皇女に婚約破棄された俺は、死地へ赴く

やま

皇女に婚約破棄された俺は、死地へ赴く

「貴方との婚約は破棄させて貰いますわ、アルト!」


 俺の目の前で銀髪の女性は、指を指しながらそう叫ぶ。隣には憎たらしいと思うほど嬉しそうな笑みを浮かべる黒髪の男。


 銀髪の女性の言葉に周りは騒然とする。ただ、彼女の取り巻きたちや俺たちと同級生だった奴らは、俺を睨みつけてくる。あまりにも見に覚えのない事に俺は戸惑いながらも、彼女を見る。


「……それはどういう事だ、アーティシア?」


 俺は彼女の言葉と周りの雰囲気に喉がカラカラに乾きながらも、何とか声を絞り出す。ただ、何とか絞り出せた言葉は、意味の無い問いだった。さっきの彼女の言葉で、答えなんてわかっているのに。


「だから、貴方との婚約は破棄させて貰います。そして私はこの方、レンドリクス・アルフォート様と婚約致しますわ!」


 さっきまで睨みつける視線が、隣の男を見る時には、うっとりとした表情を浮かべていた。


 この男は確か、何年か前にアルフォート男爵が養子にした男で、ここのところ令嬢たちの中で噂になっていた男じゃないか。顔は整っており、成績優秀、武芸にも秀でており、どこかの貴族の落とし子じゃないのかと。


 その男が、隣に立つ俺の婚約者、アーティシア・アンドレスの腰を抱き、愉悦の篭った瞳を俺へと向けてくる。俺はその事が許さずにレンドリクスの方へと向かおうとするが、阻むように2人の男が立つ。


 俺の親友であるはずのマークとアデルだった。2人とも、周りの取り巻きたちのように俺を睨んで来た。


「……見損なったぞ、アルト。才能のあるレンドリクスを裏で虐めていたとは。貴族として恥ずかしく無いのか?」


「そうです。親の権力に物を言わせて、彼はもう少しで自殺するところだったんですよ? アーティシア様が止めなければ、この国の未来の英雄が死ぬところでした」


 ……何を言っているんだ、みんなは? 俺がレンドリクスを虐めていただと? そんなわけがないだろう。俺が彼とこんな風に会うなんて初めてだ。今まで姿を見かけた事はあるが、こんな風に話す事なんて1度も無かったのに。


 全く身に覚えのない事でも、複数人がそういえば、周りの人たちも当然疑う。俺が何と言おうと、無実だと話そうとも、誰も聞いてくれない。そして、今回の元凶であるレンドリクスが口を開く。


「彼に虐められて来た僕は、1度は死のうと思いました。でも、その時、女神が僕を助けてくれたのです。アーティシア様という女神が。僕の心を救ってくれたアーティシア様に僕は忠誠を誓い、この命を持って彼女を守ると決めたのです!」


 レンドリクスの言葉に何故か沸く令嬢たち。その上、アーティシアも、レンドリクスの事をうっとりとした表情で見ていた。


 俺はその光景を見て吐き気を覚える。なんなんだこれは。一体何が起きているんだ? 今にも力が抜けそうになるのを、なんとか踏ん張って見たくもない光景を見ていると、皇帝陛下が立ち上がる。隣には俺の父上も。


「今の話は本当なのか、アルトよ?」


 厳しい表情で問いただしてくる皇帝陛下。父上も厳しい表情を浮かべていた。俺は何度違うと答えても、周りの者たちがこういうのを見た、こういうのを聞いたと次々と話していくため、俺の言葉は信じてもらえなかった。


 皇帝陛下も周りの言葉を信じてしまったのか、俺を見る目が変わり、兵士たちへと外に出すように指示を出す。俺は両腕を掴まれて部屋を出されそうになるが、それを父上が止める。父上だけは俺の言葉を信じてくれたのか……そう思ったが


「お前には失望した。お前を勘当し、我がデスターク家はお前の弟であるマルクに継がせる。もう2度と私の前に顔を見せるな!」


 と、告げられた。俺は認められずに何度も何度も父上を呼ぶが、父上は1度も振り向く事なく皇帝陛下の元へと戻ってしまった。


 もう貴族では無くなった俺に兵士たちは遠慮をしない。抵抗する俺を殴り引きずるようにして俺を引っ張る。最後に見たアーティシアの顔は、レンドリクスに見惚れる顔で、その隣のレンドリクスはアーティシアを見ずに、俺を見下すように笑っていた。


 ……


 …………


 ……………………


 あれから何日が経っただろうか。何も持たされないまま王都から追い出された俺は、ただただ歩き続けた。目的なんてない。何もやる気も思い浮かばない。


 残ったのは、俺を嵌めたあの男への恨み、その男を信じて俺を捨てた女への恨み、2人の言葉を信じた周りへの恨みだけだった。


 だけど、復讐なんて考えなかった。もう何もやる気なんて起きなかったから。もうどうでもよかった。このまま死んでもいいとさえ思う事もあった。ただただ歩き続ける日々。


 しかし、当てもなく歩き続けば当然腹も減る。今まで貴族として何不自由しなかった俺には、街の外での生活はかなりキツイものだった。


 水場は探せずに泥水を啜り、生えているきのこを食べれば腹を下し、何とか動物を取ろうにも素早く逃げられ取れなかった。


 魔法が使えればまた違ったのかもしれないが、俺には魔法が使えない。精々魔力で体を強化するぐらいだろう。


 この時になって体を強化して動物を捕らえればいいと気が付いた事には自分で自分を呆れてしまったが。何とか取れた久し振りの肉を食べようにも、火の起こし方がわからずに生肉で食べた時は、本当に死ぬかと思った。上からも下からも垂れ流して、生きていた事が不思議なくらいだ。


 ただ、1度人間死にかけると、死にたいという気持ちが薄れてきた。無いわけではないのだが、自分から進んで死のうとは思わなかった。自殺なんて思い浮かばなかったし。


 ただ、生き残りたいとも思わなかった。何も面白くもなく、あの時から色の付いていない景色に、味の感じない舌。


 自分から死ぬ事も出来ない臆病者で、でも、このまま生き残りたいとも思えない臆病者の俺が選んだのは、冒険者として活動していく事だった。


 冒険者なら死なないように金を稼げるし、魔物に殺される事もある。真面目に冒険者をやっている人からすれば、ふざけるなと言われる考えだが、俺はこの仕事を選んだ。


 街への対応は当然だが前と同じではなかった。紋章を見せれば頭を下げる兵士も、紋章を持たず見窄らしい格好をした俺には、舌打ちをしながら対応してくる。


 当然冒険者ギルドでもだ。担当になった受付嬢からは嫌そうな顔をされ、冒険者たちからは汚いと絡まれ殴られる。俺はどれも無視をして、がむしゃらに依頼を受け続けた。


 まだ貴族だった頃に習った剣術は、その時師事していた先生からも中々の腕前と言われていた事もあり、ずっと討伐系の依頼を受けていた。


 王都から追い出された時は当然何も持たされていなかったが、新人用に先輩冒険者が置いた剣を借りて俺は依頼を受け続けた。


 手入れなされていないボロボロの剣だったけど、何も持たないよりはマシだった。


 俺は死なないため、そして死ぬために色々な依頼を受ける。初めはゴブリンの討伐から始まり、ウルフにモンキーマン。オークの群れなど様々だ。


 俺は防御無視の特攻をするため、魔物たちの血と自分の血で毎回毎回赤く染まっていた。何度も受付嬢に怒られたが、無視して戦い続けた。魔物と戦っている時だけ、視界に色が戻り、生きていると実感出来るからだ。


 当然、その代償は生易しいものではなかった。1年も同じ事を続けていれば、1年前までは殆ど傷のなかった体も傷だらけで、左目には深い切り傷があった。そのせいでもう左目は見えなかったりする。


 そして、気がつけば俺のランクはAランクになっていた。理由は俺の左目を潰した魔物、ワイバーンを倒したからだ。その事で周りの冒険者たちに持て囃されたが、俺は生活を変える事なく依頼を受け続けていた。気が付けば『赤鬼』なんて呼ばれたり。


 そんなある日、俺は1軒の奴隷商の前を通った。今まで何度か通る事があったけど気が付かなかったのは、最近出来たからだろう。


 俺は何となしに中へと入る。理由は全くない。ただ、気になったからだ。中には様々な年齢や種族の奴隷が檻の中にいた。


 店主の男が色々と話しかけてくるが、俺は奴隷たちを見回る。そして、1つの檻に目が止まった。中には3人の子供が肩を寄せ合って震えていたのだ。小さい少女を抱き締める10代の女の子に、その2人を庇うように俺に威嚇してくる男の子。


 店主から話を聞くと、どうやら3人は姉弟らしく、親が魔物に襲われて死に、子供たちだけなところを見つけて捕まえたらしい。


 キッと睨みつけてくる男の子。そして、その男の子を抱き締める姉と思われる女の子を見ていると、気が付けば店主に金を払っていた。


 家もない宿屋暮らしなのに……と後悔しても後の祭り。買ったものは仕方ないと諦めて、契約を進めていく。本当ならこんな考え無しに人の命を抱えるものではないのに。いつ死ぬかもわからない俺が背負うわけにもいかないのに。それなのに何故か買う事をやめられなかった。


 子供たちをある程度身綺麗にしてもらってから、俺は子供達を連れて家を買いに行った。この1年間、休む事なく毎日狩りをしたおかげで、金はある。使うといっても飯と装備ぐらいだったからな。初めはマイナスだったが、途中からはプラスのおかげで貯まっていたのだ。


 それらを使って4人が住める家を買い、子供たちの生活品を買う。初めは子供たちも俺を警戒していたが、服を買わせて美味しいものを食べさせると、懐いてくれた。特に1番下の少女、ミコが物凄く懐いた。


 俺の腰にしがみつき、笑顔で見上げてありがとうと言う姿には、俺の心が温かくなる気がした。


 それから、俺はあまり依頼を受けなくなっていた。理由はまだ慣れていない子供たちに色々と教えるため。


 1番上の少女、ミオは俺の1つ下で15歳になる茶髪の女の子だ。綺麗というよりは可愛い女の子で、まだビクビクとしているけど、家事をやってくれている。


 2番目の男の子のミアンは9歳で、家の力仕事を担当だ。俺にずっと威嚇していたが、美味し物を食べさせてあげると、懐いた。


 1番下のミコも似たようなもので、ミオやミアンの手伝いをさせている。


 気が付けば、ミオたちがいる家に帰るのが楽しみになっていた。最近では受付嬢や冒険者たちからも表情が柔らかくなったと言われるし。


 半年も経てば彼女たちを買った理由がわかった。俺は温もりを求めていた事に。婚約者に裏切られ、親にも親友にも裏切られ、ただ1人になった俺は、この冷え切った心を温めてくれる者を探していたのだ。


 しかし、彼女たちを買って1年が経った頃、その平穏な日々は崩れていった。帝国の中に魔王が現れたのだ。


 魔王は魔物たちの王の事で、とある種族の魔物の1体が最高位まで進化した者の事を言う。今回現れたのが、オーガキングという魔王らしく、その影響で、オーガの大群も現れたそうだ。


 帝国は直ぐに軍を送った。その中には英雄レンドリクスという名前もあった。俺が追放されてから、色々と名を上げたらしく、彼が出れば負けないだろうと言われるほど。


 昔なら奴の名前を聞いただけで怒りが湧いていたが、ミオたちと過ごしている今は、その名を上げたレンドリクスが魔王を倒してくれるのだから有難いと思えるほどになった。


 離れたところに住んでいる俺たちからしたら関係の無い話で、今はみんなで過ごす時間の方が大切だった。昔なら進んで魔王討伐に向かっていたのに、温もりでこんなに変わるものなんだな。


「アルトさん、お茶を入れましたよ」


 そんな風にゆったりと過ごしていると、ミオが笑顔で飲み物を渡してくれる。お礼を言いながら受け取って俺はお茶を飲んでいると、ニコニコとしながら前の椅子にミオが座る。


 ミアンとミコは今頃外で虫でも追いかけているのだろう。前も、虫を捕まえたって嬉しそうに持ってきて、ミオを驚かせていたし。


 部屋の中を2人でゆったりと過ごしていると、ミオが突然立ち上がる。そして俺の隣に座ると、体を寄せてきた。突然の事で戸惑っていると


「アルトさんのおかげで私たちは幸せです」


 そう言い俺の頰へとキスをしてくる。俺が驚きながら彼女を見ていると、ミオは頰を赤く染めながらも、微笑んでくれた。


「こ、これは日頃のお礼です。こんなのでお礼にはなるとは思っていませんから、これからもっとお返ししますから!」


 それ以上は流石に耐えきれなかったのか、恥ずかしそうに子供たちの部屋へと戻っていってしまった。


 俺はぼーっとその後ろ姿を眺めている事しか出来なかった。ミアンやミコが帰って来たのにも気付くのに遅れるほど、ミオの行為は俺にとって特別なものだった。


 その日からいつもより距離が近くなったように感じるミオ。少し恥ずかしそうにしながらも横に座ったりする姿は愛らしくて、俺もいつの間にか妹分としてではなくて、1人の女性として彼女を見始めていた。


 そんなある日、とある情報が街に轟いた。その情報は帝国軍が魔王に敗北したというものだ。


 1ヶ月ほど前に帝国軍が魔王のオーガの大群と衝突。オーガたちの数は他の魔物を合わせて4千ほどで、帝国軍が3万ほど。10倍近くの差があったとしても、オーガは元々Cランクの魔物。1体でもかなりの強さを持つ魔物だったため、油断せずに攻めたらしい。


 その結果、何とかレンドリクスたちをオーガキングの下まで送る事が出来たようだったのだが、オーガキングの強さが圧倒的だったのだとか。


 送った大半は死に、レンドリクスは両足を切り落とされて戦線離脱。オーガの半数近くは倒したのだが、帝国軍の英雄が負けた事に指揮が下がり撤退したという。


 そのままオーガキングは帝都へと進軍しているようで、各街の冒険者ギルドに緊急依頼が来ているらしい。今更遅いとギルド側は憤慨しながらも、負けるわけにもいかずに冒険者を送るという。当然俺にもその連絡が来た。


 帝都を守るなんて事、本当はしたくはないが、万が一突破されれば、俺たちが今いる街も狙われる事になる。そうなるのは避けたい。本当は行きたくはないけど。


 事情を話すと、3人とも今にも泣きそうなほど心配そうな顔をして見てくるので、必ず帰ってくると約束する。俺も昔みたいに死にたくはないし。


 緊急依頼が出されたから3日後には、出発をした。徒歩で1週間もあれば、帝都に着く計算で進んでいる。その間にオーガたちも進んでいるから、帝都の近くでぶつかる計算になっている。


 冒険者の数は、Cランク以上だけで1つの街に100人程度。それが色々な街から集まるから、まあ、オーガたちと近い数になるはずだ。


 それに合わせて、帝国も兵士を出すはずだ。それを合わせれば、オーガは突破出来るはず。ただ、問題はオーガキングだ。結局は奴をどうにかしないと戦いは終わらない。どうにかして倒さないと。


 そんな事を考え、みんなで話し合いながら進む事1週間。帝都に辿り着いた俺たちはすぐにオーガたちと出会う事になる。隊列なんか関係無く攻めてくるオーガたち。


 こちらは魔法を放って対抗するが、元々魔法耐性が強いオーガだ。あまり効果が無く、直ぐに乱戦と変わった。


 俺も周りの冒険者に合わせて攻める。結局俺の戦い方は攻める事しか知らない。だけど、命を守る攻め方で、俺はオーガたちを切っていく。


 オーガの振り下ろしてくる拳を掻い潜り、脇腹を切り裂き、怯んだところで首を切る。死体となったオーガを別のオーガへとぶつけ、死体もろとも剣を突き刺す。


 戦った相手に敬意などと言っている暇はない。生きるか死ぬか、そのために手段なんて選んでいられない。俺は生き残ってミオたちの元へと必ず戻る。そのためには奴を殺さなければ!


「うぉぉおおっ!」


 俺は目の前に現れる魔物を片っ端から切っていく。前のように全身を赤く染めながら。周りの冒険者や兵士たちも、俺の後に続くように叫びながら迫る。


 奥に行くにつれて強くなって行くオーガたち。今までもかなりのものだったが、ここからはもっと死闘となっていった。


 オーガたちの攻撃が掠るだけで吹き飛ぶ冒険者たち。俺も少しでも判断を間違えれば同じようになってしまう。俺は前のように敵を殺す事に集中する。必ず生きて戻るために。


 周りの冒険者たちのおかげで、オーガキングの元へと辿り着いた。辿り着いた冒険者は10数人ってところか。


 全員で一気にオーガキングへと攻める。オーガキングの持つ巨大な斧が振るわれるだけで、体が吹き飛ぶ冒険者たち。1人、また1人と減って行く中で、俺はオーガキングと切り合う。


 腕力も、耐久力もオーガキングの方が上。俺の体は傷が増える一方。巨大な斧なんか受ける事なんか出来ずに、ギリギリで避けているため、精神的にもキツい。


 だけど、今ほど神経が研ぎ澄まされている時は無かった。避けて避けて避けて、そして切りかかる。何度も何度も何度も何度も、オーガキングを切る。


「うぉぉおおおおおおっ!!!!!」


「ガァァアアアアアアッ!!!!!」


 自分の限界を超えて、オーガキングと切り合う。ただ1つ、思いを込めて。


 ……何分経っただろうか。ほんの数分かもしれないし、1時間近くは経ったかもしれない。俺の体は傷だらけで殆ど体が動かない。


 オーガキングも似たような感じで、全身傷だらけだった。俺もオーガキングも武器を構えてその時を待つ。そして


「はぁっ!」


「ガァッ!」


 ほぼ同時に俺たちは飛び出した。俺は真っ直ぐとオーガキングの弱点である喉を目指して剣を突き出す。オーガキングは斜めに斧を振り下ろして来た。


 予想通りの攻撃だ。俺はスレスレで体を斜めに倒して斧を避ける。そしてオーガキングの懐へと入り、一気に剣を突き上げた。ただ、1つ見落としていたのが、オーガキングがただの魔物ではないという事だった。


 俺が喉めがけて剣を突き出したのを見て、ニヤリと笑みを浮かべるオーガキング。オーガキングは頭を逸らして剣を避け、そのまま俺の左肩へと噛み付いて来た。


 その瞬間、俺は左腕を捨てた。口を大きく開けて噛み付いてくるオーガキングの口へと自ら左腕を突っ込んだのだ。


 まさか、自分から入れてくるとは思わなかったのか驚いて、噛みが甘いオーガキング。中途半端に痛いじゃないかよ! 肩まで突っ込んだ左腕はオーガキングの喉まで入った。かなりの激痛で殆ど左腕の感覚はないが、何かを掴んでいる気はする。


 オーガキングは暴れて左腕を噛み切ろうとするが、その前に俺が喉元へと剣を突き立てる。その瞬間顎に力が入ったのか、俺の左腕を引き千切れ、地面へと落ちる。


 剣を喉へと突き刺したまま、よろよろと下がるオーガキング。ここで逃すかよ。もう、殆ど痛みの感覚が無い体に鞭を打って、刺さっている剣へと手を伸ばす。剣の柄を握り、最後の魔力で強化した力で思いっきり振り切る!


 ズシャッ! と切れる音と、ボタボタッ! と溢れる音。左腕が無い俺はバランスを保つ事が出来ずにその場に倒れ込む。何とか右手で体を支えて起こすと、目の前には膝をついたまま死んでいるオーガキングの姿があった。


 その光景を見た冒険者たちは、それぞれが雄叫びを残党を狩って行く。俺はもう立つ事も出来ずに、支えていた右腕も力が抜けて、その場へ倒れ込む。


 薄れていく意識の中で最後に浮かんだのはミオたちの笑顔だった。


 ◇◇◇


「……俺は生きているのか?」


 つい呟いてしまった言葉。1年前なら生きていて後悔していたところだったが、大切な物が出来た今だと、有難く感じてしまう。


 見覚えの無い天井に、見覚えの無い部屋。わけもわからずに体を起こそうとすると、体勢を崩してベッドへと倒れてしまった……ああ、そうだ。左腕が無いんだったな。忘れていた。


 今度は何とか右腕で上手い事起き上がって周りを見るが、やっぱり見覚えの無い部屋だった。しばらく周りを見ていると


「アルトさん!」


 と、俺を呼ぶ声がする。声の方を見ればそこにはミオが涙を浮かべて立っていた。そして勢い良く抱き着いてくる。俺は残った右腕でミオを抱き締める。


「ごめんな、ミオ。心配かけたな」


「うぅっ……本当ですよ! 戦いが終わってから帰ってこないから心配していたら、入院しているって冒険者の方が教えてくれて。居ても立っても居られなくて、私……私!」


 ミオはそのまま泣き出してしまった。落ち着いてから話を聞けば、俺は1ヶ月近く眠っていたようだ。英雄は死なせないと、冒険者の皆が頑張って俺を運んでくれたようで、何とか命を繋いだらしい。


 俺の事を聞いてから直ぐに出発したミオたちは、ここに来てもう3週間近くなるようで、ずっと俺の世話をしていてくれたみたいだ。


 その間、何度か皇宮から使者が来たようだが、まだ眠っていると言って帰ってもらったとか……皇宮か。嫌な予感しかしないが、行かないといけないのだろう。


 しばらくミオから話を聞いていると、ミアンやミコも帰って来て、起きている俺を見たら涙を浮かべて抱き着いて来た。あぁ、本当に生きていてよかった。この子たちの温もりを感じで、心からそう感じられるようになった。


 次の日には、予想通り皇宮から使者がやって来て、来るようにと命令された。断ってやろうかと思ったが、ここで無駄に問題を起こしてミオたちに迷惑をかけるわけにはいかないので、俺は黙ってついて行く。


 ミオたちは心配そうに見ていたけど、大丈夫だと、1人ずつ頭を撫でて行く。ミオだけは子供じゃ無いです、と怒っていたけど、口元は嬉しそうだったな。


 それから、馬車に乗って城へと向かう。もうすぐで2年ぶりになるのか。もう2度と来ないと思っていたのだけど。


 久し振りの城に降ろされた俺は、使者の後について行く。昔は城に来る事が名誉な事で嬉しがっていたが、今となっては嫌な雰囲気なところだ。


 すれ違う侍女や兵士たちの中には俺を知っている者もいるのだろう。俺の今の姿を見て、口を開けて驚いていた。まあ、殆ど昔の面影は無いだろう。体は傷だらけで、左目は切り裂かれ、左腕は噛み切られ……左ばかり被害を受けているな、俺。


 そんなくだらない事を考えていたら、玉座へと辿り着いた。中へと入ると、見覚えのある人たちがずらりと並んでいた。


 そして、俺を見て驚きの表情を浮かべる貴族たち。もしかして、俺って事を知らなかったのだろうか? まあ、あり得ない話ではない。名前だけ聞いて、呼べとでも言っていたのだろう。


 中には俺の知っている顔もあった。父上に親友だったマークとアデルたち。そして、俺の婚約者のアーティシアに車椅子に乗っているレンドリクスがいた。


 父上たちもそうだが、なにより2人とも、笑ってしまうほど口を開けて驚いていた。こいつら、俺の腹筋を捩じ切って殺す気か? なんて奴らだ。と、1人で冗談を考えていると皇帝陛下が入って来た。


 皇帝陛下が偉そうに玉座に座り俺を見ると、周りと似たような驚き方をしていた。だけど、さすがは皇帝陛下なのか、直ぐに元の表情へと戻った。


「……お主が此度の魔王を討伐した者か?」


「はい。初めて・・・お目にかかります皇帝陛下。私の名前はアルトと申します」


 俺の言葉に騒つく貴族たち。もう、貴族の子息のアルトは死んだ。今いるのは冒険者のアルトだからな。


「う、うむ。お主のお陰で帝都は救われた。話に聞くと、左腕を犠牲にしてなお、魔王と切りあったそうではないか。その話を聞いた時は、年甲斐も無く震えてしまった。そんなそなたに褒美をやろうと思うのだが」


「見に余る光栄です、皇帝陛下。ただ、私は冒険者として当然の事をしたまでです。何もいりません」


 貴族たちに物なんか貰っても良い事がない事は、元貴族の俺が身を持って知っている。ここは断っておく。


「……むっ、帝都を救ってくれた英雄に何も褒美を与えないというのは外聞が悪い。アルトよ、貴族として戻ってはこぬか?」


「っ! ……貴族? なんの事でしょうか? 私にはわからない話ですね」


 危ない。思わず皇帝陛下にキレそうになった。何が戻って来ないか、だ。今更ふざけた事を言うんじゃない。


 そう思っていたが、俺の事をジッと熱い眼差しで見てくるアーティシアを見て、良い案を思いついた。これが俺からお前に贈る最後の贈り物だ。


「それなら1つ、お願いしたい事があります。アーティシア皇女殿下の事で」


「えっ!?」


 おい、そこ。嬉しそうな声を出すんじゃねえよ。俺はまだ名前しか言ってないだろうが。そんな嬉しそうな顔をしていると、次の俺の言葉にどんな顔を浮かべるか、楽しみになるじゃないか。


「うむ、アーティシアがどうかしたのか? もしかして、婚約の……」


「違います。アーティシア皇女殿下にはレンドリクス様という方がおられるはずです。その方と最後まで幸せになって貰う事が、私への褒美となりましょう」


 俺の言葉に唖然とするアーティシア。どうせ、もう役に立たないレンドリクスを捨てて、俺に乗り換えようとでも考えていたのだろうが、そんな事は許さない。


 俺を捨ててまで選んだからには、最後まで添い遂げろ。どのような状態でも。それが、俺が最初で最後にお前たちに下す罰だ。


 俺はそれだけ言うと、玉座を後にする。その日の内に俺は御者を探して、ミオたちと共に家へと帰った。家に帰ってからは、直ぐに国を出る準備をする。この国いても面倒な事になるだけだからな。


 こういう時冒険者ギルドは便利だ。どの国にも置いてあるから、ギルドカードさえあれば、どの国のギルドからでもお金を下す事が出来る。俺の全財産は持っている分以外は預けているから、隣国でも引き出せる。


 慌ただしい中、御者へお願いし隣国まで向かう途中、俺はミオと話をしていた。国を出る原因のとなった昔の事と、これからの事を。


 国を出る理由は皇帝陛下たちが魔王を倒した俺をそのままにしておくわけがない。何かしらの手を使って手元に置こうとするだろう。そうなる前に皇帝陛下の力が及ばない場所へと行かないといけない。


 隣国のアーデンヘルン王国なら帝国と同規模の国で国力もどちらかと上のため、上から言う事は出来ないだろう。そこに行ってからの事なのだけど


「ミオ、落ち着いたらさ……結婚しよう」


「えっ? ……ええっ!?」


 俺の言葉があまりにも突然過ぎて驚きの声を上げるミオ。景色を眺めていたミアンとミコがこちらを見てくるが、何でもないよと言って再び外の光景に意識を向けさせる。


 そして、俺はミオの手を握る。ミオは顔を赤くしながらもしっかりと俺の方を見てくれる。


「さっき話した通り、裏切られた俺は死に急ぐように色々な依頼を受けて来た。自分で死ぬ勇気は無かったけど、誰かに殺されるならって。でも、君たちに出会ってその気持ちは変わっていった。君たちと一緒に居たいと思うようになって来たんだ。
 そして、あの時のミオの言葉。あの言葉を聞いて俺は、ミオの事を意識し始めた。
 ミオ、これからもずっといてくれるか?」


 俺の真剣な言葉にミオは涙を流しながらも頷いてくれた。


「はいっ! 私がアルトさんの左腕になって、アルトさんを支えます! 私は絶対にアルトさんの側から離れませんから!」


 俺の告白を受け取ってくれたミオは、そのまま抱きついて来た。俺は彼女の温かな体温を感じながら、胸にじわりと染み込む幸せを、楽しんでいた。


 それから隣国へ辿り着いた俺たちは、直ぐにギルドへ行き、色々な手続きをしてから、新たな家を購入した。


 そして、俺とミオの結婚式も行った。知り合いが誰もいないため、教会で誓いだけだったけど、ミオは喜んでくれた。


 結婚式を終えた半年ほど経った頃に風の噂で聞いた話だけど、何を思ったかは知らないが、皇帝陛下は俺が追放される事件となったレンドリクスの虐めについて調査をしたらしい。


 その結果、レンドリクスの虐めというのは自作自演というのがわかった。それに騙されていた者たちは当然レンドリクスへ怒りの矛先を向け、レンドリクスは死刑された。


 しかも、その話が今俺にも届いているように、国中に広がった。皇帝陛下の事を偽物の英雄を囲うため、本物の英雄を追い出した愚かな皇帝と噂されるほど。


 アーティシアも似たような噂が広められているのを聞いた。しかも、アーティシアに至っては、レンドリクスと共謀していた証拠も見つかっているため、余計に扱いが悪いらしい。まあ、同情する余地がないけど。全て自業自得だ。


 そんな話も聞いたりしながらも、住みやすいアーデンヘルン王国に移動してから2年が経った頃には、ミオに子供が出来た。18歳で子供はまだ若い気もしない事はないが、嬉しそうにお腹を撫でるミオを見ていると、そんな事を気にする事なく嬉しく思う。


 とても辛く死にたい時期もあったが、俺の側にいてくれるミオ、今度は俺たちを守ると修行をするミアン、姉を支えたいと張り切るミコ、みんなが側にいてくれる今はとても幸せだ。


 みんな、俺の見える景色を色鮮やかに彩ってくれて、温かな温もりを沢山くれてありがとう。

コメント

  • ノベルバユーザー232154

    あらすじ
    死地を探すため、
    何になったんですか?

    0
  • ノベルバユーザー232154

    思はなかった→思わなかった
    です。
    今後の展開、見守ります

    0
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