サイカイのやりかた
5.最下位だからね
「魔人娘、飯だぞ起きろい」
時刻は昼、銀髪碧眼の魔人の元を訪れた修二は慣れた動作でトレーを檻の中へと入れる。すやすやと寝息を立てる彼女を起こしてしまうと不機嫌になることは何度かの経験から分かっていたそのまま唯一ある椅子に腰掛ける。
――下級兵士の仕事、これで終わりか。
トレーを入れて、仕事は終わり。昼と晩、1日2回この場所を訪れご飯を届けるだけの作業。それは彼の憧れていた兵士の仕事とは異なるものであった。そもそも下級兵士にすらなることが難しかった修二に何かを言える権利など無いのだが。
「やるしか無いし、しょうがないけど」と修二は考えることは早々にやめ、スヤスヤ寝ている彼女を見た。
――才能があれば、よかったんだよな……?
次に考えたのは、隊長との会話でのこと。
目に入った家主は、ボロボロの布にくるまり小汚いベッドの上で寝ている。修二のいる場所はひび割れた鉄の冷たい床と殺風景ないかにもな檻の中といった様子だが、それに対し彼女の範囲はほこりっぽいのと頑丈な窓の鉄格子が光を遮ってさえ無ければ、一般家庭の室内にすら見えるほどに整えられている。こちら側のリフォーム希望など2秒で拒否されたものだ。
ぽたりと、静かな空間に水滴が落ち、修二はその音にはっと顔を上げた。
「やめよ。考えたってどうせわかんないし、時間がある内に頑張っとかないと」
椅子から降り、冷たい床に手を当て腕立てをし始めた。諦めに近いものが彼の中にあったのかもしれない、考えたところで正反対の存在のことなど理解できないという皮肉でもあったのかもしれない。修二は考えることを辞め、腕を動かすことに集中した。
「……また、いる」
「おはよう。ここ以外特に行く場所なくてな、体鍛えてます!」
「……。」
「『邪魔だどっか行け』って目で伝えてくんな」
しばらくして、魔人がむくりと起き上り仏頂面のまま彼を見た。どうやら彼の存在が心底嫌なようだが、諦めた様に目を逸らすと、トレーの元へと移動する。
ふんっふんっ!と暑苦しい男の前で食べるご飯は美味しのかはさておき、彼女は黙々と食べはじめる。
「うむうむ、ここ筋トレに最適だね、ほんと。俺いつも30回しか出来ないのに40回も出来たよ、凄くね?」
「……。」
「でもやっぱ明かりが少ないのが難点なんだよな。窓も光遮ってるし、こっちには明かりないし。最悪ランプか何か持ってこよっかな、いい?」
「……。」
「あのあの、お前に話しかけてるんだけど返してくれないの?」
「……なんで」
「お前しかいないじゃん、俺と話してくれる人」
「……。」
「『面倒くさい』って伝えてくんな、泣いちゃうだろうが!」
長すぎる前髪から微かに見える目においおいと涙を流す修二。この少女の毒舌(毒目というのが正しいか)は、初日のトラブルも影響しているのだろう。帰れ、話しかけるなと暗に伝えてくるその目に修二はこの数日間で幾度と泣かされていた。
目の前で「うわーん!」と発しながら泣き真似をする修二に嫌な顔をしながら、ため息とともに銀髪少女は口を開いた。
「……うるさい」
「おま、酷くね!?お前の言葉ってぐさぐさ胸に来るから本気で泣きかける時があるんですけど!?」
「……返せって、いった」
「毒舌を返せなんて一言も言ってないわ!だいたいお前は――」
「……?」
「あれ、そういやお前名前はなんていうんだ?」
修二はふと気づいた。彼女と出会って数日、こうして話せるような仲になった(修二目線では)にも関わらず、彼女の名前を聞いていなかったのだ。それに気づくのに数日を要するのは、コミュニケーション能力の賜物である。
「なまえ?」
「そそ、お前の名前まだ聞いてなかったよな」
「……名前、ない」
「は?」
魔人の少女は齧っていたパンから口を離すこともなくそれで終わったかの様に黙々と食べ進める中、流石の修二もその返答だけで納得できるわけもなく、
「名前が無いってどういうことよ?」
「どう……?名前なんて、呼ばれたことがないから」
「呼ばれたことないって、ありえないだろそんなの。じゃあお前はどうやって声をかけられるんだ?」
「……私は……『魔人』ってだけでいいから」
「な、なるほど」
何故か少し妙な間があった気もした修二であったが、ご飯を食べ終えベッドに戻ろうとする魔人の背を見ながら、そういうものかと納得していた。
魔人は希少であるが故に『魔人』という名称で事足りているということ、魔人と呼ばれれば自分だと理解出来る環境にいたのだということを。
無いなら適当に呼べばいいか、と再び筋力トレーニングに戻ろうとした修二に、
「……任務、ないの?」
「お前から質問なんて、初めてじゃないか?どうしたどうした?」
「……任務でどこか行ってほしい」
「だからさ、お前の言葉って結構ぐさっとくるからオブラートに包んでほしいもんですな!でも残念、ありません!」
ベッドからこてんと顔をこちらに向けた魔人の毒舌に胸を押さえながらいやいやと手を振る彼に、魔人は続ける。
「……兵士、でしょ?……カフカも、昼は任務があるからって帰ってた」
「カフカって前任者か?その人は多分普通の兵士だったからで、俺はちょっと特殊で、えっと」
「……とくしゅ?」
魔人少女の問いに修二は初めて口黙った。正直に彼女に話していいものかと考えたのだ。
おそらくカフカという人物は兵士の仕事をしながら彼女の世話をしていたのだろう。よって昼からは各隊に分かれて行われる任務活動をしていたと考えられるが、修二は事情が違う。入隊試験に落ち、隊にすら入れていない者に任務などあるはずもなかった。そして、
この事情を正直に話すには、彼女に自分がサイカイ兵士であるということを伝えなければならなかった。
 
皆から蔑まれ、嘲笑わられるレッテルを。
――……話して、みるか。
修二は考えた結果、話すことにした。まだ会って数日、彼女の性格もあまりわかっていない状況で話すべきではないということは、彼自身もよくわかっている。
それでも、期待があった。彼女が唯一の存在になってくれるかもしれないという、淡い期待が。
修二は彼のスペースに唯一ある椅子に腰掛けると、彼女の檻へと一歩近づいた。
「実は俺、普通の兵士じゃないんだ。隊にすら所属してないから任務なんて無いんだよね」
「……何で、普通じゃないの?」
「弱いから」
「え……」
魔人少女が、初めて彼の言葉に顔を上げた。その長い前髪の奥の目を見開き、彼をじっと見ている。修二は顔を他所へ向けながら、
「弱いんだよ、俺。兵士だなんて、言うだけで笑われちゃうくらいに。今日も模擬試合あったんだけどすぐ負けたし、全然成長ないからサイカイ兵士なんて呼ばれちゃってさ」
「……サイカイ?」
「最下位、一番弱いってこと。弱くて弱くて、俺の試合だけは見物しててもいいなんて暗黙の了解が出来ちまうくらいの弱っちい存在なんだ。……それでも兵士になりたかったから、お前の世話係になったわけ」
「……なんで、兵士になりたいの?」
「え?うおっ」
いつの間にか、自分語りをしていた修二と柵を挟んですぐのところにまで魔人少女は近づいていた。彼のズボンの裾をつまみ、
「……弱いなら、わかってるなら、どうして兵士になりたいの?」
修二は再び言い淀む。それは以前、隊長にも聞かれた話であった。仕事は何も兵士だけではない。兵士でなくても数々の道があるはずなのに、なぜ彼は一番合わない兵士の道を進むのか。
以前は誤魔化していた、隊長の前で言えばただ笑われるだけだとそう思っていたから。
それを、彼女に打ち明ける。
「俺、英雄に憧れててさ」
「英雄?……レオン?」
「そう、レオン・ポルド!この国の英雄さん!」
わぁ、と修二は彼女の方へと前のめりになる。
レオン・ポルド、突如として始まった強大国と最弱国による世界戦争を『痛み分け』という予想だにしない結果に終わらせた、この国の英雄である。
英雄の武勇伝は現在も国中に知れ渡っており、彼に憧れる者も多い。修二もその一人だった。
「レオンは兵士としてのあり方を体現したような人なんだ!
たった一つの剣だけで戦い、正々堂々と敵に立ち向かう!仲間のことは絶対に疑わず、自ら先頭に立って闘い、傷一つ仲間や国民を誰一人傷付けることなく自分も無傷で生還する英雄!彼が来るだけで全員を安心させられるヒーロー!
カッコいい、カッコいいよな!そんな英雄みたいな騎士になりたくて、兵士になったんだ!」
椅子から立ち上がり高らかに宣言したが、その後何故か何も言わなくなった修二。どうした、と疑問符を浮かべる魔人少女は、彼の曇った顔を見た。
「でも、夢叶えたくて頑張っても……俺、才能無いから、弱いから辛い毎日だよ。キツイし、味方もいないし、不幸ばっかの毎日って感じ」
「……不幸」
所詮夢だ。そう語る彼に、裾を握ったままの彼女は俯いたまま言葉を反覆する。サビだらけの柵を握り、床をじっと見つめていた彼女は、
「……弱くても、ダメなの?」
「は?」
ぽつりと、呟いた。
「強くていい事なんて、一つもない……私はーー」
「俺は才能ある奴が死ぬほど羨ましいけどな。生まれ持った才能で何も努力しないで得られる力とか、金の成る木かよ。一生楽な生活だろうな」
「……。」
修二の言葉を聞いてるのかいないのか、彼女は俯いたまま柵にその小さな額を当てた。こつんと音を鳴らし、そして、
「こんな力、持ちたいなんて思ったこと……ない。こんな力なんていらない、弱かったらよかったのに……」
抑揚なく、呟いた。
「お前、それを俺に言うかね」
え?と顔を上げる彼女が見たのは、苛立ちを隠そうともせず睨みつける修二であった。先ほどまでのへらへらとした顔ではなく、明らかに魔人少女に対して怒っていた。
「弱い方がいいとかさ、力が持ちたくなかったとかさ?そんなの力がある奴の自慢にしか聞こえないんだけど」
「……そんな、つもりじゃ……」
おろおろと、珍しく表情を見せる魔人少女に、修二はさらに詰め寄る。
「才能があったら何でも出来るんだぞ。上からモノを言えて、弱い奴を殴っても蹴ってもゴミを投げてもいいんだ。それを隊長たちも見て見ぬ振り、そんな好き勝手できるのが強い奴なんだよ」
「……わたし、は」
「お前さ理不尽に笑われたことないでしょ? 理不尽に殴られたこともないでしょ? 必要ないとかいらないとか直接言われたこともないままでそんなこと言ってんでしょ? ふざけんな」
「…………。」
「あ」
修二は銀髪の奥が見えなくなるほど俯いてしまった彼女を見て、すっと頭に水をかけられたかのように冷静に戻る。
――やってしまった。と頭を抱えた。
今朝の訓練、隊長の話、それらがまるでコップに水が少しづつ溜まるかのように彼にストレスを与え、彼女の一言に表面張力を超えて零れ落ちてしまったのだ。頭に血が上り、気付いた時には遅かった。彼女に吠えたところでどうにもならないことを、分かっていたはずだったのに。
髪を乱暴にかき、背中を柵に預け蹲る修二。魔人少女は、彼の背に手を伸ばしかけたがすぐに引き、彼と同じように背を向けた。
しんっと静まった室内。ランプの小さな明かりだけの世界で、彼らは互いに背を向ける。数分、数十分、彼らはその世界で動くことはなかった。
――最強だからこそ、不幸なこと……か。
しばらく、気を落ち着かせた修二は彼女の言っていたことを考える。最強になれば、強ければ幸せになれると考えていた彼にとっては想像すらできないことである。……しかし今日この施設に着いてからの考え、彼女の先ほどの言葉がその自身の夢すら壊しかねない真実を答えにしようとしている。
そこまで考えた修二は一度深呼吸すると、
「なぁ、銀髪娘」
「……なに?」
「お前さ、才能があって強くて嫌だったこと沢山あったりするのか?」
「……ん」
彼女はこくりと頷く。
「でも、やっぱりわかんないよお前の気持ち。どうしても強い方がいいと思っちまうし」
「……うん」
振り向く修二に、魔人少女も顔を向ける。彼女は自身を否定したかった訳ではないと、修二は先ほどとは違い、彼女を理解するためにはどうしたらいいかと頭を働かせた。
正反対の感情を持つ彼だからこそ、何かできるのではと。
ペチン!と修二は自身の頬を両手で、思い切り叩いた。うっすら赤く染まった頬に「痛い、やらなきゃよかった」と後悔する彼に、
「な、なに、どうしたの?」
「もうクヨクヨタイムは終わりだぞ銀髪娘!俺いい方法思いついたんだ!」
「……いい、方法?」
「そう!俺は最強のお前の気持ちがわからない、お前は最弱の俺の気持ちがわからない。だったら方法は一つだろう」
ふっふっふ、と不敵に笑う修二に魔人少女は期待した目を向ける。そして、
「勝負しよう!!」
「……は?」
自身の胸を叩き、ビシッと彼女を指差しながら宣言するサイカイ兵士。予想の斜め上の言葉に、流石の無表情魔人少女もぽかんと口を開ける、
ちっちっちと指を振りながら未だ得意げな表情をする修二は続けて、
「でもただの勝負じゃないんだぞ。ちゃんと工夫はしてある。
お前が、全力で俺に『負ける』勝負だ!
強すぎるのも弱すぎるのも体験すれば分かるだろ!これ名案だな、俺天才じゃない?」
「……馬鹿じゃないの」
「ベッドに潜り込むなこの野郎」
完全な思いつきであった。何を得意げに話しているのだろう、と魔人少女は元々ジトっとした目をさらに細くしベッドへと戻っていく。
「私、喧嘩、嫌い。戦いたくないって、言ったのに」
唯一ある薄い布に包まれる彼女が修二を見る目には、一番嫌そうな、軽蔑の込められたものであった。
「ひとを叩いたり、蹴ったり……嫌なの。……もう、いや」
元々小さな声が、布に包まれさらにか細くなる。ここまで、感情と呼べるものを彼女が修二に見せたのは初めてのことであった。ーーただ、
「何言ってんだお前、俺は勝負しようって言ってるだけだぞ」
「……え?」
全身くるまっていた彼女が、彼の言葉に顔だけをひょっこり覗かせた。首を傾げ、意味が分からないといった表情の彼女は、何か食い違いがあると続けてこう言った。
「……どういうこと、勝負したいんじゃないの?私を、倒したいんじゃないの?」
「だからそう言ってるじゃん最初から。何にするよ?じゃんけん?腕相撲?指相撲とかなら得意だぞ~?」
「え」
「なんでもいいぞ〜。人と遊ぶなんて何年ぶりかな、絶対に勝ってやるから覚悟しろよ。てか負けたらお前の勝ちなんだから負けてよ。……いつまでくるまってんだよ、はーやーくこっち来い来い!」
「……。」
魔人はしばらくぽかんとしたままだったが、修二が目をキラキラさせながら様々なゲームを提案する姿に自分から折れることにした。「はぁ」とため息をつき、のそのそとベットから降りて行く。
「うでずもう……ルール、わからない」
「教えてやるから、もっとこっち来いこい」
「……ん」
そして彼の前にちょこんと座る。何をしようかな、とうきうき体を動かす彼をじっと見つめる彼女の表情は変わらない。彼の考えが全くわからない、といった様子の彼女をさておき、修二はゲームを始めるのだった。
*****
「……私の負け」
「oh」
勝負は1秒にも満たなかった。種目は腕相撲。魔人の手が思った以上に柔らかいことにドギマギしつつも勝つために修二は全力を右手に込めたが、秒も立たずに修二の勝利が決まった。
それもそうだろう、魔人少女は負ければいいのだから力なんて加えるはずもない。開始の合図と同時に彼女の手が地面に触れる。
「「……」」としばらくお互いがその手をただ見つめ、
「ぜんっぜん嬉しくない!」
「……。」
「『そりゃそうだろ』って目で伝えてくるな。いや、なんかこうさっ、わざと負けてますよ感が出すぎてるんだよ。こんなのに勝ったってなんも嬉しくないじゃん!」
「わざと負けてるし」
「それわかったら嬉しくないじゃん!」
「……面倒くさい」
「もっかい、もっかいやろう。次はちゃんと俺が勝ったってちゃんと思えてお前が負けたって思う感じに頑張れよ」
「……ん、わかった」
「だからベッドに潜り込むな――え、やるの?」
普段の彼女だったら「……面倒」と言いながらベッドに戻っていくものだと思っていた修二であったが、彼女はむしろ一歩近づいた。
意味がわからない、何か変なことしようとしてるのか? と変な疑いを持ち始める修二に、魔人少女はぽけっとした様子で首をかしげる。
「……やらないの?」
「や、やる、やりますとも!じゃんけんしよう!運が絡めばいつか勝てるだろうし」
「ん……じゃあ私、ぐー出すね」
「は?おま、心理戦を入れるな!」
負けるのが勝ちのルールであるにも関わらず、何故か勝ちにくる魔人少女。それは腕相撲だけでなく、次の勝負も次の勝負も全て彼女が勝ち続け、そして、
「……九勝一敗」
「このアホ、負けが勝ちだって言ってるじゃん!なんなのよもぅ、手加減しろよ!俺に勝たせろよぉぉぉおおお!」
「……でも、負けたら怒った」
「わざと負けてるってのがモロに出てたからだろ!いいか、手加減してないって俺が感じた上で勝たせなさい。俺強いなって思える感じでよろしく」
「……。」
「おい、『うわぁ、めんどくさ』って目をやめろ」
「……。」
「やめろ」
「……で、次はなにする?」
めんどくさい、そう口に(目に?)しながらも体を揺らしながら催促する魔人少女。彼女の考えていることがよくわからなくなってきた修二は何にせよとゲームを提案するのだった。
彼らの距離が『ベッドと入り口』から『柵を挟んで向かい合う距離』へと変化した。
*****
このまま、
このまま最弱の彼と最強の彼女が『魔人と世話係』と言う関係のまま、少し特殊ではあるが平凡な生活を送れていれば幸せだったのかもしれない。
『たす、助けてくれぇぇぇぇええ!!』
水の国、最西端。通称無法地帯と呼ばれるその場所で、絶叫が響く。街灯も少ないその地区は夜になれば一寸先もぼやけてしまうほどに真っ暗闇である。そんな殺風景で整備の行き届いていないその場所で、
押しつぶされた人間の頭が血液を撒き散らし床を赤く染めた。
そこにいたのは無法地帯に住む若い不良3人。内、1人は巨大な何かに持ち上げられている。
『やめて、殺さなギャァァァォァア!?』
『総長!? こ、この化け物が!』
『やめろ行くな、お前も死ぬぞ!』
まるで水風船が割れるかのように、不良の体が地に落ちる。震える彼らの眼に映るのは、人間とは思えないほどに強大な体つきをした何か。
化け物。その言い方が最もしっくりくるような人間ではない何か。
『これが総長の言っていた闇討ちなんだよ……!!俺たちの組みを潰そうとする敵の攻撃だ、む、無理だ、勝てっこない……あ』
不良は全力で四肢を動かす、息も絶え絶えに、ただ生きるために全力を注ぐ。しかし、彼らはすでに悟っていた。彼らの中で最も強いはずの次期総長候補が、何も出来ず、命乞いをしてもあっけなく殺されてしまった時点で気づいていた。
『逃げられな――』
自分はもう助からないと。体が地面から離れるのを理解したときにはすでに、不良の生涯は壁に粘着性のある何かが飛び散る。ポタリポタリと伝うそれは、化け物の手を赤く染めていた。
不穏。
『……。』
怪物と呼ばれた何かは、何を言うわけでもなく、殺した不良に何をするでもなく、無言のまま夜の闇の中へと消えていく。
無法地帯に突如として現れた闇討ちという存在が、サイカイの男を異変へと導くまで、
あと1日。
時刻は昼、銀髪碧眼の魔人の元を訪れた修二は慣れた動作でトレーを檻の中へと入れる。すやすやと寝息を立てる彼女を起こしてしまうと不機嫌になることは何度かの経験から分かっていたそのまま唯一ある椅子に腰掛ける。
――下級兵士の仕事、これで終わりか。
トレーを入れて、仕事は終わり。昼と晩、1日2回この場所を訪れご飯を届けるだけの作業。それは彼の憧れていた兵士の仕事とは異なるものであった。そもそも下級兵士にすらなることが難しかった修二に何かを言える権利など無いのだが。
「やるしか無いし、しょうがないけど」と修二は考えることは早々にやめ、スヤスヤ寝ている彼女を見た。
――才能があれば、よかったんだよな……?
次に考えたのは、隊長との会話でのこと。
目に入った家主は、ボロボロの布にくるまり小汚いベッドの上で寝ている。修二のいる場所はひび割れた鉄の冷たい床と殺風景ないかにもな檻の中といった様子だが、それに対し彼女の範囲はほこりっぽいのと頑丈な窓の鉄格子が光を遮ってさえ無ければ、一般家庭の室内にすら見えるほどに整えられている。こちら側のリフォーム希望など2秒で拒否されたものだ。
ぽたりと、静かな空間に水滴が落ち、修二はその音にはっと顔を上げた。
「やめよ。考えたってどうせわかんないし、時間がある内に頑張っとかないと」
椅子から降り、冷たい床に手を当て腕立てをし始めた。諦めに近いものが彼の中にあったのかもしれない、考えたところで正反対の存在のことなど理解できないという皮肉でもあったのかもしれない。修二は考えることを辞め、腕を動かすことに集中した。
「……また、いる」
「おはよう。ここ以外特に行く場所なくてな、体鍛えてます!」
「……。」
「『邪魔だどっか行け』って目で伝えてくんな」
しばらくして、魔人がむくりと起き上り仏頂面のまま彼を見た。どうやら彼の存在が心底嫌なようだが、諦めた様に目を逸らすと、トレーの元へと移動する。
ふんっふんっ!と暑苦しい男の前で食べるご飯は美味しのかはさておき、彼女は黙々と食べはじめる。
「うむうむ、ここ筋トレに最適だね、ほんと。俺いつも30回しか出来ないのに40回も出来たよ、凄くね?」
「……。」
「でもやっぱ明かりが少ないのが難点なんだよな。窓も光遮ってるし、こっちには明かりないし。最悪ランプか何か持ってこよっかな、いい?」
「……。」
「あのあの、お前に話しかけてるんだけど返してくれないの?」
「……なんで」
「お前しかいないじゃん、俺と話してくれる人」
「……。」
「『面倒くさい』って伝えてくんな、泣いちゃうだろうが!」
長すぎる前髪から微かに見える目においおいと涙を流す修二。この少女の毒舌(毒目というのが正しいか)は、初日のトラブルも影響しているのだろう。帰れ、話しかけるなと暗に伝えてくるその目に修二はこの数日間で幾度と泣かされていた。
目の前で「うわーん!」と発しながら泣き真似をする修二に嫌な顔をしながら、ため息とともに銀髪少女は口を開いた。
「……うるさい」
「おま、酷くね!?お前の言葉ってぐさぐさ胸に来るから本気で泣きかける時があるんですけど!?」
「……返せって、いった」
「毒舌を返せなんて一言も言ってないわ!だいたいお前は――」
「……?」
「あれ、そういやお前名前はなんていうんだ?」
修二はふと気づいた。彼女と出会って数日、こうして話せるような仲になった(修二目線では)にも関わらず、彼女の名前を聞いていなかったのだ。それに気づくのに数日を要するのは、コミュニケーション能力の賜物である。
「なまえ?」
「そそ、お前の名前まだ聞いてなかったよな」
「……名前、ない」
「は?」
魔人の少女は齧っていたパンから口を離すこともなくそれで終わったかの様に黙々と食べ進める中、流石の修二もその返答だけで納得できるわけもなく、
「名前が無いってどういうことよ?」
「どう……?名前なんて、呼ばれたことがないから」
「呼ばれたことないって、ありえないだろそんなの。じゃあお前はどうやって声をかけられるんだ?」
「……私は……『魔人』ってだけでいいから」
「な、なるほど」
何故か少し妙な間があった気もした修二であったが、ご飯を食べ終えベッドに戻ろうとする魔人の背を見ながら、そういうものかと納得していた。
魔人は希少であるが故に『魔人』という名称で事足りているということ、魔人と呼ばれれば自分だと理解出来る環境にいたのだということを。
無いなら適当に呼べばいいか、と再び筋力トレーニングに戻ろうとした修二に、
「……任務、ないの?」
「お前から質問なんて、初めてじゃないか?どうしたどうした?」
「……任務でどこか行ってほしい」
「だからさ、お前の言葉って結構ぐさっとくるからオブラートに包んでほしいもんですな!でも残念、ありません!」
ベッドからこてんと顔をこちらに向けた魔人の毒舌に胸を押さえながらいやいやと手を振る彼に、魔人は続ける。
「……兵士、でしょ?……カフカも、昼は任務があるからって帰ってた」
「カフカって前任者か?その人は多分普通の兵士だったからで、俺はちょっと特殊で、えっと」
「……とくしゅ?」
魔人少女の問いに修二は初めて口黙った。正直に彼女に話していいものかと考えたのだ。
おそらくカフカという人物は兵士の仕事をしながら彼女の世話をしていたのだろう。よって昼からは各隊に分かれて行われる任務活動をしていたと考えられるが、修二は事情が違う。入隊試験に落ち、隊にすら入れていない者に任務などあるはずもなかった。そして、
この事情を正直に話すには、彼女に自分がサイカイ兵士であるということを伝えなければならなかった。
 
皆から蔑まれ、嘲笑わられるレッテルを。
――……話して、みるか。
修二は考えた結果、話すことにした。まだ会って数日、彼女の性格もあまりわかっていない状況で話すべきではないということは、彼自身もよくわかっている。
それでも、期待があった。彼女が唯一の存在になってくれるかもしれないという、淡い期待が。
修二は彼のスペースに唯一ある椅子に腰掛けると、彼女の檻へと一歩近づいた。
「実は俺、普通の兵士じゃないんだ。隊にすら所属してないから任務なんて無いんだよね」
「……何で、普通じゃないの?」
「弱いから」
「え……」
魔人少女が、初めて彼の言葉に顔を上げた。その長い前髪の奥の目を見開き、彼をじっと見ている。修二は顔を他所へ向けながら、
「弱いんだよ、俺。兵士だなんて、言うだけで笑われちゃうくらいに。今日も模擬試合あったんだけどすぐ負けたし、全然成長ないからサイカイ兵士なんて呼ばれちゃってさ」
「……サイカイ?」
「最下位、一番弱いってこと。弱くて弱くて、俺の試合だけは見物しててもいいなんて暗黙の了解が出来ちまうくらいの弱っちい存在なんだ。……それでも兵士になりたかったから、お前の世話係になったわけ」
「……なんで、兵士になりたいの?」
「え?うおっ」
いつの間にか、自分語りをしていた修二と柵を挟んですぐのところにまで魔人少女は近づいていた。彼のズボンの裾をつまみ、
「……弱いなら、わかってるなら、どうして兵士になりたいの?」
修二は再び言い淀む。それは以前、隊長にも聞かれた話であった。仕事は何も兵士だけではない。兵士でなくても数々の道があるはずなのに、なぜ彼は一番合わない兵士の道を進むのか。
以前は誤魔化していた、隊長の前で言えばただ笑われるだけだとそう思っていたから。
それを、彼女に打ち明ける。
「俺、英雄に憧れててさ」
「英雄?……レオン?」
「そう、レオン・ポルド!この国の英雄さん!」
わぁ、と修二は彼女の方へと前のめりになる。
レオン・ポルド、突如として始まった強大国と最弱国による世界戦争を『痛み分け』という予想だにしない結果に終わらせた、この国の英雄である。
英雄の武勇伝は現在も国中に知れ渡っており、彼に憧れる者も多い。修二もその一人だった。
「レオンは兵士としてのあり方を体現したような人なんだ!
たった一つの剣だけで戦い、正々堂々と敵に立ち向かう!仲間のことは絶対に疑わず、自ら先頭に立って闘い、傷一つ仲間や国民を誰一人傷付けることなく自分も無傷で生還する英雄!彼が来るだけで全員を安心させられるヒーロー!
カッコいい、カッコいいよな!そんな英雄みたいな騎士になりたくて、兵士になったんだ!」
椅子から立ち上がり高らかに宣言したが、その後何故か何も言わなくなった修二。どうした、と疑問符を浮かべる魔人少女は、彼の曇った顔を見た。
「でも、夢叶えたくて頑張っても……俺、才能無いから、弱いから辛い毎日だよ。キツイし、味方もいないし、不幸ばっかの毎日って感じ」
「……不幸」
所詮夢だ。そう語る彼に、裾を握ったままの彼女は俯いたまま言葉を反覆する。サビだらけの柵を握り、床をじっと見つめていた彼女は、
「……弱くても、ダメなの?」
「は?」
ぽつりと、呟いた。
「強くていい事なんて、一つもない……私はーー」
「俺は才能ある奴が死ぬほど羨ましいけどな。生まれ持った才能で何も努力しないで得られる力とか、金の成る木かよ。一生楽な生活だろうな」
「……。」
修二の言葉を聞いてるのかいないのか、彼女は俯いたまま柵にその小さな額を当てた。こつんと音を鳴らし、そして、
「こんな力、持ちたいなんて思ったこと……ない。こんな力なんていらない、弱かったらよかったのに……」
抑揚なく、呟いた。
「お前、それを俺に言うかね」
え?と顔を上げる彼女が見たのは、苛立ちを隠そうともせず睨みつける修二であった。先ほどまでのへらへらとした顔ではなく、明らかに魔人少女に対して怒っていた。
「弱い方がいいとかさ、力が持ちたくなかったとかさ?そんなの力がある奴の自慢にしか聞こえないんだけど」
「……そんな、つもりじゃ……」
おろおろと、珍しく表情を見せる魔人少女に、修二はさらに詰め寄る。
「才能があったら何でも出来るんだぞ。上からモノを言えて、弱い奴を殴っても蹴ってもゴミを投げてもいいんだ。それを隊長たちも見て見ぬ振り、そんな好き勝手できるのが強い奴なんだよ」
「……わたし、は」
「お前さ理不尽に笑われたことないでしょ? 理不尽に殴られたこともないでしょ? 必要ないとかいらないとか直接言われたこともないままでそんなこと言ってんでしょ? ふざけんな」
「…………。」
「あ」
修二は銀髪の奥が見えなくなるほど俯いてしまった彼女を見て、すっと頭に水をかけられたかのように冷静に戻る。
――やってしまった。と頭を抱えた。
今朝の訓練、隊長の話、それらがまるでコップに水が少しづつ溜まるかのように彼にストレスを与え、彼女の一言に表面張力を超えて零れ落ちてしまったのだ。頭に血が上り、気付いた時には遅かった。彼女に吠えたところでどうにもならないことを、分かっていたはずだったのに。
髪を乱暴にかき、背中を柵に預け蹲る修二。魔人少女は、彼の背に手を伸ばしかけたがすぐに引き、彼と同じように背を向けた。
しんっと静まった室内。ランプの小さな明かりだけの世界で、彼らは互いに背を向ける。数分、数十分、彼らはその世界で動くことはなかった。
――最強だからこそ、不幸なこと……か。
しばらく、気を落ち着かせた修二は彼女の言っていたことを考える。最強になれば、強ければ幸せになれると考えていた彼にとっては想像すらできないことである。……しかし今日この施設に着いてからの考え、彼女の先ほどの言葉がその自身の夢すら壊しかねない真実を答えにしようとしている。
そこまで考えた修二は一度深呼吸すると、
「なぁ、銀髪娘」
「……なに?」
「お前さ、才能があって強くて嫌だったこと沢山あったりするのか?」
「……ん」
彼女はこくりと頷く。
「でも、やっぱりわかんないよお前の気持ち。どうしても強い方がいいと思っちまうし」
「……うん」
振り向く修二に、魔人少女も顔を向ける。彼女は自身を否定したかった訳ではないと、修二は先ほどとは違い、彼女を理解するためにはどうしたらいいかと頭を働かせた。
正反対の感情を持つ彼だからこそ、何かできるのではと。
ペチン!と修二は自身の頬を両手で、思い切り叩いた。うっすら赤く染まった頬に「痛い、やらなきゃよかった」と後悔する彼に、
「な、なに、どうしたの?」
「もうクヨクヨタイムは終わりだぞ銀髪娘!俺いい方法思いついたんだ!」
「……いい、方法?」
「そう!俺は最強のお前の気持ちがわからない、お前は最弱の俺の気持ちがわからない。だったら方法は一つだろう」
ふっふっふ、と不敵に笑う修二に魔人少女は期待した目を向ける。そして、
「勝負しよう!!」
「……は?」
自身の胸を叩き、ビシッと彼女を指差しながら宣言するサイカイ兵士。予想の斜め上の言葉に、流石の無表情魔人少女もぽかんと口を開ける、
ちっちっちと指を振りながら未だ得意げな表情をする修二は続けて、
「でもただの勝負じゃないんだぞ。ちゃんと工夫はしてある。
お前が、全力で俺に『負ける』勝負だ!
強すぎるのも弱すぎるのも体験すれば分かるだろ!これ名案だな、俺天才じゃない?」
「……馬鹿じゃないの」
「ベッドに潜り込むなこの野郎」
完全な思いつきであった。何を得意げに話しているのだろう、と魔人少女は元々ジトっとした目をさらに細くしベッドへと戻っていく。
「私、喧嘩、嫌い。戦いたくないって、言ったのに」
唯一ある薄い布に包まれる彼女が修二を見る目には、一番嫌そうな、軽蔑の込められたものであった。
「ひとを叩いたり、蹴ったり……嫌なの。……もう、いや」
元々小さな声が、布に包まれさらにか細くなる。ここまで、感情と呼べるものを彼女が修二に見せたのは初めてのことであった。ーーただ、
「何言ってんだお前、俺は勝負しようって言ってるだけだぞ」
「……え?」
全身くるまっていた彼女が、彼の言葉に顔だけをひょっこり覗かせた。首を傾げ、意味が分からないといった表情の彼女は、何か食い違いがあると続けてこう言った。
「……どういうこと、勝負したいんじゃないの?私を、倒したいんじゃないの?」
「だからそう言ってるじゃん最初から。何にするよ?じゃんけん?腕相撲?指相撲とかなら得意だぞ~?」
「え」
「なんでもいいぞ〜。人と遊ぶなんて何年ぶりかな、絶対に勝ってやるから覚悟しろよ。てか負けたらお前の勝ちなんだから負けてよ。……いつまでくるまってんだよ、はーやーくこっち来い来い!」
「……。」
魔人はしばらくぽかんとしたままだったが、修二が目をキラキラさせながら様々なゲームを提案する姿に自分から折れることにした。「はぁ」とため息をつき、のそのそとベットから降りて行く。
「うでずもう……ルール、わからない」
「教えてやるから、もっとこっち来いこい」
「……ん」
そして彼の前にちょこんと座る。何をしようかな、とうきうき体を動かす彼をじっと見つめる彼女の表情は変わらない。彼の考えが全くわからない、といった様子の彼女をさておき、修二はゲームを始めるのだった。
*****
「……私の負け」
「oh」
勝負は1秒にも満たなかった。種目は腕相撲。魔人の手が思った以上に柔らかいことにドギマギしつつも勝つために修二は全力を右手に込めたが、秒も立たずに修二の勝利が決まった。
それもそうだろう、魔人少女は負ければいいのだから力なんて加えるはずもない。開始の合図と同時に彼女の手が地面に触れる。
「「……」」としばらくお互いがその手をただ見つめ、
「ぜんっぜん嬉しくない!」
「……。」
「『そりゃそうだろ』って目で伝えてくるな。いや、なんかこうさっ、わざと負けてますよ感が出すぎてるんだよ。こんなのに勝ったってなんも嬉しくないじゃん!」
「わざと負けてるし」
「それわかったら嬉しくないじゃん!」
「……面倒くさい」
「もっかい、もっかいやろう。次はちゃんと俺が勝ったってちゃんと思えてお前が負けたって思う感じに頑張れよ」
「……ん、わかった」
「だからベッドに潜り込むな――え、やるの?」
普段の彼女だったら「……面倒」と言いながらベッドに戻っていくものだと思っていた修二であったが、彼女はむしろ一歩近づいた。
意味がわからない、何か変なことしようとしてるのか? と変な疑いを持ち始める修二に、魔人少女はぽけっとした様子で首をかしげる。
「……やらないの?」
「や、やる、やりますとも!じゃんけんしよう!運が絡めばいつか勝てるだろうし」
「ん……じゃあ私、ぐー出すね」
「は?おま、心理戦を入れるな!」
負けるのが勝ちのルールであるにも関わらず、何故か勝ちにくる魔人少女。それは腕相撲だけでなく、次の勝負も次の勝負も全て彼女が勝ち続け、そして、
「……九勝一敗」
「このアホ、負けが勝ちだって言ってるじゃん!なんなのよもぅ、手加減しろよ!俺に勝たせろよぉぉぉおおお!」
「……でも、負けたら怒った」
「わざと負けてるってのがモロに出てたからだろ!いいか、手加減してないって俺が感じた上で勝たせなさい。俺強いなって思える感じでよろしく」
「……。」
「おい、『うわぁ、めんどくさ』って目をやめろ」
「……。」
「やめろ」
「……で、次はなにする?」
めんどくさい、そう口に(目に?)しながらも体を揺らしながら催促する魔人少女。彼女の考えていることがよくわからなくなってきた修二は何にせよとゲームを提案するのだった。
彼らの距離が『ベッドと入り口』から『柵を挟んで向かい合う距離』へと変化した。
*****
このまま、
このまま最弱の彼と最強の彼女が『魔人と世話係』と言う関係のまま、少し特殊ではあるが平凡な生活を送れていれば幸せだったのかもしれない。
『たす、助けてくれぇぇぇぇええ!!』
水の国、最西端。通称無法地帯と呼ばれるその場所で、絶叫が響く。街灯も少ないその地区は夜になれば一寸先もぼやけてしまうほどに真っ暗闇である。そんな殺風景で整備の行き届いていないその場所で、
押しつぶされた人間の頭が血液を撒き散らし床を赤く染めた。
そこにいたのは無法地帯に住む若い不良3人。内、1人は巨大な何かに持ち上げられている。
『やめて、殺さなギャァァァォァア!?』
『総長!? こ、この化け物が!』
『やめろ行くな、お前も死ぬぞ!』
まるで水風船が割れるかのように、不良の体が地に落ちる。震える彼らの眼に映るのは、人間とは思えないほどに強大な体つきをした何か。
化け物。その言い方が最もしっくりくるような人間ではない何か。
『これが総長の言っていた闇討ちなんだよ……!!俺たちの組みを潰そうとする敵の攻撃だ、む、無理だ、勝てっこない……あ』
不良は全力で四肢を動かす、息も絶え絶えに、ただ生きるために全力を注ぐ。しかし、彼らはすでに悟っていた。彼らの中で最も強いはずの次期総長候補が、何も出来ず、命乞いをしてもあっけなく殺されてしまった時点で気づいていた。
『逃げられな――』
自分はもう助からないと。体が地面から離れるのを理解したときにはすでに、不良の生涯は壁に粘着性のある何かが飛び散る。ポタリポタリと伝うそれは、化け物の手を赤く染めていた。
不穏。
『……。』
怪物と呼ばれた何かは、何を言うわけでもなく、殺した不良に何をするでもなく、無言のまま夜の闇の中へと消えていく。
無法地帯に突如として現れた闇討ちという存在が、サイカイの男を異変へと導くまで、
あと1日。
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