勇者の魂を受け継いだ問題児

ノベルバユーザー260885

*学院最強の力*



―――帝都ミッドガルド、帝国議会議事堂にて。


 議事堂の通路を歩く二人の男。
 一人は20代後半ほどで、長い金髪を束ねた長身の青年。
 そして、もう一人の男は50代後半ほどの、金髪を短く刈り上げた男。顔には僅かにシワがあるが、堂々とした佇まいは名門貴族の名に恥じない威厳や威圧を感じる。
 その男が、自分の後ろを歩く青年に言った。


「……済まんな、ユリウス。確か本日から、お前が理事をしている学院の実力試験だったはずだが、今回はお前も呼べと議長がうるさくてな……。やむを得ずお前に来てもらったのだ」


 そして、ユリウスと呼ばれた男が首を横に振って応じた。


「……いえ、私はあの学院の理事長である以前に、この帝国の人間です。この私が必要と有らば全力で応える次第です、父上・・


「はははっ、そうかそうか。……お前は私には出来すぎた息子だ」


「……いえ、そんな事は……」


 そう応えたユリウスの前を歩く、刈り上げの男。


―――レグルス・アルバート。


 帝国でも数少ない多大な権力と発言力を持つ、アルバート公爵家の現当主だ。
 その現当主が、ユリウスに問う。


「……それで、暫く見ていないが、ルシウスの様子はどうだ?」


「……相変わらず・・・・・です」


「……そうか。相変わらず、か……」


「…………」


 レグルスは目を伏せて、そう呟いた。


「まあいい。……ユリウス、お前も薄々は気づいていると思うが……お前が呼ばれるという事は恐らく今回の議題は――」


「ええ。……魔王軍の件について、ですね?」


「ああ、十中八九そうだろうな。『お前たち五人』が魔王軍を滅ぼすために旅立ったのが10年前。そして、"あの男" が己の身を犠牲にし、忌まわしき魔王を封印した。……しかし、詳細な話を知っているのは帝国の中でも、我々を含めて一部の人間のみ。あれは政府の力で隠蔽され、国民には適当な噂やお伽噺を流して片付けられている。だが今回、どういう訳か連中は再びその件を掘り起こそうとしている。……これがどういう事か、分かるな?ユリウス」


「…………」


 レグルスの問いかけに、ユリウスは否定も肯定もしない。
 しかし、レグルスはそのまま続けた。


「――近い未来、間違いなく・・・・・ "戦争" が起こるぞ」




            ※




―――その頃、聖グラムハート学院では2学年の実技試験が行われていた。


「――それじゃあ少し遅れちゃったけど、『魔法威力』の試験を始めるわ。試験を受けたい人から名乗り出なさい!」


 そう言ったのはロゼリアだ。
 まだ僅かに "酔い" が残っているようだが、先程よりは大分楽そうに見える。


「まずは、わたくしからお願いいたしますわ」


 そして、最初に名乗り出たのは先程センリたちに絡んできたお嬢様。セレスティーナだった。
 それに、採点用紙を捲りながらロゼリアが答える。


「……えーと、A組のセレスティーナ・レインフォードね。それじゃあ早速始めて貰おうかしらねぇ。……あ、ちなみに回数は何回にする?」


 回数とは、試験をする回数の事だろう。
 魔法威力の試験は最大2回まで試験することができ、2回の場合は良い方の結果を評価する基準とするらしい。
 つまり、2回の場合は多少1回だけよりも評価が高くなる可能性があるという事だが……。


「それは当然、1回ですわ!」


 セレスティーナは胸を張り、自信満々にそう答えた。
 よほど自分に自信があるのだろう。
 セレスティーナの言葉を聞いたロゼリアは、採点用紙に何かを書きながら言う。


「へぇ、随分と自信があるようね……。まぁ、私もその方が楽でいいんだけど」


「…………」


 ……おいおい。
 教師がそんなでいいのかよ。


 すると、セレスティーナが何やら意味あり気な笑みを浮かべて、ロゼリアに問う。


「……その前に、少しよろしいですか?ヴァンクローネ先生」


「……ん?」


 セレスティーナの問いに顔を上げ、首を傾げるロゼリア。
 すると、セレスティーナが自分と同じ金髪の少女を指差して言い放った。


「貴女に、勝負を申し込みますわ!ルセリア・フリーズライトさんっ!!」


「…………え、えっ?私……!?」


 敵意を剥き出しにし、指差されながらいきなりを勝負を挑んできたセレスティーナに、さすがのルセリアも戸惑いを隠せていなかった。
 そしてセレスティーナの突然の宣戦布告に周囲の生徒もざわつき始める。


 ……そういや俺も、あの赤髪に似たような事を言われたな。


「…………」


 そんな事を考えながらサヤを見つめると、不意に彼女もこちらを振り向いてきたので、一瞬、彼女と目が合ってしまった。
 ……と、思いきやその刹那。もの凄い形相でこちらを睨み付け、向き直るサヤ・クレーヴェル。


 ……なんなんだ、あいつ……。


 センリが顔をしかめて心の中でそう呟いていると、隣の男が話しかけてきた。


「なんだか面白そうな展開になってきたね!」


「……どこが?」


「だって、この学院でもかなりの実力を誇る二人が勝負だよ?普通ワクワクするでしょ!」


「……興味ないね」


「あ、そう……」


「…………」


「…………」


―――沈黙。


 ソーマとの会話のキャッチボールを強制的に断ち切ったセンリが、チラリとセレスティーナの後ろに控えていた茶髪の女に目を向けると、静かに成り行きを見守っていた。


 そして、ルセリアはセレスティーナに問いかける。


「……どうして今、いきなり勝負なんて……?」


「単純に、貴女がこのわたくしよりも "上にいる" という事が気に入らないからですわ!」


「……そ、それは……」


―――ただの逆恨みでしょう?


 ルセリアはそう言おうとしたのだろう。
 確かに俺から見ても、ルセリアがこの学院でもかなり人気だという事は理解できる。
 セレスティーナにとって、ルセリアがどういった部分での "上" なのかは分からないが……どうであれ、ルセリアからすればいい迷惑だ。


 しかし、そこでセレスティーナが補足する。


「……勿論、『私の下につけ』などとは言いませんわ」


「なら……」


「もしわたくしが勝利した場合は、後日、わたくしと1対1でお互い手を抜かず、全力の決闘デュエルをして頂きたい。……それだけですわ」


 そう言うセレスティーナを見つめて、ルセリアがいつも通り、クールに応じた。


「……貴女とは以前に決闘デュエルをしたはずよ?結果は引き分けドローに終わったけれど、お互い良い決闘デュエルが出来たと思うわ。……それとも、あの "結果" では不服だったのかしら?」


 その言葉にセレスティーナがルセリアを睨み付けて、


「……不満なのは結果ではありませんわ!わたくしが気に入らないのは、あの決闘デュエルで貴女が手を抜いていた事ですわ!あの時は本ッ当に屈辱でしたのよ!!」


「…………」


「今度こそ、貴女と全力の決闘デュエルをすべく、勝負を申し込みますわ!」


「そういう事ね。……わかったわ。私が今回の勝負で負けたら貴女との決闘デュエルの再戦、受けて立つわ。勿論、全力でね。……それで?私が勝ったら、貴女はどうするのかしら?」


「……うっ……そ、それは……えーと、わ、わたくしが貴女の言うことを何でも1つ聞く……というのは?」


 そこまでは考えていなかったのか、そもそもそれはルセリアが決める事だと思っていたのか……。セレスティーナはたった今思いついたようなものを賭けた。


 ルセリアはセレスティーナとの再戦を……。
 そして、対するセレスティーナは己の誇りプライドを賭けると言ったところか。


 そしてそれに納得したかのように頷いたルセリア。


「ええ、それでいいわ。……すみません、ヴァンクローネ先生。この勝負の審判を――」


「ええ、いいわよ!……なんかよく分かんないけど、面白そうな展開になってきたじゃない!……私は好きよ?こういうの」


 などと言いながらウキウキし始めたロゼリア。
 そして、ルセリアがセレスティーナに問う。


「じゃあ、ルールはどうするのかしら?」


「それでは純粋に、『魔法威力』『魔力量』『汎用力』の試験で、より高い総合点を得た方が勝ち……でどうかしら」


「ええ。なら、それでいきましょう」


 セレスティーナの言葉に笑みを浮かべて頷くルセリア。
 まぁ、これが最も分かりやすく単純なルールだろう。
 そして、それを聞いたロゼリアが、


「魔法威力は『0~9999』までで、私を通じて結晶に数値化される。勿論、正確かつ平等に測れるから、お互い全力で試験に挑んでちょうだい!」


「ええ!」
「当然ですわ!」


 ロゼリアの言葉に二人が同時に頷く。


「……では2年A組、セレスティーナ・レインフォード!……試験開始!!」


 ロゼリアがそう言った瞬間、周囲の風の流れが、変わった。
 まるでセレスティーナを覆うかのように、全方位から風が渦を巻くように、セレスティーナに集まっていく。


「……これは……ッ!」


 それを見た瞬間、ロゼリアがセレスティーナ以外の生徒たちに大声で呼び掛けた。


「みんな!一旦離れて!!巻き込まれるわよっ!!!」


「「……ッ……!!」」


 ロゼリアの警告を聞いたほとんど・・・・生徒たちが直ぐに後退し、セレスティーナから距離をとる。
 センリたちも当然、距離をとる。


 距離をとり、セレスティーナの魔法を見ていたソーマが驚愕の表情で、


「……こ、これ……もしかして……!」


 そしてセンリも、セレスティーナの魔法を見つめながら、


「(……この魔法、どっかで……?)」


 そんな事を考えている今も、風はセレスティーナに集まっていく。
 そして、その光景を遠目に見つめながら、


「――爆風サイクロン魔法ブラスト……!!?」


 そう呟いたソーマ。
 そして、センリが隣にいるソーマを一瞥。


「サイクロン・ブラスト……だと?」


 冷や汗を流したソーマが、センリの問いに答える。


「……ああ。僕たちが1年の時、ヴァンクローネ先生が授業で使った『風属性最強の威力を誇る』魔法だよ。恐らく、それを見たセレスが "アレ" を真似しようとしているんだろうね……」


「……そんなに、ヤバイ魔法なのか……?」


「そりゃあ……だって、ヴァンクローネ先生がこの魔法を使ったときは――このグラウンドが・・・・・・・・吹き飛んだんだよ・・・・・・・・……?」


「……なにぃッ!!?」




―――するとそこで、セレスティーナの魔法が完成したようだ。


「わたくしの全身全霊、究極の魔法を食らうがいい……ですわっ!!!」


 そう言って、手の平を結晶に向ける。
 そして、


「―――《サイクロン・ブラスト》……ッッ!!!」


 セレスティーナを包んでいた風。
 渦巻き状の上昇気流となって、そこに強大な竜巻が生まれる。


「……く、ッ……!!」


 センリは刀を引き抜き、そのまま地面に突き刺した。
 隣にいたソーマがどうなったかは分からない。もしかすると、吹き飛ばされたかもしれない。
 だがそれを確認するほどの余裕が、その時のセンリにはなかった。


「……あんの馬鹿!いくら全力でっつったって、さすがにコレはやりすぎだろうが……!!」


 そう言いながらも、センリが必死に刀にしがみつくようにして耐える。


―――しかし、


「……ちっ!さすがに、これだけじゃ耐えきるのは厳しいか?」


 センリが目を細めながらそう呻く。


「…………」


 もう、こうなれば―――。


「……やむを得ない、か」


 そう呟くと同時、センリはすぐに刀から左手を離し、その左手を後方に向ける。
 そして、センリの左腕がメラメラと燃え始め、手の平の中に炎が生まれてそれを一気に逆噴射――させようとしたところで、風が止んだ。
 ……いや、『消滅した』と言う方が正しいかもしれない。
 センリは透かさず魔法を解除する。


「…………」


 風が消え、落ち着いたところでセンリが横を見ると、地面に鎖を突き刺し、息を切らして肩を上下させるソーマがいた。
 そんなソーマを見下ろして。


「……生きてたみたいだな」


 センリの一言にソーマが苦笑して。


「……なんとか、ね。……そっちこそ無事でなにより」


 そんな事を言い合ってから、センリは周囲を見渡す。
 どうやら他の連中も、様々な手を使ってあの爆風を耐え切ったらしい。
 流石は名門校の生徒たちだ。


 ……だが。
 結晶周辺のグラウンドの地面が抉れて、なんか凄い事になっている……。


「…………」


 そして、結晶に表示されている数値は……。


―――【7220】。


 そして一人、地面に倒れている生徒がいた。
 それは今、こんな馬鹿げた魔法をぶっ放したセレスティーナだった。
 ……魔力を使い果たしたのだろうか。
 だが、あれだけの事をしてみせたのだ。無理もない。
 ロゼリアがセレスティーナを抱える。
 そして、ルセリアと茶髪の少女がそこへ駆け寄って行った。


「ヴァンクローネ先生っ!!」
「お嬢様!!」


「…………」


 二人の声を聞いたロゼリアは、二人を安心させるように言った。


「魔力欠乏症ね……。でも大丈夫よ。私の魔力を分けたから……少し休めば動けるようになるわ」


「そうですか……」
「……よかった」


 ロゼリアの言葉に、安堵の表情を浮かべて微笑む二人の少女。
 すると、ロゼリアに抱えられたセレスティーナが弱々しくゆっくりと目を開き、ルセリアを見つめて言った。


「……結果はこのザマですが……わたくし、全力で試験に挑みましたわ……。ですから、貴女も手を抜いたりしたら許しませんわよ……!」


「ええ。私も全力で試験に挑むわ……!」


 それに、ルセリアが呆れたように笑みを溢して応じた。




「……フン。下らんな……」




 そこで、一人の男が口を開いた。
 その言葉に、セレスティーナを含め、この西エリアにいた者がその金髪の男に目をやった。
 その男はルシウス・アルバート。


「なん、ですって……?」


 セレスティーナが茶髪の少女の肩を借りながらも何とか立ち上がり、ルシウスを睨み付けて言う。
 しかしルシウスは一切、表情や態度を変える事なく応じる。


「下らん、と言ったのだ。……たかが試験・・・・・。魔力の使いすぎで倒れる阿呆がどこにいる?」


「…………」


 セレスティーナが押し黙る。セレスティーナを支える茶髪の少女も何か言いたげにルシウスを睨み付けるが、何も言い返さない。
 しかし、そこで。


「……彼女は全力で試験に挑んだ。一体それの、なにが『下らない』と言うのかしら?」


 低い声。
 蒼穹のような透き通った瞳で睨み付け、ルシウスにそう訊ねたのはルセリアだった。
 それに、一切怯む事なくルシウスが応じる。


「全力で挑んだ事に関しては俺も異論はない。むしろ、称賛に値する。……俺は、自分の限界も理解せず、闇雲に上級魔法を発動した事に対して『下らん』と言っているのだ。そして、その結果が "それ" だ。……下手をすればその女は死んでいたぞ?」


「……ッ……そ、それは……」


 ルセリアが反論出来なくなり、俯いてしまう。誰から見ても、その男の言う通りだったのだ。
 しかしそこで、ルシウスがロゼリアを睨み付けて言い放った。


「だが……そもそもの原因は貴様だ」


「…………」


「生徒が試験中に勝負?なぜそれを止めなかった?貴様がそれを止めなかったお蔭で、そこの女がこのような愚行に走ったのだろう?」


「…………」


「……それだけではあるまい。現在、このエリアはそこそこ実力のある者が集まっていたから良かったものの……もしここにいたのが、己の身も守れないような無能ならどうなっていた?……巫山戯るのも大概にしろ。それでも教師か?貴様は」


「……ええ。アンタの言う通りよ、ルシウス。私も少しふざけ過ぎていたかもしれないわね。アンタに言われて目が覚めたわ」


 そんな光景を見据えたセンリが、ふと脳裏に過る。


 ……いや、待てよ?


 今まで気づかなかったが、あの男は最初の・・・・・・・位置から・・・・動いていない・・・・・・
 あの爆風が起こる前と同じ位置に立っていたのだ。


「…………」


 これが、人類最強ユリウスの弟か。
 果たして俺はあいつに勝てるのだろうか……。


 そんな事を考えていると、ルシウスと目が合った。
 ほんの少しだけ睨み付けられたような気がしたが……すぐに、センリから目を逸らしてしまった。




           ※




―――帝国議会議事堂。


 会議が終わり出口へと向かうのは金髪の青年、ユリウス。
 今回の会議の内容は、語るまでもない。


 近頃、魔王軍の活動が活発化してきている。
 封印されていた魔王が再び復活するかもしれない。
 再び、魔王軍との戦争が起こるかもしれないから、直ぐに対応できるよう準備しておけ。


「…………」


 しかし、奴等は魔王軍の本当の恐ろしさを知らない。
 もしも今、再び戦争が起これば……人類に勝ち目はないだろう。


 そんな事を考えながら、ユリウスは議事堂の通路を歩く。
 すると、後方から誰かに呼び止められた。


「……おい、ユリウス」


「…………?」


 ユリウスが振り返る。
 するとそこに一人の男が立っていた。
 黒い髪を全て後ろになで上げたオールバックに、冷たく輝く黒の双眸。
 並の成人男性より頭一つ抜きん出た長身に、黒い帝国軍の戦闘服の上からでもわかる筋骨逞しい肉体。
 年齢は恐らくユリウスと同じくらいだろう。


 その男を見据え、ユリウスが口を開く。


「……誰かと思えば貴様か、アムレート。そういえば先程の会議の場にもいたな」


 それに男が苦笑して応じる。


「おいおい、相変わらずテメェは……戦友との久々の再開でそりゃあねえだろ?」


―――アムレート・ゼノブラスト。
 10年前。ユリウスやロゼリアと共に、魔王を討つべく旅をした戦友なかまの一人。
 現在は帝国軍の中将。1000人を超える敵国の襲撃もたった一人で退けた戦績があるが故に、『狂戦士ベオウルフ』とも謳われている男だ。


 そんなアムレートの言葉にユリウスも苦笑して応じる。


「……フッ、冗談だ。貴様も相変わらずのようだな。貴様の活躍は兼ね兼ね聞いている」


「はっ!ったりめえだクソ!此方人等こちとら、伊達に軍人やってるわけじゃねぇんだからよ!」


「そうか。……それで?俺に何か用があったのだろう?」


「……ああ、まぁな。……だがここでは言えねぇ。場所変えんぞ」


「…………」


 これまでにない真剣な表情で言ってくるアムレートにユリウスが静かに頷き、二人はその場を離れる事にした。




           ※




 セレスティーナの爆風魔法によって抉られたグラウンドは、ロゼリアによって既に元通りに戻されていた。


 そして試験はまだまだ続く。
 セレスティーナの次に試験を受けたのはルセリアだ。
 ロゼリアの合図と共に、ルセリアが魔法を発動する。


 先程同様、周囲の気温が一気に下がる。
 そして、ルセリアの右手からは真っ白の冷気が吹き出し始める。その冷気を発する手の平を結晶に向け、左手で右手首を押さえる。そして―――!


「―――《結晶硬化クリスタリゼーション》ッ!!」


 一瞬にして結晶化した氷の塊が、試験用の結晶を目掛けて真っ直ぐ放たれた。
 先程はロゼリアに消滅させられた魔法だが、今度は当然消滅することなく、結晶と結晶が衝突した。


 そして、結晶に表示された数値は……


―――【5360】。


「…………」


 その数値は決して低いわけではない。
 だが、先程セレスティーナが放った爆風魔法のインパクトが強すぎたせいか、少々、味気なく感じてしまう。


「(……まぁ、仕方ないか)」


 本来氷の魔法は、他の魔法と比べてあまり威力が高いわけではない。
 勿論その分、様々な場面でも臨機応変に対応できるという利点メリットもあるが……今回の『魔法威力』の試験には少々向かない魔法だ。
 だが逆に言えば、不利な試験でもこれほどの数値を出したのは『さすが』と言わざるを得ない。


「……ふぅ、負けちゃったわ……」


 ルセリアがセレスティーナに向けて、少しだけ悔しそうにそう呟いた。
 それにセレスティーナが応じる。


「……お互い得手不得手はあるでしょう?まだ試験は始まったばかり……次の試験でも絶対に貴女に勝利してみせますわ!」


「……ふふっ。ええ!望むところよ!」


 そう言い合う二人を微笑まし気に見つめていたロゼリアが口を開く。


「……それじゃあ『魔法威力』の試験、アンタたち二人はこれで終了よ。他のエリアで次の試験を受けてくるといいわ。……それで、もう体は大丈夫?」


 ロゼリアは少し心配そうにセレスティーナに問いかける。
 するとセレスティーナそれに頷き、


「ええ、もう大丈夫ですわ。ご迷惑をおかけしました」


「……そう。それならよかったわ」


 セレスティーナの言葉に、ロゼリアが微笑む。
 そしてセレスティーナは、先程まで自分に肩を貸してくれた茶髪の少女を見て。


「……それでは、アイシャ。わたくしは先に『汎用力』の試験に行っておりますわ。貴女も頑張りなさい」


「はい。お嬢様もお気をつけて」


 セレスティーナの言葉に、アイシャと呼ばれた少女が頷いて応じた。
 そして、セレスティーナたちは南エリアへと向かった。


 それを見送ったロゼリアが、再び口を開く。


「……それじゃあ、次に試験を受けたい人は名乗り出なさい!」


 と、ロゼリアが言ったところで、一人の男がロゼリアの下へと歩み寄る。


「今度はアンタね……ルシウス」


「……ああ」


「意外ね。アンタなら最後まで残って、ここにいる一人一人の実力を測ると思ってたんだけど……特に――」


 ロゼリアがセンリを一瞥する。
 しかし、ルシウスはロゼリアの言葉を遮って応えた。


「ここに残っている連中の実力レベルは高が知れている。……俺がそんな事をする必要はない」


「……あっそ。なら、ちゃっちゃと試験を始めちゃってちょうだい」


「フン、貴様に言われずともそうさせて貰う」


「…………」


 そこでルシウスが結晶に視線をやり、ロゼリアにこんなことを訊ねた。


「……時に、あの結晶の代わりは・・・・・・・・・用意しているのか・・・・・・・・?」


 ルシウスの問いかけに、ロゼリアは呆れたように嘆息しながら答えた。


「無いわよ。……だから、呉々も壊さないよう・・・・・・・・・にしてちょうだい・・・・・・・・


「…………。……承知した」


 ロゼリアの要望に頷いたルシウスが、そのまま魔法を発動する。




―――大気中を瞬間的にほとばし雷閃らいせん


 ルシウスの全身を包み込んだそれは……大量の正負の電荷分離が起こって放電し、光と音を放つ美しくも荒々しい "雷" そのものだった。


 すると、そこで雷を放ったままのルシウスが振り返り、後方に控えている生徒たちに忠告した。


「……貴様ら。怪我をしたくなければ離れておくがいい」


 すると、セレスティーナの爆風魔法の時点で既に離れていた生徒たちが、そこからさらに距離を取る。
 センリもほかの生徒たちに倣い、数歩だけ後ろに下がった。


―――そして。


 ルシウスを包んでいた雷がさらに大きくなっていき、それが最高潮に達した瞬間――。


「――轟け。《天空の怒号ライトニング・バースト》」


「……ッ……!!?」


 『空が光った』と思った瞬間、光の速度で真っ直ぐ落ちてきた落雷。
 その落雷は、激しい "光" と "音" を放って結晶に直撃し――そのまま結晶を・・・・・・・貫いた・・・


 そして、結晶に表示されたのは……。


―――【Unknown】。




「……フン」


 砕け散った結晶を蔑むように一瞥したルシウスが、そのまま踵を返そうとした瞬間。
 ルシウスの制服の襟首が、背後から何者かによって掴まれた。


「……フン、じゃないわよ。ちょい待てコラ!!」


「…………」


 そして、自分の襟首を掴んでいる教師を睨み付けながら、ルシウスが問う。


「……なんだ?」


「アンタ……私の言った言葉の意味を理解してなかったの?」


 ロゼリアの問いに、ルシウスは首を横に振ってから応じる。


「……当然、理解している」


「だったら、どうして結晶アレをぶっ壊すのよ!!私は『加減しろ・・・・』って言ったのよ!?」


「……はっ、心外だな。これでも加減はしたぞ?
だが、それでも砕け散るこのような結果になってしまった……それだけだろう?」


「そんな屁理屈言う前に、なにか私に言う事があるんじゃないかしらぁ……?」


「ああ、済まなかったな」


「…………。もういいわよ……。さっさとアンタも次の試験に行きなさい」


 速答するルシウスに、掴んでいた襟首から手を離して、諦めたように嘆息するロゼリア。
 そしてルシウスは、何故かもう一度センリを一瞥してから、次の試験会場に向かって行った。


 そして、ロゼリアはルシウスによって破壊された結晶を見据える。


「まったく……」


「あ、あの……ヴァンクローネ先生……」


 そう呟いたロゼリアに、赤髪の少女がおずおずと話しかけた。


「……んー? どしたん?サヤっち」


「結晶……壊れてしまいましたけど……」


 もう、あだ名の事に関して突っ込むのは止めたらしい。
 ここにいる生徒たち全員が思っているであろう事を代表してロゼリアに訊ねる。


 しかし、


「あー、大丈夫大丈夫!」


 ロゼリアは、サヤの問いにあっけらかんとした表情で平然と応えた。
 そして、ロゼリアが指を鳴らすと……。


 バラバラに砕けていた結晶が、何もなかったかのように元通りの形に戻ったのだ。


「結晶の "代え" は無いけど、元通りに "復元" する事はできるから」


「…………」


 サヤが呆然と佇む中、ロゼリアが恒例となりつつあるあのセリフを口にした。


「……それじゃあ、次に試験を受けたい人は名乗り出なさい!」



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