サイカイのやりかた

銀PIERO

3.サイカイ、檻の前で震える


 そうして、まんまと、というほどのことでもないがいとも簡単に仕事を引き受けてしまったアホ兵士修二はその魔人という人物(?)がいるという施設へと赴いた。

 彼は手の上にあるトレーにはスープと乾いたパンとミルクがある。これらを届けるのが彼の下級兵士としての最初の仕事となる。

 ――――
とだけ覚えておけばいい』
 ―――――

「あのクソ隊長、おど、脅しも大概にしとかないとですな、本当に足が動かなくなるでしょうが、いや別に怖くないけどね」

 誰がいるわけでもないにも関わらず虚勢を張る修二、そんな彼の上で相槌を打つようにカラスが鳴いてくれたことにグッと親指を立てたあと、重々しく聳え立つ扉を、ゆっくりと開いた。

 やけに重量のある扉は、ギギッ……と嫌な音を立て開いていく。やけに重いその扉と、その先の暗闇に生唾を飲み込む修二だったが、「ええいままよ!」と隙間に飛び行った。

「暗い、嫌だもぅ帰りたい……なんで俺がこんな目に……」

 窓一つすら無い施設の中は、修二が先ほど開けた鉄の扉の隙間から差し込むか細い光だけの真っ暗闇であった。四方八方なにも見えやしない状況にパニックになる修二。そんな彼にトドメとばかりに重量のある扉が、自然と最後の光を断ち切った。

 あばばばと言語にすらなっていない言葉を発しながら無我夢中で手を振り回す彼は、入り口から入ってすぐになにか掴めるものを見つけた。

 ーーさ、柵?

 部屋の中央。扉から数歩先にあるのは、手に収まるほどの細い鉄の棒であった。それが天井から床まで真っ直ぐに立っている。その横にも何本もあるようだ。
    動物を捕らえている檻の一部がそのまま部屋にあるようで、気味が悪くなる中、だんだんと慣れてきた目が、その柵の先を映し出す。

「な、なんだか、普通に人の家みたいな感じだな。ちょっとだけ埃っぽいけど」

 少しずつ暗闇に慣れてきた目が手前にある小さなベッドと絨毯を捉えるが、そこに何かがいるような気配はない。人間離れした図体をした何かが鎖で囚われているなどと想像していた修二は、その様子にほっと息をはく。

 場所を間違えたかね? と後ろ頭をかき隊長から貰った地図をもう一度確認するために出口へと回れ右した。その時、

 むんず、と突然足を誰かに掴まれたような気がした。

 気がした、と修二が咄嗟に思ってしまったのは現実逃避の一種だったのかもしれない。そんなわけないと、ありえない、と自分の自我を保つための防衛本能によるものだったのかもしれない。

 しかし、その何かは明らかに彼の足を掴んでいた。

「あ、あはは、さ、柵にズボン引っかかっちゃってるんだね。整備が悪いったらありゃしないわ、整備が必要ね、うんうん」

 さぁっと血の気が引き、心拍数の上がった彼の心臓の音がやけに大きく聞こえる。何度か足を前に出そうとしたものの、一向に動くことはなかった。

 そして、修二はゆっくりと振り返る。そこには、



 



「~~~~~~ッッッ!?!?」


 一時遅れ、修二シュウジは声にならない叫びと共に飛び上がった……のだが、小さな生物が彼の足を離さず後方に倒れてしまう。ゴチン!と硬い鉄の床に頭をぶつけ悶えながらも、彼の中で頭の痛みより恐怖が勝っていた。

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、怖い怖い怖い怖いいやぁぁぁぁ殺さないで襲わないでェェェェェェェェェェ……ェ

 ……ぇ、ぇ……え?」

 掴まれた足をブンブンと乱暴に振り回しながら悲鳴にも似た声で助けを乞う修二であったが、いくら振り回しても反応がない。しばらくして振り回していた足を止め、閉じていた目をゆっくりと開ける。

 幻ではなかった、幽霊のような類でもなかった。

 そこに、何か、人間の形をした何かが実在している。それだけが、現実として彼の前に存在した。

「あの、なんで僕の足を掴んでるんでしょうか?」

「……」

「えっと、は、はじめまして?シュウジといいます。魔人さん、様?にごはんを届けにきましてですね」

「……」

「その、足を解放してはもらえませんか?」

「…………。」

「あ、どうも」

 暗闇の先でその生物は、彼の質問に全く返答を返さなかったものの、足に感じていた重みが無くなった。

 どうやら言葉は通じるらしい、そして自分に危害を加えるつもりもないらしいと判断した修二は、一度深呼吸をした後その腕の先の正体を見ようと柵に近づいていく。

 ――魔人か。どんな奴なのかな? ゴッツイ体してるんだろうな。メデューサみたいに髪が蛇だったりとか鬼みたいな顔とかしてたり、怖そうだなぁ。

「……え?」

 思わず出たのは疑問の声だった。

 どんな化け物でも驚かない、そう思っていたにも関わらず彼は口にする。え、なんで?と。それは彼が考えていた化け物像より数倍以上も化け物らしい図体だった、考えていた化け物像よりも数倍以上の迫力があった……

 というわけではない。

 むしろ逆だ。

「お、女の子?」

「……?」

 そこにいたのは、小さなだった。

 冷たくヒビだらけの床に座り、清潔と決して言えないほどボロボロの茶色い布一枚だけを羽織っている少女。顔は長い前髪で見えないが、その髪は珍しく銀色であった。体痩せこけており、人並みに筋肉が付いているかもわからないように見える。

 ただ明らかに分かることは、化け物と呼ばれるような存在とは無縁な容姿をしているということであった。猛獣や化け物と呼ばれるには程遠い、格好さえ普通にしていればただの女の子だったのだ。

そんな女の子に、

「え、臭っ」

「……?」

最初にかけた言葉が最低最悪な件について、べつに理由を話す必要もないだろう。

「おいおいなんて臭いだよ、風呂入ってる?お前めっちゃ臭いぞ」

「……お風呂なんて、ないし」

「まじかよ。よくそんな生活出来るなお前」

「……。」

うっわ〜と口元に手を当てあからさまな態度をとる修二に、銀髪少女は特に反応も示さなかった。

「あれ、てかここって魔人の住処じゃなかったのか?なんでお前みたいなのが捕まってーー」

「魔人?……わたしが、魔人だよ?」

 少女が、初めて口を開く。透き通る綺麗な声であったが今の修二シュウジにはそれよりむしろ何を言ったか、それが気になっていた。

 ーーえ、いやいや、そんなわけ。

 自身の中ですでに結論は出ていたが、それを即座に否定する。ありえないものをありえると肯定しないといけない状況とはまさにこのことであろう。

 化け物がいると言われた場所はここで間違いなく、

 檻もこの1つだけ。

 その中にいたのがこの少女で、彼女は自身をそうだといった。これまでの全ての情報から、導き出される答えは………

「じゃあ、お前が大戦で活躍したっていうだって言いたいの?」

「……。」

 彼女がこくんと頷いたことで、サイカイ兵士はもう認めるしかなかった。

 彼女こそが、大戦にて活躍し、そして何かの理由からサイカイ兵士たちの世代には教えられていない存在。

 である、ということを。

「いやいや、ない。それは無理あるだろ」

「……?」

 それをすぐに理解することなど出来るわけがなかった。彼女の見た目は明らかに自分より若く、か細い。日常生活ですらままならなそうに見えるこの子が、兵士の職につく人間に『化け物』などと罵られるようなことはありえない。そんなはずはなかった。

「お前テキトーな事言ってんじゃないよ。魔人ってな、化け物って言われてるんだって。大戦で活躍したんだってよ。お前は無理だろ、どう見ても」

「……。」

「 いや、首を傾げられてもな。んじゃほら、手を出してみろよ。握力あるか見てやるから力込めてみろぉぁダダダダダダダダダッ!?うぇ!?あ、ご、ごめ、ごめんなさ、離して、痛い、痛いってほんっと折れるぅぅぅぅ!?」

 この少女と隊長が二人して自分を小バカにしていると判断した修二シュウジは、その手に乗るかと彼女と握手する。そして、身をくねらせた。自身の手からミシミシと握手ではまず出ない音が出始め、離した後の彼の手はまるでグローブを付けているかのようにパンパンに腫れていた。

「あ、あ、握力があるのは、わかった。あと加減を知らないってこともわかった。出会ってすぐに骨折られそうになったのは初めてだぞこのバカ」

「加減……? 力を、抜くの?」

「もっと優しく、俺の方が強いってのをやりたかったわけ、空気読もうや。てことで、もう一回やってみ。今度は俺より弱ぁダダダダダダ!おま、ちょ、ま、ホントに折れ、ぬォォォぉぉ!?」

「……。」

 両手をパンパンに膨らませ、ふーふーと息を吹きかけながら、いつの間にか、自身の中に恐怖がなくなっていることに気づいた。相手の見た目が少女だったことと、結構話せることに安心したのかもしれない。

「お前がこれから世話する『魔人』なんだな、わかったよ。じゃあ飯持ってきたから食え、食堂からわざわざ持ってきてやったんだから、ありがたーく食べるんだぞう」

「……ごはん?」

「おうよ、俺の唯一の仕事だ。美味しそうだからあとで俺にも……っと、あり?」

 期待した声を出す銀髪魔人、柵を握りふらふらと揺れる様子に少しほんわかしつつ、

 ようやく彼は、自身の手元から持っていたトレーが消えていることに気づいた。ぽかんとしながら、そのトレーをどうしたのか思い返していた彼は……


 ――――――

『~~~~~~ッッッ!?!?』

 修二シュウジ声にならない叫びを上げ飛び上がった……のだが、小さな生物が摘まんでいた裾を離さず

 ―――――――


「あ」

 盛大に倒れた衝撃でトレーから離れたそれらは、盛大に鉄製の床にばらまかれていた。ミルクやスープが茶碗から離れ床に広がっている。後ろを振り向くのが怖かった。

「……。」

「いや、あれはね、その、ね?」

 銀髪少女の目が、長い髪越しにでもわかるほど彼を睨んでいた。絶望感、とでも言おうか。彼女にとって食事は毎日の楽しみだったようで、こぼれたスープを見て口をぽかんと開けている。

「そんな目で見るなよ。第一これは、いきなり掴んできたお前も悪くてだな」

「……。」

「ほ、ほらパンなら無事だったぞ、ほらほら!」

「…………。」

 当の本人こと、修二シュウジは慌ててパンを拾い、軽く叩いた後彼女に手渡した。銀髪の少女は、いまだ仏頂面のままではあるもののパンをぱしっと取ると静かに食べ始める。

「……。」

「その、美味いか?」

「…………。」

「え、えっと。俺、結構お前みたいに話聞いてくれる人好きなんだ〜だから、仲良くしようね――」

「……。」

「聞いて、あの、無視しないで」

「うざい」

「うざい!?」

 機嫌が悪くなった魔人少女は、それから一度も修二シュウジの話を聞くことはなく、彼は泣きながら帰路へつくことになるのだった。

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