復讐の魔王

やま

プロローグ

「……がぁ、ぐうっ……」


「くっくっく、惨めだね。まあ、君には地面に這いつくばっているその姿がお似合いだね!」


 地面に転がる僕を見ながら嘲笑う男。普段なら男女問わずに見惚れる顔をしているのに、今は醜く歪んでいる。その後ろにはこの男の仲間が並ぶ。


 僕はこいつらが憎い。だけどそれ以上に力が無い僕が憎い。こいつらのせいで、ユフィーが……


 ◇◇◇


「勇者召喚?」


「ああ。親父から聞いた話だが、110年前のようにするらしいぜ」


 僕ーーエルフリート・シュバルツーーは自分の家に遊びにきた親友、アルファード・クライスターからそんな話を聞いた。


 この世界は人族と魔族とで成り立っている。人族はその名の通り僕たち人の事だ。平均寿命は60〜70ほどで1番人口の多い種族だ。


 魔族は、人族以外の全てをいう。見た目が動物のようなものから、背中に羽が生えた悪魔のようなものまで、色々だ。偶に、奴隷商などで見かけるが、僕からしたら僕たち人族とはあまり変わらないと思う。


 噂だと、他の国では魔族たちと交流している国もあるらしいし。だけど、僕たちが住む国がそれを許さない。


 僕たちが住む国、グランディーク王国は、人族の国の中でも、かなりの大国になる。この国と同様な大きさになるのは、東にあるゼルテア帝国ぐらいだらう。


 そして、グランディーク王国とその魔族との間で、現在戦争をしている。僕が生まれる前から続いているみたい。理由は魔族の土地を狙って。


 当然、魔族側も反抗するわけで、かなり長い事続いているみたいだ。110年前に収まった戦争を、今度は人族側から始めているなんて。


「全くだよな。110年前にエルのご先祖様が止めてくれたのに、その時と同じ様に戦争を始めて、そして、今度は人族側が押され始めたから、また、召喚して。馬鹿らしい」


「アル。誰が聞いているのかわからないのだから、国を批判する事は言ったら駄目だよ」


「でも、エルも同じ事を思ってんだろ? お前のご先祖様の功績を無に帰す様な事だぜ?」


 アルが時々話す、僕のご先祖様。僕の家は少し特殊な家で、シュバルツ家という。この家は国の中で権力は持たないけど、他の貴族よりは上の位置にある家になる。


 理由は、このシュバルツ家を作ったのが、110年前に起きた戦争を止めた人物、ハヤテ・エンドウが作った家だからだ。


 ハヤテ・エンドウは、110年前の魔族の侵攻により負けそうになった時に、このグランディーク王国が異世界から召喚した人物だ。ハヤテ・エンドウはその魔族との戦争に参加をし、召喚されるまで劣勢だった人族側を、勝利に導いた英雄だ。


 その功績が認められ、ハヤテ・エンドウはグランディーク王国の貴族となり、その時の第1王女とも結婚したという。それから作られたのが、このシュバルツ家だ。


 僕はその子孫に当たる。しかも、僕は特にそのハヤテ・エンドウの血を引いているらしい。理由は髪の毛の色と魔力の属性にある。


 残っていた伝承では、ハヤテ・エンドウは黒髪黒目の男性だったらしく、この世界にはあまり見ない色だ。まあ、これだけなら他にもいたりするのだが、もう一つの理由として、魔力の属性で光魔法が使えるのだ。


 この世界では魔法というのが存在していて、それぞれ火、水、風、土と属性が分かれている。これが基本の属性になるのだけれど、その他には光と闇が確認されている。


 まずは闇なのだけど、これは魔族のみが使える魔法だと言われている。全ての魔族が闇魔法を使えるわけではないのに、そう言い伝えられているのだ。


 そのため、人族でも闇魔法が使えるものが現れると、その人は魔族だと言われて、運が良ければ追い出されるだけ。悪ければ奴隷にされるか殺されてしまう。全くおかしな話だ。


 僕の知り合いの貴族も、子供が闇魔法を使える事を隠していたのだが、子供が誤って闇魔法を使ってしまい、その事が国にバレてしまった。その貴族は黙っていたため、反逆罪となり家は取り潰され、家族全員死刑にされてしまった。


 そういえば、この時からこの国はおかしいと思い始めたんだよね。ただ、他の人とは違うだけで、魔族を迫害し奴隷にして、闇魔法を持っているだけで、殺されるなんて。


 もう一つの光魔法は、勇者だけが使える魔法みたい。110年前にハヤテ・エンドウが初めて使った属性で、ハヤテ・エンドウ以外に使える人はいなかったみたい。


 そこで、110年振りに光魔法が使える僕が現れたわけだ。その事に国民からは勇者再来などと言われるようになった。僕もその期待に応えるように頑張ってきた。


 その期待のせいで、僕は戦争に駆り出される事が多くなった。それでも、僕はいいと思っている。僕のおかげで助かる命が増えるのだから。


「それはそうだけど、国が決めたのなら止められないだろ?」


 僕はアルの意見に返す。僕たちがいくら言っても一度決まった事は覆らない。今回はデンベル公爵側が勝ったのだろう。


 この国は現在、国王派とデンベル公爵派の派閥にわかれている。国王派は戦争に反対する派閥で、公爵派は戦争を推し進める派閥だ。


 僕の父も国王派に属するのだが、最近は公爵派に押されている。理由は色々とあるが、先ずはこの国の軍部を掌握する将軍と、国庫を管理する財務相が公爵派にいる事が大きい。


 昔から王家に追従する貴族もいるのだが、親から子に継いだばかりの貴族などは、殆どが公爵派に取り込まれていっている。今はまだ天秤が平等になっているけど、少しでも傾けば、一気に流れていってしまうほどに。


 そんな風な話を僕はアルとしていると、扉がノックされる。返事をすると、侍女が入ってきた。


「エルフリート様。ユフィーリア様が参られました」


「ユフィーが来たのかい。通して」


 侍女にそう言うと、侍女のすぐ後ろから1人の女性が入ってくる。


 金糸のように細く滑らかに輝く金髪の髪に、垂れ目でおっとりとしていて、誰にでも優しく見える表情、そして、何より今着ているドレスを押し上げ自己主張の激しい胸。それと反比例して折れそうなほど細い腰回りと、この世の男の誰が見ても見惚れるような美女が入って来た。


 彼女の名前はユフィーリア・グランディーク。グランディーク王国の第1王女で僕の婚約者になる。


「御機嫌よう、エル。アルもお久しぶりね」


「いらっしゃい、ユフィー。今日も綺麗だね」


「おっす、ユフィー。久しぶりだな」


 僕とエル、ユフィーにもう1人加えたら、僕たちの小さい頃からの幼馴染が集まる。他にもいるのだけど、その中でも特に4人でいる事が多かった。


 他の2人も、僕とユフィーとの婚約が決まった時はこれでもか、という程祝ってくれた。それほど仲がいい。


「それで、今日はどうしたんだい、ユフィー?」


 僕がユフィーに尋ねると、ユフィーは暗い顔をしてしまった。何かあったのだろうか?


「エルは聞いた? 勇者召喚の事……」


「……ああ、アルから聞いたよ」


 僕が普通に答えた様子にユフィーは


「エルは悔しく無いの!? あれだけ、エルの事を祭り上げといて、国が危なくなったら、今度はエルの事を役立たずなんて言って、その上、勇者召喚までしようとするのよ!」


 怒り出してしまった。しかも、その怒った理由が僕のためだった。そして涙を流し始めるユフィー。


「ユフィー。そんな周りの声なんかに気にする事はないよ。僕はやるべき事をやるだけだし、僕のために怒ってくれるユフィーがいるんだから、僕はそれで十分だ。それに」


「それに?」


「一緒に戦ってくれる仲間が増えれば、僕もそう何回も戦場に行く事も減る。そうすれば、ユフィーに会える数も多くなるじゃないか」


「も、もう! エルのばかっ! 心配して損したわ!」


 僕の言葉に顔を真っ赤にして怒るユフィー。でも、そんなユフィーも可愛いな。向かいの席ではエルがやれやれと呆れたように首を振る。


 僕はそんな日常が大好きだった。だけど、この時の僕の考えは甘かった。僕が簡単に考えていた勇者召喚のせいで、僕の運命は変わってしまったのだから。

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