悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

信じずの見て見ぬ振り

 

 王都に来てから半年経った。自然の少ない王都ではあまり実感が湧かないが季節は秋へと移行している。フリルやリボン満載の大して機能性がよろしくないドレスでは少し肌寒い。

 中世ヨーロッパでは冬にノースリーブの薄いドレスでパーティに出ることもあったらしい。倒れたり、死んだりする者もいたらしい。馬鹿馬鹿しいと思うが、見栄を大切にする貴族らしい。ガイアでは魔法や魔力があるので死ぬことはないだろう。

「 うぇ…… 」

 私は今、強烈な吐き気に抗っている。今日は一際つらい。いつものように魔力の量を増やしていたら悪魔が囁いたのだ。〈 正常化 〉をかけたら治るのでは?と。結果はいうまでもない。大失敗だ。魔力の流れが乱れている中で無理やり魔法行使をしたためだ。外部から魔力の影響を与えられることで乱れが更に撹乱され、逝きそうな気持ち悪さに陥ることになった。

「 お嬢様、入ってもよろしいですか?」
「 ……許可します。」

 タイミングの悪いときにミケラが帰ってきた。普段は来ない時間帯のはずだったが。喉を絞り上げどうにか声をひねり出す。

「 失礼しま……す?どうなされたのですか?非常に顔色が悪うございますよ。」
「 大丈夫よ。ほっとけば治るから。」
「 いえ、そういわけにもいきません。異なるを正へと導け〈 正常化 〉」
「 待って、マジ で、ウェっ、ええぇぇ!」
「 お嬢様〜〜!」

 心配からきた行動なのはわかるが、少し悪手であった。吐き気は倍増し、戦況は劣勢へと追い込まれる。私の陣営そんげんは今にも白旗を上げそうである。

「 其の者を癒せ〈 低級回復レッサーヒール 〉其の者の身を蝕む悪意を払え〈 解毒キュアポイズン 〉其の者の苦痛、苦悶を取り除き其の身に刻まれた裂傷を癒し給え〈 中級回復ミドルヒール 〉あれ?治らない。」
「 ぐぷっ!」

 無防備なボディーにヘビィ級ボクサーの右ストレートが三連発で入った。意識が無限の彼方に飛んでいきそうだ。それを気合と気力、根性で耐える。口に酸味のあるえぐみが広がる。崖下は一寸先だ。やばい。率直に言うとゲロリそう。

「 大丈夫!うっぷ、いやほんとうに!おえぇ、だから ぅ 魔法使わないで!」
「 しかし…… 」
「 お願い、うぇぷ、出ちゃうから。」

 嗚咽混じりに懇願すると渋りながらも聴いてくれた。その後、一時間かけて私は死地から舞い戻ってきた。奇跡の生還である。スタンディングオベーション!

「 なぜお嬢様は魔力酔いになっていたのですか?あれは身の丈に合っていない魔物を討伐したり、瘴気の立ち込める禁域に進入したりしないとならないもののはずですが?」
「 体質よ。」
「 はい?」
「 私、酔いやすい体質なの。」
「 ですが……?」
「 体質よ」
「 そうですか。」

 私が忌み子であることを知っていたなら左目を勝手に占領している奴のせいにしたが、ミケラは知らない。

 かといって魔法の鍛錬をしていたと素直に言うのも怪しまれる不安がある。多少は不自然でもゴリ押すしかない。ミケラは不満そうな、納得いかない表情で引き下がってくれた。

「 それよりも私に何か連絡はない?」
「 はい。明日にクレバー女史が屋敷に来られます。」
「 そう。」
「 女史の前でそんな露骨な表情しないでくださいね。」
「 わかってるわ。」

 クレバー女史はディッセル傍系貴族で、週に一度ある礼儀作法の先生だ。聖霊教徒ではないものの人並みに忌み子への偏見がある。生真面目な性格のようで仕事はちゃんとしてくれるのでマシだが、あの蔑む目は本当に苛立つ。

「 他には?」
「 殿下から手紙が届いております。小まめに手紙を送ってくださるなんて良い婚約者様ですね。」
「 それが面倒なのよ。」
「 照れなくてもいいですよ。」
「 いや…… 」

 照れてねぇーよ、と言いたかったがニコニコしているだ彼女を見ると気が削がれた。

 アドルフ君、いやもうアドルフでいいや。アドルフは頻繁に手紙を送ってくる。内容は魔法やアドルフが読んでいる本についての話ばかりだ。ぶっちゃけつまらない。

 魔法は研究職のトップに勝てる( 多分 )知識量があるし、読んでいる本は経済や帝王学と言ったいかにもお堅いものだ。そういうのは勉強のときだけでいい。

「 代筆お願い。」
「 ご冗談を。」
「 ダメ?」
「 小首を傾げて可愛らしくお願いしてもダメです。」
「 はぁ…… 」

 一回返さなかったらかなり拗ねたことがあるので返さないという選択肢はない。必然的に手紙を書かなければならない。私が唯一頼み事ができるミケラは聞いてくれないので自分で書くしかない。

 いつもあまり書くことが浮かばず、美辞麗句で埋めている。苦行である。時々、心の底からなんでこんなことしているんだろう、と思うことがある。

 蝋で閉じられた手紙の封を開きサラサラと読んでいく。大体がいつも通りであった。読むのと平行して返事の手紙を書いていく。マルチタスクな作業だが魔法の方がひどいので難なく遂行できる。

「 お前の専属侍女は黒髪黒眼か?なんでこんなこと聞くんだ?」

 最後にいつもと違う様子の質問がきた。こんなこと聞いてどうするんだ?日本人みたいな見た目の子が好きなのか?ミケラは美人だから一目惚れしてしまうかもしれないな。

「 はい、私の侍女は黒髪黒眼です。気が利いて優秀、侍女頭として申し分ないです。今度、連れて行きましょうか?と、はぁ終わったー」

 面倒な殿下のご機嫌とりが終わり、次は何をしようか?

 転移魔法の改良でもするか。

 かの魔法はロマンが詰まっているが、実現するとなるとあまり実用的ではない。

 転移魔法は対象をA点からB点に一瞬で移動させる魔法だ。消費魔力は係数一定の距離の相乗である。つまり距離が長くなればなるほど消費魔力は馬鹿みたいに増えていく。なので長距離転移は信じられないぐらいの魔力が必要となる。せいぜいが奇襲ぐらいにしか使えない。それでも十分だがやはり長距離転移には憧れる。新しい詠唱を作って係数を10分の1にして同魔力量で3倍の距離を跳べるようにしたが足りない。一回の転移で100キロメートルは跳べるようになりたいのであと10倍は効率を良くしたい。

 いや、一度で跳ぶ必要はないのか?連発で起動させればより少ない魔力で跳べる。連発式の魔法陣でも作るか?いや、それよりも固定することで……

「 お嬢様…… 」

 いけるか……?使い捨てにするのはあまり使い勝手は良くない。龍脈でも利用するか?失敗したときのリスクが大きいか?でも、過剰魔力は空中に散らせば……

「 お嬢様!」
「 はっ!」
「 何をお考えになっていたかはわかりませんがお食事の時間です。」
「 もう……?」

 集中し過ぎてミケラの呼びかけを無視してしまったようだ。少し申し訳ない。たびたびあることなのでミケラはもはや呆れ顔だ。ひどい。

 今日の夕飯は秋野菜のピューレとホワイトシチューに白パンだった。なんとも見栄えして味もよさそうだ。王都に来てから私の食生活は豪勢になった。実家では黒パン、塩スープ、水、目玉焼きといった質素な食事が常であったので喜ばしいことではある。

「 我らが上に御坐す神霊よ、今日も我らの血肉となる糧を恵んでくださり感謝いたします。」

 食べ終わると必ず祈りを捧げなければならない。私は元日本人なので宗教は眉唾モノだと思っている。もちろん信仰心の欠片も無い。ただのポーズだ。なぜか度々、精霊ゴミが反応するが。

 理由としては私が模範的な聖霊教徒であるならば聖霊教から狙われる確率も少しは下がるだろう、という考えだ。こういう積み重ねが命を助けてくれる、はず。

「 お嬢様は聖霊教を心の底から信じておられなのですか?」

 祈り終えた後ミケラは真剣な表情でそう問うた。どういう意図でこの質問をしたのだろうか?
 
「 当たり前じゃない。私達は神霊様の慈悲で日々を生活できているのよ。感謝してもしきれないわ。」

 私はイマイチ理解できなかったため理想的な答えを返す。思ってもいないことがスラスラと口から溢れでて、随分と嘘をつくのが上手くなってしまったな、と思った。

 私は聖霊教がヘドが出るほどには嫌いだ。忌み子の迫害を率先して行っているのが聖霊教だからだ。表立って言うと危険なので言動はさも彼らに従順なよう見せかけているのだ。

「 そうですか…… 」
「 …… ︎ 」

 彼女はなんでも無いような声を出した。しかし私は一瞬彼女が悲しげな顔をしたのを見た。それがあまりにも想定外なことであり、驚き固まってしまう。

 咄嗟に先ほどの言葉を否定しようとしたが、寸前で止まる。私が聖霊教嫌いがここから広まってしまうことを考え、躊躇したのだ。

「 食器をお下げします。」
「 ……っ!」

 事務的な口調でそう言い放たれ心が痛む。半年だけの付き合いだがある程度の心の機微を図れるぐらいの仲にはなった。だから彼女は私の言動にショックを受けたのは明白だ。私は本心を言うべきなのだ。

「 では失礼します。」



 だが、できなかった。私は彼女を信じきれなかったのだ。未だ自分が忌み子であることを明かさないことがその証左である。

 唯一、優しく接してくれた人物を信用しきれなかった。保身を第一にして相手を傷つけた。

 私は卑怯な臆病者だ。心の中は後悔、困惑、羞恥心、罪悪感、自己嫌悪がないまぜとなっている。

 今の行動は最善だったのだろうか?

 分からない。最善の行動が分からない、

 本当に見て見ぬふりが最善だったのだろうか?

 相手を信用するのが怖くて、逃げを選択しただけではないのか?

 私は途方にくれる。

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