黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

169話 被っちまった

 待つ事少し、兵士が左右に列を作るように並ぶと、天井に向けて剣を掲げる。そして楽器隊が音楽を鳴らしながら入って来て、更にその後ろには主役である国王陛下と王妃様が続く。


 国王陛下たちが上座に着くと、周りの侍女たちが爵位順に飲み物を渡していく。侍女たちも顔と爵位を覚えているのか。凄いな。


 音楽が鳴り止むと、側に立っていた文官が、国王陛下に何かを手渡している。あれは、声を遠くの人にまで聞かせる事が出来る魔道具だな。そして


「皆の者、わしの誕生日のためによく集まってくれた。わし自身は別に開かずに、この資金を別のところに回しても良いのだが、誕生会という祭りを開く事で金も回ると言われてな。なので今日は祭りだ。盛大に楽しんで欲しい!」


 祭りって、中々凄い事を言う人だ。王妃様も笑っているじゃないか。そして国王陛下はグラスを掲げる。俺たちも習って同じよう掲げる。


「乾杯!」


 国王陛下の音頭により誕生会は始まった。まずは爵位の順から国王陛下へと挨拶をしていく。子爵である俺たちは、真ん中の後ろの方になる。それまでは他の貴族と歓談だ。


 当然俺の周りに貴族が集まってくる。国王陛下の目にも止まって、セプテンバーム公爵と太い縁がある俺と縁を結んでおきたいのだろう。


 俺は当たり障りのない会話をするだけだ。あまり言質を取られないようになあなあな回答で。これはヴィクトリアに一杯練習させられたからな。俺もヘレネーもヴィクトリアのスパルタ教育に泣きそうになる程だった。今思い出しても震えてしまう。


 そして、その元凶のヴィクトリアはというと


「本当にヴィクトリア様はお綺麗ですわね。なにか秘訣とかあるのですか?」


「うふふ、そんな事ありませんわ。ただ、あるとすれば……旦那様が毎日私を愛して下さっているからですわね」


 両手を頰に当てて照れながらそんな事を言うヴィクトリア。あの言葉の裏には「あなたたちは愛されていませんよね?」という副音が含まれている。


 それに気が付いた夫人は頰を引きつらせ、気がつかない者たちは、ヴィクトリアのただの惚気だと受け止める。貴族同士の話し合いより怖いよ、あそこは。


 ヘレネーは公の場では第2夫人という扱いになってしまうので、ヴィクトリアより前に出ないようにしている。まあ、そのおかげで、ヘレネーからボロが出ないのだけど。ヘレネーにはあのやり取りは難し過ぎるらしい。


 そんな風に話し合いをしていると、子爵位の順番が回って来た。そろそろ俺たちも行かなければ。俺は話しかけてくる貴族たちに断りを入れてヴィクトリアたちの方へ向かう。


 ヴィクトリアも気が付いたので、ヘレネーを伴って向かって来た。何だかヘレネーが疲れているが。


「……想像以上にしんどいわね。何よ、あの話し合いは! もっと普通に会話は出来ないの!?」


 ヘレネーは夫人同士の話し合いに辟易としているようだ。その事がわかるヴィクトリアは苦笑い。


「仕方ありませんよ、ヘレネー。普段はやる事がなくて暇な夫人は、こういう場やお茶会で溜まっている鬱憤を吐き出すのですから」 


 ……笑顔でヴィクトリアはそんな事を言うが、もしかしてヴィクトリアも鬱憤を溜めているのだろうか? もしそうであるのなら、少し考えないと。


 何かいい方法は無いか考えていたら、俺たちの挨拶の順番が回って来たようだ。目の前には国王陛下と王妃様が立つ。


「この度は、御誕生日おめでとうございます、陛下」


「うむ、アルノード子爵よ。お主から貰った祝いの品には驚かされたぞ? 文官たちが慌ててわしを呼びにくるから何かと思えば、まさか地竜の頭の剥製を送ってくるとは。それに稀に見る巨大な魔石。魔法師団が色めきあっておったわ」


「少しやり過ぎかとも思いましたが、今思いつく最高のものと考えまして」


「ふははは、何構わんよ。今は会議室のわしの席の後ろに飾らせて貰っている。会議の度に部屋に入るのを恐れる文官を見るのは少し楽しいのでな」


 そう言って笑う国王陛下。俺はそれに苦笑いをするしかなかった。そこに


「初めましてですね、アルノード子爵」


 王妃様が話しかけて来た。そういえば、遠目で見る事はあっても直接話をするのは初めてか。年は40中頃だと言うのに30代に見える美貌。サラサラな金髪に優しげな表情は、以前お会いしたパトリシア王女に似ている。


 俺は礼をすると、王妃様は俺の手を握って来た。そして


「ヴィクトリアと結婚してくれてありがとうね。この子は血は繋がってないけど、私たちの子どものような存在なの。そんなヴィクトリアの幸せそうな表情が見れて私も嬉しいのよ」


 そう言い微笑んでくれる王妃様。俺はヴィクトリアに目配せすると、ヴィクトリアは頷く。


「国王陛下、王妃様、実はお伝えしたい事があります」


 突然の言葉に2人は首を傾げるけど、ヴィクトリアは続ける。


「実は私とヘレネーのお腹の中には、旦那様との命が宿っています」


「おおっ! それはなんとめでたい事だ。ベルゼリクスめ、一昨日出会った時はそんな事一言も言ってなかったと言うのに」


 国王陛下は、他の貴族と話をしているセプテンバーム公爵を見ると、セプテンバーム公爵はニヤリと笑っていた。うわぁ、あれは確信犯だぞ。わなわなと震える国王陛下の隣では


「うぅっ、よ、良かったわ。本当に良かったわ」


 涙を流す王妃様の姿があった。本当に喜んでくれているのだな。少し貴族たちが騒つき始めたので、俺たちは挨拶を終わらせて離れる。


 あまり時間をかけていては変に勘ぐられるし、やっかみも受ける。まあ、俺たちはずっと懇意のあるヴィクトリアがいるので、大丈夫だろうが。


 それから再び貴族たちとの話し合いに戻り、話をしていると


「父上、ただいま戻りました!」


 と、かなり遅れてウィリアム王子が会場へと入って来た。その後ろにはいつも通りの2人と、大きさが2メートル程の箱が担ぎ込まれて来た。


「ウィリアム、王子であるお前が遅れるとはどう言う事だ?」


「申し訳ございません、父上。父上に送る物を探していたのですが、中々見つからなくて遅れてしまいました」


 そしてウィリアム王子は部屋の中心に箱を運ばせる。あの中には何が入っているんだ? ウィリアム王子の指示で箱を開ける兵士たち。箱の中から出て来たのは


「ひぃっ!?」


 貴族の子女たちが驚いている。それも当然だろう。出て来たのは魔獣の剥製だったのだから。


「こちらは、ランクCの魔獣、ウルフベアーです。狼のような顔に脚力、熊の筋力を備えた魔獣になります。これは私たち自ら討伐し、剥製にしました! これを父上に贈りたいと思います!」


 自信満々に叫ぶウィリアム王子。しかし、国王陛下は困った表情を浮かべている。それも当然だ。だって既に剥製の贈り物はあるのだから。しかも、ウィリアム王子の剥製よりも貴重な物が。


 ……やべぇよ。やらかしてしまった。隣に立つヘレネーはあらら、って表情で俺を見て来て、ヴィクトリアは喜んでいるようにも見える。


 ……被っちまったよ。


◇◇◇


「はぁ、はぁ、私はパトリシア様の使者である! 直ぐに門を開けてくれ!」


「待て、証拠を見せて頂かなくては門を開ける事は出来ぬ」


「そんな事を言っている暇は無い! 急がなければ、パトリシア様が危ないのだ!!」

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