王国最強の元暗殺者

やま

9.新しい日課

 準備を終えた俺は部屋から出てメルルの元へ向かう。あの後の行動は早かったなぁ。グスタフが全部手配して、次の日には出発出来るようになったし。


 ただ、直ぐに旅をするのは難しいという事で、出発したのは、メルルたちが解放された日から3日ほど経った後だが。彼女たちの生活品なども必要だったしな。


 ただ、グスタフがうぜぇ。冒険者たちの前では自分から率先して行動するパーティーのリーダーの癖に、メルシアさんの前では、モジモジモジモジとしていて。話しかけられてもテンパっていたし。


 グスタフのパーティーの奴らはそんなグスタフを見てニヤニヤとしているが。まあ、俺も言えるほどの経験は無いから、パーティーの奴らと同じなんだが。


 でも、メルシアさんも満更では無さそうだった。彼女もメルルを生んだ後に旦那さんを亡くしたそうで、それからはメルルと2人っきりで生きてきたみたいだ。


 メルルがしどろもどろになりながらも話そうとするグスタフと、上品に微笑みながら受け答えするメルシアさんを見て、そんな事を言っていたのを思い出す。


 その時、私が離れれば2人はもっと幸せになれると思います、ってチラチラ俺を見ながら加えて言ってきたが。遠回しに俺に連れて行ってくれと言うメルル。


 連れて行く気はさらさらなかった俺は、メルルにある条件を達成出来たら連れて行くと約束したんだが、その結果が


「あっ、師匠!」


 宿屋の裏庭で準備運動をしているメルルだ。足を曲げたり体を捻ったりして体を動かしているメルルが、俺を見て嬉しそうに呼んでくる。


 彼女に何故か師匠と呼ばれているのは、彼女に戦いの基本を教えているからだ。基本も基本、体の動かし方などだが。


 俺の出した条件が、自分の身は自分で守れるぐらいになる事で、それなら基本を教えて下さいと、メルルは言ってきたのだ。まあ、基本ぐらいならと思い教え始めて今日で3日目。


 彼女は俺の想像通り奴隷紋でかなり動きを縛られていたようだった。身体能力は勿論、まだ拙いが氣道も使えるし、更に驚いたのが、彼女は魔法が使えるのだ。


 魔力は持っていても魔法を使うまではない者が多い獣人の中で、魔法が使えるのは種族の問題らしい。狐族は他の獣人に比べて魔力量が多くて、火に関する魔法が得意らしいのだ。今は小さい火の玉を出すぐらいしか出来ないが、鍛えれば……はっ! 俺は一体何を考えて!


「師匠?」


 俺が1人で勝手に悶えていると、心配そうに俺の顔を覗き込んでくるメルル。俺は何でもないと言い走らせる。メルルは何故か嬉しそうに走って行ってしまった。


「よっ、今日も懐かれてるじゃねえか!」


「うるさいぞ、グスタフ。朝から暑苦しい」


 もふもふの尻尾をぶんぶんと振りながら走るメルルを見ていると、宿屋から出て来たグスタフが俺の肩に手をかけて話しかけてくる。170前半の俺と、190台の身長を持つグスタフに立ったまま肩に手をかけて来られると重たいのだ。


「しっかし、お前結構動けるんだな。何で薬草採取ばっかやったんだ? 普通にモンスター狩った方が稼げるだろ?」


「俺は別に稼ぐ為に冒険者になったわけじゃないからな。別に狩らなくても良いんだよ。それよりも、お前はどうなんだよ? メルシアさんとは?」


「おう! よくぞ聞いてくれた! メルシアさん、俺と目が合うと微笑んでくれてよ! いやぁ、あれは俺に気があるな!」


 ……喜んでいるグスタフには物凄く言いづらいのだが、それはみんなにだぞ? あの人は目が合うとみんなに微笑んでくれている。勿論俺にもだ。言いたいけど、言いづらい……良し、黙っておこう。黙っていた方が面白そうだし。


 それから準備運動で走って来たメルルと組手を始める。俺は口で説明するのが苦手だから体で覚えさせる事しか出来ない。


 俺は武器無しで、メルルは何でもありでの組手だ。メルルは何故かナイフを習いたいと言うので、安物の刃の無いナイフを探して何本か持たせている。いつでも握れるようにして、ナイフの感覚を体に覚えさせる為だ。


「やぁ!」


 可愛らしい声と共に右手に持ったナイフで突きを放って来るメルル。俺は左側に避けると、メルルはそのまま俺について来るようにナイフを横へと滑らせる。


 俺が迫るナイフを持つ左腕を止める為に掴もうとした瞬間、メルルは氣道を発動。俺が掴む一瞬の力を上げて来た。だけど、俺はガッシリと掴む。


 メルルは「ふぇっ!?」と間抜けな声を出して油断しているので、そのまま足を払い掴んでいる左腕を捻り投げ飛ばす。背中から地面に落ちたメルルは苦しそうに咳き込む。だけど、そんな隙を見せて良いのか?


「うわっ!」


 俺はメルルが避けられる速度でメルルの顔に向けて足を振り下ろす。メルルは慌てて転がり避けるが、メルルが体を起こして俺を見た時には、メルルの喉元に俺の右手の指先が触れる。


「……うぅっ、簡単にあしらわれてしまいました」


「当たり前だ。そう簡単にやられてたまるか。でも、あの一瞬で氣道を使うのは良かったぞ。俺もビックリした」


「表情も変えずに言われても……」


 メルルはブーブー言いながらも立ち上がり、距離を取って構える。まだまだやりたいらしい。朝食の時間まではまだあるな。それまで付き合うか。


 今日には第9都市アニムルスに着く予定だ。あいつ、いなかったら良いなぁ。


 ◇◇◇


「デイガス様、何だかイライラしていますね。どうしましたか?」


「あぁん? 朝から胸元の傷が疼くんだよ。裏切ったクソ野郎に付けられた傷が! あぁっ! イライラする! あいつら呼んでこい。朝の訓練に付き合いやがれ!」

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