勇者の魂を受け継いだ問題児

ノベルバユーザー260885

*心優しき天然少女*

―――東エリア。


 ここでは、『魔力量』の試験が行われていた。
 試験方法はかなり単純で、魔力量を計測する特殊な装置に結果が出るまでの2~3分、ただ触れているだけ。
 現在、東エリアにいる生徒の人数は、ざっと見たところ150人前後だろうか。
 試験に使う装置は全部で10台あるので、一度に10人試験する事が出来る。
 なので、他と比べてこの試験はそれほど時間はかからないのだが……。


「…………」


 魔力量の試験が終わって他のエリアに行く生徒がいる反面、他のエリアでの試験を終えた生徒が次から次へと東エリアここへやってくるので、中々試験を行うことが出来ない。
 もちろん、基本は先に東エリアここに来ていた生徒が優先で、来た順に試験を行うのだが、私は次々来る他の生徒たちに順番を譲ってしまい、中々自分が試験を行うことが出来ないのだ。


 ……などと考えていると、さらに2人の男子生徒が私の後ろに並んだ。


「うっわぁ……やっぱ混んでたなぁ……」


「……まぁ、しょうがないだろ。ここには500人近くの生徒がいるんだ」


「そうなんだけどよぉ……」


 あまりの人数に茶髪の男子生徒が項垂れ、黒髪の男子生徒がそれを宥める。


「…………」


 私のすぐ背後でそんなやり取りをする二人の男子生徒に私が笑顔で振り返り、本日何度目になるか分からない言葉セリフを口にした。


「あの……もしよろしければ、私の前ここに入りますか?」


「…………」
「…………」


 すると、二人の男子生徒がぽかんと私を見つめたあと、お互いが顔を見合わせて、


「……え!?マジで!? 先に並んじゃっていいの?」


「……おい」


 先に口を開いたのは茶髪の項垂れていた方の男子生徒。
 しかし、黒髪の男子生徒が茶髪の男子生徒の頭を軽く殴って制止した。


「……お前、少しは遠慮しろよ」


「え~!? この子が良いって言ってるんだから良いじゃんかよ~っ!」


「あはは……」


 そんな男子二人組のやり取りを見て、私が苦笑する。
 すると突然、茶髪の男子生徒が訊ねてきた。


「俺、もうこんなところから早くおさらばしたいんだよ! なんたって、これからお前の奢りでメシ食いに行くんだからな!」


「…………」


「……なぁキミ!さっき言ってた事、ホント!? ホントに順番替わってくれるの?」


「……だから図々しいんだよ、お前は!」


 そんな事を言い合う二人を微笑みながら私が言う。


「私は構いませんよ? 今日は特に予定は無いですし……」


「……え!?マジで!? それじゃあ遠慮無く―――」


「―――待て」


 私の言葉を聞いた途端、私の前に入って来ようする茶髪の男子生徒。
 しかし、黒髪の男子生徒が茶髪の男子生徒の首根っこ押さえて、またもや制止する。


「あーもう!何なんだよ、さっきから!!」


 そんな事を大声で喚き散らしながら暴れる男子生徒を無視して、もう一人の男子生徒が確認してくる。


「本当に良いのか? ……もしや、俺たち以外の生徒にも順番を譲ったりしているんじゃないのか?」


「い、いえ……っ!そんな事無いですよ?」


 黒髪の方の男子生徒の問い掛けに、私は慌てて首を振る。
 それに「そうか……」と呟いて、掴んでいた茶髪の男子生徒を解放した。
 そうして、


「……すまない。 ならば遠慮無く、君の厚意に応えるとする」


「あんがとな!」


 そんな事を言う二人に順番を譲って、私は微笑みながら応えた。


「はいっ! お互い頑張りましょう!!」


 そんな少女の笑顔を見た男子二人が頬を微かに赤く染め、


「…………。(天使だ)」
「…………。(女神だ)」


 心の中で、そう呟いた。




「(…………はぁ)」


 二人の男子たちが心の中で呟くのと同時に、順番を譲った女子生徒、フィリシアは心の中で嘆息していた。


―――フィリシア・シルヴァーナ。
 艶のある銀色の髪を腰の辺りまで真っ直ぐ伸ばした、センリと同じ2年D組に所属する少女だ。
 因みに入学試験の学科では全教科満点という圧倒的な成績で通過しており、まさに『才色兼備』という言葉がお似合いの少女なのだ。……が、


「…………」


 また、やってしまった。
 南エリアでの『汎用力』の試験を終え、東エリアここに来てからかれこれ30分経過していた。
 30分も前に並び始めたにも関わらず、全く前に進んでいない私を見たら、サヤさんやシャノンさんはどう思うだろうか……。
 まぁ、間違いなくサヤさんは……


「(……怒るだろうなぁ……)」


 そんな考えが、脳裏を過る。


 だが、人の為に行動するのは善い事だ。
 なにか困っている人がいれば進んで助けに行き、自分が出来る事なら力になりたい。
 そのような考え方自体は、決して間違っていないと断言できる。


 だがフィリシアの場合、度が過ぎているのだ。
 どんな時でもまず他人の事を優先し、自分の事は後回しにしてしまう。


 それが、今の状況だ。


 他人の事ばかり気にしていたら、自分の本当の気持ちに気づく事が出来ないのではないか?……昔、そんな事をフィリシアの親友であるサヤに言われた。
 だが、フィリシアは困っている人を見つけたら、身体が勝手に動いてしまうのだ。


……もしかして、私は病気なのだろうか?


 まぁ、流石にそれは無いと思うが……。
 もう少し自分の事も考えろという、サヤの言葉に従ってみようとは思っているのだが……。


「……チッ、クソが……。 まだこんなに混んでやがったのか……」


 フィリシアがそんな事を考えていると、今度は機嫌悪そうに舌打ちしながら、フィリシアの背後に並ぶ男子生徒が一人。


「(……あ~、怖そうな人が来たなぁ……。 やっぱり順番を譲った方がいいのかな……?)」


 自分の背後で愚痴を零す男子生徒に、今度は親切心というより恐怖心で順番を譲ろうかと悩んでいると、再びその男子生徒が呟いた。


「はぁ……。 こんな事なら、あの女の所でもう少しゆっくりしていても良かったかもな……」


 今度は苛立ちというより、後悔したように嘆息する男子生徒。
 ……しかし、今の声。 何処かで聞いた事があるなと思い、フィリシアが振り返った。


「…………あっ……」


 すると、自分の背後に並んでいたのは、自分のよく知る男子生徒だった。
 黒い髪の毛に、鋭く細められた黒の双眸。
 最初は怖い人なのかな?と思っていたのだが、実際に話してみると意外といい人だったりする。
 先日、編入してきたばかりで何かと噂の絶えない男子生徒。


「センリさん!」


「……ん?って、ああ……フィリシアか」


 彼も自分の存在に気づき、素っ気なくもそれに応じてくれた。
 そんな彼を見た瞬間、フィリシアの中にあった恐怖心がどんどん薄れていき、今度は不思議と安心感が芽生えたのが分かった。


「お前も今来たのか?」


「……は、はい」


 『実は30分も前から居たんです』などとは、口が裂けても言えない。
 フィリシアが曖昧に頷いてから、話を変える為に今度はフィリシアが彼に訊ねた。


「センリさんこそ、何をしてらっしゃったんですか? 校舎の方から来られたようですが……」


 するとセンリが、何故か目を反らして答えた。


「……あ、ああ……トイレだよ、トイレ……」


「……あ、そ、そうですよね!」


「………………」


「………………」


 ……恥ずかしい。
 少し考えれば分かる事を質問してしまった。
 校舎に戻る理由など、それ以外考えられないのだから。


―――暫しの沈黙。


 そして、そんな沈黙を破って先に口を開いたのはフィリシアだった。


「あの……センリさんは試験、どこまで進みましたか?」


「……ああ。俺は『魔法威力』だけは終わったぞ?東エリアここが二つ目だ。 ……お前は?」


「私も東エリアここが二つ目です。先ほど、『汎用力』の試験を終えてきました」


「……そうか」


「はい」


「………………」


「………………」


―――再び沈黙。


 あ~、もうっ!どうしてこんなに会話が続かないの……?
 サヤさんやシャノンさんとお話する時は、どんどん話題が出てくるのに……。


―――主に食べ物の事で。


 やっぱり男の子と会話する時は、もっと違う話題の方がいいのかな……?


 そんな風にフィリシアが悶々としていると、有難い事に、今度はセンリがこの沈黙を破った。


「……そういや、お前らはバラバラに試験を受けているんだな……」


「…………?」


 センリの質問の意味が理解できず、首を傾げるフィリシア。
 そんなフィリシアの様子を見て気づいたセンリが、それに補足する。


「いや、お前といつも一緒にいる二人の事だよ。 ……ほら、あの赤髪女うるさいの青髪女しつこいの……」


「―――ああ……」


 そんな説明をされて、ようやく合点がいった。
 サヤさん、シャノンさん。……ごめんなさい。


「『得意なものから試験をして自信をつけよう』と、サヤさんが仰ったので……」


「ああ、なるほどな……。 なら、お前が得意分野は『汎用力』なのか?」


 「……いいえ。どちらかと言えば『魔力量』の方が自信があります」


「…………?」


 センリが首を傾げる。
 しかし、フィリシアがそのまま続けた。


「サヤさんはすぐに西エリアへ向かわれたのですが、私とシャノンさんは何から試験をしようかと迷ってしまい、気づいたらどこのエリアも埋まってしまっていたんです。それで、一番空いていたのがサヤさんが向かわれた西エリアだったのですが、流石に一番自信の無い『魔法威力』からやるのもな……と思い、次に空いていた南エリアにシャノンさんと二人で向かったんです」


「……ああ、なるほどな。 じゃあ、南エリアでの試験を終えたお前は東エリアこっちに来て、あの青髪は西エリアあっちに行ったのか?」


「……はい。 サヤさんは、得意な試験からと仰っていましたが……私はどちらかと言うと友達と一緒の方が落ち着くんです」


「……だからお前は得意かどうかよりも、友人と一緒に回る事を優先したのか……。 だが、『汎用力』の試験を終えた青髪は、今度は『魔法威力』の試験に向かってしまった……が、自分は『魔法威力』には自信がなく、渋々東エリアこっちに来たというわけか……」


「……はは、凄いですね。こんなに正確に推理するなんて……」


「……まぁ、な」


「センリさんの仰る通りです。 二人は『魔力量』には自信が無いみたいで……」


「まぁ……人には得手不得手があるからな……
俺にも―――」


「…………え?」


 後半のセンリの言葉を聞き逃して、聞き直すフィリシアだが……、


「いや、何でもない」


 センリは曖昧な表情で首を横に振り、そう応じた。


「……そう言えばセンリさんは、『魔法威力』の試験をして来たんですよね?……どうでしたか?」


 フィリシアは、再び沈黙になるのを避ける為に、試験の結果を訊ねた。
 その質問に対するセンリの答えは……、


「……いや、全然ダメだったな。 西エリア最初のメンバーの中で、一番低かったと思う」


「そうなんですか……っ!? で、ですが……西エリアには最初、2学年の実力者が集まったんですよね? その中で一番悪くても、気にする必要はありませんよ!」


 そう、フィリシアがセンリをフォローする。
 だが……


「いや……間違いなくあの数値は、ある意味お前の予想を遥かに凌駕していると思うぞ?」


「……そ、そんなに悪かったんですか……っ!?」


「……ああ。もう最悪だ……。穴があったら埋めて欲しいくらいだよ……」


 冗談で項垂れるセンリを見て、それが本気だと思い込んだフィリシアが慌てて言葉を探す。
 そして何か思い付いたのか、フィリシアが自分の事を指差して、


「あっ!でも、私がいます! 安心してください! センリさんを最下位になんてさせませんから!」


「………………」


「………………」


 訳の分からないフォローをするフィリシアを、センリがじっと見つめる。
 そして、そのセンリの視線を真っ向から受け止めるフィリシア。




―――暫く二人が見つめ合い……。そして、




「―――ぷっ、あはははは……っ!」


 センリが、思わず吹き出した。


「…………?」


 いきなり吹き出したセンリを見つめ、フィリシアが不思議そうに首を傾げる。
 そして暫く思考した後、センリが吹き出した理由わけに思い至った。


「~~~~~~~ッッ!!?」


 あまりにも可笑しなフォローをした自分が急に恥ずかしくなり、顔を赤らめるフィリシア。
 そんなフィリシアをセンリが見据えて、


「……ったく……んだよ、今の、フォロー……ッ!?」


「い、言わないでくださいっ! なに言ってるんだろ、私……!?恥ずかしい……ッ!!」


 フィリシアは耳まで真っ赤にしながら、両手で顔を覆う。
 センリはフィリシアのそんな様子を見据えながら、込み上げてくる笑いを必死に抑えて、呼吸を整える。
 フィリシアも顔を覆っていた手を離し、呼吸を整え始めた。


「………………」


「………………」




―――三度目の沈黙。




 息を整え、先に口を開いたのはフィリシアだった。


「……今の事……あの二人には言わないでください」


「……なんでだよ」


「絶対に笑われます」


「…………」


 真顔でそう答えるフィリシアを見て、再び笑いが込み上げてくるが、センリは必死にそれを抑えた。


「……わーったよ。 まぁ、俺からあいつらに話しかける機会なんて無いだろうからな……」


「…………」


「しっかし……あんなボケもするんだな、お前……」


 苦笑しながらセンリが言う。
 その言葉に、


「センリさんこそ! ……センリさんが笑うの、初めて見ました。てっきり、今まで笑った事なんて無いのかと思ってましたよ」


「お前は俺を何だと思ってるんだ? 機械人形ロボットじゃあるまいし、いくら俺だって感情くらいあるっつの!!」


 捲し立てるセンリに、微笑を浮かべてフィリシアが応じる。


「……ふふっ。冗談です」


「……ったく……」


「ですが―――」


「…………? ですが……なんだよ」


 首を傾げるセンリにフィリシアが、満面の笑みを浮かべて応じた。


「いーえ。何でもありませんっ!」


「…………。 ……んだよ、それ……」


「……ふふふっ」


「…………」




―――ですが……やっぱり、昔みたいに・・・・・笑っている時の・・・・・・・]センリさんの方が(・・・・・・・・)素敵ですよ・・・・・




 その言葉は口には出さず、心の中で呟いた。


           *


 暫くフィリシアと雑談していると、ようやくセンリ達に順番が回ってきた。


「…………」


 今までずっと気づかなかったが、東エリアで行われている『魔力量』の担当教師はセンリたちの担任であるバルバロスだった。


「……おっ!? 今度はお前らか!」


「よろしくお願いします、バルバロス先生」


「…………」


 こちらに気づいて声を掛けてきたバルバロスに、フィリシアが恭しく頭を下げて応じる。
 当然、センリはバルバロスの言葉を無視した。
 だが、センリのそんな態度は一切気にせず、バルバロスは簡単に説明をする。


「そんじゃあ、今からお前らには『魔力量』の試験をして貰う。……といっても、難しい事はしないから安心しろー? お前らはそこにある装置に、結果が出るまでの2~3分間、ただ触れてくれてればいい。 後はこっちで結果を記録すっから、結果が出次第、他の試験に行ってくれ。 ……あ、因みにこの試験結果は教える事が出来ねーからな?そこんとこ、よろしく!」


「…………」


 結果は教える事が出来ない。
 ……どういう事だ?


 センリはバルバロスの言葉に不審を抱くも、バルバロスが試験開始の合図をしたので、センリは思考を止めて、装置に手を伸ばす。


―――そして、触れた瞬間。


 球体の装置がいきなり光り出した。


「…………」


 ……しかし、それ以外の変化は特になく、あっと言う間に試験は終了した。


 そして今試験を行った、センリやフィリシアを含む10人の生徒の結果を、バルバロスが確認する。


―――すると、


「……ッ……!?」


 一瞬……本当に一瞬だけだが、バルバロスの表情が僅かに強張ったのを、センリは見逃さなかった。


 しかし、バルバロスは何事も無かったかのように、いつも通りの表情で言った。


「……そんじゃあ、お前らの試験はこれで終了だ。 もし全ての試験が終わったってんなら、速やかに下校!まだなら、終わってない試験の会場へ行け!」


 バルバロスの言葉に、センリ以外の9人が返事をして東エリアここから去っていく。


 そして、センリたちもこの場から離れた。


「センリさん!」


 すると、背後からフィリシアの声が聞こえてきた。
 センリが振り返ると、フィリシアは笑みを浮かべて……、


「これから私は西エリアに向かいます! 残りの試験も頑張りましょう!」


 そんな事を言ってくるフィリシアを見据えて、センリが首肯。


「ああ。……俺を最下位にさせないよう頑張ってくれ」


 センリが苦笑しながらそう言うと、フィリシアが少しだけ怒ったように頬を膨らませる。


「……もうっ!まだ言ってるんですかっ!?」


 それに、センリが笑いながら「悪ぃ悪ぃ」とだけ謝罪し、二人はお互いの目的地へと足を運ぶのだった。



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