悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

第7話 渇望する光景

  カラッと晴れた晴天の中、それなりの馬車に引きずり込まれる。字面だけで見れば誘拐現場のようだが、実態は嫌がる私を使用人が無理やり馬車に詰め込んだだけだ。私を乱暴に押し込めた使用人は汚れを払うように手を何度か叩いた後、ドアを閉めた。よくよく考えたら実態も誘拐みたいだった。


 三ヶ月ぶりの直射日光を堪能できなかった私の機嫌は下がり続ける一方だ。ただでさえ、10年後に婚約破棄するであろう男のご機嫌を取りに行かなければならないのだ。少しは自由にしてくれてもいい気がする。私はいつもの様に独りだ。四人程は座れそうな向かいの席には何もなく、この空間をよりいっそう広いものと誤認させる。


 そう言えば、ここ最近まともに会話していない。たまに来る使用人は私をいないものと扱うし、ボーダンは用件だけ伝えてさっさと下がらせる。精霊は黙らしている。必要な物があったら話しかけるだろうが、精霊と和解する気はない。自分の将来を台無しにした存在を許せる気がしない。


 すでに私の家だった場所は私のものではない。悪意という凶気が溢れる針の筵だ。逃げようにも力がなく身分や柵という重石が情け容赦無く押しつぶしてくる。拷問部屋のような場所だ。


 木と鉄が軋む音と共に体が後ろに引っ張られる。馬車が動き出した。慣性に逆らわず、背もたれに身を預ける。綿がぎっしり詰められているようで、固い感触と心地よい反発を伝えてくれる。




「 うぇ…… 」


 一時間ほど揺られだだろうか、私は乗り物酔いになった。毎日の訓練で吐き気を堪えるのは慣れているが辛いものは辛い。胸がムカつき、胃の内容物が込み上げてくるような感覚は何度経験しても嫌なものだ。馬車がこんなにひどい乗り物だとは思わなかった。車輪が石を踏むたびに本体は跳ね上がり、減速する。当然、内部でも同じ現象が起き、私の未成熟な三半規管を揺らす。


 世界が歪む、揺れる、霞む。いっそ吐いてしまおうか。いや、こんな通気性の悪い空間でいたしたら目も当てられない惨状になるだろう。それは流石にきつい。どうすれば良いだろうか?


 考えた結果、もういっそ魔力酔いになろうという答えが出た。一見、頭がおかしいように思えるかもしれない。しかし、すでに体調が悪いならこれ以上ひどくならないのでは?そのような考えに至ったのだ。


「 おぇぇ…… 」


 結論、乗り物酔い✖️魔力酔いはやばい。視界は回り、耳からは幻聴、知覚が狂い己の状況すらまともに認識できないくせに、ただ気持ち悪いという感覚だけは分かる。気を抜いたら出てきそうだ。食道が臨界状態だ。馬車は未だ激しく揺れている。私の長い戦いが始まる。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 日は暮れカラスが鳴く頃、馬車はようやく停止した。中継地点である街に到着したのだ。そして、私は己との戦いに打ち勝ったのだ。楽になってしまえという甘い心の声を無視して尊厳を勝ち取った。明日は大人しくなっていよう、そう決意する。車内の揺れは私の限界に揺さぶりをかけてくる。


 黒革で作られた眼帯を左目につけ、下車する。革特有の冷たさと肌触りが心を落ち着かせる。そっと眼帯の縁を撫でる。


 自分で言うのもなんだが、私はアルビノ美幼女だ。そこにいれば自然と目を向けてしまう儚さと美しさ、可愛らしさを持っている。現に、街行く人も私に魅入ってる。眼帯のミスマッチさがあえて注目を集めているとも理解できるら、だが、ここ最近人の視線を集めると気分が悪くなるのであまりジロジロと見ないでほしい。


 なるべく周りの視線を気にしないよう街並みをぼんやりと眺める。木造の平屋が多く、石造りの建物はごく少数だ。石造りは木造よりも手間と金がかかる。なので、石材でできた家は一種のステータスだ。大方、ここらにある石造の家は商人のものだろう。大抵の街の中心部に行けば行くほど石造りの建物は多くなる。富裕層は街の真ん中に家を構えたがるのだ。


 翡翠色をした蝶が目の前をよぎる。ドルイドバタフライだろうか。翅に土色の筋が葉脈状に広がり、葉のついた樹木のようである。人畜無害でその鱗粉は疲労回復の効果まであるらしい。まぁ一匹から取れる量が微妙なうえに効果も薄いのでわざわざ捕まえて薬にするものなどいないが。


 無邪気にドルイドバタフライを追いかける幼子。明るい笑みを浮かべ、元気いっぱいに走るその姿。その子の親らしき人物が呼びかけたのだろう、子供は大きな返事をしてその人物の元に駆け寄る。和やかな顔で談笑しているその光景は夕焼けに照らされていた。私は無性に眩しく感じて……そっと目をそらす。


 ちょうど宿を取り終えた従者が私に報告をしてきた。ありありと面倒臭そうな態度をされると解雇したくなるのは仕方がないだろう。苛立つ気持ちを抑えながら簡素に返事をする。


 今夜、私が泊まる宿のクラスは狼。最高級の一つ下だ。店の質は上から順に龍、狼、猫、鳥の四つのクラスに分かれており、猫が標準、龍は上位貴族、狼は下級貴族向けの店という証だ。鳥は安さが売りの店で一概に悪い店とは言えない。


    クラス以外にも店の種類ごとに体の部位をつけて区別する。足は宿屋、尻尾は酒場、腕は雑貨店というように。これは商業者同士が共同で出資して作られた組合によって決められた区分で、自分が必要としている身の丈にあった店が大雑把に分かる。私の場合は龍か狼の足を探せばいいという寸法だ。この街ぐらいの規模に龍クラスの店があるのは滅多にないが。


 狼の足の宿主は私を快く泊めてくれた。貴族は最上級の客なのだ。見栄のためにできるだけ良いものを買おうとする。当たり前のように最上級の部屋を取るので結構な金額になるのだろう。


    不意に左目を晒したくなった。果たしてどんな反応をするのか気になった。


 自分の部屋に篭り王都でのこれからを考える。第二王子のことを含む攻略対象や王族、ゲームシナリオ、考えることは腐るほどあった。


( 第二王子ってどんなキャラだっけ?)


 見た目は豪華な夕食を食べて独言る。私は後半パートのRPG成分が好きだったのであって、前半パートの攻略対象とヒロインがイチャイチャしているのは大して興味がなかった。ネットで攻略法を見てさっさと終わらした。会話は一周目に軽く読んで後は全部スキップした。男のキメ顔や蕩け顔など見ても嬉しくない。甘い言葉にもときめかない。男だったし。


 第二王子は憶えている限り、兄に対する劣等感の塊であった。第二王子は本来、王太子ひいては国王となる人物であった。王妃の子が第二王子ただ一人だけだったからだ。だが、王太子の座は兄である第一王子に譲られる。たった数ヶ月しか変わらない兄があまりにも優秀だったからだ。そんな優秀すぎる兄と比べられ、愛妾の子に負けるのが気に入らない王妃が厳しく当たり、灰色の幼少時代を送る。




 意外と憶えているものだ。見た目は正にヨーロピアンといった感じだ。金髪青眼のイケメン。前世の自分は顔が良くて実家が金持ちとか勝ち組だなとか適当なことを考えていた。よく考えてみるとそうでもないのだろう。親は厳しく、賞賛は全て兄に持っていかれる。少しだけ、そう少しだけ、かわいそうだと思った。一ヶ月後に対面する第二王子に優しく接しよう。そう思うほどには。




!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




「 お前なんか嫌いだーー!!!」


 一月後、乗り物酔いを堪え、はるばる王城にやってきた。目の前には少し長めに垂らした金髪とクリリとした青目をした男の子がいる。第二王子だ。目に涙を溜めて精一杯こちらを睨みつけているが、いかんせん迫力が全くない。それどころか小動物のようで少し可愛らしい。ただ、出会い頭にこんな言葉を吐かれたらイラッとしてしまうわけで。生意気なクソガキだなっと思ってしまうのは仕方がないことだろう。それらを加味した私の言葉は


「 初めまして、私はリリアーナ=ディッセルですわ。第二王子がどこにいらっしゃるか教えていただけませんか?」


 微笑みとともに自己紹介と皮肉を添えるだけだ。

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