黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

6話 罠

「さあ、行きましょ?」


 笑顔でそう言うお姉さん。そう言えば名前を聞いてなかったな。


「はい、よろしくお願いします。僕の名前はレディウスと言います」


「レディウス君ね。私はベーネ、そっちの大きい方がドモス、細い方が……」


「私はカルクです。よろしくお願いしますよ」


「はい、お願いします!」


 うわぁ〜、何だかこういうの良いな。一時的とはいえ仲間みたいで。初めての依頼で少し不安だったけど、ワクワクして来た。


 それからベーネさんやカルクさんに冒険者としての事を色々と教えてもらう。薬草の取る量は全て取らずに少し残すとか、獲物を倒したらその場を離れるとか、色々な事を。


 僕は本での知識しかなかったため、人からそういう話を聞くのはとても新鮮だった。ドモスさんは元々無口なのかはわからないけど、黙々と周りを注意している。そんな風に見ていると


「見つけたぞ」


 とドモスさんが何かに向かって指を指す。指の先を見ると、草むらから白い耳がぴょんと出ている。もしかしてあれが


「あら、ホワイトラビットね。幸先良いわねレディウス君。行きましょ」


 ホワイトラビットに向けてゆっくりと進むベーネさん。他のみんなも音を立てないように進んでいる。僕も真似をして見るけど、カサカサと靴の擦れる音がする。……難しい。


「ふふ、今回はお手本を見せるから、レディウス君は見ててね」


 そう言い3人でホワイトラビットを囲むように進む。よし、今回はお言葉に甘えて見学させてもらおう。


 3人の気配に気が付いたのか、草をむしゃむしゃと食べていたホワイトラビットが顔を上げてキョロキョロとする。そこに


「しっ!」


 とベーネさんが素早く動きホワイトラビットの喉を搔き切る。おおっ! あっという間に1羽倒してしまった。僕だったら近く前に気がつかれて逃げられていたな。


「はいおしまい、と。はいレディウス君」


 その後の血抜きなども見ていたら、ベーネさんがホワイトラビットを僕に渡してくる。


「え? でもそれを倒したのはベーネさんじゃ……」


「私たちは良いのよ。ホワイトラビット1羽狩っても銅貨1枚だし。私たちの狙っているウルフは1匹で小銀貨1枚になるからね。別に良いのよ」


 と微笑みながら言ってくる。


「あ、でも、今持つと重たいだろうからドモスに持ってもらうわ。ドモスお願い」


「ああ」


「すみません。何から何まで助けていただいて」


「ふふ、良いのよ。冒険者は助け合いなんだから」


 本当に良い人だなぁ。今まで黒髪で避けられて来たのが嘘のようだ。でも、この人たちばかりに任せていられない。僕も何か手伝わなければ。


「それじゃあ、僕に出来る事ってありますか? なんでも手伝いますよ!」


「はは、それなら私たちの狩り・・を手伝って貰いましょうかね」


 僕がそう言うと、後ろにいたカルクさんがそう言う。ウルフの狩りか。僕に何かできる事があるのだろう。よし!


「わかりました! 頑張ります!」


 僕が気合を入れて言うと、周りのみんなはくすくすと笑い出す。な、なんだ?


「その時が来たらお願いね」


 そしてベーネさんは先に進む。他の皆さんもベーネさんの後について行く。よし、僕も少しでも手伝えるように頑張ろう!


 ◇◇◇


「結構深くまで来ましたね」


 ベーネさんの後をついて来てから1時間程が経った。途中でホワイトラビットや初めて見るゴブリンなどが出たけど、殆どベーネさんたちが倒してくれた。


 ゴブリンは130センチほどある僕の身長とあまり変わらないぐらいの大きさで、髪の毛が無く、腰布着た魔獣だった。


 棍棒を持っていたけど、ベーネさんたちからしたら余裕だったようで、あっさりと倒していた。


 ホワイトラビットが出た時は僕にもやらせてくれたのだが、やっぱり足音を消すのが下手で、途中で気付かれてしまった。


 僕に気が付いたホワイトラビットが、逃げようとしたところをカルクさんが倒してくれたので無駄にはならなかったけど、僕のこれなら倒せそうという甘い考えは、全く通用しなかった。


 そんな調子でベーネさんたちについて来ていると、森の中心ぐらいまでやって来た。ここら辺は木々がよく育っていて太陽の陽があまり当たらないほど、生い茂っている。


 少し暗い森の中は少し怖かったりもするのだが、ベーネさんたちがいるので少し安心している。1人だったらここまで来れなかったかも。


「ここら辺で良いかな?」


「ああ」


「私も良いですよ」


 そんな事を考えていたら、ベーネさんたちがそれぞれ話立ち止まる。ここら辺がウルフの出る所とかなのかな?


「それじゃあ、レディウス君。お願いしたい事があるんだけれど」


 すると僕の方へ振り返ってベーネさんがそう言う。良し、僕に出来る事は手伝おう。


「はい! 一体何をすれば良いですか?」


「それはね……」


 そのままベーネさんが僕に近づいて来て、そして


 スパッ!


「え?」


 ベーネさんが右腕を振った瞬間、僕の左側の視界が無くなった。そして、徐々にやって来る熱さ。


 熱い熱い熱い熱い!


 なんだこれ! 今まで受けた事ない熱さが次第に痛みに変わっていき、激痛が顔の左側を襲う。あまりの激痛に手で顔を抑えると、何かドロリとしたものが手を濡らす。


「あああああああっ!」


 僕は激痛のあまり大声で叫んで地面に座り込む。なんで顔から血が! どうして!? なんで!? そんな事を繰り返して思うが、答えは出てこない。


「ありゃ? 顔を割る気で短剣を振ったのに切れたのは左側だけね。まさかこんなガキに避けられるなんて」


「くくっ、男を色気で釣りまくっているから腕が鈍ったんじゃねえのか?」


「うるさいわね、ドモスは。あんたもうるさいよ」


 そうしてベーネさんは激痛で蹲っている僕の腹を思いっきり蹴り飛ばす。僕は全く踏ん張っていなかったので、後ろの木まで蹴り飛ばされ背をぶつける。


「がはっ!」


 背をぶつけたことにより、肺から空気が漏れ出すが、それすら気にしない程、いや、出来ない程の激痛が顔を襲う。ここに来てようやく頭が理解した。ベーネさんに切られた事を。


「ぐうぅ、ど、どうし、て、こんな事を?」


 口を開くだけでも走る痛みを我慢しながら、何とか声を出す。その言葉にベーネさんは呆れたような顔をする。


「ふふ、あなたの中では、私たちはとても面倒見のいいギルドの先輩に見えたようね。でも、ざ〜んねん。私たちはそういう新米を狙っているわる〜い人たちなの。君たちみたいな新人を奴隷商人に売るか、魔獣のエサとして使うかしてね。どうしたの坊や〜、ってね。演技上手かったでしょ?」


「ボウズはまんまと騙されたわけだ」


「新人は無理する子が多くてよく死ぬので、ギルド側もあまり調べないんですよ。貴族でもない限り。まあ、最近ではそういう子を減らすためギルド側で訓練などをしているようですが」


 ……そうか、僕は騙されていたのか。


「それにあんたみたいな気味の悪い黒髪に誰が近寄るかっていうのよ。この森で話している間も、気持ち悪過ぎて鳥肌が止まらなかったもの」


 ……そうだ。今までもそうだったじゃないか。この髪の色だけで蔑まれ、殴られ、無視されてきて。屋敷でも髪の色を気にせず話をしてくれるのは母上と姉上とミアだけだったのに。


 それなのに、外に出てこの髪を気にせず話をしてくれる人なんていないと思う方が普通なのに、僕は1度親切にされ、親しく話しただけで信用して。馬鹿すぎるだろ……。


「その上、黒髪の癖に身なりが他のやつより良いからね。どっかのお坊ちゃんと思って狙っていたのさ。その剣とかね」


 僕はベーネさん……いや、ベーネの言葉にビクッとする。


「確かに。何回か黒髪は見たことあるけど、大抵が奴隷商で死にかけているか、裏道でのたれ死んでいるか、だからね」


「まあ、その事はどうでも良い。さあ、今の内に有り金とその剣を渡せば命は助けてやるよ」


「生きてこの森を出れるのならね」


 そう言い笑い出すベーネたち。だけど


「……ない」


「あん? 何だって?」


 僕は目の痛みを我慢して立つ。そして腰にさげている剣を抜く。柄が血に濡れるけどそんな事よりも


「……やるっていうのか?」


「舐められたものですね」


 先程まで笑っていたベーネたちの表情が変わる。そして素人でも分かる程の殺気。あまりの怖さで体が震えるけど。だけど


「この剣は絶対に渡さない」


 母上からもらったこの剣だけは絶対に


「うざいね。ドモス」


「おう」


 でも、僕にはそれを守るだけの力はなかった……。ベーネの指示で腰に背負っていた斧を手に持つドモス。そしてそのまま僕目掛けて斧を振り下ろす。僕は何とか剣で防ぐが、一瞬で弾かれ、そして


「がはっ!」


 体を斜めに切られた。止めどなく血が溢れて、体が動かす事が出来ないまま前のめりに倒れていく。体が寒いような暖かいような感覚になっていく。


「あん? 思ったより浅かったな。何でだ?」


「ほら不思議でしょ? でもまあ、これで動けないでしょうからさっさと貰えるものは貰って行きましょう」


「そうだな」


 そしてドモスに体を探られ、金貨の入った袋を取られる。くそ、体を動かしたいという気持ちはあるのに全く動いてくれない。


「おお! こいつ金貨なんて持っていたぜ。これで今日は大量に酒が飲める」


「やっぱり私の思った通りね。それじゃあ剣もっと」


 そして僕の側でしゃがみ剣を取ろうとするベーネ。だけどこれだけは……。


「ちっ! こいつ離さない。離せよ!」


 僕が剣を離さない事に怒ったベーネは僕の右腕を何度も何度も踏む。本当ならあまりの痛さで叫んでいるところだけど、もう痛いって感覚も薄れてきている。そして


「やっと離したね。全く手間取らせるんじゃないわよ」


 ドスっと腹を蹴られる。だけど、そんな事よりも剣が取られた方が辛い。くそ、くそ、くそ。僕に力があれば。今日ほど悔しいと思った事はない。くそぅ……。


「さあ、ちゃっちゃとこいつ殺して行こうぜ」


「そうですね。これだけ血の匂いをさせていれば……って遅かったですね」


「すぐにここから離れるよ! ウルフに囲まれたら面倒だ」


「ああ、こいつを囮にすれば逃げれるだろう。さっさと離れようぜ」


 そうしてベーネたちが離れて行く。それと同時に森の奥から、大量の足音に唸り声がする。……ウルフか。僕はウルフたちに食べられて死ぬのだろうか。ごめんなさい母上。約束守れませんでした。姉上もミアもごめんね。会うって約束したのに。


 僕は薄れて行く意識の中で後悔だけが渦巻いていた。

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