世界に復讐を誓った少年

やま

54.全ての元凶

 膨れ上がる魔力が蟹座を包み姿を変えていく。背中には大きな翼が4翼生えて、手は蟹の鋏のように変わっている。大きな翼をはためかせて空を舞う蟹座。


「くくっ、女神様から貰ったこの力で、天使の力でてめえを殺してやる!」


 そう言いながら飛び回る蟹座。あの姿が天使? あれが天使ならゴブリンですら天使だ。汚い魔力を撒き散らしやがって。何故かあの魔力の雰囲気が受け付けない。女神の力と聞いたからかな?


 ぶんぶんと蝿のように飛び回る蟹座。楽しめそうとか考えていたけど、あの魔力は本当に不快だ。僕の中にある男神の力のせいか、あの女神の魔力がこの空間に漂っていると思うだけでイライラしてくる。


 ……予定変更だ。さっさと殺そう。僕は悪魔の影を下がらせて、侵食ノ太陽イクリプスソルを自分の周りに発動する。全部で8つ、10センチほどの球体を周りに浮かぶ。


「死ね!」


 蟹座は不規則に宙を飛びながら迫って来る。魔力で作られた鋏で先ほどのように斬撃を放って来る。


 雨のように降って来る斬撃、避ける隙間もないほど降って来るが、全ての斬撃は侵食ノ太陽に任せて、僕は動かずに蟹座の動きを見る。


 近づく魔力に反応して動いてくれるので、僕の目の前で忙しなく動く球体。しばらくそうしていると、蟹座の動きに慣れて来た。そろそろ動くか。


 僕は更に両手に球体を発動し形を変える。2つ球体が合わさり伸びていく。そして現れたのは漆黒の大鎌だ。命を狩る、と意識していたらこの大鎌が出来たのだ。


 黒以外何も映らない大鎌を持ち、僕は蟹座へと向かう。蟹座はそんな僕を見で舐めたように笑い声をあげる。大方、宙を飛んでいる自分には届かないと思っているのだろう。


 あいつは馬鹿かよ。届かないなら届かないなりにやりようはあるが、届くから向かっているに決まっているだろうが。


 僕は向かいながら周りについて来るように飛ぶ球体に意識を向ける。今も放って来る斬撃に反応して防御のために動いている球体は残して、3つほど自分の意思で動かす。


 3つの球体は僕より前に、少し高めで止まり形を変える。その形は平たい円盤のように変わり、宙を飛んでいた。直径は60センチほどで、僕はそれに向かって跳ぶ。そのまま円盤の上に乗って更に跳ぶ。これが対空中戦用に考えた方法だ。


 飛べなければ、空中に足場を作ればいいんじゃないのか、という力技だが。それでも足場はしっかりとしているため十分使える。


 3つの円盤を少しずつ前へ上へと移動させて僕はその上へと跳び乗る。それを繰り返して僕は蟹座へと近づく。蟹座は驚き離れようとするが、僕の方が速い。


 僕が大鎌を振り上げると、避けられないと思ったのか蟹座は両腕を交差させて大鎌を防ごうとする。


 しかし、この鎌は侵食ノ太陽から派生させて作った武器だ。当然魔力に反応する能力は持っているし、鎌としても業物の剣を切り落とすぐらいの鋭さは持っている。


 僕の振り下ろした大鎌は抵抗をほとんど感じる事なく蟹座の交差した両腕を切り落とした。あまりの鋭さにスパッと切れた腕からは直ぐには血が出ずに、蟹座にも痛みがないようで不思議そうな顔をしていたが、次第に痛みが来たようで叫び始めた。


 僕はその声を無視して大鎌を振った勢いのまま縦回転させ、石付きのある持ち手の方で蟹座を叩き落とす。蟹座の顔を縦に叩いたため、蟹座は頭から地面へと落ちていく。


 蟹座が落ちていく先には僕の作った影が手を大きく広げて待っていた。そして、蟹座を背後から捕まえると


「がっ!?」


 蟹座の胸元から鋭い棘が次々と生えて来た。影が体の一部を変えて棘を生やしたのだ。そしてその棘が蟹座の背中から突き出て来たのだ。


 蟹座は棘を抜こうと暴れるのだが、影の捕まえる力の方が強く、傷口が広がっていくだけだ。次第に蟹座の力は抜けていき、最後には棘に引っかかったような状態で動かなくなった。


 あまりにも呆気なく終わったが、もう少し生かしておいても良かったかな。情報を聞き出してから殺しても良かったかもしれない。まあ、やってしまったものは仕方ない。


 僕は蟹座の死体を影に任せてまだ戦っていると思われるリーシャの元へと向かおうとしたその時、物凄い圧力が背後から僕を襲いかかる。


 直ぐに臨戦態勢になり、背後の気配から距離を取る。振り返るって見てみると、影はこの圧力で霧散していて、残ったのは蟹座の死体だけ。


 しかも、死んでいるはずの死体がなぜか動き出す。まるで僕が魔物として生き返らせたように。無機質な目で僕を見て来る蟹座の死体は、ジロジロと僕を見てから


「あなたがこの子を殺したのね?」


 と、口を開いた。しかし、声色は蟹座のものではなく、誰が聞いても聞き惚れると思うほどの女性の声だった。僕にとっては不快にしか思えなかったが。


 立ち仕草もいきなり女性のようになり、とても気持ちが悪い。誰かが死体に乗り移っているのだろう。


「もーう、せっかくのおもちゃを作ったのに! でも、面白かったかしら? この改造兵士は?」


「改造兵士だと?」


「ええ、ただの兵士の記憶を弄って私の力をほんの少し与えたの。面白かったでしょ? 自分が十二聖天だと思って威張っている姿は」


 蟹座の姿でクスクスと笑う女。さっきからの言葉を聞いているとこいつは……


 僕は何か言葉を発すること無く大鎌で切り掛かる。勢い良く斜めに振り下ろした大鎌は蟹座を切る……事なく見えない壁に阻まれた。


「せっかちな男は嫌われるわよ。でも良かったわ、逃したあの人の力を見つける事が出来て。忌々しいダルクスが現れて逃したって聞いた時はどうしてやろうかと思ったけど、ふふっ、早くあなたを殺してあの人の力を手に入れたいわ」


「なら、かかってこいよ、女神フィストリア・・・・・・・・。僕もお前を殺したくてうずうずしているんだよ」


 僕は挑発するようにして蟹座に乗り移った女を睨む。蟹座に乗り移っている女は肩を竦めるようにして僕を見て来た。なんだあの仕草は。本当に腹が立つ。


「そうしてあげたいのは山々なのだけど、まだダルクスにやられた傷が癒えてなくてね。直接あなたの首を捻りたいのだけど。今出来るのは、精々死体に乗り移る事ぐらい。
 でも、この世代は中々良いわ。あの人の力も複数生まれて、聖女と勇者も生まれた。これでようやく何百年と待った私の女神の力も完璧になれるわ。ふふっ、私を殺したかったら聖王国まで来なさい。それまであなたが生きていられたら私に会えるでしょう。まあ、こちらも指を咥えて待ってはあげないけどね」


 フィストリアは最後に笑みを浮かべると、少しずつ気配が無くなっていく。消える直前に切りかかったが、切ったのは蟹座……元蟹座を切っただけ。ちっ、意味がなかったか。


「おい、マスター! 今物凄い気配があったが何があった!?」


 フィストリアの気配を感じたのか、リーシャが慌てた僕の側までやって来た。その手には首だけになった男の頭が握られていた。リーシャを見ると特に怪我も無さそうだ。


 しかし、この場所が知られてしまったな。あの口振りだと何かしら手を打って来るはずだ。距離はかなりあるため直ぐには来ないと思うが、今回の偽十二聖天のような事もある。少し早く進めるか。


 くそっ、あのクソ女神と対峙したせいでイライラが止まらない。今から僕たちを裏切った奴らを裁かなければいけないが、イライラに任せて暴れてしまいそうだ。


 僕はリーシャに大丈夫だと言いながら、ミレーヌたちに囲まれている国王たちの元へと向かうのだった。あー、イライラする。

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