最果ての闇

黒猫

開口一番

今にも倒壊してしまいそうな建物に銃声が響き渡る。およそ二十人程の男達は一人の少女を仕留めようと悪戦苦闘していた。対する少女は繰り出される銃撃を次々と刀で受け流していく。
男達の攻撃は一切少女に当たらないにも関わらず、少女が放った斬撃は外れることを知らない。襲いかかってきた男の腹部を真一文字に薙ぐ。切り裂かれた腹部から鮮血が飛び散った。
それからも少女の斬撃は衰える事を知らず気が付けば二十人程いた男達は一人残らず少女に斬り伏せられていた。
自分以外、誰もいなくなった建物で少女は一人物思う。何故、自分は殺人を犯すようになってしまったのか。何故、闘うことになったのか。その原点を思い出していた。

貧民街の路地裏で少女が泣いている。少女の名は如月冬香。冬香は遠ざかっていく母親の後ろ姿を見ながら泣きじゃくっていた。
「嫌だよ…捨てないで…私、いい子にする。いい子にするから…お願い…私を一人にしないで…」
冬香の必死の懇願が母親に届くことはない。もう、見えなくなってしまった母親の後を追うこともせず、冬香はただただ、泣いていた。
一時間ほど泣き続け、冬香はふと我に返る。これからどうすればいいのか。母親に捨てられてしまった以上、家にはもう二度と帰れないだろう。まだ幼い頭で考え抜いた末に冬香は貧民街の大通りへと出てみることにした。
だが、貧民街へ来たことのない冬香には大通りへと続く道が分からない。冬香が今いる場所に冬香以外の人間は誰もいなかった。助けを求められる相手はいない。そう感じた冬香は行く宛もなく歩き出す。
普通なら心が折れてしまいそうな状況だが、冬香の瞳には絶対に生き抜いてみせるという確固たる意志があった。涙に濡れたその瞳に負の感情は一切ない。一人で生き抜く事を覚悟した冬香の足取りは今までとは違い、一歩一歩をひどく確実なものにしていた。

三十分ほど歩き続け、ようやく大通りへと抜けた冬香はそこで衝撃のものを目撃することになる。その大通りで暮らしているであろう貧民街の住人達は皆、瞳に光というものが存在していなかった。生まれて初めて死んだ魚のような目をした人間を見た冬香は先程までの覚悟が途端に消え失せていくのを感じた。
自分は本当にここで生き抜くことが出来るのだろうか。そんな不安が冬香の心を取り巻き始める。それから少しの間、呆然としていた冬香だがこの光景を見ていたくなくて今来た道を引き返し始めた。あの大通りから早く離れたい一心で冬香は走り続ける。
だが、その選択が冬香の人生を大きく狂わせることになってしまう。泣きながら走っていたせいで前がよく見えず前方から歩いてきた男と思い切りぶつかってしまった。
「ぁ…ごめんなさ…」
冬香はか細い声で謝ったが、男の冷たい眼光に萎縮してしまう。男はその瞳を微塵も揺るがす事なく冬香を見下ろすと、「お前…名前は?」と冬香に問った。
冬香は震える体を必死で押さえつけ、「冬香…如月…冬香」そう答える。
「如月冬香?まさかお前…如月美晴の娘か?」
男は少し驚いたような顔をしてもう一度冬香に問う。
「お母さんのこと…知ってるの?」
冬香も驚いたように聞き返す。
「あぁ、お前の母親とは仕事仲間だ」
その言葉に冬香は目を見開く。なぜなら冬香の母は冬香に仕事のことだけは全く教えてくれなかったからだ。子供ながらに知られたくないこともあるのだろうと、そう思った冬香はあまり母に仕事のことについて聞いたことはない。だが、疑問に思わなかったわけでもないのだ。
母は仕事に行くと二日間以上帰ってこないことも多かった。家に一人きりで寂しかった冬香は一緒に連れて行ってほしいと母に頼み込んだこともあったがどんなに頼んでも一緒に連れて行ってくれることはなかった。母の仕事について聞くには今しかない。そう感じた冬香は男に母がどんな仕事をしていたのか聞いてみることにした。
「お母さんはどんな仕事をしていたの?」
すると男は少し考える素振りを見せたあと、口を開いた。
「子供が知っていていいようなことじゃねぇ」
冬香はその言葉にしばし硬直する。だが、例え私が知っていていいようなことではなくとも勇気を出して聞いてみたのだ。そう簡単に諦められるわけがない。そう思った冬香はすぐに言い返す。
「どうしても知りたいの。お願い、教えて。どんな答えでも構わないから!」
冬香の必死さに、男は教えるべきかどうか迷った。正直、子供にはあまり教えたくない話だ。だが、ここまで本気で教えて欲しがるのなら教えておいたほうがいいのではないか。迷っていた男だが答えはやはり本人に決めさせるべきだろう。そう判断して男は冬香に問を投げる。
「聞いたあとで後悔することになっても、それでも聞きたいのか?」
「うん、聞きたい」
冬香は迷わず即答した。男も冬香の答えに頷き、口を開く。
「お前の母親の仕事は…」


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