妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

21

「……お主なら参加しないと言っても、邪魔しないと思っておったがのう」


「すみませんね、ロザートさん。もう二度と大切な物を失うわけにはいかないんですよ」


 僕は目の前の覆面を被った男、ロザートさんと対峙する。レーカたちの前には僕が無理を言ってついて来てくれたモーズが斧を構えて立つ。モーズから放たれる剣呑な雰囲気に、ロザートさんの左右に立つ男たちは警戒を露わにしている。


 モーズは結婚する前は自由兵として僕とチームを組んでいた1人だ。そして元銀位だ。結婚したから引退したけど、実力は僕が知っている。そんな僕たちを見たロザートさんは、首を横に振る。その目は、僕に初めてあった時のような同情的なものでは無く、伯爵たちに向けるような憎しみの篭った瞳をしていた。


「まさか、最後の最後で邪魔が入るとはのう。お主には失望したぞ」


「……僕もあれから色々と考えたんです。確かに伯爵は決して許さない事をして来ました。私も妻を取られ、あなたは孫娘さんを殺された。その事を考えれば伯爵を殺したいという気持ちはわかります。
 だけど、この屋敷の現状を見てあなた方がしている事はどうですか? この屋敷に雇われているというだけの使用人たちを殺して、まだ、これからだという子供たちを殺そうとしている。その事は伯爵たちがやって来た事とは違うのですか? はっきり言いますよ。あなたのやっている事は、伯爵がやってきた事と変わらない」


 僕の真っ直ぐとロザートさんを睨みつけて伝える。ロザートさんは最初は僕の言った言葉にわからなそうな表情を浮かべていたけど、次第に目の色が憤怒の色へと変わっていく。


「儂が……儂がそこの屑と一緒だと言うのか!?」


「ええ、一緒ですね。伯爵が無理矢理襲って欲を満たしたように、あなたたちは伯爵や関係した者だけに向ければよかった復讐心を、関係の無い者にも向けている時点で。そんな事して孫娘さんが喜ぶとでも思っているのですか?」


「……黙れ」


「復讐をするなとは似たような思いをした僕にはとても言えません。しかし、これ以上関係の無い人も巻き込むのは、後々後悔する事に……」


「黙れぇぇ! 貴様に何がわかる!? 前日までは元気に笑顔を見せてくれていた孫娘が行方不明になって、数日後にはもう二度と笑顔を見せられない姿になって帰って来た姿を見た時の絶望感が貴様にわかるのか!?
 ……儂はやめぬぞ。伯爵の血族を根絶やしにするまではこの復讐は絶対にやめぬ。それを邪魔すると言うのなら、貴様も同様に殺してやる!」


 ……もう僕の言葉なんか届かない。ロザートさんは周りの人たちが警戒するぐらい復讐に目が濁っている。正直に言うと、僕とロザートさんは同じ伯爵の被害者というだけの接点しかない。だけど、もしかしたら自分がこうなっていたかもしれないと思うと、このまま放ってはおけなかった。


「モーズ、さっき話した通り任せても大丈夫かな?」


 僕はチラッと振り返り、無理矢理この場に連れて来てしまった親友に尋ねる。モーズは物凄く嫌そうな顔をしているけど、渋々と言った風に頷いてくれた。


 そして、モーズは気を失っているシオンとレーカを抱きかかえて、僕たちが壊して入って来た穴へと向かう。レリックもすぐに立ち上がりモーズへと続く。


 走り去っていくモーズたちの背を見て、ロザートさんが怒声を上げ、他の者たちに指示を出すけど、当然行かせるわけがない。


 僕は全身に魔装をして構える。ここから先は誰一人として通さないよ。僕の大切なものを守るためにも。


 ◇◇◇


「も、モーズさん! と、止まって、止まってください!」


 私は私を担いで走ってくれているモーズさんの厚い胸板を叩きながら止まるようにお願いする。だけど、モーズさんはチラッと私を見るだけで止まってくれない。


「モーズさん!」


「悪いが、いくら叫ぼうが止まらねえぞ。これは、レンスが望んだ事だからな」


「おと……レンスさんが?」


「ああ。俺の役目はお前たちをこの町から外に出す事だ。そのためにレンスは殿となって残ってくれた。奴らが追って来ないようにな……そう不安そうな顔をするな。ここに来る前にちゃんと手を打って来た。そのためにもさっさと町を出るぞ!」


 モーズさんがそう言った瞬間、矢が私たちに向かって飛んで来た。それに気が付いたモーズさんは振り返りながら足で矢の側面を蹴り、矢を折った。


 飛んで来る矢を蹴って折るなんて。驚いて声も出せなかったけど、モーズさんは私を背負うようにして、レリックをも担ぐ。左手にシオンを抱きかかえて、背中には私、そして右手には荷物のように持たれるレリック。


 後ろから追いかけて来る覆面の男たちを見て急ぐのだろう。私たちは振り落とされないようにするのが精一杯だった。


 とんでもない速さで町を走るモーズさん。気がつけば町の門が目の前にあった。本当に速過ぎるよ。だけど、覆面の男たちも速かった。追いかけてくる内の2人の覆面の男たちは私たちに追い付くほどの速さ。


 その姿をチラッと見たモーズさんは舌打ちをするけど、そのまま真っ直ぐと門へ向かって走る。夜遅くなのに何故か開いている門へと。


 初めはどうして? と思ったけど、門に近づくにつれてその理由がわかった。門の前には100人ほどの騎馬隊が並んでいたからだ。


 そして、その前には腰に剣を差している金髪の男の人が立っていた。その人を見たモーズさんは、ここに来て初めて安堵の表情を浮かべていた。


「任せたぞ、フェルナンド!」


「ああ、この俺様にまかせよ!」


 モーズさんが嬉しそうにすれ違う男性に声をかけて、金髪の男性も同じように言葉を返す。そして、モーズさんが門を出て振り返ったのと同時に、私たちを追いかけて来て追いついて来た男2人が細切れに切り裂かれたのだ。


 ただの肉片に変わった男たちだったものの向こうには、いつの間に抜いたのかわからないけど、右手に剣を持つ金髪の男性が立っていた。そして


「俺様が来たからには安心するがよい。ラゼスター侯爵家当主、自由兵金位、剣聖のフェルナンドが来たからにはな!」


 と、叫ぶのだった。

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