黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

138話 鬼の形相

 親善戦も終えて、トルネス王国を出発してから1週間が経過した。トルネス王国内の帰路は特段問題が起こる事もなく、トルネス・アルバスト間の国境を越える事が出来た。


 俺たちと馬車の中で特にする事もなく、ゆらりゆらりと揺られているだけだった。今も俺は自分の黒剣を手入れして、ガウェインは寝て、女性陣は色々と話をしている。


 時間的にはもう直ぐに着くはずなのだが……。そう思っていたら、突然馬車が止まり出す。そして、前から騎士が1人馬を走らせ、もう直ぐにセプテンバーム領に着くと、知らせてくれる。


「やっとですね、レディウス様」


「そうだな。ヘレナたちも降りる準備をしてくれ。おい、ガウェイン、そろそろ起きろよ。セプテンバーム領に着くぞ」


「……うぅん? やっとかよ。ふぅ〜、疲れたぁ〜」


 ガウェインは目を覚ますと、大きく体を伸ばす。それから、馬車に揺られる事20分、俺たちの馬車からも大きい外壁が見える。前の方は既にセプテンバーム領に入っている様だ。陛下が乗る馬車だな。


 それから、次々と馬車がセプテンバーム領に入る。俺たちの馬車も後に続き中へと進んでいく。


「……何かあったのでしょうか?」


 馬車が領地内を進んでいくに連れて、首を傾げるヴィクトリア。この中で1番この街について知っているヴィクトリアがおかしく思うなら、何かあるのだろう。


「どうかしたのか、ヴィクトリア?」


「え、ええ、なんだか、いつもに比べて武装した兵士が多い様な気がするのです」


 武装した兵士が多い? でも、それは普通では無いのか? 前触れで陛下が来る事は伝えているはずだ。そのせいでは無いのだろうか。


「大丈夫だろ。陛下がいるから多くしているだけなんじゃ無いのか?」


「……それだと良いのですが」


 少し考え込むヴィクトリアに少し気にしながらも、俺も降りる準備をする。しかし、兵士が多い理由か。俺が言った通りなら良いのだが、それ以外の理由だと少し気になるな。


 そんな事を考えながらも、行きの時にも使ったセプテンバーム家の別邸に辿り着いた。そこでは、セプテンバーム公爵が家臣を連れて立っており、その前に陛下の馬車が止まる。


「出迎えありがとう、セプテンバーム公爵よ」


「はっ、無事の帰還、喜び申し上げます」


 陛下が馬車から降りると、兵士たちは一斉に敬礼をする。親善戦に参加した生徒たちも全員が降りると、セプテンバーム家の侍女たちがやって来てそれぞれ連れていく。俺たちを残して……何故に?


「そういえば、この兵士の数はどうしたのだ? 何か事件でもあったのか?」


 俺たちの事を気にしつつも、陛下はセプテンバーム公爵に疑問に思っていた事を尋ねる。するとセプテンバーム公爵は


「ええ、ありましたよ。とんでもない大事件が……」


 セプテンバーム公爵はそこまで言うと、俺たちの方を見て来る。正確に言うと、俺の方だが。


「レディウス・アルノード男爵!」


「は、はいっ!」


 俺は突然呼ばれた事に返事をしてしまう。俺何かしたっけ? わけもわからないまま、セプテンバーム公爵は俺の目の前まで歩いて来る。


「お、お父様、これは一体……」


「ヴィクトリアは黙っていなさい。アルノード男爵よ。お主、行きの際にヴィクトリアと2人で出かけただろ?」


 2人で……ああ、武器を手に入れるためにヴィクトリアにダンゲンさんのところに案内して貰った時だな。


「心当たりがあるようだな。そのせいでな、街中ヴィクトリアに新しい男が出来たって持ちきりだ! 当然、その事は商人によって流れて王都にも届いている。この前、王都にいる貴族からどう言う事か聞かれたからな!」


 俺もヴィクトリアも開いた口が閉じなかった。ほんのちょっと2人で買い物に行っただけなのに、なんでそんな大事になってんだよ。


 そして、いつの間にか周りをじりじりと囲む兵士たち。セプテンバーム公爵の号令1つで飛びかかって来そうだ。


「お父様やめてください! た、確かに私とレディウスは、その、買い物に行きましたが、まだ、その様な関係ではありません!」


「ヴィクトリア、関係が有ろうと無かろうと、今はどうでも良いのだ。その様な噂が流れた時点で問題なのだ。ましてや、ヴィクトリアはウィリアム王子との婚約の話が無くなってそんなに経っていない時にだ。
 王都では、お前がウィリアム王子との婚約が無くなったのも、ヴィクトリアの男遊びのせいだと言う輩もいる」


 大方、私が嫌いな貴族どもが流しているのだろう、と言うセプテンバーム公爵。だけど、それはあまりにもヴィクトリアが可哀想だ。俺のせいもあるが、そんな噂が流れたらヴィクトリアに相手は出来なくなるだろう。


 ましてや、一度王子から婚約破棄をされている。ただでさえ、婚約破棄された相手は忌避されるというのに、その上そんな噂が流れたら


「全てが、お主が悪いとは言わん。当然ヴィクトリアにも非はある。だが、こんな噂が流れれば、ヴィクトリアにはもう相手が見つからないだろう。だから! ……ぐぐぅぅ……」


 セプテンバーム公爵は顔を真っ赤にしながらも俺を見て来る。今まで見た事がないほど憤怒の色に染まっていく。顔から炎が噴き出しそうだ。


「貴様は責任を取って、ヴィクトリアを第1夫人として結婚するのだ!」

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