勇者の魂を受け継いだ問題児
*深窓の氷姫―5*
ザーー。
洗面所の方から聞こえてきた僅かな水の音で、ルセリアは目を覚ました。
そして、そのままベッドから身体を起こし、枕元にある時計で時刻を確認すると、
「……あら、もうこんな時間……」
最近は忙しかったからだろうか。
普段は自然と5時には目が覚めるのだが、時刻は既に朝の6時を回っていた。
そんな事を考えていると、一人の少女が洗面所からひょっこりと顔を出した。
「あっ、副会長。おはようございます」
タオルで髪の毛を拭きながら洗面所から出て来る。
その少女に向かって、ルセリアもあいさつを返す。
「おはよう、アイリ。今日は随分と早起きなのね」
―――アイリ・レイバース。
鮮やかな桜色の短髪と瞳が特徴の小柄な少女。
生徒会の書記を務めており、ルームメートでもあるルセリアの後輩だ。
「そういう副会長も珍しいですね。こんな時間まで―――って、どうしたんですか副会長!?」
「……えっ?」
なぜか私の顔を見て驚いたように言うアイリ。
一瞬何の事だか分からなかったのだが、すぐに自分の目から涙が流れていた事に気がついた。
「……ど、どうかされたんですか?」
心配そうにそう尋ねてくる。
それにルセリアが涙を拭って、安心させるように微笑んだ。
「何でもないわ。ちょっとだけ欠伸が出ちゃっただけよ?」
「……そ、そうですか……?まぁ、確かに最近は実技試験の影響などで何かと忙しいですからね。今日は折角のお休みなので、副会長はゆっくり休んでください」
「ええ。ありがとう」
それにルセリアが首肯し、ベッドから立ち上がって洗面所へ向かおうとした瞬間、突然アイリがルセリアの鼻先に人差し指を突き付け、
「く・れ・ぐ・れ・も!今日はお身体を休めてくださいね!? 副会長は私が目を離すとすぐに無理をされるんですからっ!」
「え、ええ。善処するわ……」
有無を言わせぬアイリの気迫に、生徒会副会長であり、学院の女子生徒『最強』の実力を誇るあの深窓の氷姫の表情が、やや強張る。
自分では別に無理をしているつもりなどないのだが……どうやら彼女の目から見て私はかなり無理をしている、らしい。
クシで髪をとかした後、ドライヤーで髪を乾かし始めたアイリを見つめながらそんな事を考える。
するとその視線に気づいたのか、アイリがこちらを見据えて、
「…………? お風呂でしたら、ちょうど私が使ったばかりなのですぐにでも入れますよ?」
「…………」
何を勘違いしたのか、アイリがそんな事を言ってきた。
勿論、そんな事を言われなくてもお風呂には入るのだけど。
「……ねぇ、アイリ」
「……はい? 何ですか?副会長」
急に神妙な面持ちで呼び掛けてくるルセリアに対して、ドライヤーの電源を切ったアイリが首を傾げる。
「アイリは―――」
「…………?」
「……っ……」
すると、ルセリアは言いにくそうに一瞬俯いた……かと思ったらすぐに顔を上げ、
「……や、やっぱり何でも無いわ」
「…………。……え? ええーっ!? そりゃないですよ副会長ー! めちゃめちゃ気になるじゃないですか!!言ってくださいよーーっ!!」
「無いったら無いのっ! ほ、ほら!今日は友達とお出かけする日じゃなかったの? 早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
「わ、わかってますよっ! ……な、なんかあからさまに話を逸らされた気が……っとと」
そんな事をブツブツ言いながらも、可愛らしいフリルのついた洋服に着替え始めるアイリ。
「…………」
「それでは行って参ります。 副会長?くれぐれも―――」
「わかってるわよ。気をつけて行って来なさい」
「はいっ!」
ルセリアの言葉に、アイリは何故か敬礼で応じ、颯爽と部屋を飛び出していった。
「…………」
ルセリアは暫くアイリが出ていった玄関を眺めた後、洗面所ではなく、部屋の端にある自分の机に向かった。
そして、机の引き出しの中から四角い箱を取り出し、その箱を開けてみると、その中身は綺麗な蒼い宝石が取り付けられたペンダントだった。
それは10年前、6歳の誕生日を迎えたルセリアが、姉のルキリアから貰った誕生日プレゼント。
そのペンダントを眺めながら、ルセリアは呟いた。
「……どうして、今更あの時の夢なんて見たのかしら?」
―――私の全てを、失った日。
あの日以来、姉さんには一度も会っていない。
あの時、姉さんは必ず来ると言った。
だが、どれだけ待っても姉さんが帰って来ることはなく……私は一人になった。
何となく胸騒ぎはしていたのだ。
ここで別れたらもう二度と会えなくなってしまうんじゃないかという、妙な胸騒ぎ。
しかし、姉さんは私に対して一度も嘘を言った事もなければ、約束を破った事もない。
なら、何か理由があるのだろう。
姉さんは強い。
それに、あの赤髪の悪魔は確かに倒したのだ。
―――絶対にいつか必ず帰ってくる。
そう信じて、気づけば10年だ。
後悔してないと言えば嘘になる。
だからといって、後悔したところで姉さんが帰ってくる訳でもない。
そう自分に言い聞かせ、自分に出来る事をやり続け、達成感と自己満足で、この『感情』を押し殺して来た。
だが―――あの夢のせいで、また思い出してしまったのだ。
『寂しさ』という感情を。
「……姉さん、今、どこで何をしているの……?」
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