黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

216話 息子を見られる

「……あと少し……もう少しで……」


 既に歩き続けて半日は経っている。それでも俺は歩みを止めなかった。領域で感じられる気配。それだけでなく土の中にまで香る木々の匂い。この匂いがもうすぐで地上だと俺に教えてくれる。


 領域を使うようになってから10日が経った。俺を食ったグラトニーワームは俺の思っていた以上に地面の中に潜っていたようで、そこから更に俺が適当に歩いたせいで、グラトニーワームが進んだ道の中でも、かなり下の方まで行っていたようだ。


 道中は初めの頃と同じように蟻たちのおかげで生きながらえる事が出来た。本当に蟻には感謝しないとな。出会ったら即倒すけど。


 俺の領域の反応には、上に土のない広がる気配が広がっているのが確認できる。


「ようやく、外か……」


 この3週間ほど。ずっと真っ暗な中彷徨っていたせいか、太陽が恋しい。もうすぐで外に出られると思うと疲れ切っていた足も良く動いてくれる。


 時折向かって来る虫型の魔獣を倒しながら上を目指す。もうこの暗闇にも慣れたため、速度はここに来たばかりの頃に比べても速い。


 早く、ヴィクトリアとパトリシアに会いたい。心配しているだろうなぁ、あの2人は。特にパトリシアは。目の前で俺が食われたからな。早く無事な姿を見せてやりたい。


 愛しの子供たちや愛する妻たちの顔を思い出しながら歩く事2時間くらい。ようやく、月の光が差し込む穴までやって来た。


 ……あぁ、ようやく出口だ! やっと外に出られるんだな! 気が付けば俺はその光に向かって走っていた。


 穴の大きさは食われたグラトニーワームよりは小さいが、あの大きさになりかけのグラトニーワームが通った穴だろう。


 高さは3メートルほどで、足に魔力を纏わせれば十分に届く距離だ。足に力を入れて跳ぶ。


 ……キラキラと輝く星空、世界を照らす月に、光が反射する木々。黒色以外の色を見るなんて久し振りだ。


「帰って来た!!」


 久し振りの地上。思わず叫んでしまったのは仕方ないと思う。俺は新鮮な空気を目一杯吸い込む。土の中だと出来なかった事だ。吸い込み過ぎて咳き込んでしまったけど、それも些細な事だ。ついでに周りが木々だけなのも些細な事だ。


 カサカサと風に揺れる葉の音。昆虫型の魔獣の歩く音じゃなくて自然の音だ。ホーホーと鳴く鳥たちの声。これもカチカチと鳴らす昆虫型の魔獣の威嚇音じゃない。


 耳に魔力を集めてみると、流れる水の音。おおっ、何週間ぶりかの水だ! これで、汚れきった体を洗う事が出来る! 洞窟の中にいる時は水は貴重で使う事なんて出来なかったし、グラトニーワームや他の魔獣の血などで汚れていたまま歩いていたから、もうドロドロでボロボロなんだよな。


 体は結構限界がきているが、ここまで来たらすっきりとしておきたい。そのため、水の音がする方へと向かう。


 音を拾う事は出来たけど、思っていた以上に俺のいたところから音の元までは結構あったようで、歩きで30分ほどかかってしまった。


 だけど、久し振りの大量の水を見て、疲れた気持ちも全て吹き飛んだ。この水、好きなだけ使っていいんだよな? 飲んでよし、体を洗ってもよし……何使っても!


 俺は取り敢えず血や土でドロドロになった服を脱ぐ。周りを警戒するのを怠らずにレイディアントはしっかりと持って。


 こんな森の中で全裸をする事など殆ど無かったけど、今はそんな事を気にしている余裕もない。俺は1秒でも早く汚れを落としたかったので、ひんやりとする川の中へと入る。


 ううっ、冷たいけど、気持ちいい! 俺は泥塗れの頭にも水を被る。俺が入っている箇所は次々と水が汚れていくけど、少しずつ流されていく。


 石鹸とかあったらまた違ったのだろうけど、そこまでは求めても仕方ないな。自分の体を擦るとぼろぼろと落ちる土。血で固まったりもしていたせいだろう。物凄く汚れているなぁ。


 それから、俺がずっと着ていた服も水で洗う。せっかく体を洗ったのに、汚れた服を着るのは流石に無理だ。


 しばらく水を満喫していると、警戒のために発動していた領域に飛んで来るものを感じた。直ぐにレイディアントを抜き、飛来してくるものを切り落とす。そして直ぐに川から出る。


 俺が切り落としたものは矢のようで、切られた矢は川を流れていった。


「誰だ! 出て来い!」


 俺は矢の飛んできた方へと殺気を放って威圧すると、きゃぁっ! と、木の上から矢を放って来た本人が落ちて来た。


 木の上から落ちたのは、女性だった。殆ど見たことのない腰まで伸びた黒髪。服は魔獣の皮で作った胸当てと丈の短いスカートを履いているだけで、かなり動きやすそうではあるが、へそは見えているし、足は殆ど出ている。


 そして何より、普通の人間では見る事がないほど長い耳。ピクピクと動いていた。


 ヴィクトリアやパトリシア、ヘレネーたちに負けないほどの美貌だけど、胸は惨敗だ。3人とも大きく、ロナも平均的な胸を持っているのを見ているせいか余計に小さく見える。


 そういえば、大平原にはどの国にも属さない部族がいるという話だったな。もしかして、この子が……


「……いたたた……あなた、いきなり殺気を放ってくるなんて!! どういうつもりよ!」


「ふざけるな。いきなり矢を放ってくる奴が何を言うんだ!」


「何を……きゃあぁぁぁっ!!!」


 黒髪の女性が怒りながら俺を見た瞬間、急に顔を隠してしゃがむ。何なんだよ、一体? と思っていたら


「あああ、あ、あなた! ど、どうしてそんなところにグラトニーワームを飼っているのよぉ!!」


 と、俺のとある部分を指差しながらそんな事を言ってきた。指のさす先を見ると、そこは俺の息子の部分で、ようやく俺が素っ裸なのを思い出す。俺は咄嗟に隠すが、女性は顔を隠しながらも隙間から見ていた。


「……うぅぅっ、お父様やお兄様はイモムシぐらいだったのに。大きいよぉ」


 ……何なんだよ、全く。

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