黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

260話 本気の悪意

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 ……いつの間にか荒くなる呼吸。咄嗟に抜いた短剣を持つ右手は、嫌な汗でじっとりと湿っていた。

 レディウス様ほどでは無いけど、私も戦争についていったり、冒険者として魔獣と戦ったりもした。この前の死竜の討伐にだって、微力ながらも参加して、生死の関わる戦いは何度もしてきた。

 それなりに死線というものを乗り越えてきたつもりだったけど……この人は今までとは違う。死竜を見ても感じなかった、この気持ちの悪い雰囲気。この人から溢れて来る悪意に体の震えが止まらない。

「おやおや、どうしたのだい、お嬢さん。顔が真っ青じゃ無いかい?」

 そして、そんな私を見てにこやかに近づいて来る銀髪の男。でも、その笑みすらも怖く感じてしまう。

「ち、近寄らないで下さい!! それ以上近寄れば覚悟して下さい!」

 私は汗ばむ手で握る短剣、ネグロノーツを構えながら言う。その姿を見た男は目を少し丸くしてから再び笑い出す。

「そう言わないでおくれよ、お嬢さん。これでも、私は紳士でね。女性の扱い方には慣れているつもりだよ?」

「っ! はぁっ!」

 私の制止の声を全く気にも止めずに向かって来る男に向かって、私はネグロノーツを振るう。彼は既に女性を殺しており、女性の死体を見るに、公爵様がおっしゃっていた殺人鬼でしょう。手加減する必要ない……それどころか、手加減すれば私が殺される。

 私の想像は当たっており、男は軽々とネグロノーツを指先で摘むように刃を掴んだ。私はその手を蹴り上げるように左足を振り上げる。

 男は笑いながらネグロノーツを離して離れるけど、明らかに遊ばれているのがわかる。

 私は腰に差してある投擲用の短剣を3本引き抜き、男の顔目掛けて投げる。魔闘装した短剣だけど、男には軽々と防がれるのはわかっている。

 私は短剣を投げると同時に魔闘脚を発動して、一気に来た道を戻る。私が敵わないのはわかっている。無理して1人で戦って死んで、男の居場所がわからなくなるくらいなら、少しでも時間を稼ぎながら表の通りに行った方がいい。

 表の通りに行けば兵士に会う事が出来るだろうし、レディウス様なら……

「おっと、忘れ物だよ、お嬢さん?」

 しかし、私のその思惑は簡単に壊されてしまう。来た道を戻ろうとした時には、男は来た道の方に立っており、私が投げた短剣を3本とも右手の指に挟みながら笑顔で振っていたのだ。

「全くお転婆なお嬢さんだ。しかし、それでこそ楽しみがいがあるというものだ。無抵抗の者の血を飲んでも楽しくないからね。さて、次はどのような事をしてくれるのかな?」

 余裕の表情を浮かべながら近寄って来る男。表へと繋がる道は男が立っているため行く事が出来ない。かといって奥に行けば一瞬で殺されてしまう。

 ……悩んでいる暇はないわね。私もレディウス様のように命を懸けてこの逆境を乗り越える。

「纏……真」

 レディウス様ほど私は魔力が無い。この技を使えばほんの数分で魔力が枯渇してしまう。だけど、ここで無理をしなければ目の前の男を突破する事なんて出来ない!

「はあぁっっ!!!」

 私は体の奥底から振り出した魔力を体、そして足へと集める。集めた魔力を爆発させるように地面を踏みしめて私は走り出す。

 バゴォッと陥没する地面。この非常時のため許してほしい。私は真っ直ぐ男へと向かう。男の笑みは崩れないまま私を捕まえようと手を伸ばして来る。私を舐めている今が唯一のチャンスだ。

 私は男の手前で更に魔力を爆発させ加速する。男の伸ばしかけている手をすり抜けて、男の横を通り過ぎた。ネグロノーツを持つ右手には切った感触が走り振り返ると、男の首から鮮血が舞う。

 旋風流絶風。レディウス様を驚かせるために私が考えた技だ。やっている事は簡単で、ただ魔力を使って爆発的な速さで敵を切るだけ。ただそれだけに特化させた技。訓練に付き合ってくれたミネルバさんも反応出来なかったこの技ならあの男も……

「いやぁ、驚いたよ。まさか気付く前に切られるとは。少し舐めていたね」

 後ろから聞こえて来る声に私は呼吸が止まったように感じた。どうして? なんで話せるの? 確かに首を切ったはずなのに!?

 私は何とか振り返るとそこには、変わらず笑みを浮かべたまま半ばまで切れた首を右手で掴んでいる男の姿があった。……嘘。どうしてそんな状態で生きているのよ?

「おお、良い顔だ。私は女性の絶望に染まった顔が好きでなぁ。もっと見せてくれよ」

 そう言い頭を抑えながら向かって来る男。私は無理をして震える足に無理矢理魔力を集めて再び絶風を使う。足からぶしゅっと音がするけど気にする事なく男へと向かう。

 一気に目の前に迫る男の繋がっている方の首を狙ってネグロノーツを振るう。完璧に切り落として仕舞えば……

「流石にそれは舐め過ぎだ。一度見た技をこんな続けてやって」

「がぁっ!?」

 だけど、私のネグロノーツは軽々と避けられて、逆にお腹を殴られてしまった。メキメキと骨の折れる音ととてつもない痛みが体を巡る。

 男が腕を振り抜くと私は吹き飛ばされて地面を何度も転がっていく。口の中に鉄の香りが広がって、何度も吐いてしまう。

「いっ!」

 男は私の側まで来ると髪の毛を掴んで無理矢理立たせようとする。だけど、さっきの技の反動で足に全く力が入らない私は、髪の毛を掴まれているお陰で体を起こせる状態だった。ブチブチと髪の毛が切れる音がする。

「それでは頂こうかね。何痛みは無いから安心すると良い」

 男はそれだけ言うと、口を大きく開けて私の首元に近づいていく。私は体を動かす事が出来ずにそのまま……

 ビュッン!!

「むっ?」

 だけど、私は噛まれる事は無かった。突然飛んできた石を男が避けるために私を離したからだ。石が飛んできたのは、表の通りの方からだった。男は当然その方を見ており、私も何とか体を動かして見るとそこには

「ちっ、胸糞悪いところに出くわしたぜ。取り敢えずクソ野郎、お前はぶっ殺す」

 両手にナックルを装備した男、レイグが立っていたのだった。

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