サイカイのやりかた

銀PIERO

9.『……どうでもいい』

「ガハハハハハ、この国は本当に騒がしいな!」

 無法地帯。正式名称は違うがそこに住む荒くれ者の数と、中心街の綺麗な街並みとは正反対の汚い外観からその呼び方が定着した地区のとある一画。

 運河によって四角に切り取られた広い空間だった。おそらくは元々避難場所としても使えるように作られた公園のようなものだったのだろう、余計な設備は設置されておらず遊具などもない、殺風景な空間だった。

 そこで両腕を掲げながら宣誓するかのような声量で話している1人の男。2メートル超えの桁違いに大きな体格が、気配を消すために深々と被ったフードの役割を殺してしまっている。その腕にもつ人の頭ほどの大きさをした重々しい鉄球が小さく見えてしまう。

「騒がしい喧騒は好きだぜ! まさか俺たちが来るのを知ってたからこうしたのかよ、!!」

「……。」

 とある施設から真っ直ぐに水路に沿って進んだ先、未だ人気の少ないその場所で、自身の自慢の髭をいじりながら楽しそうに笑う大男、

 その後ろに魔人彼女も存在した。

 顔が完全に覆い隠されるほどに伸びたボサボサの銀髪、汚い布一枚で今にも折れてしまいそうな細い体を包む少女。魔人と呼ばれたった数時間前まで一つの施設で閉じ込められていた不遇な少女は今、その檻を抜け出し男の後ろで眉を潜めている。

「お前は昔と変わらず無口だなぁ!そんなに話さなくてこう、ムズムズせんのか? お前の口は飯を入れるだけのものなのか!? なんてな、ガハハハハ!!」

「……うるさい」

「静かよりはマシだろう!ぬぅ、話さぬのならせめて外観だけは美しい国を堪能しておくがいい!この国を見るのはこれでもう最後なのだからな!」

「……。」

 独特な笑いを響かせながら先を行く大男、彼女は半歩遅れながらも後をついて行く。真横に見える月の光に反射して光る水路を見て彼女は、

 ――どうでもいい、と吐き捨てた。

 施設から出たいと思ったことはない。見た目や内装は酷いものであったがこれからもずっとあの施設で暮らすことになっても構わなかった。構わない、それが外に出たくないという意味であれば彼女はここにいなかったのかもしれない。
 要は、どうだっていいのだ。小汚い部屋でも、綺麗な街並みでも、彼女にとって過ごす場所など興味もなかった。

 そして、

「ガハハハ、どうでもいいとでも言いたげな顔だな!だがそれもそうか、その美しい国で『闇討ち』を行なったが気にすることでもないと!ガハハハ、すまんすまん!」

「……。」

 大男の言葉に彼女は何も言わない。男の大きな手が頭を包み込んできても微動だにしない。そう、この無法地帯の様子がいつもよりも騒がしい。いつもなら1人も通らない道にも数人の不良が走り回っている。

 その元凶、『闇討ち犯』呼ばれる者による騒ぎを魔人少女が起こしたとそう言っているのだ。

を見たあの時は流石の我々も息を飲んだぞ魔人娘!肉塊を潰し、引きちぎった殺し方がまさに怪物といった様子だった!あれぞ魔人といったところだ、!」

「隊長、余興だなんだと簡単に済ませないでください。そのおかげで我々は脱出船までの道のりを隠れながら進んでいるんですから」

 月の光にキラキラと反射する彼女の銀髪が、ところどころ赤く染まっている。 髪だけではない、彼女の細い腕、ボロボロの布にも赤い血痕が付着している。思い出されるは数十分前の光景、

 彼女の目に映っていたのは悲惨な男達の姿、残酷に、冷徹に、その姿を見ていた自分のその手についた赤い血痕だった。

「ガハハハ、部下よ!魔人とは戦いの中で生きる怪物なのだよ!これくらいの騒ぎは起こしても仕方がないのさ!だからこそ俺が採用された、そうだろう!?」

「否定できませんね、とにかく進みましょう。魔人様、すぐに最適ルートを探しますので少々お待ちを……あ」

 魔人少女は部下の言葉も聞かず、水路に流れる水を見ながら歩いていってしまう。彼らが話していることが自身についてであるにも関わらず、彼女は興味を待つことはなかった、

 そう。彼女にとって、自身に付けられたレッテルなどこの国の景色と同等かそれ以上に興味の無いものだったのだ。噂は勝手に広まり勝手に定着する、それはもうどうしようもないことであるということを、14歳の彼女はすでに理解していたのだ。

「魔人、『大戦の核』ですか。やはり得体が知れませんね。あの小さな体格で軽々と人を殺せるなんて、我々もいつ襲われるか」

「襲われるかもなどと考えても仕方のない話さ、襲われた時にはもう死んでいるのだからな!あまり下手なことを言うものじゃないぞ、ガハハハ!」

 なんとでも言えばいい、後ろから聞こえてくる雑音に魔人少女はそう吐き捨てる。

 ――……?

 何事にも関心を示さなかった彼女。しかしたった一つだけ、気がかりなことがあった。聡明な彼女であるが故に、何事も疑問を抱くことなく自身の中で答えを出してしまう彼女、だからこそなぜの答えがわからないものに対して関心を持ってしまう。
 例えば、

『あのクソ男は見つかったか?』

『見つからねぇ。あの、キチガイな逃げ方しやがって』

 ――びん、ぼう……?

 遠くから聞こえてくる男達の声。地区の中を走り回り、大声をあげる彼ら。彼らの追っているものが何故か、『闇討ち犯』から『貧乏』に変わっている。彼らが追っているのは間違いなく『闇討ち犯』であり、『闇討ち犯』と『貧乏』の2人の人物を追っているということもありえない。

 聞きなれない妙な言葉が度々出ていることにあった。戦場を経験した彼女にすら聞きなれない言葉がたびたび飛び交っているのは何故だろうか、

 彼女の中にに近いものがあるのは何故だろうか、と。

 そして、

 思いに耽る彼女は、鉄パイプを片手でひょいと掴んだ。

「なっ!?」

「……。」

 くるりと後ろを振り向くと、そこには驚いた表情をした男がいた。おそらくこの地区にいる不良の仲間なのだろう。

「何怖気付いてんだバカ、後ろのデカいのに気づかれるだろう」

「ち、ちが、俺は……!?」

 戸惑う不良の後ろから、同じような格好をした男たちが現れた。

 だが実際、不良は怖気付いたわけでも手加減をしたわけでもなかった。自身の持つ力全てを使って、目の前の少女へと振り下ろしていた。

 それを片手一つで受け止めしれっとした顔をしている彼女に、それは言い訳にしかならないのだが。

「この地区の不良どもか、魔人娘よやらかしたな!『闇討ち』だなんだと遊ぶのは構わんが、姿を見られるなど失態だぞ?」

「……。」

 自身の武器を少女に握られたまま、不良は大男に向かってナイフを向ける。魔人少女は鉄パイプから手を離し、成り行きをただ傍観する。肩をすくめる大男は、

「おいお前ら、命を無駄にしたくなければやめとけよ『闇討ち犯』は強いぞ、ガハハハ!」

「なにを訳わからねぇことをゴチャゴチャと!いいから黙って女をよこせ!」

「よこせだと? なんだお前ら『闇討ち犯』を殺しにきたんじゃないのか。消極的だな、ガハハハ!」

「黙れ!ってのは分かってんだよ! いいから早く渡せ!」

「……え?」

 初めて、彼女が顔を上げた。キョトンとした顔で男たちを見る。自身の聞き間違いなどではなかった。彼らは魔人少女が『闇討ち犯』の仲間であると、つまり彼女自身は『闇討ち犯』ではないとそう言ったのだ。闇討ち犯それは彼女だと、そう認識していた大男も怪訝な顔をする。

「ほう、魔人娘。お前に仲間なんかいたのか? それとも囮として使っているのか?」

「……。」

「隊長。なんにせよ、ここで騒ぎになるのは避けるべきです。ここは我々が迅速に――あ」

「ねぇ」

 大男の部下が自身の腰に刺した剣に手を当てる中、魔人少女は不良へと一歩近づいていく。仮説があった。先ほどの疑問、そして彼らが銀髪の女と言ったこと。その二つが、彼女の足を動かす。首を傾げ、怪訝な顔をする男。

「……『闇討ち犯』、って言われてるの?」

「う、うっせぇな!テメェは黙ってついてくりゃいいんだよ!」

「……はぁ」

 男は彼女の言葉を聞くことはなかった。握られ続ける鉄パイプから手を離し、彼女の首へと手を回そうとする。そのまま拘束し連れて行こうとする男の、襲いくるその手をじっと見つめため息をつく魔人少女。

 その体が、映像の1フレームが途切れたかのように、男の視界から姿を消した。

「――なっ!?」

 男が息を飲むと同時に、周囲から悲鳴が鳴り響く。不良が後ろを振り向いた時にはすでに、彼の仲間たちが水路へと落ち跳ねる水だけが目に入る。

 一体なにが起きたと、男が状況判断するために視界を動かしたその目に、自身の懐に入り込み首元へと手を伸ばす彼女が映る。

 気付いた時にはすでに不良はふわりと体を浮かせ、その背中を地面に叩きつけられていた。

 その間、約10秒。大男が口笛をぴゅーと吹く。

「なんなんだよ、お前!? やめろ、離せ!」

「……。」

 不良は自身の首に巻かれた細い手を両手で振り解こうとするが、その手は頑として動くことはなかった。そしてどうすることもできなくなった彼は、目の前の得体の知れない、姿を怯えた目で見る。
 見た目とは違い過ぎる、その圧倒的とも言える不気味な力に、不良はただ彼女の次の動きを待つことしかできなくなってしまう。たった数秒前まで自身の隣で威勢良く立っていたはずの男たちは、間違いなくこの小さな女にやられたのだと再確認し、そして――

「……『闇討ち犯』、って言われてるの?」

 化物彼女は息一つ切れることもないまま、淡々と不良に問う。もう、不良に抗う気などない。

「そ、そうだ、変なポーチを財布だと言いやがる、へんな男だった……。『俺はやってない』だ『』とか吠えてる変なやつだったよ!こ、これでいいか!?助けてくれ!!」

「……いま、その人はどこにいるの?」

「そ、それを今探してんだろうが!も、もういいだろ!?」

 貧乏、

 不良の言葉に嘘はない。それを言いそうな、人物が彼女の中にすぐに導き出された結果だ。嫌というほど濃い男、あれがどうして今回の騒動の中心にいるのか、そしてなぜわざわざこちらを巻き込んでくるのか。

 魔人少女が不良の首から手を離すと、不良は地面を這いずるように逃げていく。彼女はそれをチラとも見ずに自身が今まで歩いてきた先を見つめた。

 その問いも、すぐにわかってしまう。

 あの男は、と。

 男は施設の惨劇を目撃し、その後現れた不良に『闇討ち犯』であると誤解された。その報復として、『闇討ち犯』の彼女を探し、殺そうとしているのだと。

「魔人様、地区に兵士隊がいないことは確認済みです。おそらく狂言でしょう」

「……。」

「とにかく急ぎましょう。この場所の左角、そこにある水路を通った先に脱出用の船を待機させています。ここさえ抜ければもう追っ手の心配は無いでしょう」

 部下の指差した先には小さな水路があった。人が屈んで潜れるほどの小さな穴、月の光しかないこの場所では、先の見えない洞窟のようにも見えた。誰もこの先に入ろうとはしないだろう。

 疑問は、払拭された。不良たちが追っていたものが『闇討ち犯』から『貧乏』に変わった理由。そして、襲ってきた不良が『銀髪の女がいる』ということを知っていた理由、『闇討ち犯の男』がこの地区を出ずに逃げ回っている理由。

「……どうでも、いい」

 そうして彼女は、水路へと向かっていく。

 払拭され、関心のある疑問が無くなったことで彼女はもう全てのことに興味を持っていなった。

『この国の外観』にも、

『闇討ち』にも、

 そして、『世話係の青年』にも。

 変な男だった。変に話しかけてくるし、変に起こしてくるし、変に勝負をしかけてくるし、変にご飯の取り合いをするし、変に自分を他とは違った目で見てくる変な男であったと、興味を持たなかったかと言われれば嘘だと彼女は思う。

 しかし、それも今はない。彼女の中で、青年がだだの他人へと変わっていく。

 ――……結局は、同じことの繰り返し。

 もう何度目か、彼女は、人を捨てることになんの躊躇もなくなっていたのだ。

 ――……もう、いい。

 そして彼女は水路へと入っていく、何も考えず、彼女は周りに言われるままに『これまでと全く変わらない生活』を送っていくのだ。






『だぁぁぁぁぁぁから、人違いだって言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!』





 その一歩を、踏み出す瞬間であった。突然の大声が彼女と大男達の耳に響く。大男とその部下が辺りを見渡す中、彼女一人だけが別の場所に顔を向ける。

 それは、上。公園と水路を挟んだその先にある高い建物の上、もっと正確にいうならば、

「「おごぉ!?」」

 大男の真上。叫び声をあげて落ちてきたそれは、大男へと振り落ちる。大男が今まで聞いたこともないような叫びを上げ地面に倒れ込んだ。

「……あ」

 彼女は小さく声を出す。大男の上に落ちてきたそれは、彼女のよく知る姿形をしていた。大男の大きな体の上で「う〜ん」としばらく頭を回していたそれは、はっと気づくと周囲を慌てて見渡す。そして、

「え、ぎ、銀髪娘!? なんでこんなとこに……!」

 それは魔人少女を見つけると驚いたように声を上げる、見慣れた情けない顔をした青年は立ち上がると、魔人少女へと駆けだす。

 それと同時に、

「見つけたぞ、クソ貧乏野郎!!」

 四角い空間の四隅から不良たちが次々と姿を現わす。木材、鉄パイプ、トンカチ、ナイフなど様々な武器を持つ彼らは、大男達と修二、そして銀髪娘を取り囲む。その数は30以上、恐らく彼らのグループの残りが総出でここにいるのだろう。

 そして、

 不良達は、青年と大男を交互に見てこう言った。

「もう逃げられねぇぞ!テメェらが――」

 青年は、自身のクッションになった大男から距離をおき銀髪少女を背に彼らへと剣を構えながら言った。

「で、でっかいなおっさん……! そ、そうかあんたらが――」

 大男は自身の頭を抑えながら立ち上がると突然現れた青年と、大勢の不良を見渡し言った。

「ガハハハ、すごいなこの国は! 人が上から落ちてくるとは、見るにお前さんこいつらに追われていたようだな!なるほど、お前さんが――」

 三つの勢力が集合し、各々の考察の末出てきた答え。彼らを異変へと巻き込んだ元凶の総称を叫ぶ。




「「「『闇討ち犯』だな!!」」」




「……はぁ」

 各々、違う相手を指し高らかに宣言し、

 唯一青年の後ろで表情を変えずにぼーっと見ていた銀髪少女がため息をついた。

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