王国最強の元暗殺者

やま

10.第9都市アニムルス

「ここも久し振りだな」


 俺は馬車から覗く壁を見て1人で呟く。時刻は昼を越した頃、俺やメルル、グスタフたちメンバーは予定通り第9都市アニムルスに辿り着くことが出来た。


 門番に俺やグスタフはギルドカードを見せて、持っていないメルシアさんは入場料を払う。メルルは奴隷の時も冒険者としてやっていたので持っている。


 アニムルスに問題無く入ると、子供たちが元気に走っている。猫耳の獣人の女の子を人族の男の子が後を追いかけたり、虎族の女性が男性を追いかけて捕まえたら、そのまま担いで宿屋に入って行ったり。


 他には路上で殴り合いをしている獣人たちがいて、その周りを囲んで見ている野次馬たち。賭けもしているようで男たちの叫び声が聞こえて来る。


「す、すごい街ですね。予想通りといえば予想通りですが」


 馬車から見える光景に、俺の隣に座るメルルは口を開けながらその光景を眺めていた。そういえば、獣人って喧嘩っ早いんだっけ? 隣に座るメルルやその向こうに座るメルシアさんを見るが、そんな風には見えないな。


「ん? どうしました、師匠?」


 俺がジッと見ているのがわかったのかメルルは首を傾ける。ふわふわの尻尾は落ち着いているからかゆらりゆらりと一定の速さで左右に揺られている。


「いや、メルルの尻尾ふわふわして気持ち良さそうだなと思っただけだ」


「き、気持ち良さそうですか!? え、えへへ、師匠に褒められた」


 俺の言葉に驚いたメルルは、自分の尻尾を掴んでふさふさのところに顔を埋めてしまった。なんだ?


「ふふ、メルルは照れているのですよ。タスクさんに褒められて」


「も、もう、お母様!」


 本当の事を言われたメルルはポコポコとメルシアさんを叩き、メルシアさんはあらあらとニコニコと微笑んでいる。こういう光景は良いな。親を知らない俺としてはやる事の無かった光景だ。師匠は厳しかったしな。


 そんな和む光景を見ていたら、馬車の外で怒鳴り声が聞こえてきた。馬車の窓から外を見ると、身なりの良いライオン族の獣人が、尻餅をつく人族の男の子供に怒鳴っていた。


「貴様のせいで私の服が汚れたでは無いか。この服はかなり高かったんだがどうしてくれるんだ?」


「ご、ごめんなさい。わ、わざとじゃ無いんです」


「そんな事はわかっている。わざとであればお前の喉笛を噛み切っているところだ。それでどう落とし前をつける気だ?」


 自分の倍近くある身長の獣人が上から見下ろしてきたら恐ろしいだろう。涙を流さないように堪えようとするが、獣人に睨まれて決壊寸前だ。


 周りの大人たち、人族や獣人を含めても誰も間に入ろうとはしない。遠巻きに見ているだけだ。そしてこの光景に見兼ねたグスタフが間に入るために馬車を降りようとした時、人垣が割れた。


 人垣が割れた向こうには先頭に白狼の獣人が、その側に獣人が5人、人族が3人、計8人の部下と思われる人たちを連れて歩いてきた。


 や、やべ! 俺は咄嗟に馬車の中でしゃがみこむ。窓からの死角に隠れたため、向こうからは見えないはずだ。


「おいおい、こりゃあ、何の騒ぎだ? あぁん?」


「こ、これはデイガス様。きょ、今日も見回りでしょうか?」


 俺はこっそりと窓から目から上だけを出して覗く。そこには、先ほどとは真逆に膝をつき礼をするライオン族の獣人と、偉そうに立っているデイガスの姿があった。


 ……まさかこんな早くにお目にかかるとは。まあ、バレたらかなり面倒だからあまり見ないようにしよう。


「そんなこたぁ〜どうでも良いんだよ。てめぇは俺の質問に答えろ。ぶち殺されてえのか?」


「も、申し訳ございません。デイガス様! こ、この騒ぎはそこの子供が私の服を汚しまして。少し話をしていたところ、少し大騒ぎになってしまっただけです」


「なんだよ。そんなしょうもない事でお前らは集まったのか? てめぇ、そんな汚れ適当に洗えば落ちるだろうが。それを、何も持ってねぇガキに喚くなんてだせぇと思わねえのか? ああ?」


「し、しかし、この服は10万テラで購入したもので……」


「値段なんてどうでも良いんだよ。服なんざ汚れてなんぼだろうが。それをぎゃあぎゃあと喚きやがって。おい、セシル」


「はい、デイガス様」


「この野郎を屋敷に連れて行って服を変えてやれ。ったく、次からはこんな小さい事で喚くんじゃねえぞ?」


「は、はっ、失礼しました」


 ライオン族の獣人はデイガスにそう言われると何も言えないのか、颯爽とその場から離れて行ってしま出た。


 そしてライオン族の獣人がいなくなった事で緊張の糸が切れたのか、突然泣き出す男の子。それを見ていたデイガスが、ガシッと男の子の頭を掴んだ。


 男の子はビクッと一瞬震えて、恐る恐る顔を上げようとした時、デイガスが力強く頭を撫で始めたのだ。


「お前も泣かずに頑張ったな。次はもっと頑張れよ」


 無愛想にだが、男の子を褒めるデイガス。へぇ、あいつあんな顔もできるのか。王都で集まった時なんかは基本キレているのしか見た事ないからな。


 それ見た副官のような女性、セシルだったか? 垂れた耳を持つ犬族の女性は、恍惚とした表情をしながらデイガスを見ていた。さっきのキリッとした姿は皆無だった。


 それからデイガスは再び見回りに行ってしまった。ふぅ、バレずに済んだか。そう思って少し油断した時


「なんでここに裏切り者のヘルの匂いがするんだ?」


 と、デイガスの低い声が聞こえて来た。は? なんでバレたんだよ。気を抜いたと言っても魔法などは解いていないのに。


 少しずつ近づいてくる気配。俺は息を殺して隠れていると、俺たちの馬車にたどり着く前に、屋敷の方から現れた別の部下がやって、何やら色々と話をしている。


 それを聞いたデイガスは馬車から離れて屋敷へと戻って行った。ふぅ、助かった。しかし、なんでわかったんだ? 今も魔法を発動して匂いは消しているのに。


 色々と謎過ぎるが、今は良いか。無事目的の都市には着いた。今日の宿屋も探して今後の事も話さないとな。デイガスに見つかる前に。

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