罪歌の乙女
核熱魔法と母娘
着任直後に開催された闘技大会も終わり各々が眠った夜更け。三つの影がそれぞれ動いていた。
「おい、イーグル。お前鳥目じゃねぇのかよ」
「ナイトゴーグルさえあれば問題ないかと」
「けけっ。ナイトゴーグル着けた鳥人間ってなんだかな……。」
「メレインあなた居たんですか?」
「やめろ。分かっているのに居ないみたいな扱いは心に響く。」
「貴方こそ私を鳥人間扱いしないでくださいよ。割と傷つくんですよ?」
「お前ら……静かにしろ。これから様子を見に行くのは化け物の城だぞ?」
「あの強さの秘密を知りに」
「けけっやってる事はただの覗きと変わらな……いっで!」
「覗きじゃねぇ。互いの部隊の視察だ視察。」
「いってぇな〜隊長。何もこんな夜中に視察しなくても……。」
「お前たちはあんな負け方して悔しくないのか?」
「悔しい悔しくないの以前にあっしらじゃ逆立ちしたって勝てっこないでしょうよ。」
「何か秘密があるはずだ」
「いや、隊長……それは彼女らの種族が……いえ、なんでもありません」
『この線より先、特別偵察部隊宿舎。無断立ち入り厳禁』
「止まれ。誰かいる。」
「……ありゃ……もう見つかってますね。諦めましょう。」
「そんな馬鹿な……。」
 メレインは偵察に長けた人獣である。環境色に擬態し目以外が隠れることにより普通の人は彼を認識できなくなる。
 これは認識阻害の術式も組み込まれており、カメラやセンサーも彼を知覚することは無い。
 そんな偵察のプロが言うのだ。『見つかっている』と。即ち作戦の失敗を意味する。
「ちっ戻るぞ。」
 ウルフ達は去っていった。
「いい判断だね。その線を越えていたら実力行使が認められていたからちょっと残念だけど。」
「お姉さま?殺しはナシです。」
「わかってるよ。416。彼ら撤退しようとしてるけどどうなの?」
「んー?彼ら線越えていないでしょ?」
「まぁね。」
「なら不問」
「了解。」
『お姉さま。火急のご報告です。』
「420?どうしたの?418が暴走でもした?」
『何でそうなるんでしょうか!?』
『いえ、セルキア聖教国が飛行魔導師連隊を引き連れて前線よりやや後方を空爆。前線兵士の補給が絶たれました。飛行魔導師連隊はその後お姉さま達のいる訓練施設を含む複数の施設を爆撃するつもりのようです。皇帝陛下の迎撃命令も出ています。どう動くかご指示をください。』
「報告ありがとう。では、420指示するね。関係各所に指示、話を通しておいて。」
『はい。お願いします。』
「417、足止めと迎撃を頼むよ。場所は西南西126キロ。ストリア基地が近い。」
「OK。鉄環は?」
「420、連隊の数は?」
『具体的な数字はまだ。ただ、今までにない大規模攻勢との事です。』
「ふぅん。じゃあ417。首の鉄環を外して。」
「了解。じゃあいってきます。」
「420、この攻勢の裏には何かある。調べて。裏の動きへの対処は418、君に任せるよ。」
『了解。』
「424は私と一緒に人獣部隊を動かそう。どうせここには彼らもいる。迎撃には参加してもらおう。」
「了解しましたわ。」
「じゃあ各自、動いて。」
「『了解』」
  久々に首の鉄環が外れた。その開放感を喜ぶと直ぐに416の冷たい竜眼が突き刺さった。
「417?くれぐれも無茶しないように。私は君が大怪我を負うような事は嫌だよ。」
「右腕が回復した状態でそういうセリフ言ってくれると素直に言うこと聞きたくなるんだけど」
 軽口を叩くと今度は竜化した腕から爪が伸び頭に向けられる。
「傷ついてまで助けられる筋合いはない。君は君の身体を、命を大事にする事。良いね?」
「……う、うん。」
 416の声は底冷えのするような冷たい声だ。本気で怒っている。怒っている自分を同時に責めているのだろう。優しい彼女の事だ、人の痛みを自分のように思っていても不思議ではない。
「行ってらっしゃい。」
「……行ってきます。」
 これで大怪我でもしようものなら今度こそ息の根を止められかねないなぁ……。
 なんて腑抜けた考えで戦場に赴いた。転移した基地では既に襲撃を想定した機密処理が行われ、兵士たちがあたふたしていた。
「誰だ貴様!どこから入った!」
 命が脅かされ、緊迫したところに不審な兵士が出たら、まぁ、普通警戒する。
「私は特殊偵察部隊副隊長417です。陛下から迎撃の命令を受領しています。」
 身分証と命令書を見せて何とかその場を凌ぐとすぐさま敵部隊を追った。
『417お姉さま。魔導師連隊が動きを停めました。何かを待っているようです』
「待ってる?何を?」
『やっぱり陽動なんじゃない?417、警戒して。敵の狙いは君かもしれない。』
「私?」
『そう。』
「ならひねり潰すだけ。」
『怪我を追加したら怒るよ?』
「うっ……。」
『418、そっちはどう?』
『西部産業開発道路沿いにドールの大軍を確認。421が今光を集めている状況』
『了解。くれぐれも怪我しないようにね。417みたいな』
「人を反面教師にするのやめてもらえる?」
『嫌なら無傷で鏖殺すればいい。できるでしょ?』
「出来るとやれるは違うんだけど」
『お姉様!前方から魔力反応増大!起動術式解析……。えっ核熱魔法……禁忌ですよね?』
 核熱魔法。それは、原子核を術式にて破壊する魔法。原子核が崩壊した際に発せられる熱量は竜の息吹を超えると言われ世界中で使用、研究が禁止されていたはず……。それを……撃つ気なのか?
この距離で撃てば術士も死ぬのに?
幸い時間のかかる術式のようだが、術士を守るように結界が張られている。近寄ることは出来ない。更には強化人間らしき人間が連携しながら襲いかかってくる。
 時間を止める?否、魔力が荒れ狂っていて、支配するには首だけじゃ全く足りない!
一か八か亜空間転移で全員亜空間に飛ばすしかないだろう。それだって賭けだ。成功率は五分……いやもっと低い。
いつも以上に慎重に、赤子をあやす様に空間を操作する。攻撃は全て躱し、全力を核熱術式の破壊に充てる。
『まだまだよのう』
「誰!」
 クソっ今ので空間が歪んだ。修正を……間に…合え!
『初々。どれ、妾がやろう。よく見て後学に繋げよ。』
 声がした途端、身体の力が抜けていく。意識は残り、体の操作だけが別の何かに操作されていく。
「む?コレは……邪魔じゃな。」
 謎の意識は枷を破壊しようとする。しかし、あれが破壊されれば今度は私の身が危うくなる。
『ダメ!』
「なんじゃ?あんなもんあったら術が使えんじゃろうに……まさかまだ魔力操作が覚束んのか?」
『……。』
「なら教えてやろう。母からの教えじゃ。」
『……母?』
「空間切除は周りの空間をいかに正確に認知するかじゃ。それ自体はできておる。あとは魔力の流し方じゃな。今のままではよく混ざらん。薄く延ばすように、風呂敷で包むように空間に流すんじゃ。」
 使われているのは自分の身体だ。故に何が起きているのか多少は分かる。
「さて、母娘の触れ合いを邪魔する無粋な輩はあの世で己が罪を償うんじゃな。」
 母と言った意識は私の身体を操るとパチンと指を鳴らした。
 すると一陣の風が吹き、目の前から敵が部隊ごと消えた。
『なっ』
 空間と空間の狭間、亜空間と呼んでいる場所に彼らを転移させたらしい。丁度亜空間内で核熱魔法術式が完成したらしく、空間が壊れてしまう様な強い魔力が流れた。
「さて、邪魔者も消えた所で授業の続きを……。何者じゃ?貴様。」
 母の視線の先には白装束姿の人間がいた。
 その人物は特異な面を付け、私の方を見るなりケラケラ笑いだした。
「何が可笑しいのかえ?頭か?気でもふれたか?」
「あー失礼。いやね、神鬼『アマツチ』をこの目で拝む日が来るとは……。我ながら運が無い。」
 神鬼?アマツチ?母と名乗るこの人物のことだろうか?そもそもそれを知るお前は何者なんだ?
泡沫のように考えが浮かんでは消え、全然まとまる気配を見せない。
「ほう?貴様、妾を知る者か……。」
「いやはや。知り合いに貴女をよく知る人がいましてね。」
「はん。大方主神の使いじゃろうに。何をしに来た」
「生首にされては……色々と不都合があるのですが……。」
「主神の人形がこの程度で死ぬものか。今ならまだ機嫌がいい。万が一気が変われば貴様はまだ生きられるぞ?」
 母恐るべし。それにしても……主神?使い?初めて聞く単語がワラワラと……。頭がパンクしそうである。
 む?先程の亜空間から何かが……抜け出した?
『……え、と……母?でいいのか分からないけどさっきの亜空間から何かが……。』
「……聞いたか?」
「……な、何を?」
「愛娘が妾を母と呼んだぞ!?」
「……へ、へぇ……。あ、ちょっ」
「で、なんじゃ?」
『何かが亜空間を抜け出して……。』
「何?ふむ。よもやあの熱量を防ぐとは中々の手練と見るべきか。しかし……動きにくいのう。右腕はガチガチに固めてあるわ枷が付いているわ……。これはあれか?なにかの趣味……」
「はいちょっと黙ろうか!あれ?戻った。」
『むう……時間のようじゃな。何かあれば直ぐに駆けつける故……またな。』
……。嵐のような人?鬼だった。
『417お姉様!?良かった。やっと繋がった……。』
『417?感覚遮断までして……何があったの?怪我?』
「いや……何だろ……何があったんだろ……。」
 既に周囲に敵影はない。先程の生首も母が消えたと同時期に消えた。まるで夢でも見ていたかのようだ……。しかし、ずれた位相にある空間は未だ太陽のような熱を持っている。その事実が核熱魔法を使用されたと証明している。
『取り敢えず、そちらの脅威は無くなったとみなしてこちらに合流して。418の方はどうなってる?』
『421と422があらかた暗殺してくれたおかげで大丈夫そう。』
『了解。そのまま調査を続けて。417は424と合流。皇帝が対策会議したいそうだから私と417はそのまま帝都へ戻ろう。』
「また人をタクシーみたいに……。」
『上官特権って事で』
「はぁ……。了解。この核熱亜空間はどう処理したらいい?今離れたら空間が元に戻ろうとして核熱魔法が炸裂するけど」
『消滅はできない?』
「やってみる」
『怪我しないようにね』
「怪我どころか死の危険すらあるんだけど……。」
『ん?何か言った?』
 背筋が凍るような声音である。
「イエ、ナンデモアリマセン」
『そう。』
 太陽のような空間に挑むのだ。平常心を保たねばやっていられない。亜空間を別な空間に繋げ、ゆっくりと放出すればいいはず。
『聖教国の地下にでも流せば?撃ってきたのは彼らだし。』
「確かに。」
 亜空間の出口をそこに向けるのも一興か……。魔力が足りないけど。
『聖教国の地下までは流石に魔力足りないでしょ。両腕解放していいよ。』
「流石。よく見てる……。」
『よく見てるついでに、戻ったらさっきの状態についても話してもらうからね?よろしく。』
「……。」
『返事!』
「ハイワカリマシタ!」
『よろしい』
 その日、夜闇を切り裂く蒼白い光の柱が観測され、世界を震撼させた。宗教家達は神々の怒りを恐れ、国家は新型兵器の存在を危惧した。その光のあまりの明るさに神々しさを感じたのだろう。観測機器は荒れ狂い、続いて放たれた電磁パルスが電線を焼き切り大規模な停電を引き起こした。
「ふぅ。やりきった。」
『やり過ぎだよ!もう!』
 合流後再び姉にしこたま怒られてしまった。しっかり安全に処理したのに……。
 そして、その事を皇帝に一報入れた後、執務室からすすり泣く声がしたと言う。
 皇帝の頭痛の種がまた一つ増えたようだ。
「おい、イーグル。お前鳥目じゃねぇのかよ」
「ナイトゴーグルさえあれば問題ないかと」
「けけっ。ナイトゴーグル着けた鳥人間ってなんだかな……。」
「メレインあなた居たんですか?」
「やめろ。分かっているのに居ないみたいな扱いは心に響く。」
「貴方こそ私を鳥人間扱いしないでくださいよ。割と傷つくんですよ?」
「お前ら……静かにしろ。これから様子を見に行くのは化け物の城だぞ?」
「あの強さの秘密を知りに」
「けけっやってる事はただの覗きと変わらな……いっで!」
「覗きじゃねぇ。互いの部隊の視察だ視察。」
「いってぇな〜隊長。何もこんな夜中に視察しなくても……。」
「お前たちはあんな負け方して悔しくないのか?」
「悔しい悔しくないの以前にあっしらじゃ逆立ちしたって勝てっこないでしょうよ。」
「何か秘密があるはずだ」
「いや、隊長……それは彼女らの種族が……いえ、なんでもありません」
『この線より先、特別偵察部隊宿舎。無断立ち入り厳禁』
「止まれ。誰かいる。」
「……ありゃ……もう見つかってますね。諦めましょう。」
「そんな馬鹿な……。」
 メレインは偵察に長けた人獣である。環境色に擬態し目以外が隠れることにより普通の人は彼を認識できなくなる。
 これは認識阻害の術式も組み込まれており、カメラやセンサーも彼を知覚することは無い。
 そんな偵察のプロが言うのだ。『見つかっている』と。即ち作戦の失敗を意味する。
「ちっ戻るぞ。」
 ウルフ達は去っていった。
「いい判断だね。その線を越えていたら実力行使が認められていたからちょっと残念だけど。」
「お姉さま?殺しはナシです。」
「わかってるよ。416。彼ら撤退しようとしてるけどどうなの?」
「んー?彼ら線越えていないでしょ?」
「まぁね。」
「なら不問」
「了解。」
『お姉さま。火急のご報告です。』
「420?どうしたの?418が暴走でもした?」
『何でそうなるんでしょうか!?』
『いえ、セルキア聖教国が飛行魔導師連隊を引き連れて前線よりやや後方を空爆。前線兵士の補給が絶たれました。飛行魔導師連隊はその後お姉さま達のいる訓練施設を含む複数の施設を爆撃するつもりのようです。皇帝陛下の迎撃命令も出ています。どう動くかご指示をください。』
「報告ありがとう。では、420指示するね。関係各所に指示、話を通しておいて。」
『はい。お願いします。』
「417、足止めと迎撃を頼むよ。場所は西南西126キロ。ストリア基地が近い。」
「OK。鉄環は?」
「420、連隊の数は?」
『具体的な数字はまだ。ただ、今までにない大規模攻勢との事です。』
「ふぅん。じゃあ417。首の鉄環を外して。」
「了解。じゃあいってきます。」
「420、この攻勢の裏には何かある。調べて。裏の動きへの対処は418、君に任せるよ。」
『了解。』
「424は私と一緒に人獣部隊を動かそう。どうせここには彼らもいる。迎撃には参加してもらおう。」
「了解しましたわ。」
「じゃあ各自、動いて。」
「『了解』」
  久々に首の鉄環が外れた。その開放感を喜ぶと直ぐに416の冷たい竜眼が突き刺さった。
「417?くれぐれも無茶しないように。私は君が大怪我を負うような事は嫌だよ。」
「右腕が回復した状態でそういうセリフ言ってくれると素直に言うこと聞きたくなるんだけど」
 軽口を叩くと今度は竜化した腕から爪が伸び頭に向けられる。
「傷ついてまで助けられる筋合いはない。君は君の身体を、命を大事にする事。良いね?」
「……う、うん。」
 416の声は底冷えのするような冷たい声だ。本気で怒っている。怒っている自分を同時に責めているのだろう。優しい彼女の事だ、人の痛みを自分のように思っていても不思議ではない。
「行ってらっしゃい。」
「……行ってきます。」
 これで大怪我でもしようものなら今度こそ息の根を止められかねないなぁ……。
 なんて腑抜けた考えで戦場に赴いた。転移した基地では既に襲撃を想定した機密処理が行われ、兵士たちがあたふたしていた。
「誰だ貴様!どこから入った!」
 命が脅かされ、緊迫したところに不審な兵士が出たら、まぁ、普通警戒する。
「私は特殊偵察部隊副隊長417です。陛下から迎撃の命令を受領しています。」
 身分証と命令書を見せて何とかその場を凌ぐとすぐさま敵部隊を追った。
『417お姉さま。魔導師連隊が動きを停めました。何かを待っているようです』
「待ってる?何を?」
『やっぱり陽動なんじゃない?417、警戒して。敵の狙いは君かもしれない。』
「私?」
『そう。』
「ならひねり潰すだけ。」
『怪我を追加したら怒るよ?』
「うっ……。」
『418、そっちはどう?』
『西部産業開発道路沿いにドールの大軍を確認。421が今光を集めている状況』
『了解。くれぐれも怪我しないようにね。417みたいな』
「人を反面教師にするのやめてもらえる?」
『嫌なら無傷で鏖殺すればいい。できるでしょ?』
「出来るとやれるは違うんだけど」
『お姉様!前方から魔力反応増大!起動術式解析……。えっ核熱魔法……禁忌ですよね?』
 核熱魔法。それは、原子核を術式にて破壊する魔法。原子核が崩壊した際に発せられる熱量は竜の息吹を超えると言われ世界中で使用、研究が禁止されていたはず……。それを……撃つ気なのか?
この距離で撃てば術士も死ぬのに?
幸い時間のかかる術式のようだが、術士を守るように結界が張られている。近寄ることは出来ない。更には強化人間らしき人間が連携しながら襲いかかってくる。
 時間を止める?否、魔力が荒れ狂っていて、支配するには首だけじゃ全く足りない!
一か八か亜空間転移で全員亜空間に飛ばすしかないだろう。それだって賭けだ。成功率は五分……いやもっと低い。
いつも以上に慎重に、赤子をあやす様に空間を操作する。攻撃は全て躱し、全力を核熱術式の破壊に充てる。
『まだまだよのう』
「誰!」
 クソっ今ので空間が歪んだ。修正を……間に…合え!
『初々。どれ、妾がやろう。よく見て後学に繋げよ。』
 声がした途端、身体の力が抜けていく。意識は残り、体の操作だけが別の何かに操作されていく。
「む?コレは……邪魔じゃな。」
 謎の意識は枷を破壊しようとする。しかし、あれが破壊されれば今度は私の身が危うくなる。
『ダメ!』
「なんじゃ?あんなもんあったら術が使えんじゃろうに……まさかまだ魔力操作が覚束んのか?」
『……。』
「なら教えてやろう。母からの教えじゃ。」
『……母?』
「空間切除は周りの空間をいかに正確に認知するかじゃ。それ自体はできておる。あとは魔力の流し方じゃな。今のままではよく混ざらん。薄く延ばすように、風呂敷で包むように空間に流すんじゃ。」
 使われているのは自分の身体だ。故に何が起きているのか多少は分かる。
「さて、母娘の触れ合いを邪魔する無粋な輩はあの世で己が罪を償うんじゃな。」
 母と言った意識は私の身体を操るとパチンと指を鳴らした。
 すると一陣の風が吹き、目の前から敵が部隊ごと消えた。
『なっ』
 空間と空間の狭間、亜空間と呼んでいる場所に彼らを転移させたらしい。丁度亜空間内で核熱魔法術式が完成したらしく、空間が壊れてしまう様な強い魔力が流れた。
「さて、邪魔者も消えた所で授業の続きを……。何者じゃ?貴様。」
 母の視線の先には白装束姿の人間がいた。
 その人物は特異な面を付け、私の方を見るなりケラケラ笑いだした。
「何が可笑しいのかえ?頭か?気でもふれたか?」
「あー失礼。いやね、神鬼『アマツチ』をこの目で拝む日が来るとは……。我ながら運が無い。」
 神鬼?アマツチ?母と名乗るこの人物のことだろうか?そもそもそれを知るお前は何者なんだ?
泡沫のように考えが浮かんでは消え、全然まとまる気配を見せない。
「ほう?貴様、妾を知る者か……。」
「いやはや。知り合いに貴女をよく知る人がいましてね。」
「はん。大方主神の使いじゃろうに。何をしに来た」
「生首にされては……色々と不都合があるのですが……。」
「主神の人形がこの程度で死ぬものか。今ならまだ機嫌がいい。万が一気が変われば貴様はまだ生きられるぞ?」
 母恐るべし。それにしても……主神?使い?初めて聞く単語がワラワラと……。頭がパンクしそうである。
 む?先程の亜空間から何かが……抜け出した?
『……え、と……母?でいいのか分からないけどさっきの亜空間から何かが……。』
「……聞いたか?」
「……な、何を?」
「愛娘が妾を母と呼んだぞ!?」
「……へ、へぇ……。あ、ちょっ」
「で、なんじゃ?」
『何かが亜空間を抜け出して……。』
「何?ふむ。よもやあの熱量を防ぐとは中々の手練と見るべきか。しかし……動きにくいのう。右腕はガチガチに固めてあるわ枷が付いているわ……。これはあれか?なにかの趣味……」
「はいちょっと黙ろうか!あれ?戻った。」
『むう……時間のようじゃな。何かあれば直ぐに駆けつける故……またな。』
……。嵐のような人?鬼だった。
『417お姉様!?良かった。やっと繋がった……。』
『417?感覚遮断までして……何があったの?怪我?』
「いや……何だろ……何があったんだろ……。」
 既に周囲に敵影はない。先程の生首も母が消えたと同時期に消えた。まるで夢でも見ていたかのようだ……。しかし、ずれた位相にある空間は未だ太陽のような熱を持っている。その事実が核熱魔法を使用されたと証明している。
『取り敢えず、そちらの脅威は無くなったとみなしてこちらに合流して。418の方はどうなってる?』
『421と422があらかた暗殺してくれたおかげで大丈夫そう。』
『了解。そのまま調査を続けて。417は424と合流。皇帝が対策会議したいそうだから私と417はそのまま帝都へ戻ろう。』
「また人をタクシーみたいに……。」
『上官特権って事で』
「はぁ……。了解。この核熱亜空間はどう処理したらいい?今離れたら空間が元に戻ろうとして核熱魔法が炸裂するけど」
『消滅はできない?』
「やってみる」
『怪我しないようにね』
「怪我どころか死の危険すらあるんだけど……。」
『ん?何か言った?』
 背筋が凍るような声音である。
「イエ、ナンデモアリマセン」
『そう。』
 太陽のような空間に挑むのだ。平常心を保たねばやっていられない。亜空間を別な空間に繋げ、ゆっくりと放出すればいいはず。
『聖教国の地下にでも流せば?撃ってきたのは彼らだし。』
「確かに。」
 亜空間の出口をそこに向けるのも一興か……。魔力が足りないけど。
『聖教国の地下までは流石に魔力足りないでしょ。両腕解放していいよ。』
「流石。よく見てる……。」
『よく見てるついでに、戻ったらさっきの状態についても話してもらうからね?よろしく。』
「……。」
『返事!』
「ハイワカリマシタ!」
『よろしい』
 その日、夜闇を切り裂く蒼白い光の柱が観測され、世界を震撼させた。宗教家達は神々の怒りを恐れ、国家は新型兵器の存在を危惧した。その光のあまりの明るさに神々しさを感じたのだろう。観測機器は荒れ狂い、続いて放たれた電磁パルスが電線を焼き切り大規模な停電を引き起こした。
「ふぅ。やりきった。」
『やり過ぎだよ!もう!』
 合流後再び姉にしこたま怒られてしまった。しっかり安全に処理したのに……。
 そして、その事を皇帝に一報入れた後、執務室からすすり泣く声がしたと言う。
 皇帝の頭痛の種がまた一つ増えたようだ。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
2813
-
-
32
-
-
52
-
-
314
-
-
125
-
-
34
-
-
0
-
-
3395
-
-
238
コメント