黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

33話 目が覚めると

「……ここ、は?」


 僕は目を覚ますと、そこは見覚えのある天井だった。質素な雰囲気だけど、とても過ごしやすい場所。風鳴亭の僕の部屋だ。どうしてここにいるのだろう。確かコカトリスの討伐に……っ!


 僕はあの時の記憶を思い出すと体が震え出してしまった。思い浮かぶのは目の前でトサカで切りかかってくるコカトリスの姿。


 僕は自分の左腕を確かめる。少し感覚が鈍いけど何とか動く。脇腹も切られたはずだけど痛く無い。触っても傷跡が無い。


 僕は体を起こして自分の体を確認する。どこも無くなっている箇所や、傷が見当たらない。気がついたら目から涙が溢れていた。


 僕はあの時死を覚悟した。もう助からないと思った。でも助かった。僕は助かったんだ! そう思うと体の震えが止まらなくて、涙も止まらなくて。


 ……そうだ! レディウスはどうなったんだろう? ロポは? 僕がここにいるって事はレディウスが運んでくれたんだろう。


 目元の涙を拭い、僕は部屋を出る。久し振りに歩くからか、足元がふらつくけど、壁に沿って階段を降りていく。受付に行くと、メルさんが立っていた。僕が近づくとメルさんも気が付いてくれた。


「アレスちゃん! もう大丈夫なの!?」


「僕はもう大丈夫です。それより僕の事をアレスちゃんと呼ぶのはやめて下さい」


 僕が、メルさんにいつもの言葉を言うと、メルさんは僕を見てニヤニヤとする。な、何だろう。


「アレスちゃん、今の服装見た?」


 今の服装? 自分が生きていた事に嬉しすぎて、そんな事を気にする暇も無かった。僕は自分の服を見ると……女物? 僕の荷物には男物しか入れてなかったはずじゃあ。それに服が着せ替えられているって事は


「因みにそれに着せ替えたのは私だから、ア・レ・スちゃん」


 顔から汗が止まらなかった。メルさんに見られてしまった。今まで隠していたのに


「あ! 後、アレスちゃんの着替えを頼んだのはレディウス君だから」


 れ、レディウスにもバレたのか! というよりみ、見られた。男に見られた。僕の顔が熱くなるのがわかる。しかも、レディウスに……。


「勿体無いわよね。そんな女性らしいを抑えて隠して、男のふりをするなんて」


「あああああああ! め、メルさん! それ以上は言っちゃダメェ!」


 せっかく隠している意味が無いじゃないか! 僕は慌ててメルさんの口元を押さえる。メルさんは苦しそうにジタバタするけど、他の人にバレるわけにはいかない。


「そ、それよりもメルさん。レディウスはどこにいるんですか!?」


 私は押さえていた手を離して、メルさんにレディウスの居場所を尋ねる。メルさんは、はぁはぁと息苦しそうにしているが


「れ、レディウス君は風鳴亭の裏で剣を振っているわ。ロポちゃんも一緒よ」


「ありがとう、メルさん!」


 僕は直ぐに裏に向かう。途中メイちゃんに出会ったらメイちゃんにもニヤニヤされた。……言いふらさなきゃ良いけど。そう思いながら裏にやって来ると


「しっ! はぁ! せいっ!」


 物凄く真剣な表情で剣を振るうレディウスの姿があった。上から下へと振り下ろし、そのまま流れるように切り上げ。斜めに袈裟切り、逆袈裟と続いて振るう。


 ……かっこいい。僕も少しばかり剣が使えるからわかるけど、レディウスの剣技はどこかチグハグな感じがする。でも、変じゃなくて少しずつ噛み合って、上手くいっているというか。


 でも真剣な表情で剣を振るうレディウスはかっこいい。って、違う! 僕は邪魔しない様にゆっくりと近づくと


「グゥ!」


 ロポが気が付いて寄って来てくれた。僕の足元まで来てすりすりと体を擦り付けて来る。可愛いなぁ。ロポの円らな瞳と僕の目線が交わっていると


「……目が覚めたかアレス」


 とレディウスに声がかけられる。レディウスを見るとどこか気まずそう。


「う、うん。僕を助けてくれてありがとう。ここまで運んでくれたんだよね?」


「……ああ」


 ……会話が続かない。どうしようかと思っていると


「中へ入ろうか。ここじゃあ話しづらい事もあるだろう」


 とレディウスが提案してくれた。それもそうだね。バレたからには僕の事も話しておきたいし。って言っても大した理由は無いのだけど。


「うん。そうだね。それじゃあ僕の部屋に行こうよ」


 そうしてレディウスを僕の部屋に案内した。


 ◇◇◇


 街に戻って来て3日が経った。今はアレスの部屋に来ている。アレスがベッドに腰がけ、俺は椅子に座る。ロポは床だ。


 コカトリスを倒した後は、ロポにアレスを背負わせて急いで帰って来た。しかし、アレスの服を着替えさせようとした時は本当に驚いた。


 だってあるはずの無いものが付いていて、無いといけないものが無かったのだから。今思えば、おかしいなと思う事は色々あった。


 顔は元々女性顔だったし、どこかドキッとする事もあった。笑顔は可愛らしいし。それから川で俺の裸を見た時の反応。確かに女性ならあんな反応をしてもおかしく無い。


「え、えっと、何から話そうか?」


 そんな風に考えていると、アレスはこてんと首を傾けながら言う。今のアレスはくくっていた髪の毛も解けて、服は女物だ。もちろん胸元を押さえつける様なものは付けていない。押さえていた時はわからなかったけど、女性特有の膨らみもある。やっぱり


「それじゃあ、どうして男だって言っていたんだ?」


 この事が1番気になる。それに返って来た答えは


「大した理由じゃ無いんだよ。父親が僕を男として育てようとしただけなんだ」


 と苦笑いしながら話す。詳しく聞くと、アレスの本当の名前はアレスティナと言うらしい。王都にある男爵家の一人娘だと言う。その事を聞いたので、俺は頭を下げようとすると


「や、やめてよ! 男爵家なんて言っているけど、貴族なのはお父さんで、僕はただの娘なんだから」


 と両手を前に突き出してぶんぶんと振る。それなら俺も今まで通りに接しよう。男としては無理だけど。


「よくある話で、お父様は男の子が欲しかったんだけど、お母様からは僕しか生まれなくてね。妾を作ろうともお金がないから作れないし。だから僕を小さい時から男の子として育てようと思ったみたい」


 アレスは俺にはバレたけどねっと笑いながら言うが、思ったより重たい話だった。でも、貴族社会だとありえない事じゃないのかな?


「それよりもコカトリスは失敗したんだよね。ごめんね。僕のせいで……」


 と悲しそうな表情を浮かべる。何でそんな話になるんだ?


「何か勘違いしている様だけど、失敗して無いぞ」


「えっ?」


 俺は自分の部屋に戻って木の箱を持って来る。木の箱の中には石皮病の治療薬が入っている。それを見てアレスは今度は驚きの表情を浮かべる。


「こ、これって」


「石皮病の治療薬だ。俺の知り合いに商会の支店長がいてな。その人の知人の薬剤師の人に作ってもらった。その一本で治るらしいけど、予備にもう一本作ってくれた。それを変異している箇所に塗れば治るらしい。それでアレスのお母さんも助かるはずだ」


 俺が話しているけど、アレスは木の箱をじっと見ていて動かない。まあ、無理も無いか。ずっと探していた物が目の前にあるのだから。


「あ、ありがとうレディウスぅ。僕の命を助けてくれただけでなく、コカトリスまで倒してくれて」


 アレスを見ていると、アレスはそう言ってボロボロと涙を流し始めた。


「泣くなよ。そういう約束でパーティーを組んだんだろ? 俺も今回のは良い経験になった。それで良いじゃ無いか。な?」


 俺がそう言うと、アレスは何度も首を縦に振る。全く。俺が苦笑いしていると


「レディウス、ありがとぉっ!」


 と、抱きついて来た。ちょっ! おまっ! アレスって感極まると抱きついて来るよな。パーティーが決まった時も抱きついて来たし。


 でも、あの時と違って今は女だったわかっているから少し役得。俺は泣きじゃくるアレスの頭を撫でてあげるのだった。

「黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く