黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

172話 アルバスト防衛戦(2)

「全軍攻撃再開せよ! グランテ砦を攻め落とせ!」


 ブリタリス軍の将軍であるゼファー将軍の声に、辺りを轟かせるほどの声を上げるブリタリス兵たち。先程までとは比べ物にならないくらいの勢いで、兵士たちが攻めて来ます。


 さっきまででもギリギリだったのに、そこに攻めてくる異形の戦士たち。砦へと登ってくる兵士を落とそうと、梯子にアルバスト兵が近くのだけど、兵士たちは次々と射抜かれていく。


 空に飛ぶ鳥型の魔獣に変形した女兵士のせい。そのため、次々とブリタリス、ゲルテリウス兵たちが登ってくる。


「グラァアアア!」


「くっ、鬱陶しいですね!」


 何とか助けに行きたいけど、目の前には狼に変形した兵士が立ち塞がる。彼を放って行けば、他の兵士たちが彼に殺される。だけど、このままでも……。


 くっ、考えている暇はありませんね! 動きは俊敏でも、攻撃はかなり単調です。少しずつ動きが読めて来ました。


 私は狼兵士のアックスを掻い潜ります。全てが大振りのため、当たれば私は即死でしょうが、これぐらいなら何ともありません!


 斜めに振り下ろしてくるアックスを風を纏わせたシルフィーレで逸らします。そして、振り下ろす前にアックスを持つ右腕に、連続で突きを放ちます。


 傷は浅いですが、痛みで狼兵士はアックスを手放します。そこに私はさらに接近します。狼兵士は腕を大きく振りますが、既にそこには私はいません。


 私は姿勢を低くし、狼兵士の視線の外にいるため気付かれていません。狼兵士の足下から私は一気に突き上げます。


 そこでようやく狼兵士は気が付きましたが、もう手遅れです。私のシルフィーレを遮るものは無く、狼兵士の喉から脳天まで突き抜けます。


 狼兵士は、何度か震えてからその場へ倒れました。ふぅ、見た目に騙されていましたが、結局は人間、慌てる事なく対処すれば、相手に出来ない事はありませんね。


 それを見ていた見方の兵士たちが、歓声を上げようとしましたが、それは、別の大きな音に打ち消されてしまいました。それと同時に揺れる砦。


「グゥオオオオオオオ!!!」


 大気を揺るがすほどの咆哮。音の元凶は、門を破ろうとしていた巨大兵士でした。そして、先ほどの砦を揺るがす程の振動と音は、考えたくはありませんが、門が突破されたのでしょう。


「ローデン! 全軍へ撤退指示を! アレを使います!」


「し、しかし姫! アレを使えば姫は」


「いいから早く! まだ、敵がそこまで入っていない内に!」


 仕方ありませんが、この砦は捨てるしかありません。しかし、ただでは捨てませんよ。この砦を使われるわけには行きませんからね。


 巨大兵士の後ろから砦の中へと入ってくる敵兵たち。ただ、巨大兵士が邪魔になっているおかげで、そこまで入って来る速度は速くない。


 その間にアルバスト兵たちは反対側へと逃げる。万が一の時のために決めていたのが役に立ちましたね。みんな悔しそうですが、予定通り動いてくれます。


 後は、突破ができるか、ですね。まあ、出来るようにするために私がここに残っているのですが。


 全ての兵士を私に向けるのは難しいですが、気を逸らすのに使う事は出来るでしょう。代価は私の命ですね。


 私は突破された門の前に立ちます。後ろには数百だけですか、私のお供をしてくれるそうです。みんな、ありがとうございます。彼らに恥じぬよう、私が先頭に立たなければ。


 その間にも巨大兵士を含めた敵兵たちが次々と入って来ますが、私はそのまま


「私は、アルバスト王国第2王女、パトリシア・アルバスト! 皆を追いかけたければ、私を倒してから行け!!」


 叫びます。風魔法で声を敵兵全員に聞こえるようにすると、全員が私の方へと向きました。そして、私を捕らえようと向かって来ます。


 これで、注意を引く事が出来ましたね。逃げるローデンたちを少しでも楽にさせるには、なるべく私に注意を引かないと。


「パトリシア王女だ! 捕らえた者には、報酬をやろう!」


 おっ、それは有難いです。どこかの隊長がそんな事を言って下さったおかげで、より私に注意が向きました。全員が武器を構えて走って来ます。


「さて、力を貸して下さいね、シルフィーレ」


 私の愛剣であるシルフィーレに限界以上の魔力を注ぎます。私の最終手段で魔剣を暴走させます。これを使うと私の魔力は無くなって、シルフィーレも調整無しには使えなくなるのですが、出し惜しみをしている場合ではありません。


 私の周りに突然吹き荒れる暴風に、流石に警戒したのか兵士たちは互いに牽制をし始めました。


 そっちから来ないのであれば、私から行かせて頂きましょう。覚悟して下さい!


「はっ!」


 私は自ら敵兵へと攻撃を始めます。シルフィーレの効果により、剣を振る度に風の刃が放たれます。兵士たちは不可視の刃に切られていき、1人2人と倒れて行きます。


「こ、このっ!」


「遅いです!」


 切りかかろうとする兵士の剣を持つ手を切り落とし、首を切ります。後ろで倒れる音がしますが、いちいち気にしていられません。


「奴を囲め! こんな無茶な戦いが長くは続かん! じわじわと追い詰めてやれ!」


 冷静に判断出来る指揮官がいるようですね。確かに、長期戦になれば私が不利ですが、それをさせないために、私は突っ込んでいるんですよ?


「いいのですか、あなたたちは? 私のようなか弱い女性相手に、そんなビクビクとしていて?」


 そう言いながら切りかかると、当然兵士たちは怒り始めます。我先にと向かって来る兵士たちを、私は次々と切って行きます。指揮官の命令も台無しですね。


 しかし、風による付与があるとしても、囲まれて攻撃されれば、あちこちが傷ついてきます。元々無骨な女でしたからね、私は。今更傷なんか気にはしませんが。


 ……何故かこんな時に思い出したのが、フローゼお姉様やヴィクトリアの結婚式の事でした。あの2人の結婚式はとても幸せそうでしたね。


 フローゼお姉様は政略結婚の意味もありましたが、それでもレグナント殿下とは愛し愛し合っていたのが、周りから見てもわかるほど。ヴィクトリアは誰の目が見てもでした。


 もう、叶わない夢ですが、私もあんな結婚をして見たかったですね。


「おらっ!」


「くっ!」


 ……っ、少し雑念が入ってしまいましたね。気を逸らした隙に右腕を切られてしまいました。浅くはありますが、今までみたいに強くは握れません。


 ジワジワと囲みを狭めていく敵兵たち。気が付けばシルフィーレの効果も無くなっていました。私の魔力が尽きかけているのでしょう。


 周りには倒れる敵兵たち。みんなで数百は倒したでしょうか? 私の補佐をしてくれたアルバスト兵の死体もあります。私のために今までありがとうございました。皆さんの事は忘れません。


 そして1番肝心なのが、ローデンたちは兵士を連れて突破する事は出来たのでしょうか? それだけが気がかりです。


 鉛のように重くなった体へと鞭を打ちながら、剣を構えていると、私を囲んでいる囲いが左右に分かれます。


 分かれた道から現れたのは、金髪の髪で傷だらけの顔をした老将、ゼファー将軍と、緑髪でニコニコと笑っているけど、背筋が震える笑顔をしている将軍、アタランタ将軍。2人が馬に跨りやって来ました。


「自分が身代わりになり、兵士たちを逃すとは、感服致すぞパトリシア姫よ。だが、お主もここまでだ。大人しく投降してもらおう」


 ゼファー将軍はそう言い、手に持つ私の身長以上ある青龍偃月刀の穂先を私へと向けて来ます。しかし、当然ながら首は横に振らせてもらいます。


「ここで投降するのなら、初めから戦っていませんよ。そして、あなたたちには巻き込ませてもらいますから」


 最後の攻撃です。私はシルフィーレを地面に突き刺します。そして魔力を流すと、予め用意してあった魔法陣が発動。私の命を懸けた一撃です!


「くらいなさい! マイクロバースト!」


 私の頭上から、砦全てを覆い尽くす程の大きさ風の塊が、一気に落ちて来ます。砦の建物は潰され吹き飛びます。人間など耐えられずに飛ばされます。


 ……お父様、お母様、先行く私をお許しください。風に巻き込まれ吹き飛ぶ敵兵を見ながら、私自身も風に吹き飛ばされる感覚を感じながら、気を失いました。


 後は頼みました。

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