王国最強の元暗殺者

やま

5.侵入

「このくそが! お前が生きて帰って来たから負けたじゃねえか! 大人しくウルフに食われて死んどけよ!」


 そう言い私を殴り蹴り続ける主人様。私は頭を抱えてただ耐えるしかなかった。ウルフたちに囲まれた森から帰って来て直ぐにいつもの部屋に閉じ込められました。


 窓などはなく、陽の光も入る事の無く、火の光のみの暗い部屋。ここが私の部屋です。森から帰って来た私は、主人様に引きづられるように屋敷まで帰って来てからそのままこの部屋に放り込まれ、ずっと主人様に殴られています。


 今はもうどこが痛いかもわかりません。庇うようにしている腕は動かなくて、体を動かす事も出来ません。頭の上からは、ずっと動いていた為か、息が荒い主人様。


「はぁ……はぁ……くそ、お前は今日は餌も無しだ! 大人しくしてろ!」


 殴り疲れた主人様はそれだけ言うと部屋から出て行ってしまいました。私は立とうとして動くのですが、手足に感覚がありません。腫れていてあまり開かない目で見ると、腕も足も青黒く腫れていました。


 私は何とか感覚の無い腕と足を使って這うようにして部屋の中を移動します。痛みなどの感覚は無いのですが、何故か寒気だけはするのです。


 なので、寒さをしのぐためにいつも寝る時に使っている布がある場所へ移動します。時間をかけて何とか辿り着きましたが、布を纏っても寒さが和らぎません。ただ、寒さが増すだけです。


 それに、不思議な事に物凄く眠たいのです。目を瞑ってしまったらそのまま眠れそうなぐらい。仕方ないですね。今日は色々ありましたから。


 いつもは次の日が来るのが怖くて震えていた夜ですが、今日は寒さでは震えていますが、落ち着いて眠れそうです。お休みなさい、お母さ……


「おい、寝るな。死ぬぞ?」


 ……え? 突然頭の上から聞こえて来た声に、閉じかけていた瞼を開けると、そこには本来ならいないはずの男の人が私の顔を覗き込んでいました。


 ◇◇◇


「ここが、子爵の屋敷か」


 現在は太陽も隠れて月が出て来た時間帯。街の中心街や少し外れた所はこれからが始まりだと言わんばかりに輝く中、俺はこの街で1番大きな屋敷の前へとやって来ていた。理由は森で出会った狐少女を見に来たのだ。


 森から帰って来た後、俺は依頼を達成するためにギルドへと行き、フューリさんに集めた薬草を渡した後、あの狐少女と、その主人について尋ねてみたのだ。


 どうやらこのギルドだけでなく、街中で有名な連中らしく、あの主人はこの街の領主である子爵の息子らしい。他の2人はその子爵の取り巻きの息子で、護衛兼友人なんだとか。


 結構悪さもしているようだが、何か問題を起こしても子爵が握り潰してしまうため、3人は野放し状態。街の皆も怯えている状況らしい。フューリさんも何度か言い寄られているらしいが、今のところは力づくとかは無いようだ。


 あの狐少女は数年前に母親と一緒に買われたそうだ。それからずっとあの感じらしい。狐少女は主人である息子と一緒にいるところを見るらしいのだが、母親の方はあまり表には出てこないようだ。噂では既に死んでいるのでは? という話もあるようだ。


 ギルドで色々と話を聞けた俺はフューリさんにお礼を言って宿に戻る。気が付けば既に夕方。夕食を食べたら直ぐに暗くなるだろう。


 宿に戻ってからは、軽く水浴びをしてメルダさんに夜飯をお願いする。メルダさんの宿屋は朝食は宿泊代に入っているが、夕食は別料金だ。


 メルダさんに料金を払って出て来た料理を食べていると、グレイブたちが帰って来た。ここで見つかると捕まってしまうから気配を消して食べる。


 聞こえて来る話は、何故か死んでいたリーダーのウルフの話ばかりだ。やべ、死体をそのままにしていたな。話の中には誰か冒険者が倒したや、ウルフより強いモンスターが現れたなど様々だ。


 あの森のモンスターは比較的倒しやすいモンスターが多いからな。冒険者たちも不安なのだろう。まあ、やってしまったものは仕方ない。その内森に調査が入って安全だとわかるはずだ。


 俺はそんな話を聞きながら食事を食べ終え、部屋に戻る。まだ喧騒としているが、良い感じに月が雲に隠れている。


 タンスから昔使っていた黒のマントを取り出して羽織る。このマントには認識阻害の魔法が付与されているため、闇夜に紛れ込めば殆ど見つかる事は無い。


 窓から隣の家の屋根に乗り、目的の地へと走る。目的の場所までは5分とかからずに辿り着いた。


 子爵の屋敷の門の前には兵士が2人。屋敷の中の人数も確認するため魔力探知を屋敷全体に発動。全員で50人ほどか。屋敷の中を動き回っているのは兵士か使用人だろう。


 上の方の階で部屋にいて動きが少ないのは子爵や夫人に例の息子か。それからこの屋敷の地下に反応が複数ありその中でも一際小さいのが1つ、屋敷の離れに反応が2つある。


「狐少女がいるとしたら地下かな」


 俺はマントを深く被り暗闇に紛れて塀を超える。昔王宮に侵入した時に比べて守りが緩すぎる。これなら堂々と入ってもバレないな。


 そのまま屋敷の裏に回り込み、使用人が屋敷から出て来たのに合わせて中へと入る。反応のする方へと物陰に隠れながら進むと、2階へと上がる階段と地下へと繋がる扉に辿り着いた。


 扉には南京錠が付いていたが、腰のナイフを抜き壊す。音が少しなったが周りには誰もいないので気付かれない。


 俺は周りを気にせず堂々と扉を開けて階段を下っていく。物凄くジメッとしており、カビ臭い。衛生面は最悪だな。


 地下の部屋の扉を開けると中にあったのは牢屋のような場所だった。その中には特殊な器具が沢山ある。拷問吏が使うようなやつばっかり。子爵の趣味か息子の方かは知らないが、こんな部屋を作っている時点で頭がおかしい。


 その地下には器具以外にも様々な年齢の女性が牢屋の中にいた。薄着を1枚着ているだけで部屋の隅の方で眠っている。中には泣いている人も。


 そして1番奥の牢屋に辿り着いた。牢屋の中を覗くと中には体を丸くして震えながら眠ろうとする狐少女の姿があった。


 牢屋の鍵を壊し中へ入り、狐少女を近くで見ると、その姿はかなり酷いものだった。切られたりはしていないようだが、殴られ続けたのだろう。腕や足は折れて青黒く腫れ、綺麗だった顔も原形がない程腫れ上がっている。


 このまま眠れば彼女は起きる事なく死んでしまう。念の為回復薬を持ってきてよかった。


 その前に眠らないように起こさないと。


「おい、眠るな。死ぬぞ?」

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