罪歌の乙女

神崎詩乃

御前会議と殲滅

 皇帝ウィンゲーツ・ウルムシアの前に集った面々が頭を垂れる。
 その重々しい雰囲気の中皇帝が口火を切った。

「頭をあげよ。」

 一言。たった一言だが、重みある言葉が更に集まった連中を締め上げる。

「報告は聞いている。防衛省、エルメダ湾の守備はどうなっている?」
「はっ現在三五師団が守備に当たっております。」
「フェラルド技術相。なぜ笑っている?お前からの報告をまだ受けていないが」
「いえ。可愛らしいご尊顔だなと思いまして。」
「なっ」

 冷ややかな視線がフェラルドを突く。フェラルドはどこ吹く風と受け流すとそばに控えていた私に発言を促した。
「特殊偵察部より報告です。」
「なんだ貴様。まずは名乗ったらどうだ?」

 小太りな将校がふんぞり返って口を挟んだ。彼は野心家で皇帝の椅子すら狙う身の程知らずだが、何よりもタイミングが悪かった。
「失礼。特殊偵察部部隊長416です。現在我が部隊は聖教国南部の山岳地帯にて攻撃を受けています。そこで極めて異質な兵器の痕跡を発見致しました。」

 議会は静まり返っている。先程発言した将校に至っては泡を吹いて倒れている。
 大体フェラルドが悪い。彼は殺気を一点集中で放ち、彼を気絶させた。だが、そんな濃密な殺気の気配を見逃す者はこの場にいない。
「どんな兵器だ?」
「報告によると魔術工房が複数展開されていると」
「は?そんなわけ……い、失礼。意見よろしいか?」
「ギルムス中将か。発言を許可する。」
「魔術工房は英知の結晶とも言える大魔術。それを複数展開?馬鹿げている。そんな戦力を注ぐほど南部に重要な拠点があるのか?」

「いえ。ありません。我々の部隊は輸送路の破壊任務に就いている際に兵器の痕跡を知ったまでです。」
「兵器はどんな物なんだ?」
「今はまだ魔術師不在で魔術工房を複数展開し、広範囲をカバーしているとしかわかっておりません。」
「ま、魔術師不在!?」

 一言でザワつきだす議場。魔術相の高官とフェラルドの部下が急に話し合いだし、私は暇になってしまった。
『暇になったんだけど、417たちの様子はどう?』
『お姉様。今417お姉様に繋ぎます。』
 会話していたらしく視界の共有情報を見れた。
「それ、材料として人間が使われている感じ?」
『あれ?416もう会議終わったの?』
「あれはもう会議とは言えないよ。話す気力が失せたからこっちに参加させてもらった。」

 兵器に人間を使うのが好きな国だなぁ……。やれやれ。また会議が荒れそうだ。

「失礼します。今しがた現場より報告がありました。例の新型兵器の材料に人間が使われているようです。」
「なっ……。ドールに引き続き魔術工房にも人間が……。」
「416、サンプルは?」
「確保して現在輸送中のようです。」
「417の状況は?」
「敵約二千に囲まれ、撤退は困難を要する。と」
「そうか。」
「リミッター解除申請があったので右腕か左腕のリミッターを解除しました。」
「分かった。」

 回線は繋げっぱなしなので妹達の高揚が伝わってきた。
「手加減しちゃって……。」
「何かあったのか?」
「『槍』を出したそうです。」

 将校達は恐慄いている偵察部隊が敵二千に囲まれ無事帰還できるものなのかと。
あの子らはたった二人で二千人を片付けようとしているのに……。
 その目には恐怖が色濃く出ている。もう暫く経つと敵国のスパイに扇動され我々を疎み出すだろう。強い力は敵に向かう分には良いが自分たちに向けられないと言う保証はない。

 議会はそのまま静まり返り、陛下の指示を聞いた後、解散となった。

「フェラルド、416、貴様らは残れ。」

  陛下は私とフェラルドを残すと脱力した感じでいつも被っている皇帝の仮面を脱いだ。
「あぁ、疲れた。フェラルド、お前もう少し場の空気を読んでもらえる?」
「あれはあの将校が悪いだろ。」
「お前が私を煽った時点で冷ややかな視線を送られてただろうが」
「知らないな。」
「あと、416。417は何を出したって?」
「『槍』です。アーカイブで見て作ったと。」
「……。では武器を持って手加減とはどういうことだ?」
「彼女の力は知っての通り物を簡単に破壊します。」
「耐圧隔壁を拳一つで破壊するもんね。」
「は?」
「そんな彼女が武器を持つという事は『武器を壊さないように配慮する』という事になります。」
「無茶苦茶な……。」
「それに彼女の戦い方は破壊による足止めと剛腕による近接戦闘。だから武器による間合いや力加減を勉強するいい機会だ。」
「実質彼女の打撃に耐えられるのは私と424だけですからね。」
「改めて君らの戦闘力を恐れたよ。つまり反旗を翻されたらどうしようもないということだな。」
「僕は彼女らの味方だよ。」
「人類の裏切り者め」
「勘違いは良くないよ陛下。僕は人間ではない。だから人類の裏切り者にはならない」
「悪魔め。」
「まぁ、私たちが理由もなく反旗を翻すことはありません。そこはご安心ください。」
「反旗を翻す前にその旨を文書にて告発しろよ?頼むから。」 

「フェラルド?油を売っていないでさっさと解析班に合流しなさい。416、あなたも司令室に」

 鬼の形相を浮かべたオルトリンデに急かされ、司令室に戻ると妹達がはしゃいでいた。

「これは一体……?」
 画面中央では417が暴れ、そこら中血の海となっている。恐らく同行している422の視界なのだろう。
「お姉様。おかえりなさいませ。依然417お姉様と422が敵輸送大隊と交戦中。422だけお姉様と一緒で狡いとの声もあり、こうして表示しています。」
「そうなの……。また……派手に……。」
「416姉様。あの槍ですが何かあるのですか?」
 423が捕虜の目を覗きながら聞いてきた。彼女は彼女で仕事があるらしい。
「417が作った武器だよ?何も無い方がおかしい。」
「ははは。そうですね。」
『ちなみに聞こえていますからね?423。尋問はどうなっていますか?』
「422姉様?今三人目に取り掛かっています。」
「422。あと何人くらい?」
『あと30……いや、あと10人になりました。』
「そっか。終わったら418達に合流して帰還して。」
『了解致しました』

 やれやれ本当に私の妹達は好戦的すぎていけない。敵の数約二千を二人で退けるなど……いや、既にもう夜。422の特性は生かしきれない。それをふまえると417一人で二千人を相手にしている計算になる。相手が素手なら身体能力に優れた私たちが勝ち得よう。だが、相手は相手で銃火器にて武装している。それを普段持たない武器を持って、手加減して相手しているのだ。


 映像を見ていて一つ気付きがあった。
「帰ってきたら……疲れてるだろうから寝かせてやってね。」

 龍の目は全てを見通すと言われている。
 その龍の目にはっきりと417と422の魔力残量が見えていた。
 417に至っては既にほぼ枯渇し、周囲から掻き集めてようやくたっているような状態である。鬼という特性上角で周囲から魔力を集めることは出来るが今は自転車操業になっている。

「えぇ。お姉様達は無茶し過ぎです。」
「418、聞こえてる?417達が戻ったら寝かせてあげて。相当疲れてるから。」
『了解しました。じゃあ最上のベットを用意しておきますよ』

 そんな会話をしているうちに戦闘は終わったようだった。
『……やっと終わった……。』
「お疲れ様417。ねぇ、気になったんだけどどうして相手は逃げなかったの?」
『逃げたくても逃げられなかったから。』
「まさか……。」
『逃げ道を塞いで殲滅したから……疲れた。』
「呆れた。早く418達に合流しな。今襲われたくはないでしょ?」
『あぁ。分かった。』

 どうやらあの子は空間を操作してこの処刑場を作り、殲滅していたらしい。そんな事をしたら魔力切れを起こしても仕方がない。

 本当に……目が離せない子である。

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