黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

閑話 弟弟子の日常(3)

「これは、アルバスト王国の王都にも負けてないな。なあ、ミアさん」


「ええ、これは中々の大きさですね」


 俺はトルネス王国の王都で、ミアさんと一緒に周りを見渡す。アルバストの王都も結構おおきかったけどあ、トルネスも大きい。


「ふふ、そうでしょ、そうでしょ! 私の生まれもトルネスの王都だからここに帰って来るのは久し振りね。2人は私の家に泊まってもらうからね」


 ……突然何を言いだすんだアルテナは。ミアさんはまだしも俺が泊まれるわけがないだろう。


「馬鹿なことを言うな。俺とミアさんは宿を取るから、そんな気を使ってもらわなくてもいいぞ」


「別に気なんか使ってないわよ。どうせ同じところに行くのだから、一緒に行ったら良いじゃない。ウチの家も大きいから気にしないで」


 それ以上は聞かない、と、そっぽを向くアルテナ。こいつ本当に頑固だな。俺たちが何を言っても聞かない。アルテナの気持ちは有り難いのだけど、その、ミアさんとイチャイチャしたいのに。


 その事を言う事も出来ずに、揺られる馬車。王都についてから既に15分ほど馬車で揺られている。アルテナはもう直ぐで着くというが、この辺りはもう貴族街なのでは無いのか?


 アルテナは気にした様子もなく「なつかしー」とか言っているが。本当に大丈夫なのだろうか?


 そんな事を考えながら外を見ていたら、馬車はとある屋敷へと入って行く。周りの屋敷の中ではでかいほうだ。なんでこんな屋敷に? 俺もミアさんも首を傾げていると、馬車は止まる。そしてアルテナは馬車から降りてしまった。


 俺とミアさんは顔を見合わせながらも、ゆっくりとアルテナの後をついて行く。すると、馬車を囲むように侍女たちが立ち並び、真ん中には2メートルほどの巨体の男性と、その男性とは正反対の小柄な女性がニコニコとしながら立っていた。


「久し振りだな、アルテナ。元気だったか?」


「ええ、元気だったわよ、お父様。というか前にも手紙を送ったじゃ無い?」


「それは先週だろ? もっと頻繁に送って来なさい」


「うふふ、あなた、そんな無茶を言ってはダメですわ。アルテナも頑張っているのですから」


「うむ、それはそうだな。さすがはエミリー、アルテナの事をよくわかっておる」


「あなたも、アルテナの事をとても愛しているわ」


「エミリー……」


「あなた……」


「はいはい、終わりよお父様、お母様。今回はライバルを連れて来たから、イチャつくのは後にして」


 アルテナの両親と思われる2人が突然イチャつき始めたのを黙って見ていたが、アルテナが止めてくれた。いきなり過ぎてついていけなかったぞ。ミアさんもポカーンとしている。


「ふむ、お主がアルテナのライバルか。よくアルテナからの手紙にはお主の名前が載ってある。たしか、クルトだったか? 私の名前はゲルター・ランドルフだ。ランドルフ伯爵家の当主をしておる。隣にいるのが私の愛しの妻でエミリー・ランドルフだ。世界一美しい自慢の妻だ」


「うふふ、冗談が過ぎますよ、あなた。ご紹介にあずかりましたエミリー・ランドルフですわ。世界一カッコいいゲルターの妻をしています」


「全く、エミリーは」


「うふふふ」


 またしても2人の世界に入るアルテナの両親。なんというか色々と驚く事が多過ぎて頭が回らない。まず、アルテナが貴族だった事だ。


 確かに今まで一度も平民なんて言っていなかったが、まさか伯爵家の令嬢だとは。全く気がつかなかった。


 というか、貴族の令嬢に見えないんだよ! 俺が貴族で知っているのは、ヴィクトリアさんだけだからあれなのかもしれないけど。それでも、全然貴族に見えなかった。


「……なんで黙ってたんだよ?」


「ん? だって別に言う必要無かったでしょ? 私たちはライバルなんだからそこに貴族も平民もないでしょ」


 そう言って、へっへー、と笑うアルテナ。いやいや、笑い方も令嬢っぽく無いから……でも、アルテナらしいといえばアルテナらしいかな。


 それから、俺とミアさんは、屋敷に案内された。中は前に助けてもらった時に訪れたセプテンバーム公爵の屋敷よりは小さいが、それでも、あれでは手に触れる事すら憚れる調度品の数々が並んでいる。


 部屋は、俺とミアさんが恋人同士と伝えたら一緒にしてくれた。アルテナにも何か言われるかと思ったけど「ふーん」で終わった。


 夕食も中々豪華だった。トルネス特有の材料を使った料理ばかり出て来て、俺もミアさんも様々な料理に舌つづみ、楽しんだ。


 そして、夜。


「……」


「……」


 物凄く気まずい。よくよく考えれば、夜中に2人っきりなんて、初めてだった。アルバストを出てからは、ずっとみんな一緒だったし、2人でデートしにいかにも夜に2人っきりという事はなかった。


 今は2人でベッドの上に並んで座っている。だけど俺もミアさんも一言も話さない。どうしようかと考えていたら、俺の左手の上に、ミアさんの右手が重ねられる。


「ありがとうね、クルト君」


「ミアさん?」


「私はね、初めはとても不安だったんだ。エリシア様について行くって言ったけど、男は旦那様1人。万が一の時は私が身代わりになって、みんなを逃がさなきゃって思ってた。エリシア様がいくら強いと言っても、朝から晩まで体力が続くわけでも無いしね。
 でも、クルト君がついて来てくれた。私なんかのために。そのおかげで、アルバストからの旅は危険も無く終えて、今も無事に生活が出来ている。クルト君のおかげだよ。ありがとう」


 見惚れるほどの綺麗な笑顔。俺はじっとミアさんの顔を見ているしか出来なかった。多分、今の俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。


「そ、そんな改めて言われるような事じゃないよ。俺はただ好きな人のためについて来ただけだから」


 俺はあまりの恥ずかしさにそっぽを向く。こんな真っ赤にした顔をミアさんに見られるわけには。そう思っていたが、俺に近づく気配な気が付かず、そのまま


 チュッ


 と、頰に柔らかく温かいものが触れた。俺はすぐに振り返ると、顔を赤くして吹けない口笛を吹くミアさんの姿があった。何これ、可愛すぎるんだけど!


 俺は直様ミアさんを抱きしめて、ベッドに倒れこむ。俺はミアさんを抱きしめたまま、そのまま眠りにつく。今まで感じた事の無い、愛しの人の温もりを感じながら。ミアさんに頭撫でられるの気持ちぃ……。

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