黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

179話 アルバスト防衛戦(8)

「なぁ、お前はパトリシア王女どうなると思う?」


「あぁん? そりゃあ、助けに行くんじゃねえのか? 流石に王女様を見捨てねえだろ?」


「それじゃあお前、もし助けに行くために兵士を集めるって言われたら参加するか?」


「……それは」


 月が輝く夜。男たちは哨戒をしながらも、暇を紛らわすために雑談を始める。話の話題は当然昼間にあった自国の姫に関する事だ。


 昼間の出来事は砦内で1番の話題となっている。それも当然だろう。自国の見目麗しい姫が敵国の捕虜になったのだから。


 話題の中身は、自分が姫を助け出し彼女との未来を夢想する事や、相手は数倍の人数を誇る連合軍、助けに行くのは無理だ、と言い殴り合いになったりする事もあった。


 その中でも彼らの話は夢想などに比べれば、より現実的な話し合いとなっていた。ただ、かなり消極的ではあるが。


「俺は無理だな。いくらお姫様だといっても、実際にあった事もない、話した事もない相手より、自分の命の方が大切だからな」


「お、おい、こんなところでそんな話をするなよ。誰が聞いているか……」


「構わねえよ。誰が聞いていても考える事はどうせ一緒だ。それよりも、早く帰りてえよな。早く彼女に会いてえよ」


「今年で何年目だっけ? 告白するんだろ?」


「ああ、この戦争が終わって帰ったらな。もう準備もしてるんだよ。後は渡すだけだ」


 そう言って笑い合う2人。明るい将来に自然と笑みを浮かべる2人だったが、闇に紛れる蜘蛛・・が、その明るい未来を許さなかった。


 丁度、月の明かりが砦によって影になる外壁には、見た事もない異形が壁を登って行く。背から伸びた4本の足。そして本来ある足を使い壁を登って行くその姿はまさに蜘蛛。


 その中の1人がハンドサインで指示を出す。それに従い周りの蜘蛛たちは、素早く壁を登って行く。そして塀ぎりぎりまで登り兵士たちを確認する。


 アルバスト兵たちは、この壁を超えてくるものはいないと思っているのか、見張りはしているが談笑している者が殆どだ。


 その事に呆れながらも、好機と感じた蜘蛛たちは音も無く塀を登り切る。そして、兵士たちに背後から近づき口元を押さえて背から伸びる4本の足を兵士の体へと突き刺す。


 先ほどまで明るい未来を想像していた兵士も、愛しい彼女を脳裏に浮かべながら死んでいった。その話を聞いていた兵士も突然視界が暗くなった事に驚き声を出す暇もなく、暗闇へと落ちていった。


「ゆるゆるですね、ここの警備体制は。まあ、初日に襲ってくると、しかも壁を登ってくるとは思わないでしょうが」


「それを見越しての作戦だ。それで下の奴らは?」


「時間的には既に侵入しているでしょう。それでどうしますか?」


「予定通り門を開ける。お前たちは……」


「やはり、レディウス様の予想通りか」


「なっ!? 誰だ!?」


「私はグリムド・ベイクと言う。ちなみにお前たちが殺したのは土の人形だ。よく出来ていただろう?」


 新たに現れた男の言葉と同時に、先ほど殺したはずの兵士たちが現れる。蜘蛛たちは奇襲がバレていた事に歯噛みをしながらも戦闘の体勢を取る。


「悪いがレディウス様はお前たちに聞きたい事があるようだからな。捕えさせてもらう」


 ◇◇◇


「ケケケッ! まさか奴らも地面の下から現れるとは思ってねえだろうな」


「残念だが思ってるよ」


「はっ? ぐっ!?」


 俺の蹴りをなんとか腕で防いだ男は、目を丸くしながら俺を見て来る。その男の後ろからもぼこぼこと地面が穴空き、男と同じような見た目をした敵兵が姿を現わす。


 男たちの姿は両手両足の爪が鋭く尖っていた。リーダー格の男はまだ人間に近い姿をしていたが、他の奴らは殆ど魔獣の姿になっている。昔、修行中に見た土竜のようだ。なるほどな。地面を掘ってきたのか。だが、


「悪いが俺の目は誤魔化せない。前に獣人と戦っていたおかげだけどな」


 獣人たちは魔石のせいなのか魔闘眼で見ると全身を魔力で覆っているように見えて、体が光っているのだ。そのため、この夜でも俺の目からは昼間のように光って見える。


 当然魔闘眼はこの1年ほどでグリムドやグレイブにも教えているため、グリムドは砦の壁を登ってくる奴らを、グレイブは後方で待機している。


「ちっ、これは想定外過ぎるぜ。おい、お前ら俺が逃げる時間を稼げ!」


 他の奴らとは違って言葉を話せる男は、我先にと逃げようとする。しかし、逃すわけがないだろう。魔闘脚を発動し地面を蹴る。


 男を守るように立っていた異形たちの横をすり抜け、男に向かう。男は俺に向かって右腕を突き出してくるが、俺は左腰からシュバルツを抜き、下から弾く。そのまま左足で蹴りを放つ。


「ちっ、くそっ!」


 しかし、俺の蹴りを男は左腕の甲で受け止め、俺から距離を取る。手を開いたり閉じたりして調子を確認しているところを見るとダメージはあるようだ。


 右手に持つシュバルツを左手に持ち替えながら男へと向かう。男は逃げることは諦めたのか構えて俺を待つ。後ろを他の異形たちが追いかけてくるが、目の前の男ほど目が見えてないのだろう。かなり遅い。


 後ろの敵を無視してシュバルツで切りかかると、男は左手の爪で弾き、下から右手を振り上げてくる。俺は右手でまだ鞘に残っているレイディアントを引き抜き、下から振り上げてくる爪を防ぐ。更にその勢いを利用して跳ぶ。


「旋風流、風切!」


 両剣で土竜男の逃げ道を塞ぐように斬撃を放つ。男は両腕を交差させて耐えるだけだ。俺はその間に男の背後へと着地し、背後から男の左足を蹴る。


 男はバランスを崩して倒れるが、そのまま地面を掘ろうとしたので、すぐにしゃがんで喉元に剣を突き立てる。


「今すぐ奴らを止めろ。喉を切られたくなかったらな」


「くっ……お、お前ら止まれ!」


 土竜男の声に動きを止める異形たち。俺が合図を出すと、周りに待機していた兵士たちやオスティーン男爵が姿を現わす。


「もしかしたらという話だったが、まさか地面から来るとは」


「ええ、てっきり空でも飛んでくるもんだと思っていましたが、外壁の方は?」


「あちらも、グリムド殿たちの奮闘によって捕える事が出来た」


 良し、これでひとまずは安心だろう。それに、こいつの力を借りれば。

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