最果ての闇

黒猫

鳳凰乱舞

聖が短刀を構え、一気に距離を詰めてくる。冬香はバックステップで躱すと片手で銃を取り出し聖に向かって発砲した。予想外の攻撃に聖は瞳を見開いたがすぐ横に転がって回避すると鋭い突きを繰り出す。
しかし冬香はその攻撃を簡単に躱し下段から聖の腹部目掛けて斬り上げる。鵜宮流剣術、朧月だ。聖は真っ向から冬香の剣を受け止めると力の流れを変え上段から斬り下ろす。
冬香はかろうじてその斬撃をいなすが力の差は明白だ。黒猫機関序列十一位は伊達ではないらしい。だが、冬香の瞳は聖の隙を見つけていた。
聖は片手で剣を振るっているので微かに攻撃が遅い。その隙を利用して冬香は聖へ連続攻撃を繰り出す。上段からの攻撃を下段から受け止めるとそのまま刀を切り返し上段から斬り下ろすと体を回転させ横薙ぎに斬りはらう。
流石の聖もこれは凌ぎきれず腹部から鮮血が舞い散る。それからも冬香は右袈裟に斬り下ろした後下段から斬り上げる堅雪、上段から斬り下ろした後下段から斬り上げる残雪という鵜宮流の剣術を連続して聖へと叩き込む。たまらず聖は距離を取るがそれを許すような冬香ではない。
一度、呼吸を整えると一足飛びで聖の間合いへと飛び込みナイフを二本投擲する。冬香の投擲したナイフのうち一本は狙い違わず聖の片目を潰したがもう一本は頬を微かに切り裂いただけだ。だが、これで冬香の方が優位になったのは紛れもない事実である。
それでも冬香が気を抜くようなことはない。実際、聖は自分の瞳に突き刺さったナイフを引き抜くと刀を構え冬香を見据えていた。まだまだ冬香にも聖にも余裕がある。
決着がつくのはどちらかが耐えきれなくなった時だろう。冬香がそんなことを考えていたまさにその時、聖はいきなり冬香の胴を刀で薙いできた。冬香は後ろに飛んで回避すると上段から聖の肩を目掛けて斬り下ろす。だが聖も後ろに飛んで回避し冬香の肩を刀で突く。
冬香は回避しようと試みたが聖の動きが一歩早い。しまったと思った時には既に遅く聖の刀は冬香の肩へ深々と突き刺さっていた。耐えきれずに膝をついた冬香へ聖が畳み掛ける。
冬香は諦めずバックステップで躱すと片手で刀を支え、呼吸を整えた。力の差は明白で相手には油断も慢心もない。それでも冬香は止まらなかった。
冬香を動かしているのは勝利への執念だ。浅ましくみっともない意地だ。豪が、新が積み上げてきたものを冬香は知っているし実際に見てきた。
それは冬香の世界にも確かにあってそれが今の冬香の力だ。冬香は覚悟を決めると聖の間合いへ踏み込み刀を横薙ぎに斬りはらう。だが、聖はその斬撃を受け流し逆に冬香へ上段から攻撃を仕掛けた。
聖の攻撃を受け損ねたことにより冬香の刀が澄んだ鈴の音のような音を立てて砕け散る。が、冬香は厭わず足に力を込めて聖の間合いへ飛び込む。根本一寸残っていればそれで十分だ。聖が驚愕に瞳を見開いたその刹那、風が走った。
そして次の瞬間、冬香の刀は聖の首筋へ突きつけられている。
「私の勝ち」
冬香は静かに己の勝利を告げた。
「参りました、完敗です。先程、横薙ぎに切り払ったあの技は囮だったのですね?」
聖は弱々しい苦笑を浮かべるとそう問う。確かに冬香が使ったあの技は聖を油断させるための囮だった。冬香は微かに笑むと答えを返す。
「勝つためにはああするしかないと思ったの。一か八かの賭けだったけどね」
「なるほど。誘導されていたのは私の方でしたか」
聖はそっと瞳を閉じたがすぐに開くと冬香へこう言った。
「これで黒猫機関序列十一位の座はあなたのものです。おめでとうございます」
聖の瞳には若干の悔しさが滲んでいたがその言葉に悪意はない。少なくとも冬香にはそう感じられた。
「ありがと。でも私は序列二位を目指してるから。あなたもまたすぐに序列入り出来るでしょ?」
「そうですね。また序列入りしたいところです。あなたとも、いずれかはもう一度お手合わせして頂けますか?」
「うん、いいよ。また闘う機会があったらね」
冬香は優しく笑ってそう言うと会場を後にした。

そして冬香が控え室へ戻ると豪は携帯端末を操作し、何かの資料を読んでいる最中だった。だが、冬香に気が付くとすぐ冬香へ向き直る。
「まさか本当に勝ってしまうとはな。正直、驚いたぞ」
「結構、危ないところだったけどね。実際、かなりの重症だし」
冬香はそう言っているがそこには確かに喜びの色が感じられた。
「それでも勝利には違いない。次の試合は三日後だが出場するか?」
「うん、出場する」
正直、傷は決して浅くない。だが、この程度の傷で闘えないなどと言っているようでは冬香の剣が母に届くことはない。冬香はそう分かっていた。
だからこそ冬香は次の試合にも出場することを決めたのだ。
「分かった。手続きはこちらで終わらせておく」
「でも、次の試合はどうしよう」
冬香はそう言って己の刀へと目を向ける。今回の試合で冬香の刀は折れてしまった。修理に出しても三日後の試合には到底、間に合わない。
「刀が無くともお前ならどうにかなるだろう。それでも不安なら鵜宮にでも借りればいい」
「そっか。新も刀は持ってたし、明日借りに行ってもいい?」
「ああ、構わない」
冬香は携帯端末を取り出すと新へ電話をかけた。

翌日。冬香は新の店で悪戦苦闘していた。新に刀を借りたいと言うと新は快く了承してくれたもののなかなか自分に合った刀がないのだ。
新の刀はどれも大きく冬香が使うとなるとどうしても攻撃の度、無駄が生じてしまう。
「ねぇ冬香ちゃん。これでもう三十分は経ったよ?もういっそ違う武器でも使ったら?」
新は最早疲れ果てていた。
「うん、確かにもう諦めたほうがいいかも」
冬香もそろそろ諦めたようだ。確かに三十分も刀を選んでいればそうもなろう。
「でも冬香ちゃんの次の対戦相手って確か黒猫機関序列二位、冷徹の奇術師こと八神威舞季でしょ?」
「そうだけど…何か問題でも?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、とことんえげつない闘い方するから気を付けた方がいいよ」
「そうなんだ。忠告ありがとう」
冬香はそう言って健気に笑うが新の表情はどこか晴れない。
「試合映像ぐらいは見ておいてね。後、多分肩の傷を狙ってくるから気を付けて」
「うん、分かった。それじゃ私はそろそろ帰らないとだから」
冬香はそう返すと新の店を出て家路についた。

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