異世界で彼女を探して何千里?

やま

50.戦場に轟く雷の咆哮

「未来ある者を殺すのは忍びないが、ここは既に戦場。その場に立つ者を見逃すわけにはいかない。行くぞ」


 六腕の魔族の男はそういうと、真ん中の腕だけに魔力を纏わせる。赤く揺らめく魔力。魔族の男が魔力を纏わせただけで震える大地。くっ、なんて圧だよ。


「俺の名はマルグ。お前たちを殺す男の名前だ。覚えて死ぬといい」


 マルグと名乗る魔族の男はそれだけ言うと地面を蹴りこちらへと向かって来た。迫るにつれてマルグの圧は増して行くけど、ここで逃げるわけにはいかねぇ。


 出し惜しみ無しで鬼人化を発動する。マルグのように俺も体に赤い魔力を纏わせて剣を構える。体中の水分が沸騰するような感覚が襲ってくるけど、それを今気にしている場合じゃ無い。


 既に目の前まで迫ったマルグは、六腕を大きく広げてバラバラにタイミングをずらして振り下ろして来た。目の前に迫る巨腕。俺は手に握る剣にも魔力を流して迎え撃つ。


 バラバラに振ってくる腕を剣で逸らして、避ける。頭を潰そうと横に振ってくる腕をしゃがんで避け、剣を下から切り上げる。


 俺の剣はマルグの別の腕に弾かれてしまうが、マルグの横に迫る槍を構えたゼリック。ゼリックは得意な雷魔術を槍に纏わせてマルグの横腹に突きを放つ。


 しかし、それを当たり前のように腕で弾くマルグ。マルグは六腕を器用に左右バラバラに動かして俺とゼリックの攻撃を防いで行く。ちっ、こっちが本気でやっているのにマルグはまだまだ余裕そうだ。


「少しはやるようだが、まだまだだな」


 マルグがそう言った瞬間、俺とゼリックは吹き飛ばされた。訳も分からないまま吹き飛ばされ、家屋へと叩きつけられた。


 それと同時に脇腹に走る痛み。感覚だけど木か何かが刺さったな。ただ、それを確認する暇もなく、目の前に死が迫っていた。


 マルグが近くにあった瓦礫を手に持って投げて来たのだ。途轍もない速さで飛来する瓦礫。俺は痛みを我慢しながら横に飛んで避けるが、瓦礫が地面にぶつかった衝撃で吹き飛ばされてしまう。


 地面を転がりながら体勢を戻していると、俺を覆う影。本能的に先ほどのように飛び退くと、俺がいた場所に腕が振り下ろされていた。


「どうした。逃げてばかりいては俺を倒せないぞ?」


 くそっ、そんな事はわかっているんだよ。だが、実力差があり過ぎる。俺とゼリックでも手も足も出ねえ。何か手立ては……


「ん?」


 そう思った時、マルグが俺やゼリックがいるところは別のところを見る。そして次の瞬間、2本の腕を交差させたマルグの元に、一振りの剣が振り下ろされていた。あ、あれは


「……ほう、やれる人間もいるようだな」


「てめえ、人の生徒に何してくれたんだよ」


 マルグに切りかかっていたのは、グレル先生だった。その向こうからは、ハルバートを握ったティリアも走ってそのままメイリーンたちがいる方へと向かう姿が見えた。


「おらっ!」


 グレル先生は、マルグの腕を蹴り上げ、宙を一回転しながら剣を横に振るう。横に振られた剣をマルグは腕で防ぐが、シュッと傷が入った。おおっ、初めてマルグが傷付いた!


「ほう……」


「はぁっ!」


 しかし、マルグは冷静にグレル先生へと拳を振り下ろし、それをグレル先生は剣で上手い事弾く。凄え……やっぱ凄えよ、グレル先生は。


 ただ、それでも、マルグから感じる不安は拭えない。グレル先生もそうだが、それ以上にマルグは本気を出していないように思えるのだ。


「ちっ、ここまで硬いとは。こりゃあ、本気でやらねえとヤバイかもな」


「ふん、この程度で驚くとは、人族はよっぽど平和に暮らしていたと見える」


「ちぃっ!」


 マルグがグレル先生の言葉を鼻で笑うと、拳を振るった。これが目の前や届く距離ならわかるが、今マルグとグレル先生は10メートル以上は離れている。それなのに……そう思った時に、ゼストの父親であるゼクティス団長が飛ぶ斬撃を放つのを思い出した。


 だけど、俺が思い出したものより大きく、強力な飛ぶ拳撃がグレル先生を襲う。グレル先生は魔力で体を強化しながら飛んでくる拳撃を避けるけど、少しずつ追い詰められて行く。


 こんなところで見ている場合じゃねえ! 追い込まれるグレル先生を見て、無意識に俺は走り出していた。向こう側には俺と同じようにマルグに向かって走るゼリックの姿があった。


 しかし、マルグは俺たちの動きなんかわかっていたかのように拳撃を放って来る。グレル先生が避けるのに精一杯になる拳撃を俺たちが避け続ける事も出来ずに、俺もゼリックも吹き飛ばされてしまった。


 俺やゼリックが吹き飛ばされるのを見て隙を作ってしまったグレル先生も、同じように吹き飛ばされてしまった。グレル先生が直ぐに立ち上がろうとするけど、近づいているマルグが動かないように踏みつける。


 その衝撃で血を吐くグレル先生。俺やゼリック、離れたところで別の魔族の相手をしていたティリアたちも、グレル先生を助けようと向かおうとするが、前に立ち塞がる魔族たち。


 俺たちを阻むように現れた魔族たちもマルグ程ではないが、かなりの実力者たちだった。そのせいで向かう事も出来ずに……


「これで終わりだ」


 高く振り上げられるマルグの腕。その腕はグレル先生の顔へと振り下ろされた


「ワフゥ」


 時に、気の抜けるような鳴き声が聞こえてきた。誰もが声の方、マルグすら振り下ろした腕を止めて見ていると、そこにはまるで雪を思わせるような真っ白な狼が尻尾を振りながら座っていたのだ。


 この戦場から全く無縁と思えるほど愛らしい狼に、俺たちや魔族たちは戸惑うが、何を思ったのか拳を振り上げるマルグ。しかし、振り下ろされる事はなかった。


「ワウォォォン!!!」


 それは、狼が雷の咆哮を放って、マルグを吹き飛ばしたからだ。さっきの俺たちのように吹き飛び家屋にぶつかるマルグ。あ、あの狼は一体なんなんだ?

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