サイカイのやりかた
11.かっこつけ、地面に伏せ
「こ、こいつを連れてくってのかよ!? そんなのダメに決まってんでしょが!」
月明かりのみが照らす、水路によって四角に切り取られた空間で、修二は目の前の五十代半ばほどの大男へと叫ぶ。白髪の髪を短く立たせ、強面な顔に無精髭を生やした赤鎧を身にまとった男、2メートルを超える長身とその鍛え上げられた肉体によって何十キロもあるはずの巨大な鉄球を軽々しく持ち上げているその姿は、まるで見下す山のような錯覚にすら感じられた。
それが、今のサイカイ兵士の止めなければならない敵である。
「ダメだとはなんだ貧乏小僧? お前は魔人娘をこの国から出すために協力してくれたのではないのか、ガハハハ!」
「だ、だから俺は、世話係で、こいつがいないとだめで、だから――」
「お互いの事情などグダグダ話しても変わらんだろう!何を言ったところで結局俺たちを止めたいということだろうが、違うか!?」
大男が一瞬敵意を修二に向けただけでサーッ……と体の足から頭まで寒気が走る。その一瞬、そのたった一言で彼の肩がぐっと持ち上げられ、緊張感が最大限まで上ってしまう。
「外に出されると困るというか、それは、だ、ダメだから!銀髪少女を外に出したいっていうなら俺があ、相手になってやる!」
「ガハハハ、度胸はあるじゃないか! 足が震えているのも隠せられればもっとよかったがな!」
「ふ、震えてなんてないやい!」
敵に弱みを見せるな。脊髄反射のように飛び出した否定だったが、その足は隠せ様もなく震え、冷や汗が次々と流れ出し、呼吸も上手くできていなかった。事実、彼は目の前の大男に恐怖していた。先ほどの、彼が逃げることしか出来なかった不良をたった一人で、数十秒で蹂躙してしまったこの大男に勝てるとは思っていない。
「お前らは運が悪いんだ!だって俺は、この国の兵士だからな! 連れてくってんならお、俺を倒してからにするんだな!!」
「……なにぃ?」
しかし、しかしと。修二はその腰につけた剣を引き抜くと大男と敵兵士に構える。その震えは未だ止まらず、今にも逃げ出したい気持ちがあるのだが、
彼をその場に立たせる唯一の理由は……、
「貧乏小僧、お前、兵士だったのか?」
「そうだよ、それがなんだって――」
「あっはははははははは!!おいおいまじか、冗談だろ。お前が兵士だったらさっきの不良どもは騎士になっちまうぞ」
「笑うなよ! 前までは兵士見習いだったけど今はもう、ちゃんとした兵士なんだ!! 試験には落ちたけどそれでも兵士なんだ、俺は!!」
「わかった、わかったから笑い止まるまで待ってくれよ!……ガハハハ!」
途端、大男は盛大に笑う。彼だけではない、彼の元にいる未だフードを被った男たちも口元に手をあて笑っていた。顔を真っ赤にして叫ぶ彼に、さらにどっと笑いが起こる。
唯一の理由、それは自身が兵士であるという自覚。詳細を知らされていないとはいえ、この国ではその言葉すら知らない者もいる『魔人』を今唯一護ることができる兵士であるという自覚、
それが最下位と呼ばれていようが、入隊試験で一度落ちていようが、模擬試合で負けまくっていようが、兵士と言っただけで笑われようが関係ない、彼だけが外から来た敵に剣を向けられるのだ。
あまりにも、あまりにも頼りない盾がそこにあった。
「今からお前らを、兵士として捕まえる!覚悟しろやこの野郎!!」
修二は汗で滑りやすくなっている剣をしっかり握り直し、大男たちへと一歩踏み出す。死ぬ気はない、ただ逃げる気もない。どっち付かずでどちらが本心なのか考えのまとまらないまま、それでもと修二は走りだした。
「……ねぇ」
「おぶっ!?」
その瞬間、すっころぶ。盛大に頭からずっこけた修二は予期せぬ事態に頭を回す、そして自身の片足を見た。
「なになに、なんでまた足!? 今本当の兵士として戦いに繰り出す超熱い展開だったでしょうがこの空気読めないアホ娘が!」
「……どうして逃げないの?」
意味がわからないことを吠える修二に銀髪少女はぐいっと顔を近づける。思わず後ずさる彼に、それでもと彼女は近づいた。彼女の長い銀髪の前髪が触れるくらいに、鼻と鼻がくっつくくらいに近づいた彼女は、
「……なんで、逃げないの?死んじゃうよ?」
「だ、だってこいつらが、お前を連れ去るとかいうから」
「……私が連れ去られたら、シュウジは逃げないの?」
「当たり前だろ。俺にはお前が必要なんだよ」
「え?」
顔を背けながらそう言った修二に、彼女は驚いたようにぴくりと肩を揺らした。チラと見た修二の目に、長い髪で隠れていた彼女の目が、何度も瞬きしていたのが見えた。何かを期待したような目というのがしっくりくるようなその表情で彼女は再び聞き返す。
「……必要なの?」
「いてくれないと困る」
「……。」
「いてくれないと、明日食べるものもないんだ」
「……ん?」
それは、決して正義感というものではなかった。彼女を助けたい、救いたい、護りたいといった正義感ではない、彼の中にあるのは、
「俺は、お前の世話係って任につけたから兵士になれたんだぞ。そのお前が消えちゃったら俺の任が無くなっちまうじゃん! 意外とこの仕事結構給料がいいんですよね!」
「つまり、自分のため?」
「ほかに何があるんだ」
「……。」
自分の職を失わないために、失ってしまったら彼が目指す彼の夢、彼の夢見る『英雄の兵士』は、得体もしれない謎の大男に世話している少女を奪われるようなことはないのだ。
というのは建前で。全ては生活費のためであった。元々そういった男である。
ほら、どけよ。彼女を横に降ろした修二は今一度剣を掲げると彼女に背を向ける。
「だからま、将来の英雄が助けてやるからさ。黙って後ろで隠れてなって!!」
「やっぱり、いつもと同じ……かな」
その背を見て、銀髪少女はぽつりと呟いた。
*****
「お、ぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
「遊んでやれ」
自分の中に存在する恐怖を押し殺し、剣を掲げ鬼気迫る兵士に、動じる者は一人もいなかった。首を鳴らしながら指示する大男は一人の部下を前に出し、自身は下がる。敵兵士はあざ笑うような顔で剣を抜いた。
「なんだよお前、俺はそのでっかいおっさんに用があるんだ!」
「隊長が出るまでもないんだよ雑魚兵士もどき」
腹が立った。余裕ぶった表情を驚愕の顔に変えてやると修二は剣を振りあげる。キンッ!と甲高い音が響き渡った。フードを深くかぶったまま、部下は修二の振り下ろした剣に自身の剣を合わせている。
鍔迫り合いになる両者、それは少しずつ傾いていく。腕だけでなく全身を震わせ、全力を出して応戦しているサイカイ兵士へと、じりじりと。
そして、
「あっ!」
限界に達し、一度力の抜けた修二を部下は見逃さなかった。力を加える必要がなくなった剣を一度戻し、それを横薙ぎに振うことでサイカイ兵の剣を弾き飛ばす。反動で押し倒され尻餅をつく修二に、敵兵士の剣先が向けられた。
「ほら、終わった」
勝敗はたった数十秒で決した。あっけなく、どうしようもなく。今までの長々とした前振りが全て無駄だったとそういうかのように、何の盛り上がりも、何の特別もなく数十秒で本当に終わったのだ。
やはり最下位、やはりサイカイ兵士。実際に敵として現れた容赦のない人間にとってみれば、修二という男は言葉通りの雑魚だった。考えてみればというか、そもそもわかっていたことだが模擬試合の同期の下級兵士にすらあっさり負けるこの男のどこに勝機がある。
あるわけがない、そんな主人公的要素などない。才能は、無いだけでその人間の望みを叶えないものなのだ。
「わかったろ、勝てないんだ。諦めて剣を捨てたらどうだ?」
「ぅ、ぅあああああああ!ッ、うっ!?」
決着は決した。サイカイ兵士は考える事をやめ……いや、考えることを恐れがむしゃらに剣を振るもそんな素人丸出しの攻撃に当たってくれるわけもなく、姿勢のなっていない隙だらけの腹部に敵兵士の膝が突き刺さる。くの字に身体を曲げられ、肺に溜まっていた空気が外へ吐き出された。
体が痛めば恐れが自然と無くなっていく。不思議な感覚を構わない尚よしと判断し、修二は何度も部下へと飛び込んだ。殴られ、蹴られ、地面に何度も倒れこみながら修二は負けを認めろと言われた先、大男の言葉を否定するために何度も何度も飛び込む。
その先に、何を求めているのかもう自分ですら理解できないままに。
「死に際を察し、負けを認め死ぬのも兵士の生き方だと思うが?」
「ば、バカ言ってんな!この程度で認めてたらヤマタノオロチになっちまう――おぐッ!?」
ゲームではない。公平ではない。一発殴られたから一発殴れるわけではない。修二は立ち上るたびにその体に傷をつけていった。
否定を、否定する。そのための行動だが、彼が行うのは剣を振りあげ振り下ろすだけ。特殊な動きも、変化もない。まるで走って、腕を挙げて、振り下ろすことだけを指示されたロボットのように同じ動きを続けていた。それではどうにもならないことを彼は理解していない。
「ガハハハ、勝てるはずがないだろう。その程度の腕で、才能がないんだよお前は」
「ゴホッ……すぅ……っぅ……っ!」
そして、彼の身体は次第に否定することが出来ないほどに錆びついていき、敵兵士の片手間の攻撃を受けて少しずつ動かなくなっていく四肢。その身体が地面に倒れ動かなくなるまで時間はかからなかった。
「余興としてはなかなか面白かったぞ貧乏兵士、だがこうまで想像通りだと面白味がないな、ガハハハ!」
「……ぜぇ……ぜぇ、まだ、動く、わい……」
「体力も無いのか、救いようがないな!」
粘ついた唾液が絡まり、呼吸を上手く行えない。肩を上下させなんとか呼吸しようと試みるも、それにだけを思考をすることは許されていない。動け、動かないと死ぬぞ! そう頭では理解できても体が言うことを聞かない。重心がふらつき、上手く立てない。限界だった。
ドサリと音を立て、体が意思を無視し動かなくなった彼の体がついに地面に倒れた。
敵兵士、大男の部下。どこにでもいそうな、同じような装備をつければ見分けがつかなくなりそうな敵兵士。大男の独裁的な存在感で薄れているのも重なり修二にとって彼らは、物語に出てくるヒーローや主人公がものの数秒で倒してしまうような弱い敵に見えていた。
「……。……ッ、うぅ……!!」
――だったら、なんで負けてんだよ。
だったら、そんな敵兵士を前に膝をつき倒れている自分は一体何だというのだろう。市民と罵られ、それを否定することができない自分は、一体どんな存在になるのだろうか、と。
これを兵士といえるのか、と。
「……。……。」
「終わりだな」
大男は、一度も組んだ腕を解かなかった。
敵兵士は、一度も修二の攻撃を受けなかった。
圧倒的。誰が見ても彼の敗北は確実で、勝てる可能性など元々皆無だと誰もが知っていたのだろう。
しかし
しかし、と。
「アホ、抜かせ……!こんなの痛くないっての、弱すぎる雑魚な部下もって大変だな……!!」
「あ?」
あまりにも弱々しい盾は、されどその体を持ち上げる。痙攣しながらも、激痛で体が言うことを聞かずとも、その足を奮い立たせ、中指一つ立て舌を出し立ち上がる。
「ガハハハ、雑魚兵士ごときが俺の部下を馬鹿にするか! テメェらもういい下がれ、俺がやろう!」
「お、遅いんだよ……まち、わびた……だろうが、これで……・」
再びその体を地面に落とそうとした敵兵士を、大男は肩を掴み止め修二の前に出た。薄く笑ったサイカイ兵士はフラフラと揺れたまま大男へと近づき――
ぐっ――、と大男の頬を押した。
「一丁前なことを言ってこれか?」
「くそぅ……くそぅぅぅ……」
それは修二にとっては殴る行為だったのかもしれない。ただし不良と部下によって傷つけられ続けた彼の体は、すでに力一つ入れることが出来なくなってしまっていた。痣だらけの体、もう開けることが出来なくなった目、折れてしまった歯。そんな状態で大男へ向かう彼はむしろ、勇気があるとそう言えるのかもしれない。
勇気があったところで現実が変わるわけではないが。
「ガハハハ、小僧が自分を本当に兵士だとそう言うのならまずは援軍を呼ぶために詰所へ向かうべきだった! 兵士としての自分を誇示し過ぎたんだよ!兵士なら、兵士だからと夢を語るのは勝手だが、それで損害を被るのは国そのものなんだ。それを理解していない貴様は――」
大男は自身の腹部に当たった彼の腕を掴み持ち上げる。身長差のあるその小さな体は、少し持ち上げられただけで足が付かなくなった。頭を下げ辛そうに呼吸をする彼を大男は地面に叩きつけ、
「ここで無駄に死ぬんだ」
無防備に地面に倒れる彼に向け、鉄の壁をも粉砕した鉄球が振り下ろされた。
「おごっ……!……ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
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