サイカイのやりかた
2.世話係、サイカイ兵士爆誕!
不合格通知が来てから、一週間が経ったころだった。
「おい、仕事を持ってきたぞサイカイ兵士」
「んぁ?」
兵士になるという夢を絶たれた青年は、未練がましく唯一世話してくれた隊長の個室を我が物顔で利用し、椅子の上で1人じゃんけんなるものを楽しんでいた。
死んだ魚のような目でぼーっと見ている先のテレビでは「今日も季節外れの雪が降るでしょう、防寒対策をしっかり!」などと天気予報が流れているが、外に出る気もない彼には関係のない話である。
「仕事ってまた出店の手伝いとか、水路清掃とかですかー?もう嫌ですよ俺、せめて人探しとか悩み解決とか警備警護とか、兵士っぽい仕事を持ってきてほしい〜」
「仕事があるだけマシだ思えよ。……と言いたいところだが喜べよサイカイ兵士。今日持ってきてやったのは『兵士みたい』じゃなく、兵士として働ける仕事だ」
「え?」
「お前が兵士になれるかもしれない唯一の道を持ってきてやったって言ってーー」
「ぅ、うぉぉおおたいちょぉぉおおおおおお!あんたってやつは、やるときはやると思ってたぜコンチクショー!」
「泣くな引っ付くな、鼻水をつけるな!まだ話は終わってないだろうが!!」
修二の頭に大きなたんこぶが一つ加わった。でも幸せそうに笑う彼に隊長は再びため息をつくのだった。
*****
「嘘だろ」
修二、不気味な施設の前でポツンと立つ。
そこは昼の時間にも関わらず日の光が当たらない薄暗い空間であった。活気ある国の中央街から離れ、整備の行き届いていない足場が多く見られるこの場所。荒くれた者、不良たちが己の実力を見せつけ合うような無法地帯、そこをくぐり抜けた更に奥の人気のない場所にぽつんと存在する施設の前に青年は立っている。唯一ある重々しい鉄の扉の上ではカラスが不吉に鳴いていた。
――いや、鳴きたいのはこっちなんですけども。あのクソ隊長、今度会ったらあの得意げな髭を剃ってやる……!
この物騒極まりない場所に、なぜ兵士にすらなれなかったこの男が立っているのか。不良の一人にでも見つかり絡まれてしまったが最後、彼の財布が空っぽになってしまうことは彼自身よく理解しているはずなのだが……
その理由は、隊長から教えられた『兵士になるための任務』というものに関係していた。
*****
志木修二は、何事にも見返りを求める男だった。
道案内をしてあげる、運河に落としたものを拾ってあげる、老人の荷物持ちをしてあげるなどなど、行っていることだけを見れば善人のような青年だが、助けたあとになって「助けたからお礼ちょうだいね、ね?」と真顔でお金を受け取るような少し頭のおかしな青年であった。
さて、そんなロクデナシとも呼べる男が二年通った兵士学校最後の門『入隊試験』で不合格を受け取り、そしてそこに『兵士になれるよ?この仕事をしたらだけどね』という糸を垂らされたとなればどうするか。
もちろんどんな依頼だろうと受けるに決まっている。全ては自分の夢のために、『兵士になる』という夢のさらに次のステップ、その人生を懸けてでも叶えたい夢のために、例えどんな過酷な依頼だろうと受け――
「お前にこれから任せる仕事、死ぬかもしれないがいいよな?」
「いやです」
そんなことはなかった。
「無理に決まってるじゃないですか。なんで兵士になってすぐに死ぬかもなんですか、絶対いやです」
「……お前な、俺がこいつをどれだけ頑張ってな、探してな、手に入れてきた仕事かわかってるのか?」
カッコイイ性格を彼に求めるだけ無駄であった、主人公ならばなどといった御都合主義的な性格など期待してはいけない。これから先どんなことが起ころうと、彼は絶対に主人公に不向きな性格であるということをここで宣言しておこう。迷惑な話である。
「それで、なんで命懸かっちまうんですか? 簡単な仕事って言ってませんでしたっけ?」
「簡単だから安全安心とは限らないだろう。お前がこれからするのは先の大戦で最も活躍した種族の世話だ。飯をただ運ぶだけ、それだけの作業だが一歩間違えば死んでもおかしくはない。どこに沸点があるかわかったものじゃないからな」
「化け物? 妖怪とかお化けってやつですかね。心霊現象とかゾンビとか、ビックリ系は嫌いなんでもっと嫌なんですけど」
「怖いのが嫌なんだな」
「違います、ビックリするのが嫌なんです」
「安心していいぞ。化け物とはいえ見た目は人間と変わらん、ビックリもないだろう」
「……どゆこと?」
今の今まで一人じゃんけんを繰り返していた修二が初めて顔を上げる。隊長は懐から一枚の紙を取り出すと彼に手渡した。
「お前にはこの国で唯一飼っている魔人の世話をしてもらいたい」
「……え、なんですって? まじん??」
手渡された紙に『任命書』と書かれていることは今の彼にはどうでもいいことだった。それより、あの真面目な隊長が言った非現実的な単語の方が気になっている。
彼もサイカイと呼ばれていたとはいえ兵士学校である程度兵士としての知識を学んできている。しかし、それでも教科書にも先生の口からも一度として『魔人』などといった言葉は出たことも聞いたこともない。
「そう変な顔をするのも当然なのだがな。魔人について詳しく教えてやることもできんのだ。
人間と同じ知能を持った化け物とだけ覚えておけばいい」
「つまり、ろくな情報も教えてもらえずそれだけで仕事しろって話ですか?」
「魔人について話したところで、どうせわからんという話だ。仕事内容は魔人に飯を届けること、食堂に行けばもらえるから早速取りかかってくれ」
「そもそもやるなんて言ってないんですがね」
「あのな、この仕事はたまたま前任者が俺の知り合いでお前でもいいというから勧めただけで、本来ならお前は兵士にもなれずにーー」
「あーはいはい話長いですってば隊長。そんな得体の知れない奴の世話とか何言われたってどんな条件だったとしても絶対にやらないですからね」
「うだうだ言ってないで行ってこい、シュウジ下級兵士さんよ」
「う……」
兵士、そう呼ばれた修二はピクリと耳を立てる。兵士、兵士かぁと満面の笑みを浮かべる彼だったが、それでも自身の命を懸けるほどではなかったようで、雑念を振り払うかのように首を振っている。
「伝え忘れていたが、特殊な仕事ということもあって報酬もかなり高くな――」
「行ってきます、大船に乗ったつもりで任せてくださいよ!!」
首の振りが横から縦へと変化した。先ほどまでの面倒さを露骨に表してたアホは何処へやら、仁王立ちでガッツポーズとウインクをするサイカイ兵士に隊長はもう何度目かのため息をつくのだった。
サイカイ兵士は、類を見ないアホであった。
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