戦雷記

ノベルバユーザー257840

模擬空戦

ここは惑星WT、明野空軍基地だ。
地球にも明野なんとかという場所はあったと聞いているが、全くの別物である。
地球と戦う事になってしまった今宵、飛行場に飛行機のエンジン音が鳴り響く。

「何やってるのー?」川西橘花が格納庫へズカズカと入ってくる。
「ラジエーターの掃除だ。後でお前の飛燕もやってやるよ。」
「掃除して何か変わるん?」
「そりゃそうだ、びっくりする位昇る様になるぞ。」
川西の愛機、「飛燕」は最近エンジンの調子が悪く、中々速度が出なくなってきたようだ。
「本当?」
「ああ、本当。」

 河崎が飛燕のラジエーターを掃除をし終わる頃、第6中隊の山田大雅が近寄ってきた。
「よお、またヒエンとかいうポンコツかまってんのか。」
「何がポンコツですって!?」
今にも殴りかかりそうな川西を河崎が止める。
「殴るのはいかんけどポンコツってのは引っ掛かるな。その言い方止めたらどうだ」
「仕方ねぇだろ、日本機は皆ポンコツなんだからな。」
「マイナスG掛けただけで気化器が壊れるスピットファイアよりはマシだろう。」
「は?んじゃ勝負しよう。日本とイギリス、どっちの戦闘機が強いかな!」
「悪いがその類の模擬空戦はことわる。」
「何だ、もう怖気付いたのか?」
山田は煽る事しか出来ないのか。

「いや、俺が思う模擬空戦は、パイロット同士の戦いなんだ。だから違う機体同士戦うのは、あんまり好きじゃない。」
「じゃあどちらかが違う機体に乗ろう。ワンメイクってやつさ。」
河崎はしばらく考えた末、
「じゃあ俺がスピットに乗ろう」
川西が「えっ」と声を上げる。パイロットは、違う機体に乗る時、必ず事前にその機体に適した練習をするのが当たり前だ。しかし河崎は、練習をせずにいきなり模擬空戦をするというのだ。
「本当にいいのかお前?」
「ポンコツに乗りたいんか?」
河崎がそう言うと山田は全力で首を横に振った。
「んじゃ、明日朝9時、滑走路に集合な。」

 次の日、朝8時半。
噂を耳にした明野基地の野次馬達が次々と集まってきた。
なんといっても、エースパイロット同士の模擬空戦だ。きっと凄い技を見せてくれるだろうと、皆期待している。
そして9時。滑走路には2機のスピットファイアが並んでいる。
「じゃあ2人は配置に着いて。」審判になった仲島の声で2人は機体に乗り込む。
先にエンジンが掛かったのは山田機だ。
両方のエンジンが掛かった所で、仲島が開始の合図を出す。
2機は同時にゆっくりと動き出すが、先に機体が浮いたのはやはり山田機だった。
「ハッ、やっぱ倉庫でホコリかぶってたヤツは性能が下がるんだな。」山田が鼻で笑う。
河崎機は、3年間倉庫で不動機体として置いてあったスピットファイアmk.1を、応急処置して飛ぶようにしただけの物だ。
そのため機体は所々サビや劣化が目立つ。

2機は同じ高度まで昇り、仲島に合図を出した。そして開始の旗がなびいた途端、2機の距離が離れたかと思うと、すぐに距離が縮まり、2機が交差、また距離が開く。
「シザースだ」
「何それ?」
川西桜花が問うと、常陸一樹が答えた。
「空戦形式の1つだ。互いに追いかけ合ってる内に自然にああなることが多い。」
両機はシザースを繰り返した後、河崎機が急に降下を始め、逃がすまいと山田機も河崎機を追いかける。

しかし、河崎機の調子が悪いようだ。排気管から黒い煙が出始め、とうとうキュルキュル音を立てて止まってしまった。
「負けか...」仲島が呟いた瞬間だった。
河崎機が機首を上げ、グーンと急上昇をする。
〈宙返りだ。〉誰もがそう思った。
河崎機に続いて山田機も宙返りの機動に入った。
「スピットファイアで宙返りなんて、アホかアイツ!」山田は勝利を確信した。

 それは一瞬で終わった。
エンジンの止まった河崎機が宙返りの頂点に差し掛かり、空中でスっと止まる。
失速状態だ。
山田機が河崎機を追い抜き、そのまま宙返りをした。
すると河崎機のラダーがくわっと左に倒れ込み、機体は下を向く。そして一気に速度をつけ、山田機の後ろへピッタリくっ付いた。

「終了!勝者、河崎湊!」
皆唖然とする中、模擬空戦は終わった。
エンジンの止まったスピットファイアが先に滑走路に進入。綺麗な3点着陸をしてみせた。
山田機が着陸するとすぐに山田大雅が機体から飛び降り、河崎に押しかけた。
「おい、何だあの機動は!?お前本当にスピットファイアに乗ってたのか!?」
「左捻りこみだ。」
河崎が静かに答える。
「は?あれは零戦の技じやねえのかよ」
「零戦が1番やりやすいってだけで、基本どんな飛行機でもできる。」
山田はイマイチ何言ってるのか分からないような顔をしているが、そんな事はどうでもいい。
「さて、みんな練習あるし、終わりにするかー」
河崎が格納庫へ向かおうとする。

「ちょっと待って」
「ん...?」河崎が振り返った先には山葉かれん が立っていた。
「私とも戦って欲しいの。」
周囲がざわつく。
「....機体は?今は零戦しか無いぞ」
「仲島君の52型に乗る」周囲は更にざわざわし出す。
「よし、待ってろ」

河崎は急いで格納庫へ戻ったかと思うと、すぐ零戦11型、52型を滑走路に並べた。
「仲島、スマンがもう1回審判お願い」
「おう、任せろ」
山葉と河崎はそれぞれの機体へ向かい歩き出した。
そして、数分も経たないうちに離陸準備完了。2つの栄発動機が共鳴し合う。
「2機とも頑張ってくれよ!」仲島の合図で2機の滑走路が始まる。
離陸後しばらく、辺りには2つのエンジン音しか鳴り響かなかった。周囲の人は空を飛ぶ、2機の零戦にみとれていた。

そして遂に模擬空戦は始まった。最初は上空でぐるぐるドッグファイト状態だったが、時間が経つにつれて、どんどん面白くなってきた。
ある時は2機で美しい宙返りを見せ、またある時は急な機動で迫力満点の模擬空戦となった。
そして、河崎機が急降下、そのまま超低空飛行を始める。低空を飛ぶと、相手がうしろに付きにくくなるのだ。
2機は低空飛行のまま海へ出た。
河崎機のプロペラが海面を叩き、水しぶきを上げる。しかし、その後ろをピッタリ付いて行こうとする山葉機。2機は基地の方へ向かい出し、野次馬達の真上を通ったかと思うと急上昇し、再びドッグファイトになる。

 どれくらいの時間が経っただろう。2機は向こうの山を超え、そのまま帰って来なくなった。
見物客は飽きて帰って行く者が多くなってきた。
「私たちも帰ろっか」川西達が帰ろうとしたその時だ。
「待て、聞こえるぞ!」常陸が叫ぶ。
「え?」
「零戦のエンジン音だ」
耳を澄ますと...確かに聞こえる。あのバラバラとした軽く、弱々しいエンジン音。
...零戦だ。しかも単機ではない。

しばらくして、山の向こうから2機の戦闘機が飛んできた。11型と52型、間違いない、2人が帰ってきた。
2機はゆっくり高度を落としながら基地上空へ進入。残っていた見物客の上を通ったかと思うと、2機はふわりと舞い上がり、美しい編隊宙返りをした。
下では大きな歓声が沸き上がった。

 少し暗い雰囲気が漂う第6中隊で、ただ1人空を見上げてその宙返りを見ていたのは、長谷川 若葉だ。
 …これほど美しい編隊宙返りは今までにどれだけ見たことだろう。いや、こんな宙返りは生まれてから今まで見たことが無い。長谷川は今、人生で最高の経験をしたと感じた。

 2機が着陸して、周りから拍手が鳴り響く。
「お二人さんお疲れ様!で、結果は?」仲島が聞くと、河崎が答えた。
「ずっとくるくる回っててキリが無いから途中で止めて帰って来たんだ。」
「凄い楽しかった。」山葉が満足そうに言った。
「次こそ決着付けようぜ」河崎が言うと、山葉は大きく頷いた。

「お前さん達、いいよなぁあんな空戦出来て」おもむろに近寄ってきた山田がそう言うとカバンから大きな拳銃を出し、山葉に突きつけた。
「50AEデザートイーグルだと?」仲島が呟く。
「何で山葉に向けるんだ、山葉は悪いことして無いだろ」距離を置きつつ河崎が言う。
「うるせぇ、こーゆうのがお決まりだろ?」山田が言うと河崎がポケットから山田のよりふた周りくらい小さい拳銃を山田に向けた。
「何だその小さい拳銃は。ナメてんのか?」
「あくまで威嚇用だ。そもそもパイロットにいい拳銃なんて必要無いがな。てかどんなにでかくて強い銃持ってても、当たらなければ意味が無い。」
河崎が言うと、山田が挑発しだした。
「あ?じゃあ貴様に当ててやるよ、覚悟しとけよな」
「どうぞご勝手に」そしてしばらくの沈黙のあと...

 バアァァン!辺り一面に響く大きな銃声。山葉が身をすくめる。
銃弾は河崎の首の横を通過。後ろの水タンクに命中した。
「クソが!」山田がデザートイーグルを地面に叩きつけ、宿舎へ戻る。
「口ほどにもねぇ。」
「湊君、大丈夫だった?」
「うん、山葉さんこそ大丈夫?」
「うん、ありがとう。」
「52型綺麗に乗ってくれてありがとな。」仲島が言うと山葉は嬉しそうに頷いた。
「Ho sentito grandi rumori, ma è successo qualcosa?(大きな音が聞こえたけど何かあったのか?)」第5中隊のグイドが慌てた様子で走ってきた。
「È finita, non è un problema.(終わった事だ、気にするな)」河崎が言うとグイドは何やら考え事をしながら戻って行った。
「さあ、今日は金曜日だし、カレーでも作りましょうか!」
「やったぁ!」皆が喜ぶ。橘花のつくるカレーは格別だ。

 
雲一つ無い、澄んだ青空に楽しそうな笑い声が響いた。

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