世界に復讐を誓った少年

やま

5.失う命

 リーグから渡されたナイフを震える手で持つステラ。彼女は涙を流しながら神官に向かって何かを言っている。だけど、神官が何かを指示を出すと、騎士たちが動き出して誰かを引っ張って来た。


 引っ張ってこられた人物を見て、ステラは固まってしまった。それは当然だろう。騎士たちに連れてこられたのは、ステラの両親と幼い弟だったのだから。


 ステラの両親はステラに向かって何かを言って、ステラは僕と両親の方を交互に逡巡していた。弟の方は訳がわからずに見ているだけだけど。


 いまだに迷うステラに痺れを切らした神官は騎士に何か指示を出すと、騎士は弟に向かって剣を振り上げた。そして、弟に向かって振り下ろされる。


 だけど、弟の頭に触れる直前で騎士の剣は止まった。ステラが何か言ったのだろう。


 ステラは震える両手で手が白くなるほどナイフを握り、僕の方へとやって来る。ああ、やっぱりステラもか。まあ、さっきの感じだと仕方がないか。あのまま、反抗すると弟は殺されそうだったし。


 僕の心はもう駄目みたいだ。あれだけ好きだったステラの事がこんなにも憎く感じるなんて。涙を流しながら僕に何かを話しかけるステラだけど、何も聞こえない。耳があったとしても聞きたいとも思わない。


 ステラは震えるナイフを僕の胸へと突き刺した。もう痛みを感じる事はない。慣れるって怖いね。僕ただじっとステラを見るだけ。何の反応もない僕を見たステラは、ナイフを抜くと口を押さえて離れて行った。


 でも、ステラたちで最後っぽい。これでようやく僕は死ねるんだ。やっとこの痛みや苦しみから解放される。母さんには本当に申し訳ないけど……母さん?


 そういえば、僕がここまで連れて来られてから、一度も母さんを見ていない。当然ナイフで僕を刺した中にもいなかった。


 そう考えた瞬間、最悪の予感がした。悪魔であると言われている僕がこのような事をされていて、その僕が住んでいた村の住民が、僕を匿っていたという濡れ衣を着せられて、仲間ではない証明として僕にナイフを刺すという事をしている。


 それじゃあ、悪魔と言われている僕の母親である母さんには何を? そう思って辺りを見回すと、僕の考えがわかったのか、神官は高笑いをしながら騎士に指示を出す。


 そして、誰かを引きずって来た。いや、誰かなんて言わなくてもわかる。わからないはずがない……だって僕の大切な家族なんだから。


 騎士たちに引きずられるようにして連れて来られた母さん。体中傷だらけで、ここからじゃあ生きているのかもわからない。足はだらりとしており、よく見たら深い傷がある。もしかして、逃げられないように足の腱を切ったのか?


 僕は無意識に母さんの元へ向かおうとした。だけど、ボロボロの僕の体には力が入らなくて、自分の血で染まった地面に倒れてしまった。


 そして、勝手に動いた僕を騎士たちは蹴ってくる。くそっ、母さんの側に行きたいのに。どうしてこいつらは邪魔するんだ! こいつら全員殺してやりたいのに、僕には力がない。この状況を打破する力が。


 騎士たちは僕を蹴るのをやめて、別の騎士が母さんを僕の目の前まで連れて来る。そして、神官が母さんを指差しながら何か喚いていた。


 その間に母さんは気が付いたようで、傷だらけの僕を見ると、悲しそうな表情をするけど、微笑んでくれた。僕は母さんの笑顔を見ただけで、枯れたと思った涙が溢れて来た。


 どうにかして母さんだけでも助けないと! 僕は周りに助けを求める。耳が聞こえないからどんな声で言っているのかはわからない。自分が出せる1番の声で叫ぶ。


 僕を止めようと騎士たちが殴りかかって来るけど、それでもやめない。ここまで来たら僕はもう諦める。だけど、母さんは関係ない。母さんには生きていて欲しい。


 そう思い叫び続ける。僕の声に腹が立ったのか、神官は魔法を放って来た。小さな光の矢だけど、10本近く放たれ、僕の体へと突き刺さる。


 僕はその衝撃に怯んだ隙に、騎士たちが口に猿轡つけて来る。させないように暴れるけど、大人に掴まれて取り押さえられると、微動だにできなくなった。


 そのまま、地面に倒されて、髪を引っ張り顔を無理矢理上げさせられる。視線は母さんから離さないように固定されたまま。


 僕の視線の先には、神官が何かを話していて、母さんは膝で座らされ頭を前に出す姿勢にさせられていた。そして、その横に剣を持つ騎士が立つ。


 ……ま、まさか。や、やめろ。やめてくれ! お願いだからそれだけはやめてくれ! 母さんは関係ないんだよ! 僕が死ねば済む話なのに!


「ウウゥゥゥ!! ウウッ!」


 僕は暴れるけど、取り押さえられてどうしようも出来ない。その間に準備を終えた騎士は、剣を大きく振り上げる。


 やめてくれ。頼むから。誰かいないのか!? 母さんだけでも助けてくれる人は!?


 その時、耳が無くて聞こえないはずの僕の耳に、とある声が聞こえた。


『ハルト、愛し……』


 僕が声の主の方へ見た瞬間、騎士の剣は振り下ろされた。そして、僕の視線の先は、笑顔を浮かべたまま宙を舞う母さんの頭があった。


 その瞬間、僕の中の何かが切れる音がした。同時に僕は叫び続けた。もう誰も信じられない。ただただ憎しみだけが溢れてくる。


 喉が裂けて血を吐こうとも僕は叫ぶのをやめられなかった。視界も赤く染まり、全ての人間が醜い化け物に見える。


 僕にこいつらを殺す力があったら。母さんを助ける事が出来る力があったら。僕はただ叫ぶ事しか出来ない。何も出来ない。無力だ。そんな自分が憎い。神官よりも騎士よりも村人たちよりも、何も出来ないまま母さんを殺された、殺されるところを見ている事しか出来なかった自分が憎い!


 僕を黙らせるためか、騎士に顔から地面に思いっきり叩き付けられる。歯は折れて、口の中が切れるけど、もう痛みなんて感じない。僕は騎士を睨み続ける。


 その時、何故か騎士の後ろの景色が気になった。理由はわからない。ただ、目が離せなかった。すると、突然騎士の背後の空間が割れ始めたのだ。


 比喩とかではなく、ひび割れるようにパキパキと。その光景に、神官も騎士も村人もただ黙って見ているだけだった。僕も黙ってしまった。


 そして、空間から現れたのは、漆黒のローブを着た骸骨だった。手にはかなりの豪華なものだと思われるが杖を握っていた。


 この骸骨が何者かはわからないけど、ただわかるのは、ここにいる誰もが敵わない事だ。死の瘴気を放つ骸骨。僕を押さえつけていた騎士はそれを吸っただけで死んでしまった。


 だけど、僕には何とも無い。いくら吸っても騎士のように苦しむ事も死ぬ事も無かった。逆にこの瘴気のお陰で体の痛みが引いたぐらいだ。


 骸骨はまっすぐ僕の元へ来ると、杖を握っていない方の手で僕を担いだ。すると、何故か物凄く安心してしまった。理由は本当にわからない。


 骸骨は杖を僕に向けると、急に眠気が僕を襲う。このまま眠っちゃダメだ。母さんの元に行かないと! だけど、僕の思考とは裏腹に次第に瞼が下がっていく。最後に視界に写ったのは、骸骨に向けて魔法を放って来る騎士たちと、母さんの遺体だった。

コメント

  • ノベルバユーザー583500

    イライラする

    0
  • ユノん

    5話目でこんなに泣ける話は、読んだことがない(;A;)。憎しみだけでなく、悲しみを描いてるから、主人公に同情?できる。マジで悲しすぎ.......

    0
  • ノベルバユーザー240181

    面白れーー

    1
  • 獣王メコン川

    悲しいな

    1
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