世界に復讐を誓った少年

やま

27.とある冒険者の話(9)

 俺たちの前に現れた黒色の修道服を着た女性。格好や表情が前とは違うため少し固まってしまったが、間違いなく彼女だ。俺たちが探していた大切な仲間だ。


「ミレーヌ……ミレーヌなの!?」


 マリエが叫びながら飛び出そうとするが、後ろからガンドが抱き込む。マリエがガンドを怒鳴るが、ガンドが正しい。


 確かにあそこにいるのはミレーヌだ。何年も一緒に戦ってきた仲間だからわかる。わかるのだが、なんだか様子がおかしい。


 それにさっきの魔法、障壁や光の砲撃。どれもミレーヌが使っていた魔法だ。いつも、俺たちと共に戦う時に使っていた魔法……それを俺たちに放ってきたのだ。もしかしたら彼女も町人たちと同じように洗脳されているのかもしれない。


「オマエノ仲間ガ呼ンデイルゾ? 答エ無クテイイノカ?」


 そんな彼女を見ていると、隣のローブを着た人物がミレーヌへと話しかける。まるで感情の無い無機質な声。それがローブの中から聞こえてくる。すぐにでもローブの奴を叩き切ってやりたいが、側にいるミレーヌが心配だ。そして


「……お久しぶりですね、皆さん」


 以前と変わりのない笑みを浮かべてくれるミレーヌ。俺は彼女が生きていてくれたという喜びと、何故、あのローブの隣で自由に動けているのかという疑問で頭が一杯だった。


 洗脳されていた町人たちは自我が無く襲って来たが、彼女には自我がある。町人たちは自我がある時は普通に生活していて、自我が無くなった時は今みたいに襲ってくるが、今のミレーヌは全くそんな気配がない。無いのに、俺たちに攻撃して来た。彼女は洗脳されていないのか?


「ミレーヌ、あなたを助けに来たわ! 早く帰りましょう!」


「そうだぜ、ミレーヌ。それにどうしたんだよその格好。そんな黒い修道服なんて初めて見たぜ?」


 マリエとガンドがミレーヌへと話しかけるが、ミレーヌは黙ったままだ。そして、そのまま手をマリエたちへと向けて……まずい!


「ガンド、盾を構えろ!」


「なっ? ちぃっ!」


「ホーリーバレット」


 ミレーヌの手から放たれる光の弾。気が付いたガンドは、マリエを抱え込み咄嗟に盾を構えて防いだが、体勢が悪く吹き飛ばされてしまった。


「な、何するんだよ、ミレーヌ! 仲間に攻撃するなんて!」


「ごめんなさい、リンク。でも、こうするしか私が助かる方法は無いのです」


「……どういう事だよ?」


「簡単な事です。私が生きる為にあなたたちを殺すというだけです」


 ミレーヌの言葉だ同時に膨れ上がる殺気……本気なのかよ!?


「どうしてそんな事を言うのよ! 仲間の私たちを殺すなんて!」


 マリエはミレーヌの言葉にショックを受けて涙目でミレーヌを見る。俺もガンドもマリエと同じ気持ちだよ。だけど、マリエの声を聞いてもミレーヌの表情は変わらなかった。くそっ、何がどうなってんだよ! せっかくミレーヌと会えたのに、俺たちを殺すなんて!


「誰かに脅されているのかよ!? それなら俺たちがぶっ飛ばしてやる! だから戻ってこい、ミレーヌ!」


 俺たちは何度も何度もミレーヌに呼びかける。ミレーヌがこんな事を言うはずがねえ。絶対に誰かに脅されているんだ。だけど、俺たちの呼びかけには全く反応しない。それどころか、今まで見せた事ないような冷たい目で俺たちを見て来た。


「ククク、ソイツニ何ヲ言ッテモ無駄ダ。ソイツハ命ヲ使ッタ契約ヲシテイル。ソイツノ命ノ保証ヲスル代ワリニ、我々ノ仲間トナッテオマエタチヲ殺スト言ウナ。既ニ隷属契約ハ済ンデイル」


 冷たい目で見てくるミレーヌは黙ったままで、その隣にいるローブの奴が笑いながらそんな事を言ってくる。あいつらの仲間になる契約だと?


「どうしてそんな契約をしたんだよ!? 俺たちが来るのを待ってくれれば……」


「あなたたちに何がわかると言うのです!?」


 どうしてそんな契約をしたのか全くわからない俺は、ミレーヌに問いただそうとしたが、俺の声を被せるようにミレーヌの怒鳴り声が響く。初めて聞くミレーヌの怒りの声に俺たちは黙ってしまった。


「あなたたちは避けられない死というものを感じた事はありますか? もう何をしても避ける事の出来ない明確な死が目の前にあるという事が、どれほどの恐怖かわかりますか!? リンクたちが来るのを待ってくれれば、なんて言いますが、そんなのを待っていたら既に私は殺されていました!」


「……ミレーヌ」


「そこで提案されたのが、配下になる代わりに私の命を助けて下さる、というものでした。あなたたちの助けなんて当てには出来ませんでしたし、私自身死にたくありませんでしたから。ただ、その条件があなたたちを殺す事だっただけです」


 何でもないような言い方をするミレーヌ。これは俺たちのせいなのか。俺たちが遅れてしまったからミレーヌは……。


「ククッ、ソレダケデハナイ。言葉ダケデハ信ジラレナカッタタメ、コイツニハ痛ミヲ耐エル、トイウノヲヤッテモラッタノダ。顔ヲ涙や鼻水デグジャグジャニシテ、体中ノ体液ヲ垂レ流ソウトモ、止ム事ノ無イ痛ミガ続クトイウモノヲ」


「ううっ、思い出しただけでもアレは辛かったです。幻の痛みとはいえ、殴られ蹴られるのは当たり前、爪を剥がされ、面白半分で剣で切られ、終いには村人たちからナイフで体中を刺されて……」


 ……何の話だ? ミレーヌはそんな苦痛を味わされていたのか?


「ただ、今はあの方と同じ苦痛を味わう事が出来て良かったと思います。何とか耐えられた私を、体中汚れて汚かった私を、あの方は優しく抱きしめてくださいました。これで本当の仲間だって! 汚かった体も丁寧に洗ってくれて、優しく頭を撫でてくれて……ふふっ、それから今日までの日々はまるで天国のようでしたから!」


「毎晩ギシギシトウルサイシナ」


 ……何なんだよこれは。夢でも見ているのかよ。まるで熱に浮かされたように頰を赤く染めるミレーヌ。見た事のないミレーヌをこの短時間でいくつも見た俺たちは全く動く事も、声を発する事も出来なかった。


 そして、熱に浮かされた表情のまま俺たちを見て来るミレーヌ。その表情とは裏腹に、とんでもない殺気が俺たちを包む。


「だから、私のために死んでください♪」


 まるで楽しむかのようにそんな事を言って来るミレーヌ……もう昔の優しかったミレーヌはいないのか。

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