勇者の魂を受け継いだ問題児
*深窓の氷姫―3*
「ルセリア!逃げろ―――ッ!!」
「……っ……!」
ルキリアが叫んだ。
ルセリアも分かってはいたのだ。
ここに自分がいても、何も出来ないのだと……。
だが、両親の死で憔悴しきった上に、突然現れた悪魔。
全てが突然すぎて、まだ身体が動かなかった。
「……チッ……!」
いまだに動けないルセリアを見て、再びルキリアが舌打ち。
そして、ルキリアが悪魔に向かって斬りかかった。
「―――くたばれぇッ!!」
神速の斬撃。
先程よりも速く、鋭い攻撃が、悪魔を襲った。
普通の人間には躱す事など不可能。
―――しかし今、ルキリアの目の前にいたのは、人間ではなかった。
「……フン。無駄じゃ」
ルキリアの神速の斬撃を、いとも容易く躱されてしまう。
「…………」
だが、これは陽動。
躱される事など想定済みだ。
ルキリアの攻撃は終わらない。
降り下ろした右手のナイフを手放し、透かさず反対の手でキャッチ。
今度は左手で、悪魔の頸動脈へとナイフを走らせる。
この攻撃が本命。
予め予測していなければ、絶対に躱す事など出来ない。
―――だが。
「はぁ……だから、無駄だと言っておるじゃろうが」
「―――ッ!」
ルキリアは、目にも止まらぬ速さで死角から攻撃した。
―――はずだった。
だがこの悪魔は、それら全てを見通していたとでも言うように、嘆息しながら、ルキリアの左腕をいとも容易く掴んだのだ。
「姉さん―――ッ!!」
ルセリアが叫ぶ。
「く、っ……!」
「……ほれ、妹にまで心配されておるぞ? そろそろ諦めい。妾もいい加減疲れたわ……」
「―――だったら私の目の前からさっさと消え失せろォッッ!!」
ルキリアの怒号。
それと同時に、ルキリアの右手が黒く光った。
―――その、刹那。
「―――ッ!!?お主……ッ!?」
「姉さん―――!?」
ルセリアと悪魔が同時に驚愕した。
「…………」
―――悪魔が掴んでいたルキリアの左腕が、そこから離れたのだ。
悪魔の手から、ではない。
ルキリアの身体……肉体から、切り離されたのだ。
「……っ……」
それで悪魔が一瞬、ほんの一瞬だけ怯んだ。
だがルキリアには、その一瞬で充分だったのだ。
「―――終わりだ」
ルキリアが冷たく、そう呟いた。
そして、先ほど自分の左腕を切り離した魔法で、今度は悪魔の首を、刎ねた。
「…………」
バタッ、と、悪魔がその場に倒れた。
ルキリアは暫く、倒れて動かなくなった悪魔を睨み付ける。
そして数秒後―――。
「……ッ、くっ……!!」
ルキリアが苦悶の表情を浮かべ、無くなった左腕の切り口を、右手で押さえた。
「姉さん!!」
脂汗を流しながら踞る姉に駆け寄るルセリア。
「……くそっ……!」
切り口からは次から次へと止まる事なく流れてくる。
それを見てルセリアが絶望した。
「……私の、せいで……」
あの時、逃げろと言われた時に逃げていれば、こんな事にはならなかったのではないか?
私がいなければ、姉さんはあの力を使って―――。
そんな考えが脳裏を過る……だが。
「違う」
「……え?」
ルキリアがそれを否定した。
涙を浮かべて俯いていたルセリアが顔をあげる。
すると、優しく微笑んだルキリアが続けた。
「お前のせいではないさ。私が油断しただけの事だ」
「…………」
「……そんな事より、怪我はないか?」
そう、問うてくる。
自分は片腕を無くしているにも関わらず、自分ではなく、まず妹の心配をしてくる。
今までだってそうだった。
いつも、いつも私は姉さんに心配をかけて……迷惑をかけて……守られて……。
ルキリアの問いに、私は小さく、コクリと頷く。
それを見たルキリアが、安心したように微笑んだ。
そんな姉に、自分が唯一できる事は……。
「……姉さん、少し腕を見せて?」
「…………?」
小首を傾げて、ルキリアが腕を伸ばしてくる。
勿論そこにはもう腕などないのだが……。
そこから流れ続ける赤い血を見て再び罪悪感に襲われるが、そんな事など言ってはいられない。
ルセリアが切断部に手を伸ばし―――。
「姉さん、少しだけ痛いかもしれないけれど……」
「…………」
そこでルセリアが何をしようとしているのかを察したのだろう。ルキリアが頷く。
それを確認し、ルセリアが魔法を唱えた。
すると、ルキリアの切断部から流れてくる血が、ルセリアの氷によって止血された。
「……すまない。助かった」
「うん。それよりも……」
ルセリアが向き直り、先ほど質問しようと思っていていた事を口にする。
「姉さん。……これは一体、どういう事?……どうして悪魔が私達の家に?」
「…………」
ルキリアが黙る。
だが、ルセリアは大体の見当はついていた。
先程のルキリアの言葉……。
"襲撃された……。理由は分からんが、奴等の狙いは恐らく、私だ"
姉さんが狙われる理由。
恐らくそれは―――。
「……あの力と、何か関係あるの?」
「…………。……ああ、恐らくな……」
「…………」
ルセリアの問いにルキリアが首肯。
「この事はお前にしか言ってなかったんだがな。……どういう訳か、悪魔にも気づかれたようだ。……まぁ、時間の問題ではあったのだがな」
「…………。……死神の恩恵……」
「…………」
ルセリアが呟いた言葉に、ルキリアが一瞬眉をひそめる。その後、自虐的に笑いながら呟いた。
「……なぜ、こんなモノが私に発現したんだかな……」
「っ!……ごめんなさい……」
そんな姉の様子を見て自分の失言に気づき、ルセリアがとっさに謝った。
「ふっ、お前が謝る事じゃないだろう?」
「…………」
魔法には大きく分けて三種類ある。
一つ目は【属性魔法】。
属性魔法とは、火や風などの一般的な魔法である。
属性魔法に関しては、その者の努力や才能次第で幅広く扱う事のできる魔法だ。
そして、二つ目は【固有魔法】。
固有魔法に関してはかなり特殊で、その人物の過去の経緯や経験などで使えるようになる事があるらしい。
例えば、『後悔』や『絶望』などの大きな〈負の〉心のショックなど。
そして最後に、【神格魔法】。
神格魔法に関して言えば、もう魔法などという概念を遥かに超えた "力" の事だ。
神格魔法を扱える者は『神に選ばれし者』とも謂われ、体のどこかに『神紋』という痣が浮かび上がる。
簡単に言えば、神々に匹敵する力を扱えるということだ。
神紋は産まれた瞬間から浮かび上がっていると言われているが、ルキリアは産まれた瞬間、体に神紋は浮かび上がっていなかった。
本人は「気づいたら浮かび上がった」と言っていたが……しかし、神格魔法の事については未だ殆んどが謎で、分かっている事は少なかった。
普段、ルキリアは自分の神紋を魔法で隠してはいるが、ルセリアは一度だけだが見た事があった。
神紋は禍々しく、そんなモノが自分の姉の身体に浮かび上がっていたのだと知った時、ルセリアは言葉を失った。
ルキリアとてまだ10代の少女なのだ。もし神紋が自分の身体にあったら……そんな事を考えた事さえあった。
私なら到底耐えられない。
だが姉は、それを今も抱えながら生きているのだ。
「……さて」
そんな事を考えていると、ルキリアが口を開いた。
「この話はもう終いだ。ルセリア、ここは危険だ。再び悪魔が現れないとも限らない。今日のところはいつもの喫茶店にでも泊めて貰え。……なに、訳を話さなくとも、あのマスターなら快く承諾してくれるだろう」
そんな事を突然言い出したルキリアに、眉をひそめてルセリアが訊ねた。
「……姉さんは?」
「ああ。私も悪魔を処分した後向かうさ。……それに父上や母上、使用人たちの事もあるからな」
「な、なら私もっ!」
「……いや、いい。お前はもうかなり疲れてるだろう?疲弊しているのが見て分かる」
「…………」
「……無理もない。こんな光景を見れば、誰でもそうなる」
「…………。……わかった。今日はそうする」
「ああ。私も明日の昼頃には着くだろう。それまで待っててくれ」
「……うん」
「マスターには迷惑を―――って、その心配はいらないか。もう外は暗いからな。つまずいて転んだりなんかするなよ?……今日はしっかり食べてゆっくり休め」
「…………」
珍しく心配ばかりしてくる姉に違和感を覚えつつも、ルセリアは小さく頷いた。
違和感と同時に、妙な胸騒ぎ。
もしここで別れたら、もう二度と姉とも会えなくなるのではないか?という不安が込み上げてくる。
理由はわからない。
だが何故かその不安はどんどん大きくなっていき、
「や、やっぱり私もっ―――」
―――姉さんと残る!
そう言おうとしたルセリアの言葉を、穏やかな声音でルキリアが遮った。
「ああ、そういえば……。ルセリア。お前に渡す物があったんだ」
「……えっ?」
そう言ってポケットから何かを取り出そうとするルキリアを見て、一瞬言葉を詰まらせる。
そして、ポケットの中から取り出した物を渡してくる。
受け取って見ると四角い箱だった。
「……これは……?」
「開けてみろ」
そう言われ、ルセリアがその箱を開けてみる。
するとそこには、綺麗な蒼い宝石が取り付けられたペンダントだった。
「……わぁ……っ!」
先ほどまでの不安を完全に忘れ、驚きと感嘆の声を上げる。
ルセリアは姉の顔を見て訊ねた。
「……これを、私に……?どうして……?」
ルセリアの問いかけに苦笑し、ルキリアが答えた。
「忘れたのか?今日は何の日だったか……」
「…………。あっ……」
……完全に、忘れていた。
今日は、私がずっと楽しみにしていた―――。
「まぁ、これだけの事が起きたんだ……。無理もないか」
「…………」
ルキリアがそう言って、ルセリアの頭に手を乗せる。
そして、可愛い妹の頭を優しく撫でながら微笑み……。
「誕生日おめでとう、ルセリア。私からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
「…………。……っ……っく……!」
ルキリアにそう言われた瞬間、ポロポロとルセリアの目から涙が溢れ出した。
「……ううっ……うっ……うわあぁぁぁ……っ!」
―――両親を失った『悲しみ』。
―――悪魔が襲撃してきた『恐怖』。
―――姉からプレゼントを貰った『嬉しさ』。
様々な感情がここで爆発し、ルセリアは泣き出してしまった。
泣きじゃくるルセリアを見て、ルキリアが苦笑しながら言った。
「おいおい……泣く程の事か?」
「……ううっ……だって……だってぇ……っ!」
「…………。ふっ……だが、喜んでくれたのなら、良かった」
「……ありがと……ありが、とう……姉さん……っ!」
そして、溢れてくる涙を拭いながら感謝の言葉を口にする。
それを聞いたルキリアが微笑みながら言った。
「ではいいな?ルセリア、私はここの後始末をしてから必ず行く」
「……うん!待ってる」
そう言って、ルセリアはルキリアの寝室を出て、いつも通っている喫茶店へと駆け足で向かった。
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