妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

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「ごめんなさいね、レンス。私好きな人が出来たの」


 僕はその言葉を聞いて固まることしか出来なかった。僕の妻であるメリィは、それだけ言うと家を出ようとする。そこでようやく動く事が出来た僕は、彼女の手を掴む。


 僕が手を掴むのに嫌そうな表情を浮かべるメリィ。だけど彼女を離すわけにはいかない。これが2年前なら魅力が無かったと諦める事が出来るけど、今はもう、僕と彼女だけの問題じゃない。


 その理由は僕の視線の先にある。僕の視線に気が付いたメリィも同じ方を見ると、流石に彼女も放って置けないのか動きを止める。


 彼女が動きを止めた理由。それは、僕たちの大切な娘が眠っていたからだ。昨年生まれた大切な娘、レイアが。


 彼女と同じ金髪で僕と同じ碧眼を持つとても可愛らしい子で、笑顔がとても愛らしい。この子のためなら幾らでも命をかけようと、彼女を見た瞬間何百回と誓えるほど、大切な娘だ。


「メリィ、一旦落ち着いて話し合おう。レイアの事だってある。君が僕に愛想を尽かして出て行くにしても、それなりの理由を教えて欲しいし、納得のいく説明をしてして欲しい。だから、一旦落ち着いて……」


「おい、メリィ、もう話は終わったのかよ?」


 その時、家の扉が1人の男が遠慮無しに部屋へと入って来た。その男が入ってくるとメリィは嬉しそうに寄り添う。


 幼馴染で、生まれてから19年間、ずっと一緒にいたのに、その顔は初めて見るものだった。その顔を見て胸が痛くなるのを我慢して、僕は男の顔を見る。


 男は金髪碧眼でかなり男前の顔をしていた。ただ、僕からすればだらしのない笑みを浮かべているため、その顔も醜く写ってしまう。


「なんだよ、まだ話してたのかよ。さっさと済ませろよ」


「ごめんなさいね。後はあの子を連れて行くだけだから」


 メリィは僕の事を一瞥もせずにレイアの方へと向かう。そして眠っているレイアを抱きかかえるとそのまま連れて行こうとするので、僕はさっきみたいに彼女の手を掴もうとすると、横から衝撃が走る。


 僕は吹き飛ばされて、2人で一緒に食事をした机に激突する。その衝撃で壊れる机。何とか防御をしたからそれほど痛みはないけど、それでも、2人で買って大切にした物が壊れるのは辛い。


 衝撃が来た方へと見ると、入って来た男が足を下ろす姿が見えた。男が僕を蹴ったのか。


 思わず昔のようになりそうになるけど、何とか我慢する。あの子にあの姿を見せたくない。そう思って我慢していると、目の前には男の姿が。そして振り上げられる足。


「眠っていろよ」


 そして僕の顔に目掛けて振り下ろされた。視界の向こうには嬉しそうに男に寄り添うメリィの姿が。腕にはレイアを抱いて。そこで僕の記憶は途切れていた。


 ◇◇◇


「……また、この夢か」


 久しく見なかった夢に僕は目を覚ました。ここのところは見なかったのに……。外は既に太陽が昇り、外からは喧騒が聞こえる。


 夢のせいで汗だくになった服を脱ぎ捨てて、ベッドから立ち上がる。15年前に付けられた頭の傷が痛む。もう傷跡すら残っていないのに、あの時の事を思い出せば痛み出す。


 頭を振って何とか我慢して、出発の準備をする。どうしてこの夢を久しぶりに見たのかはわからないけど、今更思い出したところで、どうしようも出来ない。僕はため息を吐きながら仕事へと行く準備する。


 僕の仕事は、自由兵というものだ。簡単なものだと町の掃除や子守にペットの散歩、難しいものだと町の外に現れる魔獣と呼ばれる人外の生物の討伐や、魔獣が現れる森から薬草の採取に護衛など。いわゆる何でも屋という奴だ。


 この職業に就いてからもう22年ぐらいか。蓄えがあるからやめても良いのだけど、この職業は彼女と一緒にやり始めた職業だ。そのため、何だかずるずると辞めずにここまで続けてしまった。我ながら女々しい。


 支度を終えた僕は、昨日用意していたパンを齧りながら家を出る。空は少し曇ってはいるけど、雨が降りそうな程ではない。少し肌寒い気もするけど、我慢出来る程度なので、気にせずに町を歩く。


 今日の夢のせいで、また、彼女の事を思い出す。15年前、家を出て行った彼女の事を。


 15年前、あの男に踏みつけられて気を失った後、2日ほど経った頃に僕は目を覚ました。目を覚ました僕は治療をされてベッドに寝かされていた。


 治療をしてくれたのは隣の家の老夫婦。何かが壊れる大きな音が聞こえて来たため心配して見に来てくれたそうだ。そして、そこで頭から血を流している僕を見つけて、治療師を連れて来てくれたそうだ。


 その後に少ししてからあの人たちが来たんだっけな。メリィの両親が。メリィは両親たちには手紙を送っていたようで、その手紙を見たメリィの両親は慌て僕の元にやって来たという。


 その手紙の内容を聞いて初めて知ったのだけど、メリィを連れて行った男は、僕が住む町を収めるシーリス伯爵家の長男だった。


 その話を聞いた後にその長男について調べて見たけど、どうやら女癖がかなり悪い男らしく、色々な女を取っ替え引っ替えしているらしい。既に側室は片手では収まらないほどと言う。


 当然そんな事を認める事が出来なかった僕は伯爵の元へと向かおうとしたけど、メリィの両親に止められた。理由は、伯爵家の家からかなりの額のお金が貰えるからという。だから、メリィの事は諦めてくれと。


 正直に言うと、目の前の2人を殺したいほど怒りが湧いた。僕が小さい頃からお世話になった人で、既に両親が他界している僕からすれば、両親の代わりにも感じていた2人から、そんな事を言われたのだから。


 だけど、僕は何も言わずに頷いた。今更喚いたところで彼女は帰ってくる事はない。彼女が無理矢理連れて行かれたのなら、僕の命を賭して彼女を助けに行くけど、彼女自身の意志で行ったのだ。僕がどうこう言って戻って来るわけがない。


 それから15年間、彼女にも、彼女の両親にも、そしてレイアにも会っていない。ただただ1人で何もやる気も起こらずに過ごして来た。


 精々腹いせに魔獣を殺すくらい。本当に情けない話だ。そのおかげで自由兵の中の位で上から2番目の銀位になってしまったのも皮肉な話だ。


 自由兵の位は、色無、黄土色、黄色、緑色、青色、赤色、銀色、金色の順番になり、色無が自由兵になったばかりの新人の事を指し、金色がかなりの実力者を指す。


 僕は、討伐系ばかりの依頼を受けて、その討伐の際に武器を使わずに自身の拳と脚を使って戦うため、周りの自由兵からは『拳鬼』なんて言われている。


 今朝見た夢のせいで嫌な事をも思い出しながらも、ようやく自由兵のための仕事斡旋所、自由組合に辿り着いた僕は中へと入る。


 自由組合の中は既に自由兵たちがそれぞれのやりたい事をやっていた。受付員から依頼を貰ったり、1人では厳しいため仲間を誘ったりと、朝だけど中々騒がしかった。


 そんな中、僕は真っ直ぐと受付員がいるカウンターを目指す。そこには同い年で22年来の親友であるモーズが座っている。


 見た目は190ほどの身長でスキンヘッド、そして物凄く厳つい顔をしているのだけど、中身はとても優しい。趣味は子供と遊ぶ事で、給料の半分を孤児院に納めているぐらいだ。ちなみに結婚している。孤児院の10歳年下の子と。


「よお、レンス。毎日毎日顔を見せて。たまには休めよ」


「おはよう、モーズ。なんだか家で1人でいるのが嫌でね。モーズこそ、毎日いて奥さんに何も言われないのかい?」


「俺の奥さんはわかってくれているからな。それに俺も稼がないと」


 そう言って、その厳つい顔から想像がつかないほどふにゃと崩れた笑みを浮かべる。そういえばそろそろ子供が生まれるんだっけな……子供か。


「……おっと、そういえばレンスに頼みたい事があるんだよ」


 少し暗くなってしまった雰囲気を出して変えようとモーズが話題を変える。済まないモーズ。心から祝ってやれなくて。


「頼みたい事?」


「ああ、お前に新人の教育をやって欲しいんだ。あいつらだ」


 モーズの指差す先には年が15、6の少年少女が3人立っていた。金髪の顔の良い少年に、黒髪のおかっぱの少女、そして、金髪碧眼のスカート型の騎士服を着た少女が立っていた。

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