妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

16

 僕はロザートさんの思わぬ言葉に、全身の力が抜けそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。呼吸が荒くなり、吐き気を催すけど、色々と聞かないといけない事がある。


「……それは本当の事なのですか?」


「……ふむ、てっきり知っているものだと思っていたが、知らぬようじゃな。これから話す内容はお主の心を壊すかもしれん。それでも聞くか?」


 ……本当に心配そうに尋ねて来るロザートさん。その気持ちは有り難いし、15年近く、今まで放置して来た事に今更と思われるかもしれないけど、彼女の最後は聞きたかった。それがどのような結果でなったとしても。


「はい。知りたいです」


「うむ、わかった。まず結末だけ話すと、彼女、メリィ・シーリスはアルベルトに殺された。彼女は奴に薬を飲まされていたのは知っておるか?」


「……薬?」


「ああ、奴が女性を囲う時の常套手段での。中毒性のある薬を飲ませるのだ。しかも過剰なされどギリギリ壊れない程度の量を。
 その薬はあまりの中毒性と後遺症のせいで国では使用が禁止されている薬物なのじゃ。彼女はそれを長年壊れない程度で飲まされておっての。しかし……」


「……彼女に限界が来たのか?」


 僕の言葉に無言で頷くロザートさん。話を聞くとそれは最初から飲まされていたのだろうと、ロザートさんは言う。という事はあの運命の日には既に。


「あれを飲まされたものは意識が混濁し、薬をくれる者しか見えなくなる。あの薬を貰うために何でもするようになるじゃろう」


「……そ、それじゃあ、メリィは自分の意志で行ったのでは……」


「それはわからぬ。儂らが調べる事が出来たのは薬を飲まされている事などだけだ。自分の意志で飲んだのか、無理矢理飲まされたかまではわからぬ。まあ、奴の事だ、無理矢理なのだろうが」


 ロザートさんはそれだけ言うと、懐から何かを取り出して僕に渡して来た。手渡されたのは紙で、中にはずらっと名前が書かれていた。


「……これは?」


「それは、伯爵家の屋敷におる者たちの名前じゃ。上の方がアルベルトと関係がある者たちで、下の方が屋敷で働く兵士や侍女のような使用人達の名前じゃ。これは、奴の家に忍ばせておる儂の部下が作成した物じゃから正確じゃよ」


 ロザートさんから渡された紙を見て行くと、確かにシーリス伯爵家に連なる者たちの名前が書かれていた。あの屋敷にいる人間全員の名前が書かれているからか、何十人と名前があるけど、二重線が引かれており、その名前の横にはバツが書かれていた。


「そこに二重線が引かれてバツが書かれている者たちは、既に我々が殺した者だ。二重線だけは病気や事故、魔物などに襲われて死んだ者たちだ」


 ロザートさんの言葉を聞きながら名前を見て行くと……あった、メリィの名前が。メリィの名前のところにはさっきの話の通り二重線が引かれていた。


 ……僕は力なく椅子に座り込んでしまった。彼女が出て行った後、諦めきれなかった僕は伯爵について調べた事があった。その時、ロザートさんが調べた結果ほどではないけど、あまり良い話を聞く事は無かった。


 そんな話を聞きながらも、彼女は伯爵と生きて行くのだろう、と僕は現実から、彼女に振られた痛みから、彼女の事を思う度に胸を締め付ける痛みから目を背けるように僕は彼女の事を忘れていった。その結果がこれだ。


 もしかしたら、あの時もっと強く引き止めれば、連れて行かれた後にでも彼女を訪ねれば、彼女の様子を調べていたら、彼女は死なずに済んだのかもしれない。


 薬の事だって、伯爵に寄り添うあの姿を信じずに調べればわかったのかもしれない。そうすれば、彼女の事を諦めずに助けに行ったかもしれない。


 ……全てが手遅れだ。今更後悔したって何もかもが遅い。既に彼女とは会う事が出来ないのだから。


 僕は失意の中、ボーッとロザートさんに渡された伯爵家の人名が書かれた紙を眺めていた。そこに


「それで、お主はどうするのじゃ? 正直に話すと失敗はしないと思っておる。屋敷には儂の部下を忍び込ませておるし、協力者もおる。その結果、この前、奴の長男であるレイギス・シーリスを毒殺する事に成功しておるしの」


 黙り込んで紙を見ていると、ロザートさんがそんな話をしてくる。ただ、今更、伯爵に復讐する気も起きなかった。


 確かに伯爵が悪いのかもしれない。話を聞くのと自分で調べたので、色々と犯罪に手を染めているようだし。だけど、それ以上に彼女を諦めた自分が憎かった。すべてはあの時もっと強く止めなかった自分が悪いのだから。それに、その気があれば彼女が連れて行かれた時に行っていただろう。


 そんな中、名前が書かれた紙をボーッと眺めている僕の視界に1つの名前が入った。


「……ロザートさん。その復讐は伯爵家全員を殺すのですか?」


「そうだな。奴の血を根絶やしにするのが儂の復讐だ。そのためにも、奴の屋敷へと攻め込む為にも力がいる。それも、我々と同じ思いを持つ者のな」


 ロザートさんの言葉に迷いはなかった。周りの彼らの同じようだ。


「わかりました。それなら……」

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