復讐の魔王

やま

82.八ツ首ノ氷蛇

「はぁぁぁっ!」


 私は宙を舞いながら氷の礫を放つ。氷帝メディスは細剣の先端を氷で鞭のように伸ばし、迫る礫を弾く。その間に近づいていた私は、ドライシスで突きを放つ。


 肩を狙って突きを放つけど、メディスは体を上手い事動かして、私の突きを避けていく。そしてドライシスを持つ右手首を掴むと、回し蹴りを放ってきた。


 私は翼をはためかせて、少し無理矢理だけど体を浮かせて蹴りを避ける。だけど、私の右手首を握ったままメディスは、私を地面へと叩きつける。


 何とか受け身をとってダメージを軽減したけど、そこに足の裏に氷の氷柱をつけたメディスの右足が迫ってきた。


 顔目掛けて振り下ろされる足を、体を横に逸らして避ける。同時に地面から氷の弾を放つ。メディスは弾を避けるのに距離を取った。


 距離を取って様子を伺う私たち。ふぅ、やっぱり私たちの国まで名前が届く四帝は凄いわね。私も出し惜しみ出来ないわ。


 私は懐から小瓶を取り出す。中には赤い液体……血が入っている。この血は私の愛する彼の血であり、彼から少し貰っておいたのだ。


 瓶の蓋を開けて私はその血を飲む。口に含んだ瞬間、甘くとろけるような味わい。口の中に広がる濃厚な旨味。思わず蕩けてしまいそうな美味しさが体の中を駆け巡る。


「はぁ……はぁ……ふぅ……」


 高揚した気持ちを何とか抑えてメディスを見る。体中から溢れる魔力を氷へと変える。


「これは……」


「氷姫零装。行くわよ!」


 氷のドレスのような鎧を纏った私は、真っ直ぐとメディスへと向かう。メディスは警戒しながらも、氷の矢を放ってくるけど、私の鎧には効かない。弾かれる矢を見て舌打ちをするメディスへとドライシスを振り下ろす。


 メディスは細剣で受け止めるけど、私のドライシスが触れた箇所が凍って行く。メディスは咄嗟に剣を引いて下がろうとするけど、ガクッとバランスを崩す。


 メディスは戸惑っているようだけど、その隙を見逃さない。さっきのを返すように回し蹴りを放つと、メディスは左腕を盾にして防ぐ。


 パキキッと触れた箇所が氷で固められ、メディスは歯を食いしばるように我慢しながら、私の蹴りを跳ね返した。そして剣を突き出してくるけど、カンッと私の鎧に弾かれる。


「くっ、中々硬いではないか!」


 普通の攻撃は通らないと思ったメディスは、私から距離を取ろうとするけど、そう簡単には距離は取らせないわよ。


 私は翼を広げ、宙をジグザグと飛びながらメディスへと迫る。メディスは氷の矢を放ちながら、氷の鞭を振るってくるけど、矢は私を傷つける事が出来ず、鞭もドライシスに弾かれる。


「ちっ! 面倒な鎧だな!」


 メディスに近づき、ドライシスを振り下ろし、防がれた時に言われた一言。かなりの魔力を使って作った鎧だもの。そう簡単に破られてたまるものですか!


 メディスは後ろに下がりながらも、私の攻撃を防ぐ。一方的に攻めているように見えるけど、メディスは何か隠している。本気なのだろうけど、奥の手をまだ。


 それを出させる前に倒し切らないと。なんだかいけないような気がする。


「はぁっ!!」


 出させる前に一気に攻め切る! 宙を飛びながらドライシスで突き刺す。所々に傷を作って行くメディスだけど、急所だけは上手い事避ける。


 そして、私のドライシスがメディスの脇腹へと刺さる。だけど、その時感じたのは途轍もなくやばいという悪寒だった。


 次の瞬間、地面から私を飲み込まんとする大きな口が現れた。私はすぐさま飛び退くけど、後を追うように迫る大きな口。


 しかも、それは1つとかではなく、気が付けば、8つの口が私に迫っていた。8つの蛇のような顔をしたものが、私を追いかけてくる。


「これが正真正銘の私の本気だ! 行け!八ツ首ノ氷蛇ヤマタノオロチ!」


 メディスはこの蛇の体の中にいて、氷の蛇たちが襲ってくる。私は飛びながら蛇たちの噛みつきを避け、メディスがいる蛇の体へと氷の槍を放つけど、さっきまでの私がメディスの攻撃をくらわなかったのと同じように、蛇の氷の体に弾かれてしまう。


「くっ!」


 私へと噛み付こうと迫る蛇たち。何とか翼を動かして噛み付きを避けるけど、少しずつ追い込まれていっている。そして


「きゃあああっ!」


 背から迫っていた蛇に気が付かず、地面へと叩きつけられた。何とか氷の板を何枚も空中に作り、何とか衝撃を減らしたけど、体が動くまでにほんの少し時間がかかってしまった。そして、そのほんの少しの時間が命取りとなってしまった。


「っ! ああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 地面に叩きつけられた衝撃で動けなかったところに、5つの首が迫り、私の両手両足、そして胴体へと噛み付いたのだ。骨が砕ける感覚に、鋭い牙が身体中に食い込む感覚。そして、一気に私の体温を奪って行く感覚に、私は何も出来なかった。


 体中から溢れる血に、地面を赤黒く染めていく。


「せっかくこの力を使ったというのに呆気なかったな。さらばだ、魔王、竜王の娘よ」


 メディスはそれだけ言うと、私を放り投げる。動かない体で地面に叩きつけられる私だけど、既に痛みを感じる事もなかった。


 そして、迫る蛇の頭。大きく口を開けて私を飲み込もうとする。私はその光景を眺めている事しか出来なかった。


 ……ああ、これで私は死ぬのか。そう思うと自然と涙が溢れてきた。そして、思い出すみんなの顔。大切な国のみんなや、お父様たち、マリーシャやルイーザの仲間、そして好きになったエル。


「……エ……ル……大……好き……だ……よ……」


 もう駄目だと思って、つい呟いてしまった言葉。本人にもっと言えばよかったなぁと、少し後悔しながら、私は迫る蛇の頭を眺めていた。


 だけど、次の瞬間、蛇の頭を丸々包み込むほどの火柱が空高く登った。蛇の頭は一瞬にして溶かされるほどの熱量。だけど、巻き込まれたいはずの私は全く熱くなかった。


 あの氷の蛇を溶かすほどの炎を使えるなんて、私の知っている中では1人しかいない。だけど、彼は先に行かせているから戻ってくるはずがない。そう考えていたら


『私と同じであの人を好きな方を死なせるわけにはいきませんね』


 と、声が聞こえてきた。とても優しく暖かな声。そして目の前に現れたのは


「……あなたは……」


 エルの精霊であるユフィーだった。

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