サイカイのやりかた
4.一発KOなんてむしろ才能っス
「試合終了っス。勝者、モブ・マケスギ」
サイカイ兵士が『下級兵士もどき』となり数日。その日も季節外れの雪が降っていた。まだ肌寒いものの、時期はすでに春。桜も見えるこの時期には珍しく降り積もる雪に、はしゃぐ子供たちが水路の近くで遊んでいた。
そんな水の国のとある広場。そこでは白線で囲まれた空間に下級兵士が各小隊ごとに相まみえる模擬試合が行われていた。
「やっぱ弱いっスね、サイカイ兵士。一発KOなんてむしろ才能を感じるっス。何でここにいるんスかね?」
「あ~……兵士としてはアリなんだろ、知らんけど」
その中の一つ、大の字で倒れる者と周りとハイタッチし合う者がいる場所がある。その試合には白線を辿るように手の空いた兵士が並び観覧していた。
それはサイカイ兵士修二の試合。彼らは「こいつよりは確実に実力がある」とそう自分を慰めるためにそれを観覧し、笑みを浮かべていた。
「……。」
地面の冷たさを感じながら、大の字に倒れたままの修二は殴られた頬を抑えることもなく、降り落ちた雪を見つめていた。白線から一歩も動かず彼の無様な格好を見ようとする同期達は彼を気遣うことも、駆け寄ることもしない。
「貴様ら何をやっている、訓練を終了した者は午後の任務の支度をするように」
サイカイ兵士の試合が終わりしばらくして、各隊の様子を見ていた上級兵士の一人が彼らの元へやって来る。同期の兵士達は皆指示に従い、各々の隊長の元へ向かう中、たった1人、どの隊にも所属していない修二は広場から出ようと立ち上がる。
「おい貴様、無様を晒すのはもう何度目になる。もういい加減才能が無いことに気付かないのか?」
「いや、その……ま、まだ火事場じゃない的な感じの……馬鹿力が、そのっ」
「何を言っている?」
「なんでもないです、はは」
目を伏せ、歯切れの悪い修二に上級兵士の眉が釣り上がる。
「笑い事ではない。兵士たるもの、常に国民にとっての『盾』として認められる存在でなければならない。国民が信頼して我らの後ろに隠れられるように、強くあらねばならないというのに貴様はーー」 
「す、すみません、ごめんなさい……失礼します」
修二は上級兵士の話にペコペコと頭を下げながら、少しづつ出口へと足を進める。彼は体を震わせることも、下唇を噛むことも、拳を握ることもしない。周りから未だに感じる視線にも、嘲笑にも反応を示さない。
「……。」
反応したところでどうもならないことを、修二はその歳で理解していたのだ。
*****
「たいちょ~また負けました、泣きそう」
「いちいち報告に来るな、帰れ」
 見慣れた個室で椅子に腰かけうだーっと背を伸ばしすサイカイ兵士は目の前の大きな机に書類を乗せたまた、嫌そうな顔をする隊長の言葉には耳を貸さない。
 昼からの任務に備え身支度をしている最中であった隊長は、修二の登場に特に驚いてはいなかった。
よくあることである。
「それで、今日はなんて言われたんだ?」
「『一発KOなんてむしろ才能を感じるっス』」
「的確じゃねぇか」
「ぬおぃ!!」
修二は隊長にツッコミを入れながら、慣れた手つきで近くの棚からコップを取り出すと、コーヒーを注ぎ入れる。
「というか、国の兵士がテレビなんて見てていいんですかね。最近外国からのモノが流通しすぎてませんか?」
「まぁ……俺たちの国の科学の進歩が他の国より遅れているのは事実だがな。貿易が出来ているだけでも俺たちの成果なんだと言いたいね。『美しき水の国』と広め観光名所となっていなければ、こんな離島で国になるほどの人数が生活できるわけもない。つまり俺の見ているこれはこの国の成果であり兵士は見る権利があると、俺は思ってるがね」
「……で、魔人について色々と聞かせて欲しいんですけど」
「分からなくなると話変えるのはお前の癖だな、アイスコーヒーくれ」
「はい、ホットです。後テレビ消しますからね」
退屈そうにする隊長の前に、湯気の立ち昇る容器を置く。彼が世話係に任命されたそのお世話相手の情報を聞くこと、短い話で終わるわけもなかった。
手渡された熱々のコーヒーに嫌そうな顔をしながらも、隊長は諦めたように口に含む。
「お前はあれか、自分の目的のためには手段を選ばんのか。何度も来られるこっちの身にもなって欲しいもんだ」
「でも世話してくれるんしょう?」
「調子に乗るなよサイカイ兵士が、CMノリみたいなのを期待するな」
「でも本当に教えてくださいよ。魔人ってなんですか?女の子が捕まってたんですけどあの子で合っていますか?あの子が化け物ってどういう意味なんですか?」
「長すぎる。三十字以内でまとめろ」
「あの子と友達になりたいけどいい?」
「略したらどうしてそうなったと突っ込みたいところだか、死ぬ気か? 魔人と友達になりたいだなんて聞いたことがない」
「……本気で言ってます?」
コーヒーが喉に詰まり噎せながら隊長は言う、馬鹿かと。隊長にとって魔人という存在がどう見えているのかと不審に思う修二に、
「やはりお前の聞きたいことには何も答えられんな。魔人はそもそも世界から隠された存在、軽々しく話せる内容ではない。お前には関わる以上、名前だけを伝えたに過ぎんのだからな」
「でも、だからって魔人だけ聞かされただけじゃ――」
「それでもお前の仕事はできるだろう。勘違いしているようだから今一度言っておくが、お前の役割はただ『飯を運ぶだけ』だ。運ぶ先が何であろうがお前が知る必要は全くない。いくらホットを注ごうが無駄だ」
「……まぁ、そうなんでしょうけど」
ただの雑用だ、下級兵士という称号のおまけつきのな。隊長はそう言った。それは修二自身も理解していた、理解はしていたが聞きたかった。どうしてもだ。
「お前が特例でその役職になったのは、たまたま前任者が判断したからに過ぎん。あまり調子に乗ったことを言うものじゃない、わかるな」
不満そうにしながらも頷く彼に、隊長はその腰を上げる。伝えることは伝えたと、外していた鎧を身につけ部屋を後にしようとする。
その背を、修二は呼び止めた。
「隊長、これだけは教えてくれませんか?」
「相変わらずのしつこさだな。……内容にもよるが、言ってみろ」
隊長はドアノブから手を離す。いつもの彼らしくなく顔を俯かせていた修二だったが、どうしたのか、顔を上げた彼は笑っていた。
「あの子が、才能だけで人を超える力を持ったというのは、本当なんですか?」
それはへらへらとも、にっこりとも表現付かない、何かを悟ったように、何かを諦めるかのようにふっと出た笑みのようだった。それを見ていた隊長は、今一度ため息をつくと「俺も実際に見たわけではない」と前置きした上で、
「大戦時、最も活躍してきたのは後に魔人と呼ばれる奴らであることは誰から見ても明らかだろうな。
そして彼女もまたその一人、『敵の拠点の一つをたった一人で壊滅させた』、『敵の大駒である魔人と一騎打ちして勝った』などと聞いたな。戦力だけでいえば、騎士と引けを取らないんじゃないか」
「……そう、ですか」
「嫉妬か?」
「まさか、飽きましたよそんなの。でも才能があるならどうしてあの子は捕まってるんですかね? はは、よくわからないです」
「……シュウジお前、愛想笑いが下手くそだな」
扉が閉まる。個室で一人となった修二は吊り上がった頬に触れる。そのまましばらく茫然と立ち尽くした後、コーヒーを一気に喉に流し込み、
「俺は才能がないから、こんな生活をしてるんだよな……?」
苦い味に、顔を顰めた。
サイカイ兵士が『下級兵士もどき』となり数日。その日も季節外れの雪が降っていた。まだ肌寒いものの、時期はすでに春。桜も見えるこの時期には珍しく降り積もる雪に、はしゃぐ子供たちが水路の近くで遊んでいた。
そんな水の国のとある広場。そこでは白線で囲まれた空間に下級兵士が各小隊ごとに相まみえる模擬試合が行われていた。
「やっぱ弱いっスね、サイカイ兵士。一発KOなんてむしろ才能を感じるっス。何でここにいるんスかね?」
「あ~……兵士としてはアリなんだろ、知らんけど」
その中の一つ、大の字で倒れる者と周りとハイタッチし合う者がいる場所がある。その試合には白線を辿るように手の空いた兵士が並び観覧していた。
それはサイカイ兵士修二の試合。彼らは「こいつよりは確実に実力がある」とそう自分を慰めるためにそれを観覧し、笑みを浮かべていた。
「……。」
地面の冷たさを感じながら、大の字に倒れたままの修二は殴られた頬を抑えることもなく、降り落ちた雪を見つめていた。白線から一歩も動かず彼の無様な格好を見ようとする同期達は彼を気遣うことも、駆け寄ることもしない。
「貴様ら何をやっている、訓練を終了した者は午後の任務の支度をするように」
サイカイ兵士の試合が終わりしばらくして、各隊の様子を見ていた上級兵士の一人が彼らの元へやって来る。同期の兵士達は皆指示に従い、各々の隊長の元へ向かう中、たった1人、どの隊にも所属していない修二は広場から出ようと立ち上がる。
「おい貴様、無様を晒すのはもう何度目になる。もういい加減才能が無いことに気付かないのか?」
「いや、その……ま、まだ火事場じゃない的な感じの……馬鹿力が、そのっ」
「何を言っている?」
「なんでもないです、はは」
目を伏せ、歯切れの悪い修二に上級兵士の眉が釣り上がる。
「笑い事ではない。兵士たるもの、常に国民にとっての『盾』として認められる存在でなければならない。国民が信頼して我らの後ろに隠れられるように、強くあらねばならないというのに貴様はーー」 
「す、すみません、ごめんなさい……失礼します」
修二は上級兵士の話にペコペコと頭を下げながら、少しづつ出口へと足を進める。彼は体を震わせることも、下唇を噛むことも、拳を握ることもしない。周りから未だに感じる視線にも、嘲笑にも反応を示さない。
「……。」
反応したところでどうもならないことを、修二はその歳で理解していたのだ。
*****
「たいちょ~また負けました、泣きそう」
「いちいち報告に来るな、帰れ」
 見慣れた個室で椅子に腰かけうだーっと背を伸ばしすサイカイ兵士は目の前の大きな机に書類を乗せたまた、嫌そうな顔をする隊長の言葉には耳を貸さない。
 昼からの任務に備え身支度をしている最中であった隊長は、修二の登場に特に驚いてはいなかった。
よくあることである。
「それで、今日はなんて言われたんだ?」
「『一発KOなんてむしろ才能を感じるっス』」
「的確じゃねぇか」
「ぬおぃ!!」
修二は隊長にツッコミを入れながら、慣れた手つきで近くの棚からコップを取り出すと、コーヒーを注ぎ入れる。
「というか、国の兵士がテレビなんて見てていいんですかね。最近外国からのモノが流通しすぎてませんか?」
「まぁ……俺たちの国の科学の進歩が他の国より遅れているのは事実だがな。貿易が出来ているだけでも俺たちの成果なんだと言いたいね。『美しき水の国』と広め観光名所となっていなければ、こんな離島で国になるほどの人数が生活できるわけもない。つまり俺の見ているこれはこの国の成果であり兵士は見る権利があると、俺は思ってるがね」
「……で、魔人について色々と聞かせて欲しいんですけど」
「分からなくなると話変えるのはお前の癖だな、アイスコーヒーくれ」
「はい、ホットです。後テレビ消しますからね」
退屈そうにする隊長の前に、湯気の立ち昇る容器を置く。彼が世話係に任命されたそのお世話相手の情報を聞くこと、短い話で終わるわけもなかった。
手渡された熱々のコーヒーに嫌そうな顔をしながらも、隊長は諦めたように口に含む。
「お前はあれか、自分の目的のためには手段を選ばんのか。何度も来られるこっちの身にもなって欲しいもんだ」
「でも世話してくれるんしょう?」
「調子に乗るなよサイカイ兵士が、CMノリみたいなのを期待するな」
「でも本当に教えてくださいよ。魔人ってなんですか?女の子が捕まってたんですけどあの子で合っていますか?あの子が化け物ってどういう意味なんですか?」
「長すぎる。三十字以内でまとめろ」
「あの子と友達になりたいけどいい?」
「略したらどうしてそうなったと突っ込みたいところだか、死ぬ気か? 魔人と友達になりたいだなんて聞いたことがない」
「……本気で言ってます?」
コーヒーが喉に詰まり噎せながら隊長は言う、馬鹿かと。隊長にとって魔人という存在がどう見えているのかと不審に思う修二に、
「やはりお前の聞きたいことには何も答えられんな。魔人はそもそも世界から隠された存在、軽々しく話せる内容ではない。お前には関わる以上、名前だけを伝えたに過ぎんのだからな」
「でも、だからって魔人だけ聞かされただけじゃ――」
「それでもお前の仕事はできるだろう。勘違いしているようだから今一度言っておくが、お前の役割はただ『飯を運ぶだけ』だ。運ぶ先が何であろうがお前が知る必要は全くない。いくらホットを注ごうが無駄だ」
「……まぁ、そうなんでしょうけど」
ただの雑用だ、下級兵士という称号のおまけつきのな。隊長はそう言った。それは修二自身も理解していた、理解はしていたが聞きたかった。どうしてもだ。
「お前が特例でその役職になったのは、たまたま前任者が判断したからに過ぎん。あまり調子に乗ったことを言うものじゃない、わかるな」
不満そうにしながらも頷く彼に、隊長はその腰を上げる。伝えることは伝えたと、外していた鎧を身につけ部屋を後にしようとする。
その背を、修二は呼び止めた。
「隊長、これだけは教えてくれませんか?」
「相変わらずのしつこさだな。……内容にもよるが、言ってみろ」
隊長はドアノブから手を離す。いつもの彼らしくなく顔を俯かせていた修二だったが、どうしたのか、顔を上げた彼は笑っていた。
「あの子が、才能だけで人を超える力を持ったというのは、本当なんですか?」
それはへらへらとも、にっこりとも表現付かない、何かを悟ったように、何かを諦めるかのようにふっと出た笑みのようだった。それを見ていた隊長は、今一度ため息をつくと「俺も実際に見たわけではない」と前置きした上で、
「大戦時、最も活躍してきたのは後に魔人と呼ばれる奴らであることは誰から見ても明らかだろうな。
そして彼女もまたその一人、『敵の拠点の一つをたった一人で壊滅させた』、『敵の大駒である魔人と一騎打ちして勝った』などと聞いたな。戦力だけでいえば、騎士と引けを取らないんじゃないか」
「……そう、ですか」
「嫉妬か?」
「まさか、飽きましたよそんなの。でも才能があるならどうしてあの子は捕まってるんですかね? はは、よくわからないです」
「……シュウジお前、愛想笑いが下手くそだな」
扉が閉まる。個室で一人となった修二は吊り上がった頬に触れる。そのまましばらく茫然と立ち尽くした後、コーヒーを一気に喉に流し込み、
「俺は才能がないから、こんな生活をしてるんだよな……?」
苦い味に、顔を顰めた。
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