黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

227話 野次馬の中は

「ここが最後か」


「はい、ここが最後ですね」


 俺の呟きに律儀に答えるグリムド。領地を出て今日で3週間。色々なところを挨拶周りのため周ってきたが、ようやくこれで最後になるんだな。


 そんな事を考える俺の視界の先には元ブリタリス王国の王都、今はブリタリス公爵領となっている領地が見えてきた。元ブリタリス王族が唯一住む街だ。


 ブリタリス王国との戦争の後、戦後処理として、ブリタリス国王、宰相、ゼファー将軍など、国の重鎮たちを戦犯として処刑した。


 ただ、王族全員を捕まえたわけではない。ブリタリス国王の王妃であるメリエンダ王妃や一人息子である11歳のケイリー王子などは生きている。


 まあ、奴隷としてだが。理由は色々とあるが、やはり、大きくなった時にアルバスト王国に歯向かわないように、今の内に牙を抜くためだろう。


 実際には今後のためにも殺した方が良いという意見も出たのだが、国王が全く関わっていない者を殺す必要は無いと言ったため、必要最低限の縛りだけを付けて生かしているのだ。


 ただ、奴隷と言っても普通の奴隷たちとは違って普通に暮らしている。行動が制限されているだけで、普通の市民とは変わらない。後で会いに行く予定だし。


 なら、ブリタリス公爵領というのはどういう事かというと、この領地を治めているのは、処刑されたブリタリス国王の弟に当たるエンリット・ブリタリス公爵だからだ。


 治めていると言っても、王みたいに城には住ませず、貴族の中だと普通ぐらいの大きさの屋敷に閉じ込めているようなものだ。城はアルバスト王国管理で、アルバストの兵士や文官たちの仕事場となっている。


 何故彼が生かされているのか。理由は戦争の際にアルバスト王国に協力したからだ。ゼファー将軍が俺に倒されて直ぐにレイブン将軍の元に降伏をし、主要都市を落とすのに彼の手助けがあったため、予定よりも早く戦争が終わったと言われている。


 そのため、アルバスト王国の協力者として捕らえられる事なく公爵として領地を治めているのだ。当然ある程度の縛りをしている。


 貴族が持つことの出来る私兵の数はこちらで決めた人数までとして、内政はアルバスト王国が派遣した文官が殆ど担っているため、ブリタリス公爵にはあまり強い権限を持たせていない。


 それでも、残ったブリタリス貴族と派閥を作っているなんて噂もある。厄介で油断は出来ない相手だ。


 そんな相手に今から会いに行く。はっきり言うと凄く面倒だ。この数日間、周辺貴族の領地をいくつか周った。


 元ブリタリス王国貴族の領地や俺と同じような新興貴族の領地など。いくつかの領地を周って来たのだが、反応は2つだった。


 簡単な話、俺を受け入れる者と敵視する者だ。受け入れる者は俺と同じように戦争に参加し、戦績を挙げたため爵位したアルバスト王国の新興貴族たちだ。俺が戦争の立役者と知っているため友好的に接してくれる。


 その正反対で俺を敵視している者は、元ブリタリス貴族たちにまさかのアルバスト貴族たちだ。元ブリタリス貴族はわかる。ついこの前までは敵同士でいたんだ。未だに敵対心を持っていてもおかしくはない。


 それより問題なのが味方であるアルバスト王国の貴族たちだ。まあ、理由はわかっている。彼らは俺を認めてくれている新興の貴族ではなく、領地持ちではないが、昔から爵位を持っている貴族たちだ。


 簡単な話、自分たちより陛下の覚えが良い俺の事を妬んでいるのだろう。他には妻たちの事とか。妻たちの事は貴族たちの間でも有名だと仲が良くなった貴族に教えてもらった。


 陛下の誕生会に出席した時にみんなで参加したから、殆どの貴族は知っているらしい。それで、黒髪の俺が綺麗な妻たちと結婚している事に嫉妬しているらしい。そのせいで、一緒について来てくれているパトリシアに不快な思いをさせてしまった。


 どうして挨拶周りにパトリシアを連れて来たかと言うと、万が一に備えてだ。それから、前のグラトニーワームに食われた時の事で、落ち込んでいるパトリシアを慰めたかったからだ。


 ヘレネーは背中を任せられるほど信頼はしているけど、貴族の挨拶周りは苦手なので候補から外し、ヴィクトリアはその逆だ。それに、2人には子供たちを見ていてもらいたかったし。


 それなら、それなりに顔も知られているし、土地勘はあるようだし、背中も貴族の対応も任せることが出来るという事で、彼女を選んだ。


 実際パトリシアがついて来てくれているお陰で、貴族との話し合いで俺がボロを出す事は無かったし、横で俺を助けてくれる。とても助かる。


 そんな色々とあった中で、味方からですら敵意を向けられるような事があったため、正直会いに行くのが面倒になってしまったのだ。


 ただ、このまま帰るわけにもいかないので、馬車を進めさせる。門番はグリムドが見せる貴族の証を見せると、門番から許可が降りて、指示の通り馬車を進める。


 これからの予定をパトリシアと話しながら、窓から見える景色を眺める。外はアルバスト王国の王都と比べても見劣りしないレベルだ。


 ただ、しばらく馬車を進めさせていると、何か怒鳴り声が聞こえてきた。そして何かを殴る鈍い音も合わせて聞こえてくる。


 馬車の窓から体を乗り出して音のする方を見ると、そこには人集りが出来ていた。それに興味が湧いた俺は、馬車から降りて人集りの方へと向かう。


 後ろから、グリムドやパトリシアの声が聞こえてくるけど、真っ直ぐと野次馬たちの元へと向かう。何とか前の方へ行き、あるものを確認すると……そこにあった……いや、いたのは土で全身をドロドロにして倒れている金髪の少年と、それを見下ろしている3人の男たちだった。

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