味わかんないんだけど」
 つい険しくなった顔を見て、ユズリが怯んでいる。粋は慌ててまた表情を戻した。
「いや、ユズリちゃんと遊ぼうと思って」
「それでバンド? トランプとかで良くない?」
「一緒に音楽やった方がこう……絆が深まりそうだろ? それにパーティの余興にも使えるしレコーディングすれば思い出もできる」
 突拍子のない誘いだったが、夕凪なりに考えてのことらしかった。
「そこまで言うからには、何か楽器できるんだよね。ユズリはまあ、しかたないとして、ボーカルとかふざけたこと言わないでよ?」
 彼女の境遇を思えば、楽器など触れたこともないだろう。
「ああ、任せておけよ。俺は……」
 無駄にためて一言。
「ティンパニができる!」
「……ドラムじゃないの?」
「似たようなものじゃないか」
「そう……かなぁ?」
「で、粋はどうだ? ギターとかできるだろ?」
 なぜそう思われたのかわからないが、粋は言い淀んだ後、小声で答えた。
「……和太鼓なら」
「……ドラムじゃなくて?」
「似たようなもんでしょ。ていうかあれだよね、役割被るよね」
「……まぁ、プロ目指すわけじゃないし、別にいいか。他にも声かけてみよう。竹中とか器用そうだし、吉田とか昔やってそうな雰囲気あるしな!」
「え、そう?」
 流されるまま粋は休憩がてら資料を置いて、夕凪たちに付き合うことにした。この会話の間、ユズリは夕凪の袖を掴んだまま、ついに一言も発しなかった。

 食堂奥の厨房にてパーティの食事を担当している竹中に経緯を説明した。
「バンドッスか。いいッスね! 声をかけてもらえて嬉しいッス。俺も力になるッスよ!」
「よし! それで竹中は何ができる?」
「俺は昔、ドラマーとして学祭で演奏したことがあるッス。まあ、軽音楽部の助っ人で、ずっと本格的にやってたわけじゃないんスけど、それなりにできるッスよ」
「……また打楽器か」
「え? ……ちなみにお二人は何を?」
「俺はティンパニストで」
「僕は和太カー」
「……こ、個性的ッスね」
 続いて、訓練場にてパーティの準備を始めている吉田を見つけて誘う。
「ほう、バンドか。お前たちも目が高い。俺は昔、バンドを組んでいたんだ。『我ら疾風にて候』という名でな、インディーズ界ではやや名の知られた……すまん、ちょっと盛った。まあ、とにかく任せておけ」
「よし、ギタリスト来たな!」
「バンドと言えばギタリストだもんね」
「頼りになるッス、吉田さん!」
 三人は怒涛の勢いで役割を押し付ける。
「いや、ちょっと待て。ギターはできん」
「チッ。まさかドラムとか言わないよね?」
 粋は威圧する。
「無論、違うが。俺こそはバンドにおいて縁の下の力持ち。生粋のベーシストだ」
「……メロディ担当がいないんだけど」
「なに? お前たちは何をやるんだ?」
 吉田は眉をひそめて問う。
「ティンパニ」
「和太鼓」
「ドラムッス」
「打楽器ばかりじゃねーか!」
 思わず吉田もツッコミを入れる。
「うっさい! ベース弾けるならギターもいけるでしょ」
「ギターなど触ったこともないが」
「せめてキーボードはどうだ?」
「無茶言うな」
 静寂が走る。
 夕凪の傍らには、わけもわからず佇む少女。
「……誰か助っ人でも呼ぶ?」
 と粋。
「それか諦めるか」
 とは吉田。
「騎士団内で大々的に募集するって線もありッスね」
 そして竹中と、各々選択肢を挙げてくれる。
 夕凪はユズリを見下ろして、見上げ返すその無垢な眼を見つめる。
「いや、このまま行こう。俺達でやるから意味があるんだ。俺の家で暮らす皆でやってみよう」
「僕は泊ってるだけだけど」
 聖霊騎士団のみんなは仲間だ。瑞音を筆頭に笹巻や沢峰と、特別仲のいい者もいる。
 しかし一度に多人数で接しては、ユズリに負担が多くかかってしまう。夕凪や朝霧以外とは上手く喋ることもできない彼女に、まずはこのメンバーで人に慣れさせたい。
 意図を汲み取った粋は、溜息を吐いた。だがその普段は無気力に満ちた顔には、わずかにやる気が湧いてみえる。
「ま、いいんじゃない? 別にプロ目指すわけじゃないし」
「これが逆境……燃えてきたッス」
「もう全員ボーカルも兼任な。メロディのなさを声でごまかすぞ」
「よし。メインボーカル、ユズリちゃん、ティンパニ俺、和太鼓粋、ドラム竹中、ベース吉田。これが俺達のバンド『ユズリちゃんと愉快な俺達』だ!」
 ダサい――ユズリ以外は思ったが、どうでもいいかと放置した。
 ふと、粋が疑問を口にする。
「曲はどうすんの?」
 パーティでの余興も兼ねているとのことで、既存の曲だろうが、楽器が楽器なのでアレンジと練習は必要だ。
「ああ、それなら朝霧に作ってもらう。あいつは音感いいからな。音楽のことは大抵できる」
「……え? もしかしてギターも?」
「できるな。でもアイツ霊素体だから……」
 ギターが持てない。
「夕兄、憑装してもらったら?」
「それ俺も最初に頼んだんだけどさ、俺がやらないと意味ないって言われて」
 ユズリのためならば、そうだろうと粋は納得する。
「あと痛いから嫌だってさ」
 そしておそらくそっちが本音だろう。
「というわけで朝霧、作曲と編曲と演奏指導を頼む。明日発表だし、それまでにそれぞれ仕事もあるから、ちゃちゃっと頼むな!」
 と、携帯電話のストラップに話しかける夕凪。
 他一同は朝霧が不在だと思っていたために驚いた。
『無理だろ、それ。音楽なめんなよ』
 ですよね――粋たちは無言でうなずいた。
 夕凪も「そっかー」と肩を落とす。その様を見たユズリが、ついに口を開いた。
「あの、朝霧さん」
『なんだ?』
「えっと、その……どうにかなりませんか? 夕凪さんがやりたいこと、わたしもやってみたいです」
 潤んだ金色の瞳。朝霧は言葉に詰まる。
 彼女に対しては罪悪感がある。長年回り道をさせ、ずっと寂しい思いをさせてきた。その罪を償う機会があるのなら――。
『……いいだろう。ただしユズリ以外全員、寝る時間はないと思え』
「え、いやちょっ――そんな……っ!」
 睡眠をこよなく愛する粋は狼狽えるが、他の面々はやる気だ。
「任せろ。寝たらアレだからな、徹夜は慣れてる!」
「ユズリちゃんのためなら屁でもねぇッス」
「あと暇だしな!」
 三人は勢いよく、粋は力なく「オーッ!」と拳を突き上げる。ユズリも倣い、遅れて弱々しく拳を挙げた。

 パーティ当日。酒も入って盛り上がり、ユズリがうとうとし始める直前の時間で、演奏は披露された。
 打楽器多いな……聖霊騎士団の面々は思うが、皆彼らの境遇や志は知っている。
 嬉しそうにユズリが歌い、無気力な粋ですら楽しそうに演奏する姿に、万雷の拍手が送られた。

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