世界に復讐を誓った少年

やま

48.とある家族の話(6)

「……俺を殺すだと?」


「ああ」


 俺はダルを睨みながら剣を構える。正直に言うとこの戦いはかなり厳しい。既に『剣豪』という職業をある程度使えるダルと、『黒騎士』の職業が今一わかっていない俺とじゃあ、その時点で差が出ている。


 俺が何とかわかるのはハルト様に教えて貰った事ぐらいだ。剣も振ったこと無い俺と、剣に関してはほぼ負け無しのダル。かなり厳しいだろうが、引くわけにはいかない。


「くそ、こんなはずじゃなかったんだけどな。これじゃあお前らを裏切った意味が……」


 ダルは自嘲気味に呟く。そして首を何度か振ると、俺を睨んで来た。


「どうせ俺は殺されるだろうが、お前だけは道連れにしてやる!」


 そして、迫るダル。斜め左下から鋭く切り上げて来た。俺は何とか剣で防ぐが、腕に衝撃が走る。ちっ、痛えな。


 俺はダルの剣を弾いて次に動こうとすると、既に剣を横振りに放ってきた。俺は咄嗟に体を逸らすが胸元を浅く切られた。じわっと服に滲む血。


 今まで殴られたりした事はあるが、死が関わった戦いはこれが初めて。心臓が爆発しそうなぐらい音を鳴らしているが、ここでビビって引くわけにはいかねえ!


 剣を何も知らない俺が、剣術をどうたらこうたら言っても仕方がない。俺には俺のやり方がある。


 俺はポケットから小袋を取り出す。昔の名残で追いかけられた時に逃げられるように砂を入れた小袋をいつもポケットに忍ばせていた。俺はそれをダルへと投げる。だけど


「何年お前と一緒にいたと思っているんだよ。そんな事をしてくるのはお見通しだ!」


 俺が投げた小袋を剣で弾くダル。だけど、何年も一緒にいてわかっているのはお前だけじゃないんだよ! ダルが弾いた瞬間破れる小袋。そして中からは黄色の粉が舞った。


 中に入っているのは砂ではない。俺の戦い方を聞いたミレーヌさんが、痺れ茸をくれて、それを粉末にした物を中に入れていたのだ。


 当然、そんな事を知らないダルは粉末を吸い込んでむせる。効果は即効性のためすぐに体に効果が現れた。ほんの少しだが動きが鈍くなった。


「うっ、マルス、お前何を!?」


「言うかよ!」


 戸惑うダルに俺は蹴りを入れる。辛うじて左腕で俺の蹴りを防ぐが、ぐらっとバランスを崩す。そこに俺は剣を振り下ろす。全く太刀筋も何も無く振っているだけだが、体が痺れてうまく動かせないダルにはこれでも十分だ。


「くっ……そ……な、めるなぁっ! 職技『天昇斬』!」


 しかし、そこで引くダルではなかった。下から急激に振り上げられる剣。初めて目にする職技を俺は避けきれずに、前に切られたように左肩を切り裂かれる。更に


「職技『頭落斬』!」


 振り上げた剣を俺の頭目掛けて振り下ろしてくる。俺は痛む左肩を無視して左腕を上げる。そして振り下ろされる剣を左手のひらで受け止める。


 後ろで俺の名前を叫ぶティエラ。その叫びに混じるように聞こえるカン、という音。俺はその瞬間


「職技『ソードカウンター』!」


 騎士職の職業が皆覚える初歩的な職技。盾などでタイミング良く発動すると剣を弾くというだけだが、今の俺の唯一使える職技だ。


 俺の職技で弾かれたダルの剣。目を見開き俺を見てくるダル。そんなに驚く事は無いだろう。俺だってお前と同じように職業を手に入れているんだ。職技を使えて当然だろうが。


 そして俺は剣を弾かれてバランスを崩すダルへと迫る。剣を水平に構えて真っ直ぐに突き出す。ダルは何とか体を捻ろうとするが、俺の剣の先がダルの脇腹へと突き刺さる。


 俺はそのままダルへとぶつかり床へと押し倒す。血を吐きながらも俺を押し退けようとするダルだが、痺れている上に脇腹に剣を刺されているため、俺を押し返すほどの力は残っていないようだ。


 直ぐに俺は立ち上がり、剣を握っている右腕を足で踏みつける。脇腹に刺した剣を引き抜き剣先を下に向けてダルへと向ける。


「……はっ、まさかこんなあっさりとやられるなんて。そういえば、喧嘩も昔からお前には勝てなかったな」


「……何でお前は俺たちを裏切った? 何年も一緒に生きた家族だっただろ?」


 俺は気になっていた事を聞く。なんだかんだ言いながらも、ダルは家族のみんなのために今まで俺と一緒にいろんな事をやって来た。それで死にかける事もあったけど、みんなのためなら、と一緒に。


 それなのに、大切な家族を裏切ったダルからその理由を俺はどうしても聞きたかった。


「デブネが言ってただろうが。今までの暮らしから想像が出来ない程の暮らしが出来ると言われたからだ」
  
「……そうかよ」


 俺は一度目を瞑ってから一呼吸する。そして、剣を振り上げてダルの胸元へと突き立てた。心臓へ一突き。ダルは血を吐きながら、最後に「ティエラを頼む」と言って、そのまま動かなくなった……最後の言葉は何だったんだ?


「マルス、あなた……」


「えっ? ティエラ、何を?」


 もう動く事の無くなったダルを見ていると、犬型のスケルトンに乗ったティエラが俺の側まで来ていた。そして俺の顔に触れてきた。俺は突然の事で驚いたが、彼女が何度も俺の目元を拭ってくるので、ようやく俺が涙を流している事に気がついた。


「……どうして俺は涙を」


「当然でしょ? いくら裏切られたからって、家族は家族。悲しくなるのは当然よ」


 そういうティエラも涙を流していた。それから俺たちは2人で抱き合い涙を流した。


 しばらく抱き合っていると、ゾンビたちがダルの周りに集まって行くのが見えた。俺は慌ててハルト様の元に行き頭を下げる。ダルの死体をゾンビに食べさせるのは!


「ハルト様! 配下の分際でこんな事をお願いするのはダメな事はわかっています! しかし、どうかダルの死体をゾンビに食べさせるのはやめさせてもらえないでしょうか!?」


「いいよ」


「俺はどうなっても……え?」


「構わないよ。マルスが殺したものだ。好きにするといい。ゾンビたちは自由に使っていいから。それじゃあ帰ろっか、ミレーヌ」


「はい、ハルト様」


 ミレーヌさんは嬉しそうにハルト様の腕に抱きつき部屋を出て行く。俺もティエラも呆気にとられていたが、ゾンビに指示を出してダルの死体を外に運び出す。


 貴族の屋敷から出た俺たちは、隠れるように裏道を通りながらとある場所へと戻って来た。俺たちが今まで住んでいた家だ。荒らされたままで既にボロボロだけど、こいつを鈍らせるにはここがいいだろう。


 家の木の床を剥がして、俺は折れた机の脚を使って地面を掘る。1人だと少し時間がかかるかな、と思っていたけど試しにゾンビたちに頼んでみると、ゾンビたちも手伝ってくれた。


 1人でやるより当然捗って、大きく開いた穴の中へとダルを入れる。


「裏切ったお前は許せないけど、最後は家族としてお前を弔ってやる。安らかに眠れよ」


 俺はそれだけ言うと土をかける。これもやっぱりゾンビが手伝ってくれて早く埋める事が出来た。もうこの家に帰ってくる事はないだろう。


「行こう、ティエラ」


「ええ、マルス」


 ダル、お前の言葉じゃないが、ティエラは俺が守る。だから、お前は安らかに眠れ。

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