妻に出て行かれた男、とある少女と出会う
15
「……一体何を」
頭の中が混乱する中、ようやく出て来た言葉がその言葉だった。久しく聞かなかった、そして決して忘れる事のない名前が出て来るなんて。
「うむ、ここでは話しづらいじゃろう。儂について来なさい」
目の前の老人は僕の問いに答える事なく歩き始めた。他の2人も僕についてくるように目で促してくる。このまま逃げる事が出来そうになかった為、僕も後に続く。
昔に捨てたつもりだったドロドロとした感情が込み上げていく中、辿り着いたのは町外れにある小屋だった。
小屋の中から別の気配を感じた僕は、更に警戒度を上げる。そのことに気が付いた老人は
「そう警戒せんでもよい。儂らはお主と敵対するつもりは無いからのう」
と、言い、小屋の中へと入って行った。ここでも2人の男が僕が入るのを待っている為、渋々ながらも中へと入る。いざとなれば無理矢理にでも逃げればいいか。
小屋の中へと入ると、中には既に席に座っている老人と、給仕をする女性がいた。先程感じた気配は彼女のものだろう。僕に気が付いた彼女が会釈をして来たので、僕も頭を下げると、男たちも入って来て左右に分かれて小屋の中で立つ。
「座るといい、レンス殿。ここでなら話しやすいだろう」
そう、老人の前の席に座るよう促される。警戒しながら座ると、女性が僕の前に飲み物を置いてくれた。ただ、まだ信用出来ないのに飲めるわけも無いので、僕はジッと老人を見る。老人はやれやれといった風に首を横に振り、真剣味を帯びた瞳で僕を見て来た。
「まずは儂の紹介をしておこう。儂の名前はロザート・アルミオン。アルミオン商会の長をしておる」
……アルミオン商会って国の中でも五指に入るほど大きな商会じゃないか。何処かの貴族の方だと思っていたけど、そこらの普通の貴族より力も金も持っているぞ。
「ふぉっふぉっ、その感じでは商会の事を知ってくれておるようじゃのう」
「……それは、どの街にもあると言われているアルミオン商会ですからね。知らない方が少ないでしょう」
「それは嬉しい事を言ってくれるのう。ただ、今はただのロザートとして、1人の親としてこの場におる。商会の事は気にすることなく話そうではないか、レンス殿」
僕はどうしようか迷ったけど、取り敢えず頷く。どのような話になるかはわからないけど、話を聞かない事には進まない。
「うむ、それでは始めようかのう。儂がお主を呼んだ理由は初めにも言った通り、儂と共にアルベルト・シーリス伯爵を殺す為だ」
「……何故、シーリス伯爵を殺すのですか? 貴族を傷付ける、ましてや殺すなど理由が無い限り重罪ですよ?」
「ふぉっふぉっ、まさか、お主からそんな言葉を聞くとはのう。儂らと同じ傷を負っているお主が」
「同じ傷?」
僕が荒くなりそうな呼吸を何とか落ち着かせながら尋ねると、ロザートさんは忌々しげな表情を浮かべながら話していく。
「ああ儂らも、シーリス伯爵……いや、アルベルトに大切な者を奪われた者たちの集まりだからのう」
そう言うロザートさんの瞳は伯爵に対する復讐の炎によってギラついていた。他の人たちもそうだ。同じように復讐の炎に身を焦がしている。このままでは灰すら残さないと思わせるほどに。
その上、その炎は僕にも燃え移りそうだった。それほどまでの勢いを彼らは持っている。
「儂にはのう、孫娘がおったのだ。それそれは可愛い孫でのう。目に入れても痛く無いと思えるほど愛しておった。それにそこの若い男、パトリックとは婚約した仲でもあってのう。それは幸せに暮らしておった。奴が来るまでは」
ガリッと鳴る音。ロザートさんが歯を噛み砕く音がここまで聞こえて来た。
「奴からしたらただの遊びだったのだろう。偶々訪れたところに、偶然通り過ぎた孫娘。たったそれだけで奴の目に留まってしまった。奴は部下の兵士を使い孫娘を無理矢理連れ込みそして……」
気が付けばロザートさんは唇を噛み締め過ぎて血を流していた。だけど、それを言える雰囲気では無い。
「何日か後に孫娘は帰って来たよ……もう二度と動かない姿で。その時の兵士は暴漢に襲われたと言っておったが、儂が調べた結果だとアルベルトが関わっていたのはわかった。そして、兵士どもは金で買収されておったのじゃ。
その事を知った孫娘の両親、儂の息子とその妻は伯爵家に言いに行ったが門前払いされてしまい、その上野盗に襲われ死んでしまった。これも調べた結果、アルベルトが雇った野盗どもじゃったよ。儂もパトリックも涙が枯れるまで泣き、そして奴への復讐を誓った。大切な息子夫婦とその孫娘を殺したアルベルトへのう」
一息に話したロザートさんは、カップに入っている飲み物を一気にあおる。少しの間重苦しい沈黙が蚊帳の中を支配するが、再びロザートさんが口を開いた。
「あの時ほど後悔した事は無かった。商会は家族が養える程度大きくすれば良いと思っていた事に。儂の商会にもっと力があれば息子夫婦も孫娘も殺される事は無かったのに……と。
それからは、奴を殺すためにまず商会を大きくした。貴族どもが簡単に手を出してこないほどに。それと同時に儂やパトリックと同じ苦しみ、恨みを持つ者たちを探した。
彼らもその1人だ。彼らの息子はアルベルトが新たに手に入れた武器の試し切りにされて殺された。無実の謂れのない罪をなすりつけられて。その罪すら奴が行なった物だというのに。ここにはおらぬが他にも同志たちはおる」
……あいつは僕の思っていた以上に罪を重ねていたのか。僕と似たような苦しみを味わったロザートさんたちの気持ちはわかる。わかるけど
「申し訳ございませんがその誘いに乗る事は出来ません。確かに私も妻と娘を奴に連れて行かれて辛く悔しい思いをしましたが、今は彼女たちが過ごしている家です。その家の当主を殺すなんて事は出来ません」
確かに連れて行かれた頃は殺したいと思うほど憎かったし、もう枯れるんじゃないかと思うほど涙も流した。
それに僕は彼女たちを諦めたんだ。あの幸せそうについて行く彼女の顔を思い出してしまって。そんな僕が今更復讐なんかに……。
そう思っていたら、ロザートさんたちが僕の事を驚いた表情で見て来た。その理由がわからずに周りを見回すと
「お主、知らぬのか? お主の元妻が死んだ事を?」
と、思いもしなかった言葉をかけられたのだった。
頭の中が混乱する中、ようやく出て来た言葉がその言葉だった。久しく聞かなかった、そして決して忘れる事のない名前が出て来るなんて。
「うむ、ここでは話しづらいじゃろう。儂について来なさい」
目の前の老人は僕の問いに答える事なく歩き始めた。他の2人も僕についてくるように目で促してくる。このまま逃げる事が出来そうになかった為、僕も後に続く。
昔に捨てたつもりだったドロドロとした感情が込み上げていく中、辿り着いたのは町外れにある小屋だった。
小屋の中から別の気配を感じた僕は、更に警戒度を上げる。そのことに気が付いた老人は
「そう警戒せんでもよい。儂らはお主と敵対するつもりは無いからのう」
と、言い、小屋の中へと入って行った。ここでも2人の男が僕が入るのを待っている為、渋々ながらも中へと入る。いざとなれば無理矢理にでも逃げればいいか。
小屋の中へと入ると、中には既に席に座っている老人と、給仕をする女性がいた。先程感じた気配は彼女のものだろう。僕に気が付いた彼女が会釈をして来たので、僕も頭を下げると、男たちも入って来て左右に分かれて小屋の中で立つ。
「座るといい、レンス殿。ここでなら話しやすいだろう」
そう、老人の前の席に座るよう促される。警戒しながら座ると、女性が僕の前に飲み物を置いてくれた。ただ、まだ信用出来ないのに飲めるわけも無いので、僕はジッと老人を見る。老人はやれやれといった風に首を横に振り、真剣味を帯びた瞳で僕を見て来た。
「まずは儂の紹介をしておこう。儂の名前はロザート・アルミオン。アルミオン商会の長をしておる」
……アルミオン商会って国の中でも五指に入るほど大きな商会じゃないか。何処かの貴族の方だと思っていたけど、そこらの普通の貴族より力も金も持っているぞ。
「ふぉっふぉっ、その感じでは商会の事を知ってくれておるようじゃのう」
「……それは、どの街にもあると言われているアルミオン商会ですからね。知らない方が少ないでしょう」
「それは嬉しい事を言ってくれるのう。ただ、今はただのロザートとして、1人の親としてこの場におる。商会の事は気にすることなく話そうではないか、レンス殿」
僕はどうしようか迷ったけど、取り敢えず頷く。どのような話になるかはわからないけど、話を聞かない事には進まない。
「うむ、それでは始めようかのう。儂がお主を呼んだ理由は初めにも言った通り、儂と共にアルベルト・シーリス伯爵を殺す為だ」
「……何故、シーリス伯爵を殺すのですか? 貴族を傷付ける、ましてや殺すなど理由が無い限り重罪ですよ?」
「ふぉっふぉっ、まさか、お主からそんな言葉を聞くとはのう。儂らと同じ傷を負っているお主が」
「同じ傷?」
僕が荒くなりそうな呼吸を何とか落ち着かせながら尋ねると、ロザートさんは忌々しげな表情を浮かべながら話していく。
「ああ儂らも、シーリス伯爵……いや、アルベルトに大切な者を奪われた者たちの集まりだからのう」
そう言うロザートさんの瞳は伯爵に対する復讐の炎によってギラついていた。他の人たちもそうだ。同じように復讐の炎に身を焦がしている。このままでは灰すら残さないと思わせるほどに。
その上、その炎は僕にも燃え移りそうだった。それほどまでの勢いを彼らは持っている。
「儂にはのう、孫娘がおったのだ。それそれは可愛い孫でのう。目に入れても痛く無いと思えるほど愛しておった。それにそこの若い男、パトリックとは婚約した仲でもあってのう。それは幸せに暮らしておった。奴が来るまでは」
ガリッと鳴る音。ロザートさんが歯を噛み砕く音がここまで聞こえて来た。
「奴からしたらただの遊びだったのだろう。偶々訪れたところに、偶然通り過ぎた孫娘。たったそれだけで奴の目に留まってしまった。奴は部下の兵士を使い孫娘を無理矢理連れ込みそして……」
気が付けばロザートさんは唇を噛み締め過ぎて血を流していた。だけど、それを言える雰囲気では無い。
「何日か後に孫娘は帰って来たよ……もう二度と動かない姿で。その時の兵士は暴漢に襲われたと言っておったが、儂が調べた結果だとアルベルトが関わっていたのはわかった。そして、兵士どもは金で買収されておったのじゃ。
その事を知った孫娘の両親、儂の息子とその妻は伯爵家に言いに行ったが門前払いされてしまい、その上野盗に襲われ死んでしまった。これも調べた結果、アルベルトが雇った野盗どもじゃったよ。儂もパトリックも涙が枯れるまで泣き、そして奴への復讐を誓った。大切な息子夫婦とその孫娘を殺したアルベルトへのう」
一息に話したロザートさんは、カップに入っている飲み物を一気にあおる。少しの間重苦しい沈黙が蚊帳の中を支配するが、再びロザートさんが口を開いた。
「あの時ほど後悔した事は無かった。商会は家族が養える程度大きくすれば良いと思っていた事に。儂の商会にもっと力があれば息子夫婦も孫娘も殺される事は無かったのに……と。
それからは、奴を殺すためにまず商会を大きくした。貴族どもが簡単に手を出してこないほどに。それと同時に儂やパトリックと同じ苦しみ、恨みを持つ者たちを探した。
彼らもその1人だ。彼らの息子はアルベルトが新たに手に入れた武器の試し切りにされて殺された。無実の謂れのない罪をなすりつけられて。その罪すら奴が行なった物だというのに。ここにはおらぬが他にも同志たちはおる」
……あいつは僕の思っていた以上に罪を重ねていたのか。僕と似たような苦しみを味わったロザートさんたちの気持ちはわかる。わかるけど
「申し訳ございませんがその誘いに乗る事は出来ません。確かに私も妻と娘を奴に連れて行かれて辛く悔しい思いをしましたが、今は彼女たちが過ごしている家です。その家の当主を殺すなんて事は出来ません」
確かに連れて行かれた頃は殺したいと思うほど憎かったし、もう枯れるんじゃないかと思うほど涙も流した。
それに僕は彼女たちを諦めたんだ。あの幸せそうについて行く彼女の顔を思い出してしまって。そんな僕が今更復讐なんかに……。
そう思っていたら、ロザートさんたちが僕の事を驚いた表情で見て来た。その理由がわからずに周りを見回すと
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