悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

第6話 剣と魔法の世界ガイアというゲーム舞台

 剣と魔法の世界ーガイア、中世ヨーロッパ風の外観と近現代並み、一部では現代の地球を凌駕する文明を持つ。多種多様な人種や生物が存在しており厳しい生存競争が行われる複雑な生態系が形成されている。人間社会は王族、貴族、平民、奴隷の四階級に分かれており、滅多なことでもないと変わることのない封建社会が主流。人間みな平等と唱える者などいない。骨の髄まで染み込んだ鉄の掟は社会の仕組みに疑問を覚えることを許さない。もしその思想にたどり着いた者がいたとしても心の内に留めておくだろう。平民や奴隷が絶対的権力者たる王の治世に不平不満を漏らすことは国家反逆罪と同意、即刻死刑となる。貴族、王族が優勢の世界。貴族が気まぐれに平民一人を殺しても咎められることのない。悪趣味な者は奴隷の命を使って遊戯する者もいる。




 そんな不平等がまかり通る世界だが、一応ここは乙女ゲームの舞台である。正確には私が住むクリネス王国を中心としたスタンダム大陸が舞台だ。
 スタンダム大陸にはクリネス王国の他にロフトス帝国、コンジョイト共和国の三大国が数百年に渡って栄えている。後半パートでは帝国との戦争を未然に防いだり、共和国での陰謀に巻き込まれたり、王国に現れた魔王を討伐したり、と色々する。


 クリネス王国は王族が国政を行う君主国家だ。豊かな土壌で滅多に飢饉が起こらず、農業や牧畜が栄えている土地だ。生産された食料は他国に輸出され国の大事な収入源となっている。首都にある大陸一の教育機関と言われる魔法学園アルストラがあり、他国の人間や自国の貴族や優秀な平民が入学する。自国の貴族は他国の人間とはソリが合わないのかは険悪な雰囲気を共同で生産している。たびたび大喧嘩をするらしい。


 貴族は領地を治める領主とその家族とされている。貴族の血を引くが、領地を治めていない者は準貴族と呼ばれる。これは貴族が多すぎたための結果だ。領地は千個以上に分割されており、王都周辺を治める王族領、東西南北に広がる四つの公爵領、公爵領の隙間を縫うように存在する伯爵・子爵領、点々と胡麻のように広がる男爵領。数相応の国土を持ち、大体中国と同じぐらいある。他の大国も似たり寄ったりの広さを誇っている。


 私が住んでいるディッセル公爵領は四つある公爵領の一つで王都から見て東に位置している。そのため東家と呼ばれる。魔獣狩りと鉱山の採掘が主な収入源のモノカルチャー経済。魔獣狩りが盛んな理由は魔獣の森や人外の巣窟と呼ばれる魔獣がわんさかいる広大な森があるためだ。冒険者はよくそこに入って魔獣を狩ったり、魔力の影響を受けた希少な植物や鉱石を採ってきて冒険者組合に売っていく。組合には税金を課しており、何もしなくても莫大な金額が毎月入ってくるらしい。次期当主としての教育でさらっと聞いた。他の領地でも組合に税金を掛けているがディッセル家ほど実入りは良くない。また市場でも消費税のような税金を掛けており高価な魔獣の森産の素材が流れるので税収は他の公爵領と比べ高い。何もすることなく勝手に金が入ってくる領地だ。貧乏な領地は必死に農業改革をしようと涙ぐましい努力をしているらしい。


 私、リリアーナ=アル=ディッセルは次期公爵領当主の令嬢だった。先日、アルの名を公爵領当主の継承権と共に剥奪されただのリリアーナ=ディッセルという公爵令嬢になったが。私の伯父ボードンを中心に開かれた血族会議で正式に決められた。伯父は簒奪ではなく継承という形でアラ ー 公爵当主の座を与えられた。昨日、相変わらずの鉄面皮でそう告げられた。ゲーム通りの流れなので驚くことではない。


 意外なことと言っていいのか当たり前と言っていいのか、血族会議では私を生かすか殺すかで意見が割れたらしい。殺すと意見したものは聖霊教の信者か私の存在で不利益を被ると考えた者だろう。保守派の貴族が多かったらしい。生かすと唱えた者は、私が将来的に戦力となることを見込んだ者達だろう。祝福を受けた者や悪魔憑きは魔力が多く、強い魔法使いになりやすい。帝国が不穏な動きをしているらしく、戦争の備えとしてとって置きたいようだ。この二つの意見のどちらにするか揉めに揉めて、なかなか結論が出なかったらしい。しかし、王家からとある通達が届いたことで直ぐに決まったらしい。その通達とはリリアーナ=ディッセルを第二王子と婚約させるというものだ。これには会議に出ていた貴族全員が驚愕した。悪名高い忌み子を王族の血筋に組み入れるのだ、王家が何を考えているのか分からない。中には手紙の偽装を疑った者もいたらしい。直ぐに正式な物だと確認できたが。


 ゲームで第二王子の婚約者になることは知っていたが、なぜ私が選ばれたのかは説明されていなかった。単純に読んでいないだけかもしれないが。忌み子などを王家に向かい入れるメリットは思いつかない。王家への不信、聖霊教との関係悪化、などデメリットなら直ぐにでも思いつくが。王位継承権を持つ第二王子に正妻として嫁がせようとする目的はなんだ?魔法使いとして教育し、第二王子の護衛、もしくは王宮魔法使いにする。違うな。第二王子の護衛を6歳の子供に務まるはずがないし、王宮魔法使いにしたいなら兵として育てろと通達すれば良い。第二王子が私に惚れている?会ったことが無いので分からない。あと考えられるのは……第二王子を王太子の候補に挙げないためか。この国では妾腹の子供にも王位継承は認められている。第一王子は妾腹の子で第二王子は正妻の子だ。当然、王位継承権はどちらが上なのかは一目瞭然だ。つまりは第二王子を押しのけてまで第一王子を将来の国王に据えたい理由があるのだろう。私が第二王子に嫁いだならば彼を王太子へと担ぎ上げようとする勢力は弱体化ないしは消滅するだろう。つまり将来的な王位継承権争いの芽は無くなる。国を二分して国王の座を争うなんて最も国が荒れる。金も人材も無駄に浪費して徒らに国力を衰えさせる。私との婚約は言わば政略結婚であり第二王子への枷だろう。


 第二王子の鎖になるのは利害関係だけで見るのならば問題はない。だが、私は元男だ。もう一度言おう。私は元男だ。男と結婚すると考えただけで吐き気がする。手も繋ぎたくない。粘膜接触など論外だ。多分、甘い言葉を囁やかれようものならば、胸ではなく尻の穴がキュンとするだろう。男だった頃の異性への価値観を引きずっているのだ。かといって女に興奮するというわけでもない。これは今世の体が影響しているのだろう。性欲は種の生存本能からくるものだ。女と女では当たり前だが、子供はできない。遺伝子に同性に欲情しないよう刻み込まれているのだ。思春期を迎え体が成熟し極度の欲求不満に陥ればどちらかをそういう目で見ることもあるかもしれない。だが、あまり考えたくない未来図ではある。


 個人的な感情で言えばさっさと破棄したい婚約であるが、ゲームシナリオ的観点からすると順調と言える。ゲームのシナリオは今のところは私の味方だ。私が16まで生存させてくれる。とはいえ複雑な心境だ。前世と今世の価値観が混ざり合い奇妙なことになっているのはかなりの困りごとであるが、命に関わるものではない。大体の事柄がシナリオ通り進んでいる。私を除いて、だが。私はゲームのリリアーナと大きく違っている。行動しかり、精神、口調が粗野になっている。伯父が帰ってくるまでの2ヶ月間の内、半分の一月を自己鍛錬に費やしていた。ゲームの中のリリアーナは追放されるまで大して強くなかったので、修行などしていなかったに違いない。リリアーナのような生粋の令嬢は強くなろうとは考えない。準貴族の騎士の娘ならあり得るが、せいぜいが年頃になると護身用の短剣を持たされるぐらいだ。


 自己鍛錬といっても頭に無理やり刷り込まれた知識をすぐに引き出せるようにずっと読んでいたり、周囲の魔力を認識するために試行錯誤したり、表層魔力を枯渇するまで身体強化の魔法を使っていたりした。ちなみに、魔力を一番感じ取りやすかったのは瞑想だった。力を入れるとダメだった。これは個人差があるので他の人も瞑想で感じ取れるわけではない。奇声を上げながら歩き回ると魔力を認識できた人もいるらしい。私はまともな方でよかったと思う。


 味気ない朝食、うす塩味のスープと固いパンを食べたら直ぐに瞑想へ移る。思考がどんどんと削ぎ落とされ無の境地になっていく。それに反比例するか如く知覚が広がり己の周囲に浮かぶ妙な存在感に気付く。極小な大きさであるにもかかわらず、私を惹きつけるそれは魔力と呼ばれる高次エネルギー。この世界の生物、無生物がその意思を無視して勝手に求め蓄える進化の秘宝。体内 ー 心臓に意識を向けると鼓動に伴い血と魔力が流れ出ている。血の流れをそのままに魔力が指先や五臓六腑に浸透している。血の流れと同じ速度で循環するそれを少しずつ少しずつ速めていく。最後には一秒に数回ほど循環する速さに至る。最近になってできるようになった小技だ。体の芯から熱くなり、万能感と高揚感に包まれる。身体強化魔法の副作用だ。だが瞑想に邪魔な不純物は直ぐに排除され、平静へと戻る。とく、とく、と規則正しい心音を聞きながら、しばらくその状態でいる。そのうち自由に使える表層魔力は枯渇していく。表層魔力が大分消費され、体中に魔力を行き渡らせるのが難しくなってきた。一旦中止してゆっくりと元の状態に戻していく。仮性魔力欠乏による脱力感が襲う。体は鉛を詰め込んだようなに重い。なんど経験してもなれない。


 体内の状態を平常へと戻した後、体外の魔力に意識を向ける。部屋中に待っている魔力を搔き集める。不器用な手先で針の穴に糸を通そうとするのと似た難しさがある。簡単そうに見えてなかなか思い通りにいかない感覚だ。時間が過ぎるにつれ苛つきが増していく。


 必死にかき集めたものを今度は体の芯にぶち込む。ある程度圧縮された魔力は少しの抵抗するが、直ぐに体内へと浸透していく。


 知識を得てから一ヶ月。毎日、体内魔力を枯渇寸前まで消費させる。体は減少した魔力を補充しようとするため、魔力を吸収しやすくなる。そこに全快するより少し多めの魔力量を一気に押し込む。体内魔力は完全に回復し、過剰分は自己進化へと回される。まだ魔力量が少ない子供の時だからできる荒技である。ただ、これには欠点がある。


( おぇぇぇぇ……!ウップ…!)


 重度の魔力酔いになることだ。胃を逆さまに垂らしたような吐き気、カッと燃え上がるような熱、地に足が着いていないような浮遊感、世界が歪み視界が揺れる、などの症状にみわれる。これら全ては体の誤作動だ。体外魔力の過剰摂取が原因で起こる体内魔力の乱れ。体に実害は殆どない。ほっとけば勝手に治るうえ、体内循環のリズムが崩れたことによる体調不良。毒や出血のし過ぎとゆうわけでてもない。脳が幻覚を見ているに過ぎない。


 そう言えたらどれほど良かっただろうか。どれか一つでも立たなくなるには十分な凶悪さを誇り、それをいっぺんに四つから五つ。正直、指一本すらまともに動かせない状況だ。気絶できれば良いのだが、どういうわけか魔力酔いで気を失うことははなかった。1〜2時間ほど想像を絶する不快感をベッドの上で味わう羽目になる。強くなるために今できることは、これしかないのでやっているが、心が折れそうだ。


 そんな苦行の甲斐あってか一ヶ月前と比べ魔力量は何倍にも膨れ上がっていた。火球ファイアボールなら10 〜15個は作れるだろう。家具ぐらいなら粉微塵にできるかもしれない。


 未だに軟禁されているものの、順調に力を付けつつ魔法の知識を蓄えている。ただ、流石に二ヶ月も同じところに閉じ込められていたら気も滅入るし、飽きてくる。ランニングでもしてこの貧弱な体を鍛えたいし、書庫に行って魔力関連以外の知識を知りたい。“ 私” の知識はちゃんと残っているが6歳の子供のものだ。量が少ない上に穴が多い。あまり役に立ちそうにない中途半端なものばかりだ。どうにかしたいが、こればかりはボーダン次第だ。最悪、学園に入学する13歳まで軟禁もありうる。その場合、私は魔法特化の礼儀知らず無知系箱入りTSお嬢様と属性過多になってしまう。それは少し、いやかなり遠慮したい。


 ため息をつきたい気分だ。あまりにも自由がきかない。私に許された行動はこの部屋で生活することだけだ。部屋を出ることも、自分でカーテンを開け放つこともできない。たまに掃除をしに来る侍女達は私を睨むか恐がるだけで不愉快な存在だ。


 鬱憤だけが溜まっていく生活に嫌気がさした頃、再度ボーダンに呼ばれた。向けられる嫌悪の視線を我慢しながら出向いた執務室では変わり映えしない鉄面皮がおもむろに口を開き、


「 第二王子に婚約の挨拶をして来い。せいぜい気に入られることだ。わかったな。」


 と言った。とりあえず面倒だ、と思った。私は伯父と同じようなつまらない顔をしながら男のご機嫌とりに行かなければならないことを嘆いた。

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