最果ての闇

黒猫

悠日戦愁

三十分後、家へ帰った冬香は豪から驚くべきことを聞かされた。二日後に冬香と試合予定だった冷徹の奇術師こと八神威舞季が貧民街の路地裏で何者かによって惨殺されたらしい。二日後の試合は中止となり、よって序列二位は空位となるはずだったが不戦勝という形で冬香が序列二位となった。
冬香としてはいまいち釈然としないものが残ったが、おきてしまったことは仕方がない。豪はこの事件を捜査するため家に居らず今、この家に居るのは冬香だけだ。この事件は冬香も興味のあることだったので一緒に捜査させてほしいと頼んでみたところ明日には犯人の目星がつくかもしれないとのことだったので今日は身体を休めることにした。
翌日、豪から連絡があり調査してほしい建物があると言われた建物へ調査に向かい、現在に至るというわけだ。自分が捨てられてからの一連の出来事を思い出した冬香は確かな怒りを感じていた。母親への憎しみが止められないのだ。それもそうだろう。冬香が闘う道を選ぶことになったのも殺人を犯すことになったのも全ては母親のせいなのだから。復讐の意思を固めた冬香はゆっくりとその場を後にした。

冬香は家に帰ると真っ先に豪の部屋へ向かった。母の居場所を聞きたいと思ったのだ。もう冬香は覚悟を決めている。豪の部屋の扉を開くと豪はソファで傷の手当てをしていた。だが、そんな状況は気にも止めず冬香は口を開く。
「ねぇ、豪。お母さんの居場所教えて」
冬香は感情を一切感じさせない声でそう言った。
「突然どうした?美晴に会いたくなったのか?」
「うん。だから居場所教えて」
豪はそんな冬香を見て教えるべきかどうか迷った。だが、教える気になったのか近くにおいてあった紙とペンを手に取るとその紙に居場所を書き込んでいく。
「これが美晴の居場所だ」
豪はそう言って紙を冬香に渡した。
「ありがとう」
そう言う冬香の声には何かを覚悟しているようなそんな色が滲んでいた。

翌日。冬香は豪から貰った紙に記されていた場所を訪れていた。そしてその場に立っていたのは…
「お母さん…」
そこにいたのは紛れもない冬香の母、如月美晴だった。
「どうしてあなたがここにいるの?冬香」
「お母さんを殺すためにここに来たの。居場所は豪に聞いた」
冬香は冷たい瞳でそう返す。
「本気なの?」
「もちろん」
冬香の瞳に迷いはない。
「どうして?私があなたを捨てたことを恨んでいるの?」
「その通りよ。私は仮にどのような理由があったにせよお母さんを許すことは出来ない!」
冬香はそう叫ぶと一気に美晴の間合いへ踏み込み短刀で美晴の腹部と首筋を斬り裂いた。傷口から血飛沫があがる。この速度なら美晴に躱せないはずの無い一撃だったが美晴は抵抗することも反撃することもせずに膝をつく。冬香の瞳に驚愕が浮かんだ。
「どうして…?どうして躱さなかったの?」
美晴は大量に血を流しながらも冬香へ優しい笑みを向ける。
「だって…私は実の娘であるあなたにしてはいけないことをしたんだもの。躱す資格も…権利も…私にはないわ」
冬香はその言葉に瞳を見開くがそんな冬香を意にも介さず美晴は話を続ける。
「あなたを傷つけて…苦しめて…本当にごめんなさい。あなたを捨てた私には…あなたの怒りを受け止めることしかできないけれど…今更だと思われるかもしれないけれど…私は…あなたのことが嫌いだったわけではないのよ」
「それなら…それならどうして私を捨てたの 」
冬香の瞳に涙が滲む。
「私は…仕事でたくさんの人を殺めてきたから…警備隊に目を付けられてしまって…そのことであなたに迷惑がかかったらいけないと思って…」
初めて聞かされる真実に冬香の瞳から涙が溢れ出した。
「お母さんは…私のことを考えてくれていたの?」
「私は…そのつもりだったの。でも結局はそれが裏目に出てしまって…あなたを苦しめる結末になってしまって…本当に申し訳なく思っているわ。どんなに謝っても私の犯した罪は消えない…でも最後にこれだけは言わせて。生まれてきてくれて…ありがとう…」
美晴はその言葉を最後に息を引き取った。
冬香には美晴の亡骸に縋り付き泣きじゃくることしか出来ない。
「ごめんね。お母さん…私もすぐ行くね」
冬香はそう言うと手にした短刀で己の心臓を刺し美晴の隣へ寄り添うような形で…絶命した。



これは母の愛も父の愛も知らず失意と悲哀、そして僅かに残った温もりの中で十一年という短い人生を終えたある一人の孤独な少女の物語だ。







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